第6話 銀貨1枚に夢を託して②
「武器が完成すれば、絶対に冒険者として成功する。おまえが医者になれるよう、学校にも通わせてやるからな――親父はそんな風に息巻いていたんですよ。でも成功できるわけないですよね? だって完成した武器は単なる『銅の短剣』。鍛冶師だったくせに最低ランクの武器しか作れないなんて……親父はただのウソつきだ」
ビリーは声を必死に殺しながら泣いている。
「誰もかなわないモンスターを倒す武器を作るのが夢だって言ってたじゃないか……。それもウソだったのかよ……」
どうしたものかと俺とミレーヌが戸惑っていると、聞き覚えのあるだみ声が店内に響いてきた。
「クソガキめ。まだこんなところにいたのか。とっとと貧民街に帰れ! 貧乏がうつる!」
声の主に視線を向ける。いかにも意地が悪そうなやせ型の中年男だ。
「あ! あなた、武器屋の店主ね」
ミレーヌが指をさす。
おいおい、人に指をさすのは辞めなさいって礼儀作法で習わなかったのか?
「なんだ? この小娘は。クロスマーケットいちの鍛冶師、マンセル様を知らないとでも言うのか!? ああん?」
いかにも『小物』といった名乗り方だ。
そのマンセルとやらが俺たちのテーブルのすぐ近くまでやってきて、ミレーヌにがんを飛ばす。しかしミレーヌは素知らぬふりをして、俺に問いかけてきた。
「私、『貧乏』って他人にうつるものだと知らなかったわ。ねえ、リオ。本当なの?」
他の鍛冶師の前で俺の名前を出すな!
……と心の中で文句を言っても遅かったようだ。
「おやおや。そこにいるのは『アークを死に追いやった最低の鍛冶師』のリオではないか。化けの皮がはがれた『いかさま鍛冶師』のあんたと、まともに武器も買えない底辺冒険者のクソガキ――実にお似合いだ! ぶわっはははは!!」
ああ、やっぱり予想していた通りの展開になっちまった。
「おい聞いたか? あいつ、『いかさま鍛冶師』のリオだってよ」
「よく平気な顔していられるよな。国民全員を騙してたくせによ」
「あいつの見栄のせいで英雄が亡くなったと思うとやるせないぜ」
「ああ、なんだかイライラしてきた」
「俺もだ」
「行こうぜ。これ以上、ここにいたら手が出ちまいそうだ」
「だな」
遠巻きにこちらを見ていた冒険者たちが一斉に席を立つ。
冷たい視線に胸が痛むが、これからも同じようなことはあるはずだ。
慣れていかねば……。
「ちょっと待ちなさいよ! あなたたち誤解しているわ!」
バンとテーブルを両手で叩きつけたミレーヌが勢いよく立ち上がった。
「なんだ? あの女は」
「着てる服からして世間知らずの貴族令嬢だろ」
頬をわずかに赤くしたミレーヌは、周囲の雑音など気にも留めず、一気にまくしたてた。
「言っておきますけど、リオは『いかさま鍛冶師』なんかじゃないわ! すご腕の鍛冶師よ。ここにいる『ウソつき』のおじさまよりも、ずっと良い武器を作れるに決まってるわ!」
あーあ、これは修羅場になるぞ……。
案の定、マンセルがミレーヌに詰め寄る。
「俺がいつウソをついた? ああん!?」
「無料で武器の手入れをするって貼り紙をしているくせに、ビリーを追っ払ったじゃない!」
「ぶわっはははは! これだから素人は困る! こいつの武器を見て、『手入れすればどうにかなる』って胸張って言える鍛冶師なんていやしねえよ! お嬢ちゃんはおうちに帰ってパパとママに甘えてればいいんだ! しゃしゃり出てくるんじゃねえ!」
冒険者たちの間からも冷笑が容赦なく浴びせられ、ミレーヌが悔しそうに唇を噛む。
彼女の大きな瞳には涙がたまっていた。
その涙を見て、俺の中で何かが音を立てて崩れた――。
俺のことは何を言われてもいい。
だが俺のせいで誰かが傷つくのは、絶対に許せない。
黙ったまま事態を見守ろうと思っていたのだが、もう堪忍ならんな。
「いや、手入れすればどうにかなるぞ」
俺がさらりと口にしたとたんに、場が一瞬だけ静まり返る。
だがそれもつかの間、ドッと笑いが起こった。
「ぶわっはははは! やっぱり『いかさま鍛冶師』様は言うことが違うねぇ! こんなボロボロの武器がどうにかなるだとよ!」
「がはははは! さすが口先だけで有名になった男だ!」
「あははは! こいつは笑いすぎて腹が痛くなるジョークだな!」
食堂内が無駄に盛り上がる中、一人の冒険者風の青年が真っ青な顔して転がり込んできた。
「た、大変だ! 狂暴化したベレス・ガープが北の街道にあらわれた! 『緊急指令』が発令されたぞ! 報酬は金貨10枚!」
それまで大笑いしていた冒険者たちの顔に緊張が走る。
それもそのはずだろう。
ベレス・ガープと言えば、サソリが超巨大化したモンスターだ。
全身は鋼鉄の鎧のように硬く、毒針で刺されたら一撃であの世行き。
Aランク以上の冒険者でようやく互角といったところだ。
食堂にいる冒険者たちはみなバッジの色からして『Dランク』か『Cランク』だ。
束になってもベレス・ガープにはかなわないだろう。
だが『緊急指令』だからそうも言ってられない。
町がピンチになると、半ば強制的に受けさせられるクエストなのだ。
『緊急指令』を回避できるのは『Eランク』か、大けがをしているなどの正当な理由がある冒険者のみ。
さっきまで大笑いしていた冒険者たちの顔がこわばるのも無理はない。
だが俺にとっては好都合だった。
「面白い。じゃあ、こうしよう。俺がビリーの武器を手入れする。その武器と、あんたが作った新品の武器……どちらでベレス・ガープを倒せるか、勝負しようじゃないか」
マンセルは顔をひきつらせたが、すぐに気味悪い笑みを浮かべた。
「くくく。いいだろう。あんたの負けは確定してるがな!」
「そんなのやってみないと分からないだろ」
「はぁ!? 何言ってるんだ? 仮にあんたが武器を直したとして、普段からウサギとか鹿しか相手にしたことのないヒヨッコがベレス・ガープとまともに対峙できると思ってるのか!? ああん!?」
「いや、思ってない」
「だったらやってみなくても分かるだろ! 俺の勝ちなんだよ! ぶわっはははは!!」
「もうめんどくさいな。ここにもう一人いるだろ。冒険者なら」
俺はミレーヌを横目で見た。
その視線を追ったマンセルが「はあ!?」と顔を大きく歪める。
ミレーヌも驚いた顔で俺をじっと見つめている。
「バッジが見えないほど目が悪いのか? だったら鍛冶師なんて辞めた方がいいぞ」
「ぶわっはははは! 何をバカげたことを! このお嬢ちゃんにいったい何ができるって言うんだ!」
高笑いするマンセルに対し、俺はため息交じりに首を横に振った。
「これだから『都落ち』の三流鍛冶師は困る」
「なんだとぉぉぉ!?」
「あんた、王都で鍛冶師をやってたけど、客がつかなくなってこの町にやってきたんだろ?」
マンセルの顔がリンゴのように真っ赤になる。
図星のようだな。
「俺が三流だとぉ!?」
「ああ。『超一流は人も武器も見た目で判断しない』。この剣のことも、ミレーヌのことも、ろくに知りもせずバカにしたから『三流は困る』と言ったんだ」
「てめぇ~~。言いたい放題言いやがって……。おい! おまえら!! うちの武器を格安で売ってやるから、絶対にベレス・ガープを倒せ! いいな!!」
そこはタダじゃないんだ、と心の中でツッコミを入れておく。
冒険者たちは渋々「分かった」と返事をして食堂を出ていった。
「てめえが負けたら、ゴードンさんを紹介してくれよ。兄弟子なんだろ?」
ゴードンに取り入って王都に戻りたい、という下心か。
クズが考えそうな報酬だ。
ちなみに俺とゴードンは犬猿の仲だ。
連絡など取れるわけがない。
けどそんなことをこいつは知らないしな。
下手に断るのも面倒だ。
「いいだろう。その代わり、俺が勝ったらビリーとミレーヌに非礼を詫びてもらうぞ」
正真正銘、これが鍛冶師としての最後の仕事にする――そう決めて、俺はミレーヌとビリーを連れて食堂を後にした。