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遭遇

 立矢は、この沖村水産研究所に勤める研究主任だ。国立の博士課程を終了したのち、自らの故郷であるこの田舎の漁村に志願してやってきた。

専門は言うまでもないが海洋生物学、強いて言うのであれば岩礁地帯の生態系についてと言ったところである。


 午前9時頃、彼は昨日から推敲しているアブストラクチャーに手を加えたのち、今にも表紙の皮が剝がれてきそうな手帖に書かれた「汽水域生態調査」を済ますため、社用車で研究所から出掛けて行った。


 15分ほど車を走らせ、河川側から伸びる堤防の根元に停車した途端、作業着の胸ポケットに入れた携帯電話は鳴り始めた。

 研究所の受付事務の女性からだ。


「もしもし」

「立矢主任、お疲れ様です。古野様から先ほどお電話がありまして...」

古野とは同じ沖村にある沖村港にある、水産センターに勤める職員で立矢の小学校の

同級生だ。


「古野からとは珍しいな」

ほとんどの場合、研究所から水産センターに研究目的の生物採集などのため、船舶のチャーターなどの連絡が常で、センター側から個人で連絡が来るというのは稀であった。


「沖村港へ立矢主任を向かわせて欲しいとのご連絡でした。とても慌てたご様子で、聞く限りですと見たこともない生物が定置網に掛かったようで、立矢主任に見ていただきたいとのことでした。」


「奇妙な生物?」

立矢は、受付事務にそう聞き返した。


「はい、奇妙な生物とそう仰っておりました。」

確かに沖村ではかつて定置網にウバザメやジンベエザメなどが掛かったことがあり、村中が一時騒然となったことがあった。


「汽水域生物調査」を諦めた立矢は沖村水産センターに迎った。

 調査地点から30分程度、海沿いを南に車を走らせた所に沖村漁港がある。長く伸びる突堤の先端には半世紀以上前に造られた大きな灯台が港を見下ろしていた。


 風光明媚な場所に39t以下の漁船がひしめき合い、更に南へ進むと大型船舶の発着できる埠頭が2つ並んでいる。


 埠頭を越えると海辺には2㎞に及ぶ砂浜が続き、その端くれのコンクリート埋め立て地に「沖村水産センター」がある。


 どうやらその「奇妙な生物」は定置網で捕獲されたのち、この施設の東側にある大きな生簀に移されているようであった。


 立矢が社用車で駐車して早々、センター職員の古野が社用車にさながらラグビーのヒットでもするかのように、いきよいよく近づいてきた。


「立矢久しぶりだな。さぁヤツはこっちだ、早く来てくれ」

挨拶もそこそこに社用車から降ろされた立矢は、その「例の生物」の待つ東側の大きな生簀に古野と共に足を進めた。


「そいつはどんな生物なんだ?」

 立矢は古野に聞いた。


「それがな、どんなって言われても分類も名前も俺らじゃまるで検討も付かないんだ。頭足類のような見た目をしてはいるんだが足には関節があるし、何より体表が外殻に覆われていて俺らの知っているそれではないんだ。」


 頭足類とはタコやイカの仲間のことだ。頭足類の中でもかつて地球上に生息していたオルトセラスやアンモナイト、現代でもフィリピン海などに生息しているオウムガイのように貝のような殻を持つ種類が存在はするが足に関節はない。


「体長は?」

「だいたい1mぐらいってとこだ。まぁ百聞は一見に如かずと言う、とにかくこいつを見てくれ。」

問答している間に、立矢たちは「例の生物」のいる東側の生簀のあるドアの前まで来ていた。


 ドアを開くと5mほどの高さの天井に天窓のはめ込まれた部屋が奥に続き、「例の生物」は手前に設置された大型の帆布生簀の中に移動させられていた。


「これがその生物だ。」

 古野の指差した先に立矢は恐る恐る目を向けた。


「なんだ、こいつは」

生簀の中にいたのは海洋生物学を博士課程まで修めた立矢ですら名前はおろか、種類すら見当も付かない奇妙な生物であった。


 楕円形の頭部にはグレイタイプを彷彿させる眼と思われる器官が2つ剝き出しで並んでおり、頭部の下には40㎝前後の短い脚が前方に、後方には途中で2つに枝分かれした1mぐらいの長い脚がそれぞれ2本ずつ付いていた。


「欠損部位は?」

立矢がこのようなことを聞くのは定置網などで水揚げの際、甲殻類などは引き揚げた際の衝撃や、逃亡を図ろうと自ら体の一部を欠損させることがあるためである。


「今のところ、欠損した部分は確認できていない。これで完全体のようだ。」

引き揚げた漁師の証言などを踏まえ、古野が答えた。


 立矢は手を口にあて、考え始めた。

「立矢を以てしてもこいつが何者かわからないか。もしかしたら空からUFOにでも載って来たエイリアンかもしれないな。」


古野は腕を組みながらその生物に視線を向けてそう言うと、

「いるにはいるんだが。」と立矢が続けて答えた。


「ただ、その生物は4億年以上前に絶滅した生物だ。それにその種類の化石でもこんな大きな個体は確認されていない。」


「何という生き物…いや、この場合は分類と聞いた方がいいか。」

古野が半ば興奮ぎみに質問すると、立矢は静かに

「嚢頭類(のうとう類)」と答えた。


今回初めて小説を投稿してみました。面白ければブックマーク、評価をどうぞよろしくお願いします。

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