魔法使いの少子高齢化問題
近頃は人種の話になるとすぐさま差別だと騒がれるが、元々人種という言葉自体に差別的な意味は無く、髪や肌の色、骨格等の身体的特徴で人間を区分したにすぎない。
昔は同一人種の異性と子孫を残すことに拘る人が大勢いたらしいが、表立ってそのような主張をする人間は年々減っている。
さて、ここまでは人間族の話である。
魔法族はその力を次の世代へ繋いでいくため同族と子孫を残すことに拘り、彼らは幼い頃より結婚相手は魔法族の中から選ぶよう言い含められて育った。
しかし、人間族と同じように少子高齢化問題が彼らを襲った。
元々人間族に比べて総数が少ない魔法族は、このままでは一族が滅びてしまうと危機感をもち、子孫を残す相手を人間族からも選ぶことにした。
これまで血縁関係から排除されてきた人間族は、掌を反すような動きに反発した。
反発の理由として挙げられたのは魔法族の多夫多妻制だった。
尤も法律では認められているものの実際には大昔に結婚した数件を除いた全ての家庭が一夫一妻になっているため、魔法族はこれを機に法律を見直すこととなった。
それでも難色を示していた人間族が最終的に魔法族の要求を受け入れざるを得なかったのは、人間族が魔女を虐殺していたからだった。
所謂、魔女狩りである。
この件について魔法族は完全な被害者であり、当時魔女の人数がどれほど急激に減少したかを魔法族は具体的な値とグラフを用いて訴えた。
女性が減った結果、結婚したくてもできない独身男性が増えていると魔法族は主張した。
人間族と比べて寿命が長い魔法族はその分出産適齢期も長く、合計特殊出生率も高い。
魔女狩りが少子化の要因になっているのは紛れもない事実だった。
こうして、魔法族と人間族の婚姻が公的に認められた。
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土曜の朝、普段はボサボサな髪や髭を整えて皺一つないジャケットを着たルーベが小躍りしながらジュンの家にやってきた。
持っている合鍵で家の中に入るとジュンがいる寝室へ直行する。
「人間族との結婚が認められた!」
起こされたジュンは目を閉じたまま眉間に皺を寄せる。
「何か食べる?」
すかさずルーベが再び声をかけると、ジュンの表情が和らいだ。
「食べる」
幼馴染のルーベは、ジュンが色気より食い気だと心得ていた。
「すぐ作るからジュンも出かける準備して」
2分後、普段着のTシャツとジーパンに着替えて食卓に着いたジュンを見てルーベは内心呆れたが、美味しそうにパスタを頬張る姿を前に小言を言う気にはならなかった。
「人間族との結婚が認められた」
「それ、さっきも聞いた」
「どうして俺が今まで独身だったと思う?」
「モテないから」
「女が少なすぎたからだよ」
パスタを頬張り何も言わないジュンにルーベは続ける。
「どうして俺が毎週末ジュンの家に来ていると思う?」
「暇だから」
「家に居ても一人だからだよ」
「一人だと寂しいからか」
「俺が来なくなったらジュンも寂しいだろ?」
「かもしれない」
漸く欲しい答えが返ってきてルーベは満足そうに頷いた。
「だから、一緒に婚活しよう」
「当ては?」
「当て?」
「種族関係なく、そもそも女の知り合いがいないでしょ」
「これから出会う」
「出会う当ては?」
「日本に行く」
「日本?」
「魔法族と人間族との結婚が認められたからって、すぐに人間族の女が魔法族の男を受け入れるとは思えない」
ルーベにしてはマトモなことを言う、とジュンは思った。
「物珍しさでデートはしてくれるかもしれない。
でも、俺が欲しいのはちょっと遊ぶ女友達じゃない。
家族だ」
「ああ」
ルーベが人一倍子供好きであたたかい家庭に憧れていることをジュンは知っていた。
「どうやら日本の女性は魔法族に親しみをもっているらしい」
「それは初耳だ」
「例えば、日本では魔女の宅配便という映画が30年以上前に公開されて以降ずっと人気がある。
さらに、今結婚適齢期の女性が子供だった頃はおジャ魔女ファソラというアニメが流行っていたらしい。
これらの理由から、日本には子供の頃から魔女に憧れていた女性が大勢いると推測する」
物知り顔のルーベの言葉には説得力がある。
実際に説得力がある内容だったかはさておき、少なくともジュンはそう感じた。
「分かった。
日本に行こう。」
「その前に、ジュンの服装はもう少し何とかならない?」
2分でパスタを作れたのは、ルーベが時間を操れる魔法使いだからです。
二人が見ず知らずの日本に難なく行けるのは、ジュンが空間を移動できる魔法使いだからです。