第27話 グラスターのキング②
◇◇
エドガーがミレーヌとの勝負に指定したクエストは『獅子王の涙の採取』。
『獅子王の涙』は滅多にお目にかかれない貴重な宝石だ。年に1度、春が始まる前の最後の満月の日。その夜だけ採れることができるらしい。
今年はその日が3日後に迫っている。
つまり勝負の日まであと3日ということだ。
エドガーたちがいなくなった後、俺はラナに苦言を漏らした。
「ところでなんでAランクのエドガーが、Bランクのミレーヌと勝負するクエストを指定するんだ?」
「仕方ないですよぉ。ギルドの決まりで『冒険者同士の勝負で利用するクエストの指定は、ランクの高い方がおこなう』ってなっているんですからぁ」
勝負がはじまる前から高いランクの方が勝つようになっている、ということだ。
「つまり『高いランクの方に負けられたら、ランクを決めているギルドの権威が揺らぎかねない』ってところか。くだらないルールだな」
俺が吐き捨てるように漏らすと、ミレーヌはケロッとした顔で強がった。
「もう決まった以上は文句言っても仕方ないじゃない。私たちなら大丈夫だって! どんなモンスターだってへっちゃらだわ!」
だが俺は同じように楽観的にはなれなかった。
「いいか? 今回のクエストは『モンスターの討伐』ではなくて『アイテムの採取』が目的なんだぞ」
「それがどうしたの?」
口を尖らせて首を傾げるミレーヌ。
「このたぐいのクエストは目的のアイテムがある場所にたどり着くまでに、モンスターがわんさか出てくるのが相場だろ。『獅子王の涙の採取』も他と同じ――そうだよな? ラナさん」
ラナは眉間にしわを寄せて、コクリとうなずいた。
「やっぱりな」
「だったら出てくるモンスターを全部倒しちゃえばいいじゃない!」
「二人合わせて4本の武器でか? 無理無理。そんなのありえないから」
「むぅ。『無理』って軽々しく口にする殿方はモテないって聞いたことあるわ!」
むくれるミレーヌに、俺は首をすくめて返した。
「そこまで言うなら試してみようぜ。そうだな……。このクエストなんかどうだ?」
俺がクエストの張り出されている掲示板から手に取ったのは、Cランク用のクエストが書かれた紙きれ。それをラナに手渡した。
「パープル・ムーンの採取ですかぁ……」
「ん? どうしたの? ラナちゃん。苦い野菜ジュースを飲んだ時みたいな顔しちゃって」
「うーん。正直言って、ミレーヌには難しいと思うの」
「ちょっとラナちゃんまで、何を言ってるのよ!? 全然平気だって!」
「まあ、行ってみれば分かるさ。危なくなったら引き返せばいい」
「もうっ! 二人とも何よ! 絶対に成功させてみせるんだから!」
ギルドを出てからもずっとプンプンしていたミレーヌだったが、すぐに現実を知ることになるんだ。
◇◇
パープル・ムーンは高級な鉱石の一つだ。魔法の効果を増幅させる性能があり、魔術師用のロッドの先端に取り付けられたりする。
今回のクエストの依頼主は占い師。占い用の水晶に使いたいんだそうだ。
グラスター付近では南の洞窟の一番奥で採れるようで、
意気揚々と前をいくミレーヌを先頭に、その洞窟まで足を運んだのだが……。
「な、何よこれ……」
洞窟の中の半分も進まないうちに、彼女の顔が青くなった。
それもそのはず。
周囲をコウモリのモンスターに囲まれ、先の道にも無数の赤い目が光っているのだから。
「かなり厳しいわね」
「だろ?」
岩陰で身を潜めていた俺が得意げに言うと、彼女は甲高い声で反論した。
「だろ、じゃないわよ! これからどうすればいいの?」
「武器は残り1本。細い道には多くのオオカミ。道のりはまだ長い。……となればやることは1つだろ」
「最後まで戦う!」
「違うな。引き返そう」
「嫌よ」
「わがままを言うな。時にはあきらめることも肝心だぞ」
「嫌ったら嫌!」
頑として聞こうとしないミレーヌだったが、モンスターたちの攻撃に耐え切れず、ずるずると後退しはじめる。
……と、そこに突進してきたのは、灰色の全身鎧に身を包んだ戦士だった。
「うおおおお! どけどけどけぇぇ!!」
この声……間違いない。
エドガーだ。
「俺の前に出てきたヤツは全員ぶっ飛ばす!!」
彼の盾には大きな刃がついている。
「わあ! 盾を『武器』としても利用しているというわけね!」
「それだけじゃないぞ。彼の持っているランスの『つば』を見ろ」
「ん? あ! 大きな宝石が埋め込まれてるわ!」
「あれは宝石じゃない。魔法石……つまり魔力が込められた特殊な石だ。バフ魔法、つまり突破力を向上させるような魔法がかけられてるに違いない」
エドガーは怒った牛のように、コウモリたちを吹き飛ばしながら突進していった。
強引だが理にかなった突破だ。彼が勝負に『採取クエスト』を選んだのもうなずける。
「すごいわ……」
「感心してる場合か。ほら、モンスターどもが怯んでる隙に俺たちもいくぞ」
「う、うん!」
エドガーの通った道を進んでいく。
そうして俺たちが洞窟の一番奥にたどり着いた時には、彼はパープル・ムーンを2つも手にしていた。
「よう、奇遇だな。探し物はこれか?」
兜を脱いだエドガーがニヤニヤしながら、パープル・ムーンを俺たちに見せびらかす。
「ちっ、白々しい。『他の冒険者が受注したクエストの邪魔をしてはならない』って決まりを知らないとは言わせねえぞ」
「がははは! 格下の邪魔なんかするものか。
ラナからてめえらがここにいるって聞いてな。様子を見にきたんだよ」
エドガーはその言葉が「本当だ」と言わんばかりに、パープル・ムーンを2つとも俺たちに向かって放り投げた。
ミレーヌがそれを上手にキャッチして「ありがとう! 意外と優しいのね」と頓珍漢なことを言っている。
エドガーはそんな彼女を見下ろしながら続けた。
「やはり見立ての通り、『採取クエスト』は全く話にならねえみてえだな」
何も言い返せず、ただ睨みつけることしかできない自分が情けない。
「ぷくくっ。しかし洞窟の半分にも満たないところでギブアップとは、情けないヤツめ。そんな調子で本当にAランクを目指しているのか?」
その問いにミレーヌが即答した。
「ええ、もちろんよ。だって私、Aランクになって、リオと一緒にもっと広い世界を見てみたいから!」
さらりとこっぱずかしいことを言いやがる。
俺は熱くなった顔をエドガーからそらした。そんな俺にエドガーは冷笑を浴びせた。
「くくっ。てめえも大変だねぇ。貴族のお嬢様の道楽に付き合わなきゃならねえんだからよ」
「道楽だと?」
聞き捨てならない言葉で自然に顔が上がる。
「あ、そうか。てめえは『英雄殺しの鍛冶師』。それくらいのことをしなきゃ飯が食えねえってことか?
がはは! 【不壊】の天才鍛冶師も落ちたもんだぜ! がははは!!」
エドガーは大笑いしながらその場を立ち去っていった。
下手な挑発なのは分かってるつもりだが、胸がバクバクしっぱなしだ。
きっと表情も険しかったんだろうな。
ミレーヌは上目遣いで俺の顔を覗き込みながら、恐る恐る言った。
「私たちも帰ろっか」
「ああ」
短く返事をするのが精一杯だった。
3日後の勝負、絶対に負けるわけにはいかない――そう決意を新たにして、帰路についた。




