第8話 銀貨1枚に夢を託して④
◇◇
「火の神よ。我にその偉大なる力を授けよ! フラマリ!!」
俺は大量の銅を前にして火の魔法を唱えた。
これだけの大量の銅となれば、高温になりやすい巨大な炉を使うか、3人がかりで溶かす。しかしここには炉はないし、鍛冶師も俺しかいない。
それにみんなの前だからな。
これくらいは一人でやらなくては示しがつかない。
銅の塊から眩しい光が放たれる。
「レビトーザ!」
今度は物体を浮遊させる魔法だ。
ドロドロの液体になる寸前の銅を空中に浮かせて、銅の剣をセットした『金床』と呼ばれる台の上に持っていく。
「ダウン!」
魔法を解除したとたんに、液体化した銅が金床に流れ込んだ。
ジュゥという音を立てて、金床が真っ赤な銅で埋まる。
そのタイミングを逃さず、俺はビリーの父が残した鍛冶用のハンマーで叩きはじめた。
――カンカンカンカン!
甲高い音を立てながら、徐々に剣の形ができあがっていく。
俺はそばでじっと見つめるビリーに声をかけた。
「道具は職人の鑑だ。このハンマーはすごく使いやすくて、質が良い。つまりおまえの親父さんは、すごく良い鍛冶師だった、ってことだ」
「えっ……。はい、ありがとうございます」
ビリーが嬉しそうに、はにかんだ笑みを浮かべる。
自然と俺の口元もほころび、ハンマーを持つ手に力がこもった。
気づけば既に日は暮れていた。
「よし! できたぞ!!」
長さは大人の背丈くらいの長さで、幅が手のひら二つ分くらいの、巨大な剣が完成した。
「わあ! すごいわ!!」
ビリーよりも先にミレーヌが驚きをあらわにする。
俺はビリーにその剣を手渡した。
「大きい……」
「お兄ちゃん。すごいね!」
いつの間にか様子を見に来ていたローザも目を輝かせている。
「これが親父が完成させたかった武器……」
ビリーがしみじみと漏らした。
でも先ほどのような涙はもうない。
凛とした表情で、その剣をミレーヌに差し出した。
「お願いします! これでベレス・ガープを倒してください!」
ミレーヌがあからさまに戸惑う。
「あのね。私は……。ええっと。大切な武器を受け取れないというか……」
「知ってます。リオさんが全部教えてくれましたから」
「へっ?」
あ、そうだった。すっかり忘れていたが、ミレーヌが「用事があるから」と市場へ向かった時に、ビリーに彼女のことを話したんだよな。
「もうっ、リオったら」
ミレーヌが下唇を突き出しながら、恨めしそうな目で見てきたが、俺は素知らぬふりをする。
ビリーが深々と頭を下げた。
「この町の誰も倒せないような強いモンスターを倒すのが冒険者としての夢です。だからベレス・ガープを倒すのは親父の遺した夢なんです! お願いします! その夢をミレーヌさんの手で叶えてあげてください!!」
俺の見込みでは、ミレーヌはそこまで言われて引き下がるような人ではない。
「分かったわ。私がビリーのお父様の夢をかなえてみせる!」
やっぱりな。
そうこなくっちゃ!
「でもね。それには2つだけ『条件』があるの――」
なんとなく嫌な予感がする。
だが武器を肩に担いだミレーヌを前にして、俺は口を挟むことはできなかった。
◇◇
空には大きな三日月。
北の街道の中央には、ゾウのように大きなサソリのモンスター、ベレス・ガープ。
その周りには無数の武器が転がっている。どれも刃が欠けて使い物にならない。
少し離れたところで多くの冒険者たちが盾を構え、ベレス・ガープの攻撃にそなえている。みな絶望に震え、身動きが取れないでいた。
とそこに現れたのは巨大な剣を肩に担いだ貴族令嬢、ミレーヌ。
彼女はまるでピクニックに行くかのような軽い足取りでベレス・ガープに近づいていく。
「おいおい……まさかリオと一緒に食堂にいたお嬢ちゃんか?」
「となればあの大剣は、ビリーが持っていたボロボロの短剣だっていうのか!?」
「リオがあの剣を生まれ変わらせたのか……」
「リオは『イカサマ』なんかじゃなくて、『本物の天才』だったんだな……」
ようやく気づいたか。
だが驚くのはまだ早い。
これからあんたたちはもっと凄いのを目の当たりにするんだからな。
ミレーヌがベレス・ガープと向き合った。
「あなたがそこにいると商人たちが困るの。商人が困れば町の人も、王都の人も、みーんな困っちゃうわ。だから悪いけど、あなたを討伐させてもらうわね!」
彼女が何でもないことのように明るい調子でそう告げると、夜空に高笑いが響いた。
「がははは! 世間知らずのお嬢ちゃんが何を言い出すと思えば! 俺の作った武器でまったく歯が立たないのに、『張りぼて』の剣でかなうはずがないだろうに!」
鍛冶師のマンセルだ。冒険者たちの背後に隠れながら顔だけ見せている。
どうやら自分の武器でベレス・ガープが討伐される様子を見に来たらしい。
まあ、その気持ちは分かるよ。
俺だって今、ビリーと一緒にミレーヌを応援しにきてるんだから。
「その剣の素材は『銅』か? がははは! 『銅』でベレス・ガープの鋼鉄の体を叩き切るつもりなのか!? 笑わせてくれるわ! がははは!」
いちいち癇に障るおっさんだ。
銅よりも高価で切れ味の良い素材ばかりを使っておきながら、ベレス・ガープの体に傷一つつけられない武器しか作れないヘボ鍛冶師に言われたくないな。
……ともあれ、これから冒険者のひとりが凶悪なモンスターに立ち向かおうとしているんだ。
「おっさんは黙ってろ! 冒険者が集中できねえだろ!」
モンスターがあらわれた場面では、武器を持った冒険者こそが最上位の存在。
たとえ国王ですら、冒険者の邪魔をしてはならない、と法で定められている。
「ちっ!」
マンセルは何も言えなくなってしまい、顔を真っ赤にしながら首を引っ込める。
ミレーヌが俺を見てニコリと笑った。
俺は口角を上げて小さくうなずく。
さあ、ぶちかましてやれ――。
言葉に出さずとも、彼女にはしっかり伝わったようだ。
ミレーヌは担いでいたグレートソードを両手に持ってかまえた。
細い腕と脚なのに、上体がまったくぶれていない。
惚れ惚れするくらい様になってるじゃないか。
「かかってきなさい!」
ミレーヌが甲高い声をあげる。
ベレス・ガープは全身を小刻みに震わせながら、尻尾を高く上げた。
その先端は巨大な毒針。刺されれば、待っているのは死のみ。
「シャアアアアアア!!」
ベレス・ガープが耳をつんざくような声で鳴いた。
同時に毒針が一直線にミレーヌへ向かっていく。
「はっ!」
銅のグレートソードの重量は小さな子ども一人分に等しい。
にも関わらず、ミレーヌは軽いステップで毒針の突きをかわした。
徐々にグレートソードが青白い光を帯び始める。
「あれは!?」
「魔法剣か!」
冒険者たちの間から驚きの声が聞こえる。
しかしまだこんなもんじゃないはず。
その証にミレーヌは剣をかまえたまま、攻撃の素振りを見せない。
「チィィィィィ!!」
ベレス・ガープが脳天を揺らすような高音をあげながら、毒針を高速に何度もミレーヌに向かって突き刺す。
しかしミレーヌはテンポのよい曲に合わせてダンスをしているような華麗な足さばきで、それらの攻撃を完封した。
そして青白い光が濃くなったところで、
「やっぱりリオの武器は最高ね! 私の魔力を全部受け入れてくれる! さあ、今度はこっちからいくわよ!」
ついにその時はやってきた。
後ろに大きく剣を引いたミレーヌは軸足の左足を地面にめり込ませながら、低い声で言った。
「夢幻流。五乃型……斬鉄剣!」
――ドンッ!
爆発したような音とともにミレーヌが疾風となってベレス・ガープに向かっていく。
同時にグレートソードが一筋の光となって空中を走った。
――ザンッ。
乾いた音が鼓膜を震わせる。
ベレス・ガープの背後まで一気に駆け抜けたミレーヌは低く腰を落としながら、両手を前に突き出している。
その手にはグレートソードの柄。だが剣身は見る影もなく消え去っていた。
静寂が辺りを包む。
誰も何も言えず、固唾を飲んで状況を見守っていた。
そうしてひんやりした秋の夜風が通り過ぎた直後――。
――ズリッ……。ドスンッ。
ベレス・ガープの胴体が横に真っ二つに割れ、地面に落ちたのだった。