第4話 不遇の天才鍛冶師、やめる決意を固める②
◇◇
俺が『不壊の天才鍛冶師』なら、『不敗の天才冒険者』と称された青年がいる。
ベンジャミンだ。
名家の出身で、端正なマスクの持ち主でもある彼は、稀代の人気者。
俺が鍛冶師として成り上がることができたのも、彼を顧客にしていたことが影響しているのは間違いない。
ところがベンジャミンこそが『あのクソ野郎』だった――。
鍛冶師の鉄則は『戦闘中に壊れる武器を作ってはならない』である。
だから耐久性を最優先する。
岩のように硬い相手にも壊れず、そのうえで極限まで性能を高める――そこに鍛冶師としての腕前の差がでる。それでも手入れをしなければ武器はすぐに悪くなる。
そのため冒険者は1日の終わりに武器の手入れをするよう義務づけられているのだ。
しかしベンジャミンはその義務を放棄した。
それは『ブラックドラゴンの討伐』という国王が全ての冒険者に参加するように命じたクエストでのことだ。
冒険者たちがブラックドラゴンのすみかの山へ向かう中に、ベンジャミンも帯同していた。
もちろん彼の腰に差されていた長剣は俺の特注。希少な鉱石『オリハルコン』製だった。
――ブラックドラゴンの皮膚はミスリルより硬いと言われているが、オリハルコンなら斬れるはずだ。ただしオリハルコンは1日でも手入れをしないと、ガラスのようにもろくなる。いいか、ベンジャミン。絶対に手入れを欠かすなよ。
俺はベンジャミンにそう念を押して、彼を送り出した。
ところがベンジャミンは俺の言いつけを守らなかった。
ベテラン冒険者のポールがこう教えてくれたよ。
――ブラックドラゴンのすみかまでの道のりは険しかった。だから先頭をいくレベルの高い冒険者たちのすぐ後ろについていくのが一番安全だったのさ。
ベンジャミンは彼らについていこうと必死でね。それこそ寝る間も惜しんで道を先へ進んでいたよ。
当然、武器の手入れなんてまったくしていなかったぜ。
彼のすぐ後ろにいた俺が言うんだから間違いねえ。
王都を出て10日目。
山のふもとまでたどり着いたのは冒険者4人。そのうちの1人がベンジャミンだった。ちなみにポールは途中で脱落したそうだ。
4人は協力してブラックドラゴンと戦ったが、ベンジャミンの剣が根もとから折れてしまった。
ピンチに陥ったベンジャミンを守ろうとした冒険者の1人が命を落とした。
悪いことに、それは『英雄』と称された冒険者のアークだったのである。
言うまでもなく、国中からベンジャミンに批難が殺到したよ。
アークは民衆に人気だったからな。
裁判にかけられ、投獄寸前まで追い込まれたベンジャミンがとった手は、鍛冶師の俺にすべての責任を押しつけることだった。
「手入れしたのに武器が壊れたのがいけないのだ! だから武器を作った鍛冶師、リオ・ラクールこそ、アークが命を落とす原因を作った罪人だ!!」
あとはお察しの展開ってわけさ――
◇◇
「もう俺のことは放っておいてくれ」
半ば投げやりに言って、そっぽを向く。
世間知らずのお嬢様を地でいくミレーヌだからこそ、俺に対して色眼鏡なしで見てくれるんじゃないかと、心のどこかで期待していたのだと思う。
でも違っていた。
やはり俺はどんな人にとっても『国民の敵』なのだ。
彼女も同じだったんだな。
自然と足が速くなる。
ミレーヌを振り切って、ひとりになりたい。
ところが彼女は息ひとつ乱さず、再び俺の横に並んできた。
「私ね、コクワの師匠に教えてもらったの。
『絶対に自分を悪く言ってはいけない。たとえ周りが敵ばかりになっても、自分だけは自分のことを信じなさい』ってね」
ズキっと胸に鋭い何かが突き刺さる。
「それにね。天国にいるアークはこう思ってるはずよ。『リオは悪くない。すべては敵の手にかかってしまった自分が悪いのだ』と」
足を止めてミレーヌの顔を見つめた。
ニコニコした表情からは親しみを感じる。
「どういうことだ? 俺のことを憎んでいないということなのか?」
「憎む? まさか! 武器は壊れちゃったけど、レッドドラゴンに身動き取れないほどのダメージを与えたのは、まぎれもなくリオの武器のおかげよ。
私があんなに多くの魔力を込められたのは初めてだったし。
だから私はあなたのことを『すごい鍛冶師』って思ったわ」
「俺のことを『すごい鍛冶師』……」
「うん! きっと同じように感じている冒険者だっているはず。だから勇気を出して」
「勇気?」
「鍛冶師を辞めるつもりなんでしょ? でも私は続けるべきだと思う。だから勇気を出して!」
「くだらない。俺はもう武器に関わらないと決めたんだ。それに誰かさんに商売道具もぶっ壊されちゃったしな」
俺はそこで会話を切ってから歩き出した。
ミレーヌが俺のことを敵視していないことが分かって、ちょっぴりホッとしたのは認める。
しかし、だからと言って、鍛冶師を続けるつもりはまったくない。
もう『不壊の天才鍛冶師』は死んだんだ……。
「ちょっと待ってよ! ハンマーならいつかちゃんと返すから!」
必死に追いかけてくるミレーヌを無視したまま、俺は先を急いだ。
もうすぐで交易都市、クロスマーケットだ。
そこでミレーヌとはさよならだ――そう心に決めていた。
◇◇
クロスマーケット――その名の通り、十字路に市場があることからそう名づけられた町だ。
穀倉地帯である北へ伸びる街道と、海に続く東の街道が交差するこの地は、遥か昔から交易が盛んだったらしい。
「うわぁ! すごい活気ね!」
世間知らずのミレーヌにとっては物珍しい光景らしい。
目を輝かせながらキョロキョロしている。
一方の俺は、いつ彼女と『お別れ』するか、タイミングを計っていた。
たしか彼女は有り金すべてをゴードンに渡してしまったと言ってたな。
だったら宿屋の前で銀貨2枚を手渡そう。
銅貨100枚で銀貨1枚だ。宿賃の相場が銅貨10枚だから、銀貨2枚で20日分は泊まることができる。それだけあればどこにだって行けるだろう。
心置きなくミレーヌを置き去りにできる。
その後は北の街道をずっと進んでいけば、故郷の町に着く。
しかしその道のりについて、一つだけ問題があった。
それは『護衛』だ。
――『モンスターの王者』たるブラックドラゴンが出現してから至るところにモンスターが出てくるようになってな。もう大変なんだよ。
と、付き合いのある商人から嘆かれたことがある。
――だから『護衛』を雇って道中の安全を確保するようになったんですよ。
その分、かかった費用を商品の値段に上乗せしているんだそうだ。
どうりで物価が上がるはずだ。
……と、話が少しそれてしまったが、元に戻すと、『護衛』にできるのは『Dランク以上の冒険者』という決まりになっている。
冒険者は『駆け出し』となる『E』のランクからはじまり、『D』『C』『B』『A』と上がっていき、次が最高ランクで『S』となる。
ちなみベンジャミンは最年少で『S』に昇格したんだったな。
そしてミレーヌは最低ランクの『E』だ。
剣や魔法がからっきしの俺は、この町でDランク以上の冒険者を護衛として雇わなくてはいけない。
しかし『国民の敵』である俺の護衛を引き受けてくれるお人好しな冒険者などいるのだろうか……。
そんな考え事をしながら、大きな通りを歩いていると、
「おっ。あれは……」
道の先に宿屋の看板が見えてきた。
その手前にある武器屋が目に留まったのは、つい数日前まで自分も同じ武器屋を営んでいたからだろう。
商売敵がどんな店構えをしているか、気になってしまうのが性というものだ。
『武器の手入れ 今なら冒険者は無料!』
三流の武器屋にありがちなチラシが窓に貼ってあるが目に映った。
『武器の手入れ』は鍛冶師の腕前が如実にあらわれる。
良い手入れをして満足してもらえれば、次は武器を発注してくれるかもしれない。
そうやってコツコツと顧客を増やしていくのが定石なのだ。
もっとも一流の鍛冶師はそんなことをしなくても勝手に顧客がつく。かつての俺のように。
「はぁ……」
「どうしたの? ため息なんかついちゃって」
「ああ、過去の栄光で優越感に浸ることほど情けないことはないなと思ってな」
「??」
ミレーヌが不思議そうに小首を傾げたその時、店の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめえみたいな乞食を相手してる暇なんてねえんだ! でてけ! 二度と来るな!!」
店のドアが乱暴に開けられ、中から顔中泥だらけの少年が追い出されてきた。
彼の腰には見た目からしてボロボロの剣が差してある。
「お願いだ! この剣の手入れをしてくれよ! ギルドで仕事をもらうには武器が必要なんだ! このままだと仕事がなくて、お腹を空かせた妹を食べさせることができなくなってしまう。どうかお願いだ!」
少年が涙交じりにドアを叩く。
しかし店主はわずかに空いたドアの隙間から槍の柄で少年の腹を思いっきり突いた。
「ぐへっ!」
少年がもんどりうって道の中央に転がる。
何の事情も知らない俺でも「可哀そうに……」とは思う。
しかし手助けでもしてみろ。
めんどくさいことに巻き込まれるのは目に見えている。
ここは他の人々と同じようにスルーするのが一番だ。
しかしミレーヌがそれを許さなかった。
彼女は俺の手をギュッと握ると、ケロッとした顔で告げた。
「リオ。あの子を助けましょ!」
そして有無を言わさず少年の前まで俺を連れていったのだった。