第28話 グラスターのキング③
◇◇
翌日はDランクの採取クエストに出たのだが、それも失敗に終わった。ミレーヌの悔しそうな顔を見て、エドガーたちは大笑いしてた。
そして今日。
勝負を明日に控え、俺たちは対策を練るためにラナをギルドの外に連れ出して話を聞くことにした。
ギルド内ではエドガーたちに絡まれかねないと考えたからだ。
場所はミレーヌのオススメという、いかにも高そうなカフェ。
店内は上品な令嬢ばかりで、居心地が悪いったらありゃしなかったが、ここなら粗野な冒険者がやってくることはないだろう。
「『獅子王の涙』が採取できるのは、グラスターの東の森を抜けた小高い山の山頂よ」
ギルドを出たラナはいつもの制服ではなく、ふんわりしたブラウンのニットに身を包んでいる。いつにもましてリスのように見えてならない。素直に可愛いと思う。
ミレーヌも私服姿で、薄い黄色のブラウスとフェルト製の帽子をかぶっている。
可愛らしさと上品さが同居していまともに見たらドキドキするから、お茶をすすりながら、ちらちら彼女に目をやっていた。
もはや立派な変態だな。
けど、しょうがないだろ!
自慢じゃないが、こうして女の子とカフェに入るのは生まれて初めてなんだから!
「ちょっとぉ。リオさん、聞いてます?」
「あ、ああ。もちろん」
「ふふ。リオったら、ラナちゃんが可愛いから見とれてたのね!」
「違いますよぉ。リオさん、さっきからチラチラとミレーヌのことばっかり見てましたよぉ」
「ぐふっ!」
思わずお茶を吹き出しそうになったのをどうにかこらえる。
ラナの観察眼、恐るべし。
これからは気をつけなくては……。
俺は話題を元に戻した。
「と、ところで、森の中は道も整備されているし、モンスターを警戒する必要はないはずだよな?」
ラナも寄り道するつもりはないようだ。
「ええ。そうなんですが、問題は山の麓からなの」
ここまで淀みなく説明してくれていたラナが声の調子を落とした。彼女はオレンジジュースをストローでちゅーっと吸ってから続けた。
「山の麓にブルー・グリズリーが3体も待ち構えているの」
ブルー・グリズリーか。
Cランクでも討伐したことがあるボスクラスのクマのモンスターだ。
挑発には弱いが、岩をも砕くほどの腕力の持ち主。
2体同時に現れた時ですらかなり苦戦したのを覚えてる。
それが3体も同時だなんて……。
「大丈夫! 全部倒せばいいだけのことでしょ?」
ミレーヌはこの店に入ってから3つ目のケーキを頬張りながら、いつもの調子で返した。俺はため息をついた。
「いきなり武器を3本も使うつもりなんだな。まだ山の入り口なのに」
「むぅ。鋼鉄の武器なら1本で2体は倒せるわ! 3体は無理でも」
「それでも2本は使うじゃないか」
口を尖らせたミレーヌは俺のチーズケーキに自分のフォークを突き刺した。俺が皿ごと彼女に渡すと、とたんに機嫌が戻る。
俺はラナに先を説明するように目配せした。
「山道には至るところにボス級のモンスターが出現します」
「武器2本では先を進むのは無理だな」
「うん。それに極めつけは山頂なの」
ここに『獅子王』ことギア・クリスカルというライオンのモンスターがいる。
「刺激さえしなければこの季節に起きることはないの。刺激さえしなければね」
「どの程度の刺激だ?」
「うーん、ちょっとやそっとじゃ起きないみたい。武器で傷つけるくらいのことはしなければ平気だって言われているわ」
「なーんだ。だったら平気だわ! わざわざ強敵を起こすために武器1本を無駄にするなんてあり得ないもの」
「でも、くれぐれも注意してくださいね。一度起こしてしまったら最後。Sランクの冒険者でもかなわない無類の強さを誇る、伝説級のモンスターが猛攻をしかけてくるんですからぁ。
しかもその場から逃げても追いかけてきちゃうのよ」
「つまり下手すれば町まで襲ってくるってことか」
「そうならないためにもギア・クリスカルを絶対に起こさないこと。万が一起こしてしまったら、『奈落の深淵』という山頂に空いた大きな穴に落とさないとダメだって言い伝えなのです」
「言い伝えね……。かなり危ないクエストだな」
「本当にこの勝負やるんですかぁ?」
考え直した方が絶対にいい、という意味なのは明らかだ。
しかしミレーヌは頬にクリームをつけながら、屈託のない笑顔で返した。
「うん! もちろん!」
やっぱり止めても無駄ですよね、と言わんばかりにラナは苦笑いを浮かべた。
「はぁ……。せめてブルー・グリズリーがリオさんみたいにミレーヌに見とれたまま、動かないでくれたらチャンスはあるんですけどねぇ」
「あはは! ラナちゃん、ナイスアイデア! でもそれはあり得ないわね! 相手はモンスター、私は人間だもの」
「ふふ。冗談で言ってみただけですよぉ」
「あはは! そうよね! そんなの無理に決まってるものね!」
ケラケラと笑い合う二人。そのまま『女子トーク』をはじめている。
どうやらもうクエストの話題は彼女たちの中で終わったらしい。
しかし俺の頭の中は、ラナの何気ない冗談が何回も繰り返されていた。
そしてついに一つのアイデアにたどり着いたのである。
「そうか! その手があったか!」
無意識のうちにラナの小さな手を両手で握った。
「え? ど、どうしたんですかぁ?」
顔を真っ赤にさせながら、つぶらな目をぱちぱちさせるラナをそのままにして、俺はミレーヌの方を向いた。
「ミレーヌ。この勝負、勝てるかもしれないぞ!」
◇◇
翌日。いよいよ勝負の時を迎えた。
スタートは町を出る門。俺とミレーヌが到着したのはスタート時間ギリギリだった。既に多くの人々が集まっていて、注目の高さがうかがえる。
もちろんエドガーとAランクの冒険者たちの姿もあった。
「ずいぶんと遅い登場だな? そうか! 今住んでる家を出るための荷造りをしてたんだな。この勝負が終わったら、王都に帰るんだもんなぁ。ガハハハッ!」
相手の嫌味を嫌味としてとらえないのがミレーヌの特徴の一つだ。
「ふふ。ごめんなさい。明日受けるクエストをどれにしようか迷ってたら遅くなっちゃったの」
「はあ?」
「だって明日からはBランクのクエストが受けられるようになるんだもん! 楽しみだわ!」
ちなみにウソではない。
早めにグラスターに到着したからギルドで待つことにした俺たち二人。
ミレーヌがクエストの張り出された掲示板を見て、「あれにしようかな?」「それともこっちがいい?」などと一人で盛り上がっているうちに、スタート時刻になってしまったというわけだ。
「なんだとぉぉ!! 面白え! すぐに決着をつけてやらぁ!」
ラナの「勝負はじめぇ!」という掛け声と同時にエドガーは物凄い勢いで門を出ていった。
「うおおおおお!!」
あっという間に姿が見えなくなり、声が小さくなる。
ミレーヌが感嘆の声をあげた。
「わぁ! 重い鎧を着て全力疾走で走り続けることができるって、すごいスタミナね!」
「感心してる場合か。俺たちも行くぞ」
町を出て森に入る。
ラナの言う通り、ここまでは順調だ。
そして森を抜けた後が本番だった。
「出たわね。ブルー・グリズリー!」
ラナの言う通り3体。うち1体は胸に大きな傷がある。
エドガーが派手に体当たりしたのだろう。その彼は細い山道に入っていくのが目に映った。
「やったぁ! ちょっと追いついたわね!」
そりゃ、見上げるほどデカいクマのモンスター3体から襲われたら、そう易々とは通り抜けられないはずだ。
それでも小さく見える彼の姿からは、足を引きずっている様子がないから、ほぼ無傷で突破できたようだ。
物凄い突破力だな、ほんと。ミレーヌが感心する気持ちも分からなくない。
「よし、リオ! じゃあ、私たちも頑張るしかないね!」
ミレーヌが短剣を抜き、腰のあたりにかまえる。
彼女のリクエスト通り、鋼鉄で作った剣だ。
鉄や銅よりも攻撃力はかなり高い。
「ああ、頼んだぜ。1本で2体いけるか?」
「うん! きっと大丈夫!」
3体が同時に襲いかかってきた。
俺は例のごとく岩陰に身を潜め、ミレーヌが3体を引き付ける。
「はっ!」
彼女が短く気合いを入れると同時に剣が青白く光り出す。
薄紫の鎧のすそをふわりと浮かせて、ブルー・グリズリーたちの攻撃を小鳥のような舞いでかわしていく。
口元にはかすかな笑み。揺れるブロンドの髪が朝日を浴びてキラキラと輝いている。
相変わらず見事で、美しい。
ところが彼女の方はいっぱいいっぱいだったようだ。
「リオ! 3体を引き離すのは無理だわ! だからこのまま3体とも倒しちゃっていい?」
いや、それはダメだ。
そもそも1本の武器では2体同時が限度だって自分で言ってたじゃないか。
それに『あの計画』が台無しだ。
「ちょっと待ってろ!」
俺は何も考えずに岩陰から飛び出し、地面の小石をブルー・グリズリーに向かって投げつけた。
「あ、当たった」
珍しく投げた石がモンスターに当たった。
が、もちろんダメージなどまったくない。
「ガル?」
それでもこちらを振り向かせることくらいはできた。
さあ、本番はこれからだ――!
「火の神よ。我にその偉大なる力を授けよ! フラマリ!!」
両手を高く掲げて火の魔法を唱える。
大きな火球がゴオと音を立てながら頭上に現れた。
「グウウウ!!」
ブルー・グリズリーが警戒のうなり声をあげた。
「どうした? かかってこなければ、こちらから行くぞ!」
俺は火球を右手の上に乗せ、思いっきり腕を振り抜いた。
火球が飛んでくると思ったのか、ブルー・グリズリーが右手を上げてのけぞる。
だが火球はまだ俺のてのひらの上のままだ。
「あはは! 騙されてやんの!」
何を隠そう、俺は火球の飛ばし方を知らない。
地面に置いた金属を溶かしたり、炉の中にそっと入れることはできるけどな。
「ガアアア!!」
怒ったブルー・グリズリーが俺目がけて突進してきた。
俺は地面に火の魔法を置いて逃げ出す。
挑発成功だ。
しかしクマのくせしてやたら素早いじゃないか!
もたもたしてたら爪で引っかかれて、地面の火と同時に俺の命の火も消えちまう。
「よし! ミレーヌ! 今だ!!」
「うん!! 夢幻流。三乃型。一閃!!」
かつてゴブリンどもを一掃した技だ。
あの時は農具だったけど、今は鋼鉄の剣。武器のレベルが違えば、技のレベルも違ってくる。
――ズガアアアアン!!
轟音が響き渡る。
「ギャアアアア!!」
「グアア!!」
2体のブルー・グリズリーが悲鳴を上げて、地面に倒れる音が聞こえてきた。
「ミレーヌ! 次の武器だ! 早く!」
「うん! 分かったわ!!」
ブルー・グリズリーと俺との距離はもうわずか。
「グオオオオ!!」
毛むくじゃらの太い腕を大きく振り上げた。
くそっ!
このままじゃ間に合わない!
そうだ! こいつは挑発に弱いんだったよな。
だったらこれにも――。
「あーーー! なんだ? あれは!!」
俺は青空を指さした。
「ガル?」
ブルー・グリズリーがピタリと動きを止め、俺の指さした方を眺める。
やった!
まさかこんな古典的な『引っかけ』にかかってくれるなんて!
俺はその隙に逃げ出した。
「ガアアア!!」
怒り心頭のブルー・グリズリーが再び俺を追いかけはじめる。
だがその頃には既にミレーヌの一撃の準備は整っていた。
「夢幻流。二乃型。天誅!!」
彼女がブルー・グリズリーに向かって振り下ろしたのは……。
先端に魔法を吸収する鉱石、パープル・ムーンを取り付けた『杖』だった――。




