第3話 不遇の天才鍛冶師、やめる決意を固める①
こうして俺とミレーヌは『赤の刑場』からの脱出に成功した。
無事に外に出られた、ということは、晴れて自由の身を勝ち取ったわけだ。
しかしあまり嬉しくはなかった。
なぜなら今の俺は『罪人の鍛冶師』だからだ。
のこのこと王都に戻ったところで居場所がないのは目に見えている。
だから俺は王都とは逆の方角に進んだ。
故郷に戻ってひっそりと生きていこうと決めたのである。
「あはっ! やったね! 私たちの勝利だよ!」
横を歩いていたミレーヌが、ひょいっと俺の前に出てきた
俺の気分とは裏腹に、澄み切った青空のように爽やかな笑顔だ。
「別にレッドドラゴンを倒したわけでもあるまいし、勝利ではないだろ」
「はははっ! 『倒せぬ相手を前にした時は逃げるが勝ちと心得よ』って師匠が言ってたわ。命があれば何でもできるっ!」
彼女の言う『師匠』とは『夢幻流の師匠』のことか。
ずいぶんと古めかしい人生哲学も教えてくれたんだな。
「うんうん!」
自分の言葉に納得しているミレーヌに対して、反論する気が失せた俺は、彼女から目を離して先を急いだ。
しかし話はまだ終わっていなかったようだ。
「ねえ、ちょっと聞いてくれる?」
再び俺の前に出てきたミレーヌは、俺が言葉を返す間も与えずに、自分の生い立ちを語り始めたのだった。
◇◇
ミレーヌ・ハネス。20歳。
王都でも一二を争う大豪商、ハネス商会の社長ジェラルド・ハネスの末っ子。
幼い頃からやんちゃで、同年代の男子を負かすくらい腕っぷしが強かった。
「ミレーヌちゃんは大人しくしてれば、お人形さんみたいに可愛いんだけどねぇ」
祖母からも苦笑いされるくらいだから、どれだけ彼女が手のつけられないじゃじゃ馬だったか想像がつくだろう。
ただし末っ子というのは何をやっても可愛がられるものだ。
16で超お嬢様学校を卒業するまで、ミレーヌは自由奔放に人生を謳歌していたらしい。
「けどパパ……お父様に国から一代限りの爵位が与えられてから雲行きが変わっちゃったのよね」
「まあ、貴族令嬢になれば社交界にもでなきゃいけないからな。あ、もう『パパ』って言ったのを、わざわざ『お父様』と言い直さなくていいからな」
「え、あ、うん。ありがと。んでね、パパいわく、私がこのままでは一家の恥になりかねないんだって。失礼しちゃうわよね!」
「いや、それはジェラルド卿が正しいと思うぞ」
「まあ! そういう時は女性をかばうのがモテる殿方と聞いたことがあるわ!」
「どうせ俺はモテないですよっ……て、うるせえ。とにかくミレーヌは礼儀作法に厳しい極東の国コクワへ留学させられたんだな?」
「よくコクワの国に留学に行ったって当てられたわね!? まさかリオって私の『ストーカー』さん?」
「んなわけないだろ! 初対面だっつーの! ほら、見せてくれただろ。『夢幻流』を。あれはコクワに伝わる奥義ってことくらい、俺だって知ってるんだよ」
「あはっ。そうだったのね! よかったぁ。リオが変態さんじゃなくて」
「ったく……。俺を何者だと思ってるんだ?」
「リオは何者なの?」
「俺はなぁ。こう見えても――」
そう言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
俺は自分のことを話したくない。
なぜなら失望されるから……。
「まあ、俺のことはいいだろ? んで、どうだったんだよ。コクワの留学は?」
「あはっ。身につけたのは貴族令嬢に相応しい礼儀作法ではなくて、凶悪なモンスターすら一撃で仕留める武術だったの」
しかも魔法の才能まで開花したという。
こうして無双の戦乙女、ミレーヌが誕生した。
めでたし、めでたし……といくわけもなく、父親であるジェラルドは激怒した。
「おまえなんていらん! 冒険者でも兵士でも好きにすればいい! 今すぐ出ていけ! ……金貨5枚と貴族令嬢にふさわしい鎧だけはくれてやる」
こうしてミレーヌは家を追い出され、冒険者の道を歩むことになった。
「でも私には致命的な欠点があるのよね」
「武器を絶対にぶっ壊してしまうことか。しかもたったの一撃で……。武器を絶対に壊されたくない鍛冶師からしたら悪魔みたいなものだな」
「悪魔って失礼な言い方ね。でも私に武器を作ってくれた鍛冶師の人たち全員から嫌われちゃったのは確かだわ……」
藁をもつかむ思いですがったのは父ジェラルドと懇意にしている鍛冶師ゴードンだった。
「マジか。あのゴードンに頼んだのか」
「うん、有り金全部おいていけば作ってやるって言われて、金貨3枚をあげたの」
「金貨3枚!? 王都の郊外であれば家が建つほどの高額だぞ!」
「へぇ~。そーなんだ。私、お金のことよく分からないから……」
「おいおい……どんだけお嬢様なんだよ」
ちなみにゴードンは金にがめつく、プライドの塊のような嫌な男だ。しまりのないブヨブヨの体で、目は細く、口元もだらしない。羽振りはいいから、金目当ての若い女を常にはべらせている。
……鍛冶の腕前だけは『そこそこ』いい。
あんなんでも俺の兄弟子だったからな。
Sランク冒険者の半分はヤツの顧客って噂もあるくらいだ。
鍛冶師は権威を重視する世界。
ランクの高い顧客が多い人ほど格上なのだ。
そう言った意味においてゴードンはこの国の最上位に位置する鍛冶師と言ってもいい。
「んで、ゴードンさんに武器を特注で作ってもらったの」
「どんな武器だ?」
「アダマンタイト製の短剣よ」
なるほど。
アダマンタイトはダイヤモンドよりも硬い鉱物だ。
そして短剣は長剣に比べると耐久性が高い。
つまりゴードンは『絶対に壊されない武器』を作ったわけだ。
「ちょうど『ブラックドラゴンの討伐』のクエストがあったから、それに挑戦することにしたの。でも初日で脱落したわ」
近くにいた冒険者がピンチになったのを助けるために武器を使ったらしい。
ゴードン特注の武器すら一撃でぶっ壊れ、ミレーヌは旅を続けられなくなった、というわけだ。
アドマンタイト製の武器が壊れたとなれば鍛冶師の沽券にかかわる。当然ゴードンは猛反発した。
「俺の武器がそんな簡単に壊れるわけがない! わざと壊したに違いない! これは鍛冶師への冒涜だ! この女を排除せよ!!」
負けず嫌いのゴードンらしい吠えっぷりだ。
ゴードンが開発した『ゴードン・ジャベリン』は王国軍の装備になっていることもあり、彼は政治家に顔がきく。しかもミレーヌの父、ジェラルドは他国へ長期滞在中。
「ミレーヌが『準死刑』に処されるのも当たり前の流れってことか」
「私、武器を壊しただけなのに、レッドドラゴンのいるフロアに連れてこられたの。なんでだろ?」
首を傾げてるくらいだから、自分が処刑になったことすら分かっていないようだ。
「なるほどな。ところでどうして冒険者になったんだ? 大人しくしていれば貴族令嬢として一生安泰だったろ?」
ミレーヌは目を細めて、あっけからんと言った。
「だってそんなのつまらないじゃない」
文字通り目が大きくなっていくのを感じた。
「つまらない……だって?」
「うん! せっかく私には私しかない能力があるんだもの。それを使って楽しまなきゃ損でしょ?」
私しかない能力、というくだりに、なぜかドキっと胸がうたれる。
「ふふ。冒険者で最高ランクまで登りつめた貴族令嬢――きっと歴史に残るわ! どうせ一度きりの人生だったら、誰も成し遂げていないことを成し遂げたいの!」
青空を見上げたミレーヌはとても大人びて見えて、なぜか胸がしきりに音を立てている。
彼女は俺の方に視線を戻した後、軽い調子で言った。
「これで私の話はおしまい。どう?」
「どう、と言われてもな。返事に困る」
「ふふ。そうよね。じゃあ今度はあなたのことを教えてよ」
別に「君のことを教えてくれ」と頼んだわけじゃない。
それに自分のことを話したくない。
なぜなら『国民の敵』であることがバレてしまうからだ。
とは言え、ミレーヌの素性を知ってしまったのに、俺のことをまったく教えないのは不公平だ。
このまま黙ったままだと、モヤモヤしたものが胸に残り続けるだろう。
そこで俺は「名前はリオ。鍛冶師だ」とだけ小声で言った。
しかし残念ながら、その情報だけで正体を知られてしまうにはじゅうぶんだったようだ。
「リオ。鍛冶師……ああ、あなたが『例の鍛冶師』だったのね」
「例の鍛冶師……ね。ずいぶんと濁した言い方だな。はっきり言ってもいいんだぜ。『国民的英雄アークを死に追いやった最低の鍛冶師』ってな」