第5話 銀貨1枚に夢を託して①
◇◇
――腹が減っては戦はできぬ、って師匠が言ってたわ。だからまず何か食べよう!
ミレーヌの提案で、俺たちは少年を連れて近くの食堂に入った。
「い、いいんですか? 俺、これ食って……」
運ばれてきたチキンスープとパンを前にして、少年がゴクリと唾を飲み込む。
「うん! もちろん!」
ミレーヌがニコニコしながら少年に答えると、彼の顔が明るくなった。
「ありがとうございます! いただきます!!」
ここの食事代は俺が支払うことになるのだから、ミレーヌが即答するのは、ちょっとおかしい。
……しかしそんなことを口にしようものなら「小さいことを気にする殿方はモテないと聞いたわ」と言われかねない。
ふふ。俺は学習能力が高いからな。
もう「モテない」とは言わせないぞ。
ちなみに俺とミレーヌも同じ料理にした。
野菜とチキンのうまみがギュッと凝縮されたスープは絶品だな。
「はぁ……美味しいって幸せね」
とろけそうな表情で、スープにパンを浸して食べているミレーヌ。貴族令嬢らしからぬ作法だが、真似をしてみたらめちゃくちゃ美味かったから、何も言うまい。
「ねえ、あなたもやってごらんなさいよ」
ところが少年はミレーヌの誘いには乗らず、パンを紙で包んだ。
「妹に持って帰ってやりたくて……」
この妹想いの純朴な少年の名はビリー。15歳。
5歳下の妹とクロスマーケットの外れにある貧民街の一角で暮らしているらしい。
「どうして冒険者をやっているんだ?」
そう問いかけると、ビリーはバツが悪そうに答えた。
「別にやりたくてやってるわけじゃないんです。僕、本当は医者になりたかったんですから」
「どういうことだ?」
「小さい頃に母さんと親父を亡くして、ろくに学校も出てないから、どこも雇ってくれないんです。今どき読み書きすらできないんじゃ話にならない、と……。もちろん医者になるための勉強なんてできるわけもありません」
「なるほど。だから冒険者ってわけか」
なお冒険者の登録条件は『武器を持っていること』だけ。
学がなくても一獲千金を狙えるわけだが、そう甘い世界ではない。
Sランクともなれば国や貴族から『指名』でクエストを依頼されることもある。
依頼料だけで銀貨100枚……つまり金貨1枚はくだらない。
一般的な商人の年収が銀貨50枚だから、わずか1回の依頼で成功失敗に関わらず、商人2年分の報酬を得られるってことだ。もちろん成功すればさらに高額な報酬が待っている。
ちなみに『ブラックドラゴンの討伐』のクエストは、依頼を受けるランクや人数の制限はなかった。その代わりに依頼料は0。ただし成功報酬は金貨100枚――小さな村ならまるまる買えてしまうほどの大金だ。
「僕の親父は元々『鍛冶師』でした……」
聞けば10年前、王都で鍛冶師をしていたマンセルという男が、この町にやってきた。それからビリーの父親は客をすべてマンセルに奪われてしまったらしい。
「親父は負けたんですよ。マンセルに。ちょうどその頃、ローザ……妹が生まれて。母さんが死んで。鍛冶師を辞めた親父が悪いヤツらに騙されて全財産失って……。気づけば貧民街で3人暮らししてました」
そうしてビリーの父親は最後に作った武器を持って、冒険者に登録した。
「その2年後でした。親父が死んだって聞かされたのは……。『銀貨1枚』の報酬欲しさに無茶なクエストを受けたのが原因だったようです。そして残されていたのはこれだけ」
ビリーがテーブルの上に武器を置いた。
銅製の剣だ。しかし錆だらけで、色は黒ずんでおり、ところどころ刃こぼれもしている。気になるのは『短剣』の割には『柄』の部分がやたら大きいことだ。
「うわぁ。ずいぶんとボロボ……『年季の入った』代物ね! 古いものを大事にする精神はとても大事って師匠も言ってたわ!」
見え見えの気休めを言われても、苦笑いしか出ないよな。
「ははっ……ありがとうございます」
ビリーは苦笑いを浮かべながらミレーヌにペコリと頭を下げた。
礼儀正しい子だ。
ますます冒険者向きな性格ではないな。
「知っていると思いますけど、『銅の短剣』は最低ランクの武器です。だから冒険者として成功しようとは考えてません。ただその日のパンが買うことができればいい。そんな風に思って続けています」
だから受けるクエストも「食堂のためにウサギを狩る」とか「仕立て屋のために鹿の毛皮を調達する」といった危険性の低いものばかり。報酬も鉄銭50枚ほどらしい。(銅貨1枚が鉄銭100枚。鉄銭10枚でパン1つが相場)
しかし今朝――。
――君の武器、全然手入れできてないね。これでは冒険者として認めるわけにはいかない。
ギルドの職員からそう言われてしまい、クエストを受けることができなくなってしまったそうだ。
そこでマンセルに武器の手入れをお願いしにいったのだが、無下に断られた、というわけだ。
「ねえ、リオ。どうにかならないの?」
ミレーヌが上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。
俺は淡々とした口調で答えた。
「グリップの部分はまだ問題ないだろう。しかし刀身はもはや限界をとうに越えている」
今の状態で「これが武器です」と言われても、冒険者の命を預かっているギルドとしては認めるわけにはいかない。
「剣を新しく買いなおした方が安くつく。手入れを断られるのも当然だな――」
俺ならここまではっきり言ってくれれば、「武器を買いなおそう」と思い立ち、かえってすっきりする。
だがビリーは顔を青くしながら
「そうですよね……」
とつぶやき、今にも泣きだしそうなくらいに悲しい顔をしている。
それにミレーヌも、
「厳しいことは包み隠してあげるのが、モテる殿方と聞いたわ」
と首を横に振っているではないか。
いったい俺の何がいけなかったのか分からない。
ダメなものはダメ。それだけのことじゃないのか?
「あきらめて冒険者以外の仕事を探すんだ。低ランクとはいえ冒険者は危険を伴う職だ。大事な妹がいるならなおさら辞めた方がいい」
「くっ……。これも全部あいつのせいだ」
これまでの純朴な印象とは打って変わって、すさんだ様子のビリーに対し、俺とミレーヌは思わず目を合わせた。
「あいつって誰のこと?」
ミレーヌが優しく問いかけると、ビリーは眉間にしわを寄せて大声を張り上げた。
「親父だよ!! あいつがたった『銀貨1枚』欲しさに死んだせいで、僕とローザはこんな辛い目にあっているんだ! きっとその『銀貨1枚』だって、酒場で使うつもりだったに違いない。僕はあいつが憎い!!」
ビリーが感情を爆発させる。
あまりのギャップに俺とミレーヌは言葉を失ってしまった。