2.
公立葉桜高校
どこにでもあるようないたって普通の高校
そこに通う飛市と律は同じクラスだった。
片や友人たちと楽しく適当に過ごし、片や誰とも関わらず静かに過ごしていた。
同じクラスの2人が交流することはなく、お互い存在を認知している程度だった。
この教室の中でほかの生徒と同様、それぞれの世界の中で下校まで過ごす。
ただ同じような日常が続くばかりだった。昨日までは…
「トビ、お前今日テンション低くね?」
「あ、ああ…。寝れなかったからな。」
飛市は普段友達とお茶らけているような少年で、いわゆる陽キャの部類の人間だった。
故に友人はいつもと違う様子の飛市を訝しんでいた。
「お前また寝ないでシコッてたんだろぉ!この絶倫め!
昨日のオカズはなんだ?テニス部の清美ちゃんか?」
「ちげえから、はあ…。」
「もっとシャキッとしろよな~。お前がテンション低いとつまんねえよ~。」
(言えるわけねえ。クラスに超能力者がいてそいつにビビって眠れなかったなんて…。)
昨日の出来事は飛市の日常を変えてしまった。
そもそも超能力はフィクションの世界の産物というのが一般的な認識であり、飛市も例に漏れない。
しかし、彼は体験してしまった。日常の中でフィクションだと思う物を目の前で目撃してしまった。
そのショックは大きく、もはやトラウマに近い。
飛市はクラスの後ろ、扉側の席に座る少女を遠巻きに見た。
そこにはいつもと変わらず無表情で黙って席に座っている蓮村律がいた。
あの小さく目立たなそうな少女が、今や直視できないほど大きく重々しいように感じられる。
「…」
飛市は耐えられなくなり、ばつが悪そうな表情を浮かべて視線を少女から外した。
「やべ、教科書と筆入れ持ってくんの忘れたわ。取ってくる。」
「お前ボーっとしすぎだろ!さてはフラれたな?相談乗るぜ、な?」
「うるせえなあ…」
飛市は忘れ物を取りにふらふらと教室に戻っていった。
「調子でねえなあ。早退すっかなぁ。まさか仮病以外で早退する羽目になるとはなあ。」
ぼやきながら階段を降り、教室のある廊下を奥の教室へと進んでゆく。
その時、奥の教室、つまり自分の教室の扉が空き、中から人が出てくる。
「…あ、ああっ。。。」
その瞬間、飛市は凍り付いた。
出てきたのは飛市が今一番恐れている人物、蓮村律だったからだ。
律は無表情のままゆっくりとこちらに歩いてくる。
飛市は昨日の出来事が鮮やかに脳内でよみがえる。
悪寒を覚え、冷や汗をかき、震えが止まらなくなる。
コツ… コツ…
廊下に足音が響き渡る。授業開始が近いため廊下には誰もいない。
この直線上の空間で立っているのは飛市と律だけ。
コツ… コツ…
飛市の体は硬直したまま動けない。それが目の前のクラスメートの力なのか、抑圧された自らの精神によるものなのか、最早判断できない。
少年は目の前の少女が通り過ぎるまで己の馬鹿でかい心音とやけにゆっくりと聞こえる足音を聞くことしかできないのだ。
ゆっくり ゆっくりと 距離が縮まる
お互いが視線を交わすことはなく、律は蛇に睨まれた蛙のような少年を通り過ぎてゆく。
「…メ…サイ」
「____ハッ…!ハッ…!」
飛市はその場に膝をついて崩れ落ちる。全身から不快な汗を流し、荒く短く息を吐く。
振り向けば、あの少女の姿はなかった。
その夜、飛市はベットで大の字になりながら最近の出来事を思い出していた。
「あの時、確かに聞こえた…」
廊下での邂逅、ゆっくりと通り過ぎてゆく少女。
すれ違った後、背中の方から聞こえた少女のかすかな声。
「ゴメンナサイ」
彼女の言葉の意味を、零したその心を考えていた。
昨日の出来事を思い出す度、あの他校の生徒の言葉が迫ってくる。
あの光景、身に起きたことを思い出す度、彼女が化け物であると肯定しそうになる。
「あんなふうにみんなあの子から離れていったのかな…」
あの少女の目、光の失われた瞳が物語るのは諦め。
自分が化け物であることを受け入れ、せめて自分の能力による悲劇が起きないように人との関わりを断つ。あるいは恐怖を与え、相手が近づこうという気を摘み取る。
自分にはそうすることしかできない、大きすぎるやるせなさの中で飛市に向けた精一杯の思いやりがあの言葉だったのではないか。
飛市はそうぼんやりと考えていた。
「なさけねえなぁ…」
自傷をこぼしながらベットから起き上がり、窓の外を見る。
星が瞬く夜空。きっとあの少女も苦しみを抱えながら見ている。
美しい星空を、心躍らせながら笑顔で見てほしい。そういう思いが静かに湧き上がってきた。
「蓮村 律______」
星が瞬く夜空、その下で飛市はある決意をした。
次の日、飛市は蓮村律について聞き込みを行うことにした。
彼女が心を閉ざしたきっかけを探ろうと思ったからだ。
(蓮村は確か葉桜中だったな。確かこのクラスに女子が何人かいたはずだ。ただなぁ…)
あまり気乗りしない飛市。恐る恐る近くで談笑している律のかつての同級生たちに声をかけた。
「よ、よぉ。ごきげんうるわしゅう~…ヘヘッ。
そ、そのぉ、ちょっと聞きたいことがあってぇ…」
へらへらと媚びるような声掛けをする飛市を、女子たちは冷ややかな視線で見ている。
「そのぉ、お、お前ら葉桜中だったよな?そういうわけで、は、はす…」
「あんたに話すことなんて何もないよ!だぁれが万年発情サルの上田に話すもんですか!」
「どうせまた「昨日風呂入ってどこから洗ったぁ~?」とかエロいこと聞こうとしてんでしょ?」
「あっちいけ!シッシッ!」
「あっ…そっか、はは…じ、じゃなっ。」
(やっぱこうなるよな~…)
クラスである意味目立つ存在の飛市だが、窓際で友達と好意の女生徒(性行為目的)や性の知識の熱弁等卑猥な話ばかりしていたのでクラスの女子からの評判はすこぶる悪かった。
「ちっくしょ~、他のクラス当たるしかないか。
幸い葉桜中出身のやつは多い。片っ端から当たればなんか引っかかるだろ。」
その後、飛市は休み時間を利用して律の情報を得るべく奔走した。
「し、しらないっ!」
「あー、クラス一緒になったことないから分かんないんだよねー。」
「キモっ」
飛市は葉桜中出身者を人づてで聞きながら律の情報を掴もうと聞き込みを重ねた。
しかし、未だ有力な情報は掴めていない。
「チッ、何も引っかからねえ。てか1組に俺のこと変態だのサルだの言いふらしたの誰だ?おかげで誰も協力してくれなかった。まあ、根気強くやるしかねえか…。」
飛市は文句を言いながらも再び聞き込みに向かう。
飛市はあきらめなかった。彼には決意があったからだ。
(蓮村、お前の本当の顔はそんなんじゃないはずだ…!)
放課後、飛市は中学時代律と同じクラスだったという角刈りの少年に聞き込みを行っていた。
「蓮村さん、確かに一緒のクラスだったよ。」
「ほんとか?!じゃあ教えてほしいんだけどよ、蓮村って昔っからあんな感じか?」
「いや、昔はすっごく明るかったよ。今とは全然違うと思う。」
「(やっぱりか…)じゃあ、途中から変わっちまったのか?なにがあったんだ?」
「…」
「なあ、教えてくれよ!たのむ…。」
「ごめん。この話はあまりしたくないんだ。あの時のこと知ってる人はみんな忘れたがってる。」
「…そうか。(そう簡単にはいかないか。)」
「でも、話してくれるかわからないけど、聞くなら3組の芦田さんが一番いいと思う。
芦田さんと蓮村さんはバレー部で一緒だった。多分一番仲良かったんじゃないかな。」
「(蓮村、バレー部だったのか!)わかった、ありがとな!その芦田って人に聞いてみるよ。」
「芦田さんは背が高くて髪が長い人だから。行けば分かると思う。
でも教えてくれるって保証はできない。蓮村さんが変わってしまったのは、バレー部の練習中に起きたことが原因なんだ。」
飛市は先ほどの少年が教えてくれた芦田という女生徒のもとへ向かった。
(蓮村はバレー部の練習中に起こったことが原因で変わってしまった。おそらく超能力が原因だ。だから気味悪がって誰もしゃべりたくない。…こんなところか?とにかく蓮村の友達だって人に聞いてみよう!ようやく全部見えてきそうな気がする…。)
飛市は聞き込みの結果に手ごたえを感じていた。律が心を閉ざした原因が段々とあぶり出されてゆく。
何より今の律が本来の姿ではないと確証が持てたことが嬉しかった。
彼女の笑顔を取り戻せる道筋が見えた気がした。
(…ここか。)
飛市は3組の前にやってきた。早速扉を開けると、まだ放課後が始まってそれほど時間が立ってないせいか、
部活の準備をするもの、帰らずにクラスメートと談笑するもの等、それなりの人数がいてにぎわっていた。
その中を見回すと、窓際の席で長いストレートヘアーと長身が目立つ女子がいた。かつて律と仲が良かったという芦田沙耶香だ。
彼女はにこやかに笑いながら友人と会話に花を咲かせていた。
「あの人だ…!てかめっちゃ美人じゃね!?
…いや、今はそんなことどうでもいい。」
飛市は彼女のルックスの良さに心を奪われかけたが、我に返り本来の目的を果たそうと彼女に近づいた。
「あんた、芦田さんだろ?」
「そうだけど…」
「俺は5組の上田。あんたに聞きたいことがあるんだ。できればあんたと二人っきりの方がいい。」
そう切り出す飛市に芦田の友人が割って入った。
「ねえ、聞きたいことってL〇NEとか?あんたも沙耶香のこと狙ってるんでしょ?」
「なっ…そんなんじゃねえって!」
「上田って、5組の上田飛市でしょ?噂は聞いてるよ、女子の敵だって。」
芦田の友人は怪訝な顔で上田に迫っていく。
「チッ…!(どいつもこいつも…)頼む芦田さん、あんたにしか聞けないことなんだ!」
飛市は芦田を真っ直ぐ見つめ、思い切って懇願する。
その真剣な表情に彼の目的が浮ついたものではないと悟った芦田は、飛市を信じることに決める。
「わかった。ちー、先部活行ってて。私この人とお話ししてみる。」
「えー?!大丈夫なの?こいつ変態だって聞いたことあるよ?」
(本人の前で言うなよなっ…!別に下ネタ言うぐらいいじゃねえかよ!)
「大丈夫。多分変なことにはならないから。」
芦田の友人はじろりと飛市の顔を睨みつけ、訝しむ表情を浮かべながら教室を出ていった。
「襲われそうになったら叫ぶんだよ!?」
そう言う彼女を、芦田はやさしく微笑んで見送る。
「…ここじゃ人がいる。場所を変えたい。」
飛市は会話の内容を聞かれてはまずいと思い、誰もいない場所へ移動することにした。
飛市が選んだのは校舎裏だった。
(校舎裏といえば告白…勘違いされずに来ることはできたけど、さっきの子に怪しまれてる手前、ここは選びたくなかったなぁ。今の時間どこも部活で使われてるしな~…)
「あの、こういうとこだけど、べ、別にそうゆう話じゃないからなっ?」
「どういうこと?」
「あ、あはは…」
芦田はきょとんとした顔をしている。
(まあいいや、ここからが本番だからな…!)
飛市は気を引き締め、芦田の目を真っ直ぐに見ながら言った。
「ぶっちゃけ言うぞ?蓮村のことが聞きたいんだ。」
その瞬間、芦田の顔が一気に険しいものに変わった。
(表情が変わった…!まあ予想通りだが。)
「あんたと同じ中学のやつに聞いたんだ。あんたは蓮村と同じバレー部、それで一番仲良かったって言ってた。
蓮村は昔はもっと明るかったっても言ってた。変わっちまったのは、バレー部の練習で起きたことが原因だともな。」
「………」
「だからあんたに聞きたいんだ。中学の時に何があったのか。」
「…」
「それを聞いてどうするつもり?」
「俺はあの子を助けたい。この間、他校の生徒に詰め寄られてたのを見た。
そいつがあの子のこと、化け物って言ったんだ。普段からあんな感じでやられてたんだと思う。
元をたどれば、多分原因は同じだ。」
「…」
「せっかく高校に入ったのに、毎日心を閉ざして誰とも関わらずに一日過ごしてる。そんなのあんまりだろ?俺はあの子を助けたい。
だから、あんたから教えてもらわなければいけない。蓮村のこと。頼むよ。」
「…」
「…」
「…」
しばしの沈黙の後、芦田は答えた。
「ごめんなさい…。上田君だっけ?君に話すことは何もないの。」
「どうして!?」
「確かに、律とは仲良かったよ。だけど、あの時のことと一緒に忘れることにしたの。」
「…俺はあんた達に何が起きたのかはわからない。だけどよ、あんたと蓮村は友達だったんだろ!
忘れるなんて、そんな簡単に言うなよ…」
「上田君、君が律を助けたいって言う気持ちは分かった。君はやさしいんだね。
でもね、例え私が話したところで君は何もできないし、何も変わらない。気分が悪くなるだけ。
だから忘れるしかないんだよ。」
「…」
「もうこの話は終わりにしよう?君もこれ以上首を突っ込まないほうがいいよ。」
芦田は静かに背を向け、この場から立ち去ろうとする。
「じゃあね。」
(逃がすかっ…!)
「俺はあの子の能力を知っている!」
飛市が言い放つと芦田は歩みをピタリと止め、驚いた表情で振り向く。
「えっ…?」
「俺は見たんだ!いや、それだけじゃない。実際にこの体で受けたんだ!
この間俺があの子とあったとき、俺は突然体が動かなくなった。そんで周りの物が突然浮いたりもしたな。
あの子は手を触れないで物を動かせる超能力者だったんだ!」
「…」
「バレー部の練習中のこと、蓮村の能力が原因じゃなかったのか?
超能力なんてみんなどうしていいかわからない。そんな非現実的なこと、みんな気味悪がるだろうし、見てない人には信じてもらえない。
だからみんな蓮村に何もしてあげられなかった!」
「…」
芦田は俯きながら飛市の話を静かに聞いていた。
飛市は続ける。
「俺もあの時ビビっちまった。そんで蓮村のことがどうしようもなく怖くなったんだ。
でも俺は聞いたんだ!昨日廊下であったとき、ブルブル震えてる俺の後ろであの子は確かに言った!
ごめんなさいって!
本当はあの子もこんなことはしたくないんだ。でも自分の能力でまた悪いことが起きるもしれない。
それが嫌だから自分で人を遠ざけた。ほんとは助けてほしいって思ってるのにっ…!」
「…」
「それに気づいたら蓮村への恐怖は無くなってた。代わりに助けたいって気持ちになった!
蓮村は今も苦しんでる。誰かが助けてやらないとずっと苦しみ続ける。
あんたは忘れたいって言ったけど、本当は今でも蓮村のこと助けたいと思ってるんだろ?!
今の俺ならあの子を救える。俺はもうビビらねえっ!!
だから、俺に教えてくれ!あの子を救う手助けをしてくれ!」
「…」
「教えてくれ!たのむっ…!芦田さんっっ!!!」
涙が止まらない。
芦田は嗚咽をしながらその場にうずくまる。
「芦田さん…」
しばらくして、気持ちが落ち着いてきた芦田はハンカチで目と鼻をぬぐい、それから静かに語りだした。
「…私と律は中学校の時に初めて会ったの。
バレー部入りたてのころからあの子頑張り屋で、それでいてチームメイトによくおせっかい焼くような優しい子だった。
私たちはすぐ仲良くなった。一緒に練習がんばって、毎日一緒に帰って、偶に片方の家でお泊り会してみたり。
毎日楽しかった。」
「…」
「でも、楽しかった日々は突然終わってしまった。
あの日、練習が終わった後、みんなで片づけをしてたの。その途中、ポールを撤去しようとした子2人が、
バランスを崩してポールごと倒れそうになったの。ポールは重いから、そのまま倒れたら2人は大けがしたかもしれない。
でも、その時信じられないことが起こった。ポールが倒れる途中で突然ピタッと止まったの。
止まった拍子に2人はびっくりしてポールから手を放して転倒しちゃったけど、最悪の事態は免れた。
それから倒れかけたポールは、まるで誰かが操ってるみたいにゆっくり床に倒れた。
みんな一連の流れを見て唖然としてた。私も理解が追い付かなかった。これは夢なの?って。
その後、あの時の律の様子がおかしかった、律が何かやってたって一部で噂になった。私はあの時律のこと見てなかったから気になってあの子に聞いたの。
そしたら、自分は超能力者で、あの時2人が危ないと思って咄嗟に能力を使ったんだって教えてくれた。私は律があんなこと出来るなんてその時まで知らなかったけど、あの子は確かに2人を助けようとした。
でも、片方の子が転倒したとき運悪く肘をついて倒れちゃって怪我をしてしまった。
その子はバレー部のエースで、次の試合は全国大会の掛かった大事な試合だった。結局その子は怪我が原因で試合に出れず、チームも負けて全国大会を逃した。
律は責任を感じてひどく落ち込んでしまった。私は律が部活をやめないように必死に励ました。律はあの2人を助けようとしたんだよって。
でもその頃から律を悪く言ったり、気味悪く思う人が増えてきた。試合中に超能力を使って不正をしてたんじゃないかって疑う人もいた。それで律のバレー部での立場がなくなっていった。そしてケガをした子が復帰してきた日、律に泣きながら大声で詰め寄った。「全部あんたのせいだ」って。
これが決定打になって律はバレー部をやめた。私は悔しすぎてその日は一日中泣いてた。
その後、バレー部で起きたことが学校で広まって、みんな律のこと噂したり気味悪がって近づかなくなっていった。中には律に嫌がらせする人もいた。そんな日々が続いて律は誰とも話さなくなって心を閉ざしていった。誰も律を助けてくれなかった。私を含めて。」
「…」
芦田は再び涙を浮かべながら語った。
「本当は…、私だけは律のそばにいてあげなきゃいけなかったのにっ…!
化け物の仲間だって指をさされるのが怖くて…、律から目を背けた。私はあの子を見捨てたのっ…!
友達だったのにっ…」
涙ながらに語る彼女の話を飛市は静かに聞いていた。
後悔、無力感、自責、彼女から伝わるものを受け止め、語りかける。
「ありがとう、話してくれて。あんたも辛かったんだな。
蓮村のことはよくわかった。俺はもう一度あの子に会いに行く。
どんなに辛くても助けてくれるやつは必ずいるんだって、あの子に分からせる。
うまくいったら、芦田さん、あんたのおかげだ。」
「…私はとっくに諦めてた。忘れようとしてた。
でも、あの子との楽しかった思い出があるから、忘れられなかった。
私にはもうあの子の友達と呼べる資格はない。だけど、あの子がまた笑顔になってくれるなら。そう思ってた…。
上田君お願い…、律を、あの子を助けてあげて…!」
「…ああ、任せろ。」
飛市の目に決意の炎が渦巻く。
芦田と別れ、飛市は帰路を辿っていた。
その途中、この間と同じく小さな少女と彼女に詰め寄る他校の3人組を発見した。
(いた…!)
飛市が近づいていくと、真ん中の意地悪そうな釣り目をした生徒が律を突き飛ばした。
(あいつ…!)
飛市はその光景を目撃すると、3人組のもとへ勢いよく走りだす。
「おまえらぁぁぁぁぁぁ!!!」
叫びながら走って向かう飛市だが、生徒二人に取り押さえられてしまう。
「放せっ…!このっ!…」
「誰かと思えば、この間のチャランポランじゃないか。こいつに関わらないほうがいいって忠告したはずだが?
そもそも3人相手でお前に何ができるんだよぉ?」
釣り目の生徒はゲラゲラと不愉快な笑い声をあげる。
「蓮村ぁ!力を使え!蓮村ぁ!」
飛市は取り押さえられながら律に呼びかける。
「お前ならこんな奴ら超能力で一発だろ!?やられてばっかりじゃダメだ!戦うんだよっ!!」
「バーカ。こいつが手を出したらお前らの学校にこいつの正体をバラシてやるところだ。それでもいいのかよぉ?!」
「なぁ蓮村、周りがどんなにお前のこと気味悪がっても、陰口をたたいても、化け物って呼んでも!
俺がお前のこと守ってやる!!」
飛市の叫びを聞いて律はハッとした表情をする。
「俺は芦田さんって人から聞いたんだ!中学のバレー部で起きたこと。
芦田さんはお前のこと助けられなかったって自分を責めていた。苦しんでいた。
でも、今でもお前のこと助けたいと思っている。また笑顔になってほしいって。」
「…沙耶香。」
「お前のこと助けてくれるやつはいる。それが俺だ!俺はもうお前のこと怖くねぇ!俺を信じろっ!
お前は本当はやさしい奴だって知ってる!自分の能力で人を傷つけたくなくて自分から一人になったんだろ?自分が辛くて苦しい思いする方がマシだって思ったんだろ?
お前は人を傷つける化け物なんかじゃねえ!人よりちょっと変わったことが出来る普通の女の子のはずだろっっ?!!」
「うるせえぞこいつぅ!」
「うっ…!」
飛市は押し倒されながらも必死でもがいている。
「蓮村ぁ!!」
律は静かに涙を流した。
自分が化け物だと認めれば、化け物のように振舞えば、人を傷つけなくて済む。
指さされる苦しさ、孤独、全て受け入れてきた。そうするしかない。そう思っていた。
助けてほしい。苦しみから解放されたい。心の奥底に閉まっていた思い。
そこに手を差し伸べてくれる人がいる。それが何よりうれしかった。
この少年を信じてみよう。そう思った。
「いってっ…!」
飛市を拘束していた2人が突然声をあげた。小石がどこからか勢いよく飛んで頭に当たったのだ。
しかし、周りには小石を投げたであろう人影はない。
「(今だっ…!)おらぁっ!」
バキッ!!
「ブヘェッ!?」
拘束が解かれた隙をついて飛市は自分を拘束していた片方の男、太ったニキビ顔の生徒の顔面を思いっきり殴りつけた。
男は飛市の一発を喰らい地面に倒れて起き上がれない。
「サンキュー蓮村!助かったぜ。」
「お前ぇ…、やりやがったな!?」
釣り目の意地悪そうな生徒は律の仕業だと気づき、怒りを向ける。
律はその少年に向かって右手を突き出し、手のひらを向ける。
「この…化け物がよぉぉぉ!!!」
少年が律を踏みつけようとしたその瞬間、見開いた律の瞳が少年を捉える。
その瞳には、眩い光が灯っていた。
律を踏みつける一歩手前で少年の体は宙に浮かび始める。
「おい、どうなってる!や、やめろぉ!」
少年はじたばたしながら2階建ての屋根ほどの高さまで浮遊し、そこで静止した。
「おい、お前らっ!こいつを止めろっ!」
少年は下にいる仲間に律を止めるように言う。しかし…
「悪いな。もう片付けちまった。こいつら全然歯ごたえなかったわ~。ははは。」
仲間は既に飛市にやられてのびていた。
「ふざけんな!ぶっ殺す!お前らぶっ殺してやる!」
飛市はへらへらしながら宙に浮かぶ少年を見ていたが、ふと律の方を見ると、彼女の表情がだいぶ辛そうになってきたことに気づく。
「おーい、お前。蓮村が多分そろそろ限界だからさ、お前落ちるかもよ。」
「は!?お前ら俺のこと殺す気かぁ!?」
「落ちて骨折とかする前に早いとこ謝っとけよ。まあ、俺が受け止めてもいいけど、すっぽ抜けるかもな。
どうする?ひも無しバンジーしたいなら止めないぜ?」
「わ、わかった!俺が悪かった!もうお前に絡まないから下ろしてくれー!!」
「だってさ。」
少年の謝罪を認め、律は少年をゆっくりと下ろしてゆく。
「オーライ。オーライ。」
飛市は少年の下で交通誘導のまねごとをしている。
そして無事少年が着地した瞬間、飛市が後ろから両腕を回す。
「な、何する気だ…?」
「何って…、こうすんだよっ!!」
飛市は少年を勢いよく担ぎ上げ、そのまま後ろへと倒れてゆく。
ドシンッ!!!
「ぐおぁぁぁぁぁっ…!!!」
見事なバックドロップで背中を強く打ちつけた少年は激しく悶絶する。
「お前ら蓮村にまた悪さしてみろ。そん時はいつでも俺がぶっ飛ばすっ!」
「おっ、覚えてろっ…!うう…」
3人の少年はよろよろと去っていった。
「大丈夫か?」
飛市はぐったりしている律に寄りそう。
「…大丈夫。ちょっと…頭が痛いだけ。少し休めばよくなるから…。」
「お前すげーよ。あいつあんなに高く浮いてたぞ。」
「すごいなんて…。これは呪われた力。人を傷つけることもある危険な力。」
「それは使い方次第だろ。お前さっき俺を助けてくれただろ?もっと自信持てって!」
「…上田君いい人なんだね。クラスだと…ちょっとアレな人だと思ってたけど。」
「…おいおい。そりゃどういう意味だよ。」
2人に訪れる和やかな時間。そこにいるのは化け物などではなく、どこにでもいる高校生の男女の姿。
「私が自分の力に気づいたのは小学校の時。最初は自分だけのおもちゃを手に入れたみたいな感覚だったけど、段々この力は使い方によっては恐ろしいことが起きるんじゃないかって、自分でも怖くなったの。
だから人前で使ったりしない、なるべくこの力に頼らないようにしようって思ったの。」
「まあアニメや映画の世界ならかっこいいってなるけど現実だからな。俺もあの時完全にビビってた。」
「あの時は本当にごめんなさい…。私とは関わらないほうがいい、そう思わせるために上田君を怖がらせようとした…。」
「別にいいよ。ああやって他人を遠ざけるしかなかったんだろ。たとえ自分が一人になっても。」
「超能力者なんて異質な存在。関わればいいことなんてないんだよ。あの時も、2人を助けようと思って初めて人前で能力を使った。
でも、結果的に良くない方に行っちゃった。私が安易に力を使ったせいで…」
「なあ、お前にいろいろあったのは分かるけどよぉ、何でもかんでもマイナスに捉えすぎだって。
バレー部のことだって、お前がポールを止めてなかったらもっと大きな事故になったかもしれないんだろ?
お前は2人を助けようとしたのは間違いないんだから。さっきも言ったけどもっと自信持てって。」
「上田君…。」
「俺はお前のこと人を傷つけるような奴だとは微塵も思ってねえ。逆に人を思いやれるいい奴だと思ってるよ。その時は偶々そういう結果になっちゃっただけだよ。お前の力はいいことに使えるし人を助けられる。
俺はそう思うけどな。
それにすんげーカッコイイじゃん!超能力だぜ?俺も昔映画で見たことあるんだ。手を使わないで物を飛ばしたりするやつ。んで敵と戦うんだ。お前も悪い奴倒したりするかもな!」
目を輝かせながら一人で盛り上がっている飛市に律はクスクスと笑いだす。
「だからさ?俺がもし困ってることがあったら蓮村が助けてくれよ。さっきみたいに。
俺はお前がなんか言われたり嫌がらせされたら助けてやるからさ。
明日からは元のお前だ。もうジメジメする必要もないだろ?
芦田さんとも、すぐには無理かもしれないけど、いつか元どおり楽しくやれるって。な?」
「…」
過去の記憶 歩んできた道
ずっとつづく暗がりの道 どこまで歩いても明けない夜
このまま歩き続けると思った暗闇にも、やがて暁が訪れる
「…私ね、ずっとこのままだと思ってた。
私は化け物だから…普通の人といっしょに居られないんだって…
ずっと苦しかった…助けてほしいって思ってた…」
端を切ったように涙があふれ出す。飛市は少女の肩に優しく手を添えた。
夕日が沈み、辺りに街灯が光っている。
「じゃあな蓮村。明日からまたよろしくな。」
別れを告げる飛市。帰り道を辿ろうとする飛市に、律は大きな声で呼びかける。
「上田君っ!!」
飛市は初めて聞いた律の大声に驚いて振り向く。
「困ったことがあったらいつでも言って!私力になるから!」
律はまぶしい笑顔で飛市に言った。
初めて見た律の笑顔に飛市は照れくさそうに視線を逸らす。
「…呼び捨てでいいよ。」
(なんだよ、あんな顔隠してたなんてよ…。勿体ねえよ、ホント。)
次の日、律は教室へと向かっていた。
(大丈夫かな…。クラスのみんな、私が急に話しかけたりして変に思わないかな…。
高校に入ってから今まで全く交流しなかったから正直不安…。)
律をつないでいた鎖はもうない。しかし、今まで誰とも関わろうとしなかったため気まずさは残っていた。
律は教室につくと不安を抱えつつゆっくりと扉を開け、自分の席、扉を開けてすぐの席に着こうとした。
その時、突然律の席の後ろにある掃除用具入れのロッカーが開く。
中から出てきたのは、昨日少女を過去の呪縛から解き放った少年、上田飛市だった。
飛市は律の背後から忍び寄り、彼女のスカートを勢いよくめくりあげた。
「ヘヘッ…」
ニヤリと笑みを浮かべる飛市。
周りの生徒が目を丸くして二人を見ている。
「ィヤッッ…!!」
律は赤面しながらスカートを両手で隠す。振り返ると、そこには昨日自分を救ってくれた優しい少年がニヤニヤしながら立っていた。
動揺している小柄な少女の前で飛市はクラス全体に響き渡る声で言った。
「おーーーーいみんなぁぁぁぁぁぁ!!蓮村のパンツはクマちゃんだぜえぇぇぇぇ!!!」
「は…??????」
大声で蓮村のパンツの柄を報告する飛市。
教室中に自分の履いているパンツが知れ渡り、律は目を大きくしながら恥ずかしさで顔を真っ赤にし、体を震わせている。
飛市に罵声を浴びせる女子、状況が呑み込めない者、大笑いしている者、「成程…」と眼鏡をくいっとさせる勉強できそうなバカ、それぞれがそれぞれの受け止め方をして教室は大賑わいだ。
「やーい蓮村ぁ!悔しかったらここまで来てみろぉ!」
飛市は蓮村に向かって舌を出すと、大笑いしながら教室を走って出ていった。
挑発を受けて律の恥ずかしさは飛市への怒りへと急速に変わってゆく。
「う~~え~~だああああああああ…!」
怒りが頂点に達した律は、勢いよく教室を飛び出し、飛市を追いかけてゆく。
「上田ァァァァァァァァァァ!!!!」
1年生の教室全体に響き渡る程の大声で律は叫んだ。
「ギャーハハハハハハハハッ!!!あいつやりやがった!」
「朝珍しく早くきて何事かと思ったら、まさかスカートめくるとはなぁ!」
「あいつ「俺は今日一人の少女を救う(ドヤッ)」とか言っといて結局痴漢したいだけじゃねえかよ!うけるー!!」
飛市の仲間たちは飛市の奇行に大いに盛り上がっていた。
「蓮村さんかわいそう…上田ってホントサイッテー!」
「みんなで蓮村さんのこと守ってあげようよ!」
「てかあたし、蓮村さんの大声初めて聞いたかも。」
「意外だよねー。いつもは黙って座って誰とも話さないのに。」
「ホントは元気な子なのかなぁ。話せば意外とノリよかったりして。」
飛市の仲間のうちの一人が、女子たちの会話に耳を傾けていた。
(へぇ…あいつの言ったこと、あながち間違いじゃないのかもな…)
「まぁてえええええええええっ!!」
「わりいな!俺お前のパンツが見たくて見たくて困ってたんだよ!おかげで助かったぜぇ!わはははははは!!!」
「殺してやる!!おまえ殺してやるうううううう!!!」
朝のホームルーム前、2人は賑やかに学校中を走り回る。
非日常的な日常は、まだ始まったばかり。