第1話〜そして物語は始まった
前に投稿した『神を堕とす者』の第二章です。
第二章としつつもリメイクに近いものがあるのでそのまま読んでも問題ありません。
スローペースで投稿していく予定です。
月明かりに照らされた校舎の屋上に、その男はいた。
制服の上から地面に届くほどの長さの漆黒のマントを身に纏い、校舎の正面方向、離れた位置にある時計塔を睨むように見ている。
その傍らには身の丈を超えるほどの大剣が直立しており、不思議な事にコンクリートの床に突き刺さることなく、ごく僅かに浮遊しているようだった。
学校の校舎という場には似つかわしくない格好、現実的にあり得ない大きさの武器、不可思議な現象。
まるで時が止まっているかのような静けさの中、男は能面をかぶったような無表情で、時が来るのを待っていた。
男の名はカリヤ。
顔は十代後半のようにも見えるが、放たれる静かな、それでいて重みのある雰囲気が、彼を二十代にも三十代にも見せていた。
…………。
冷たい風が屋上をなでるように通る。
日付は3月31日。
深夜ともなればまだまだ寒い。
どれほど時間が経っただろうか。
夜間でも灯りに照らされた時計台の盤面、その上を回る針が午前0時を指す少し前、浮遊した大剣が静寂を破る。
『ジュルリ……おっと寝てた。おお、今度の舞台はここか、カリヤ!』
大剣から発せられたのは甲高い、まるで子供のような声。
どこが口なのかは定かではないが、紛れもなく大剣が言葉を発している。
『生徒数2400人!!こんな好条件めったにないぞ、カリヤ!これだけいれば一人二人なんて言わず、十人二十人集まるんじゃないか?神を殺せる異能者が!』
夜の静寂を気にも留めず、喧しく大剣が喋るのをカリヤは気にした風もない。
どうやらこれはカリヤとって日常らしい。
『最近は腕の立つやつもめっきり減っちまって、退屈だよなぁ。せっかく勝ち残ったって最後は力に溺れちまうバカばっかり!いつになったらお役御免になるのやら!』
「……黙れ」
さすがに煩わしくなったのか、カリヤは口を開いた。
しかし会話は途切れず、大剣の言葉は止まらない。
『だってよう!さすがの俺様も飽きてきたぜ?さっさと他の奴に役目を譲って隠居しようって。今回は今までと違う!そろそろ自由になろうぜ!いつまでも縛られてるのは性に合わねぇし!』
「……。」
『お前だってそろそろ飽きただろ?今回目的を果たせば自由になれる!そしたら世界中を気ままにさすらおうぜ!!』
「……。」
『なぁカリヤよぅ。本来お前だって巻き込まれただけなんだし、元々責任なんかないようなもんだ。他の奴に押し付けちまえよ!ちょうどいいやつもいるし』
「……。」
カリヤは沈黙したまま、時計塔へと目を向けた。
大剣の言葉など町中の喧騒のように無視して、何かを待っているようだった。
そして時計台の針が午前0時を指す、ほんの少し前。
「……時間だ」
「ああ、時間だね」
カリヤと大剣しか居なかったはずの屋上に、新たな声が響いた。
…………。
わざとらしく足音を立てながら、学生服を着た少年と少女が¨虚空を裂いて¨現れた。
夜の闇よりも暗い裂け目からは、2人を追うように続々と制服を着た少年少女が出てくる。
そして最初に現れた少年と少女の後ろに整列するように並ぶ。
その姿は一様に異様、と言ってもいいかもしれない。
全員が異なる学校の制服を着ていて、そして全員が同じ能面のような白い仮面を付けて顔を隠している。
「ようやく今日という日がやって来た。まだまだ先は長いけど、これでみんなを解放するための準備は整った。後はカリヤ、君次第だ」
最初に現れた少年が口を開いた。
濃紺色の学ランを着て、やや平坦な、感情の感じられない声音。
カリヤはその少年を複雑そうな顔で見た。
「……いいのか?」
「構わない」
「そうか…」
問いかけに対する即答。
カリヤは僅かに視線を落とし、まるで懺悔するように目を閉じた。
「ならば、始めよう」
時計台の針が午前零時を指した。
辺りは一瞬昼間のような光に照らされ、またもとの静寂に包まれる。
日付は切り替わり、4月1日に変わった。