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第9話 銀貨1枚に夢を託して⑤

「よしっ! 本当にやりやがった!!」


 思わず叫んでしまった……。

 だが他の人々は目の前で起こったことが飲みこめないでいるようだ。


 しばらく続いた沈黙を破ったのはビリーだった。


「……やった。やった……。やったよ! ミレーヌさんの勝ちだ!!」


 彼が歓喜の声をあげると、他の冒険者たちも一斉に沸いた。


「すげー!!」

「お嬢ちゃんがやりやがった!!」

「最高だぜ!!」


 一気に場がお祭り騒ぎになる。

 そんな中、マンセルだけはひとり顔を青くしたまま地面に膝をついた。


「ウソだ……。ありえない。バカな……」


 そりゃ、そうなるよ。俺だって初めて目の当たりにした時はえらくビックリしたからな。

 ビリーがミレーヌのもとへ駆けていくのが目に入る。俺はマンセルに、


「残念だったな」


 とだけ言い残してビリーの後を追った。


「あはっ。ごめんね。やっぱり壊れちゃった」


 ミレーヌが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべたが、ビリーは彼女の手を強く握って、首を横に振った。


「ううん! いいんだ! だって親父の夢がかなったんだから!」


 いつの間にか空が白み始めていた。


 遠い山の奥から太陽の眩しい光が射しこみ、ミレーヌの横顔を照らしている。


 神々しさすら感じる彼女の口元には、勝利を喜ぶ無垢な笑顔が輝いていた。


◇◇


 ベレス・ガープ討伐をギルドへ報告し終えた俺とミレーヌは宿で泥のように爆睡した。


 ひと仕事終えた後の睡眠ほど気持ちいいものはないな。起きた頃には昼過ぎになってたよ。


 そして食堂で腹ごしらえを終えた後、俺たちを待っていたのはマンセルとの約束だった。


「す……すみませんでした……。あんたたちをバカにして……」


 食堂のど真ん中でマンセルがビリーとミレーヌに対して頭を下げる。

 しかもクロスマーケットにいる全ての冒険者を目の前にしてだ。


 マンセルは恥ずかしさのあまりに震えている。そんな彼のことをミレーヌが底抜けに明るい声で励ました。


「マンセルさん、気にしないで! 『勝負は時の運。負けても次がある』って師匠も言ってたから。次また頑張って! ねっ!」


 次、ね。

 残念ながら、この街でマンセルに『次のチャンス』が回ってくることはないだろうな。

 なぜなら鍛冶師は『信頼』がもっとも大切で、冒険者たちに嫌われたら終わりだからだ。


「俺、もう二度とあいつの武器は買わねえ」

「俺もだ」

「当たり前だろ。もう二度と顔も見たくねえ」


 冒険者たちのひそひそ話が耳に入る。

 こうなった以上、マンセルがこの町で鍛冶師を続けることは不可能だ。

 

 悔しそうに唇を噛むマンセルに、


「大丈夫! 次だよ! あははは!」


 陽気に笑いながら彼の肩をバシバシ叩くミレーヌ。 

 まさに『悪魔』だな。もちろん当の本人に悪気はさらさらないが……。


 とは言え、彼女を止める気はないぞ。

 さんざん俺たちをバカにした報いだ。

 

 だがどこにも空気を読めない人はいるわけで……。

 

「ミレーヌさん。お待たせしました!」

 

 いいところで乱入してきたのは、ギルドの職員であることを示す青の制服を着た若い女だった。

 彼女はマンセルを押しのけてミレーヌの前に立った。


「今回の報酬である金貨10枚と、ランクアップが認められましたので、『Dランク』のバッジを持ってきました!」


「やったぁ! ありがとう!!」


 これだけの金貨があれば、どこへ行ってもなんとでもなる。

 だったらここでお別れだな。

 食堂内がミレーヌへの祝福で沸き立つ中、俺はひっそりと外に出た。



 ……が、しかし。


「リオ!!」


 ミレーヌだ。顔をほんのり赤くしてこっちを見ている。


 もしかして俺を引きとめるつもりか?

 でも無駄だ。俺の決意はダイヤモンドよりも硬いからな。


 けど若い女の子に「いかないで!」と言われてみたい気もする。

 だから俺はさりげなく、彼女の口から次の言葉を促した。


「なんだ?」


「ええっとね……」


 もじもじするミレーヌ。


「言いたいことがあるなら、はっきり言ってかまわないぞ」


 俺がさらに念を押すと、彼女は思い切ったように目をつむりながら口を開いた。


「トイレならわざわざ外に出なくても食堂の中にあるわよ!」


 はっ……?

 

「お腹痛くなっちゃったんでしょ? 大丈夫よ! 私しか気づいてないから!」


 ああ、期待した俺がバカだった。


「はぁ……。トイレなんかいきたくないぞ。ただ単にこの町を出て北へいこうとしていただけだ」


「えっ? そうだったの。お腹痛くないの?」


「ああ、まったく」


「よかったぁ! んじゃあ、ちょっと待っててね!」


「え? あ、ああ」


 思わず同意してしまったが、俺が彼女を待つ必要なんてあるのか?

 しかし同意した以上、勝手に立ち去るのは無礼だ。

 弾む足取りで食堂に戻っていったミレーヌの背中を見送る。

 

 彼女はすぐに戻ってきた。

 ただしさっきと違うのは隣にビリーとローザの兄妹がいることだ。


「さあ、ビリー。約束を守ってちょうだい」


 ミレーヌがニコニコしながらビリーの背中をポンと押す。

 ビリーはつんのめりながら俺の前に出てきた。

 

「あの……これ……受け取ってください」


 彼が差し出してきたのは『鍛冶用のハンマー』。

 言うまでもなく父親の形見だ。


「こんなの受け取れるわけないだろ」


 即座に拒否したが、ビリーは真剣な目を俺に向けた。


「リオさんは僕に教えてくれましたよね。『道具は職人の鑑だ』って。だから親父の夢はハンマー(こいつ)の夢でもあったと思うんです。リオさんはその夢をかなえてくれた。だからこれからもこいつの夢をかなえ続けてほしいんです!」


 ちらりとミレーヌを見やる。

 相変わらずニコニコしているが、その目は鋭く光っている。


 なるほどな。

 俺が鍛冶師を辞めないようにするための作戦ってわけか。


 けどな、俺の決意は固い。


 もう嫌なんだよ。

 

 信じていた誰かに裏切られる未来は――。


「悪い。おまえの願いを聞くことはできない」


 ビリーは一瞬だけ目を大きくした後、落胆を隠すように笑みを浮かべながらうつむいた。

 ミレーヌも眉をひそめている。

 その様子はがっかりしたというよりは、ひどく悲しんでいるようだ。


 ……ったく。

 二人にそんな顔されたら、こう言うより仕方ないだろ。


「良い道具を眠らせてしまうことほど、鍛冶師として罪深いことはない。だから受け取るだけ受け取ってやる。だがこいつで武器を作ると約束はしないからな。日用品を作るのだって立派な鍛冶師の仕事なんだから」


 俺がそっぽを向きながらハンマーを手に取ると、


「ありがとうございます!」


 ビリーの顔に明るさが戻り、妹のローザが俺に対してはじめて笑いかけてきた。


「ありがとう! リオおじちゃん!」


 ちょっと待て!

 『おじちゃん』はないだろ!

 俺はまだ23だぞ!


 だが夏のひまわりのようなローザの笑顔を見て、反論する気がすっかり失せてしまった。


「ふふ。これで一件落着ね! じゃあ、もう一つの約束を果たしてもらうわ」


 今度はミレーヌがビリーの前に立ち、あろうことかベレス・ガープ討伐の報酬である金貨10枚を差し出した。


「ダメです! こんな大金、受け取れません!」


 両手を振って「断固拒否」をあらわにするビリー。しかしミレーヌの意志は曲がらなかった。


「いいから、いいから。その代わり、冒険者を辞めて、医者を目指すの! 学校にもいかなくちゃいけないし、どうせ勉強するなら王都がいいから引っ越しもしなくちゃでしょ。ひょっとしてこれだと足りないかしら?」


 いや、じゅうぶんだ。

 学費を払い、妹と二人で栄養のある3食に、王都の綺麗なアパートを借りたとしても、余裕で10年は暮らせる大金だ。

 

「これ以上『貧しい』を言い訳にして夢から逃げるのは辞めなさい。天国のお母様とお父様が悲しんでいると思うの」


 ピシャリとミレーヌが言った。

 ビリーの顔に緊張が走る。

 なせが俺の胸もズキッと痛んだ。


「師匠が言ってたわ。『いつでも自分に誇れる生き方をしなさい』って。

ビリー。もしこのお金であなたの誇れる生き方のお手伝いができるなら、私は喜んで差し出すわ」


「でも、それだとミレーヌさんの報酬はゼロになってしまうのでは……?」


 報酬ゼロどころか無一文のままだ。

 いったい何を考えているんだ?


 そうか! 

 実家に帰ることにしたんだな!


 ところが彼女の考えはまるで違っていた。


「ふふ。私には『Dランク昇格』という報酬を貰ったからそれだけで満足よ! だって『Dランク』になると『護衛』の仕事を受けることができるんだから!」


 そう言いつつ俺の方を見るミレーヌ。

 

「おいおい! まさか俺の護衛をする、と言うつもりじゃないだろうな!? 嫌だぞ! 世間知らずの貴族令嬢なんかに守ってもらうなんて!」


「あら? いいの? ベレス・ガープが倒されたことがきっかけで、街道にモンスターがたくさん出現したってギルドの人が教えてくれたのよ」


「んなっ!?」


 顔が勝手に引きつるのも無理はない。

 なぜなら俺は戦闘のセンスがまるでない。

 学校の剣術の授業も常に学内でビリだった。


 ――お兄ちゃんももうちょっと強ければモテたのかもねえ。


 と妹からも呆れられるほどなのだ。

 当然、街道にあらわれたモンスターと戦えるわけない。


「ふふ。決まりね! ここはドーンと冒険者の私にお任せあれ!」


 ふんすと鼻を鳴らしたミレーヌは胸を張ってドンと叩いた。

 

 この町にとどまるのも、王都に帰るのも本望ではない。

 だったら仕方ないか……。


「分かったよ。よろしく頼んだぜ。Dランク冒険者様」


 皮肉をこめて『D』の部分を強調したのだが、彼女には通じてないようだ。

 嬉しそうに「うん!」と快活な返事をして、早くも町を出る門の方へスキップで向かいはじめた。


 俺はポカンとしているビリー兄妹に軽く会釈をし、最後にビリーの肩に手を置いて言った。


「次に夢をかなえるのはおまえの番だ。頑張れよ」


 ビリーが爽やかな笑顔で「はい!」と返事をする。


「ちょっと、リオ! もたもたしてると置いていくわよ!!」


「いったいどんな因果があって俺がミレーヌから急かされなきゃいけないんだ?」

 

「グチグチ言ってる殿方はモテないって聞いたことあるわ」


「いちいちうるせえ!」


 胸の内側にモヤモヤしたものを抱えながらも、俺はその場を後にした。



「「ありがとうございましたぁぁ!!」」

 


 ビリーとローザの声が白い雲の向こうまで突き抜けていく。

 

 一歩踏み出すごとに胸が高鳴っていくことを不思議に思いながら、俺はミレーヌの背中を追いかけていったのだった――。



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