第25話 パパ、襲来!⑧
◇◇
「いいか。俺が鏡を使って合図する。そしたら巨大化したエビルリザードを一撃で倒すんだ」
「本当にそれで大丈夫なの?」
パラサイト・ジーンのいる森に入ったところで、ミレーヌが心配そうに眉をひそめた。
無理もないよな。
今、彼女が手にしているのは、昨日のような双剣ではなく、ただの長剣。
一撃でパラサイト・ジーンを仕留められるとは考えられない。
しかし俺には成功する確信があった。
「大丈夫だ。そいつがあればな」
「もしかして『銅のナイフ』のこと?」
ミレーヌがますます不安げな声をあげた。
「ああ、それでも夢幻流は使えるんだろ?」
「うん、まあ、リオが作った武器だからどうにかなるけど……。ほんとに大丈夫?」
上目遣いで俺の顔を覗き込んでくるミレーヌに対して、俺は口角を上げてうなずいた。
「俺を信じろ。でも、それ以上に自分を信じろ。ミレーヌなら絶対に大丈夫だ」
彼女は目を丸くした。
まさか俺から励まされると思っていなかったのだろう。
ったく……。俺だってパートナーを勇気づけることくらい、たまにはするって。
たまには、な。
「私自身を信じる、か……。うん! 分かった! 私、やってみるわ!」
何でも素直に受け入れるミレーヌが吹っ切れたように表情を引き締めた。
彼女の出足が力強くなり、俺たちは先を急いだ。
――クリスタルを使って七色に光る剣を作れ。
よく考えたらジェラルドのオーダーがなければ、今回の作戦を思いつくこともなかったんだよな。
そうそう。ジェラルドのオーダーと言えば、ちょっと気になることがあったんだっけ。
俺はそれをミレーヌに聞いてみることにした。
「ところでジェラルドさんは常にクリスタルを持ち運ばせているのか? あれ、結構重いんだぞ」
「え? パパが? そんなことするわけないじゃない。下着すら『旅先で買えばいい』と言って持っていかないのよ」
「ん? そうなのか?」
「おしゃべりはここまでよ。ほら、見て」
いつの間にか伐採場の近くにいた。
山のように積まれた木材の周りにエビルリザードたちがたむろしている。
「よし、じゃあいくぞ!」
気合いを入れてミレーヌとうなずき合う。
それから昨日と同じように弓矢を放った。
大きな放物線を描いて明後日の方角へ飛んでいく。
「ガルッ?」
エビルリザードたちの顔が一斉に俺の方へ向けられた。
「こっちだ! かかってきやがれ!」
「ギャオオオ!!」
逃げる俺。
追いかけるエビルリザード。
そして対峙するミレーヌとパラサイト・ジーン。
昨日とまったく同じ構図だ。
しかし違うのは、俺が退避する場所。
岩陰ではなく、『木の上』だ。
「うおおおおお!!」
こう見えても木登りは昔から町で一番だったんだ。
エビルリザードに追いつかれる頃には、ヤツらの頭の上を越す高さまで上った。
「グアアア!!」
怒り狂って木の下から必死にジャンプしているが、俺には届かない。
俺は懐から出した鏡で光を反射させ、ミレーヌに合図を送った。
彼女が剣を構える。
「夢幻流。一乃型……『彗星』!」
レッドドラゴンにぶちかましたのと同じ一撃が巨大化したエビルリザードに襲いかかる。
同時に俺は腰にぶらさげた革の袋の中身を辺り一面にぶちまけた。
きらきらと七色に光る金属の粒が宙を舞う――。
そう……。これはジェラルドから預かった『レインボー・パウダー』。
無色透明であっても、この粉をかぶれば姿がはっきりと見えるようになる。
クリスタルの剣と同じように!
それが俺の作戦だ!
「ウイント!!」
風の魔法で『レインボー・パウダー』を巨大化したエビルリザードの方へ飛ばす。
――ズガアアアアン!!
ちょうどその頃、ミレーヌの放った必殺の一撃が敵を真っ二つに切り裂いた。
「うりゃっ!」
風を操り、光の粒をミレーヌの周囲に降り注がせる……。
「あっ!」
「いたぁぁぁ!!」
ほぼ同時に俺とミレーヌが声をあげた。
なんと巨大化したエビルリザードの固い爪から小さなモンスターが現れたのだ。
虹色の粉がその姿を浮き彫りにした。
「ミレーヌ!! いけええええ!!」
俺が叫ぶと同時にミレーヌは腰からナイフを抜いて魔力を込めた。
パラサイト・ジーンが一目散に別のエビルリザードの方へ走っていく。
思ったより速い!
このままだと乗り移られてしまう!
だがミレーヌがこの絶好のチャンスを逃すはずがなかった。
「夢幻流。第八乃型。疾風!!」
ナイフは青白い線となって伸びていき、パラサイト・ジーンを貫いた。
「グッ……」
小さなうめき声とともに鮮血が舞う。
地面に倒れたパラサイト・ジーンはそのままピクリとも動かなくなった。
「やったぞぉぉぉぉ!!」
「あとは雑魚だけだ! 一気に片付けろ!!」
「おおおおお!!」
待ってました、と言わんばかりに、ジェラルドの手勢であることを示す『リス』の紋章が刻まれた白銀の鎧を着た戦士たちが、一斉にエビルリザードの群れに突撃していく。
「グギャアアアア!!」
「グエエエエ!!」
そうして木の上から地面に降りて呼吸を整えているうちに、エビルリザードは全て駆逐されたのだった。
「リオ!!」
全力で駆けてきたミレーヌが、勢いそのままに抱きついてきた。
「のあっ!」
俺がどうにか踏ん張ると、彼女は抱きつく力をぎゅっと強めた。
「あはっ! やったわ! 今度の今度こそ私たちの勝ちね!!」
熱い吐息が耳元をくすぐる。
静まりかけた心臓が再び音を立て始めた。
「ああ、やった。正真正銘、俺たちの勝利だ!」
俺もミレーヌのことをぎゅっと抱きしめる。
柔らかな感触とともに、彼女の熱が伝わってきた。
ずっとこうしていたいな――。
不純なやましさとは違った、純粋な心地良さに酔っていたその時。
「ううんっ!」
わざとらしい咳払いがすぐ背後から聞こえ、反射的にミレーヌから離れた。
そろりと振り返ると、眉間にしわを寄せたジェラルドの姿が目に飛び込んできた。
「汗臭い服で娘に抱きつかんでくれんかね? そのワンピースは新調したばかりなんでね」
「あら? お父様、それなら心配無用だわ。モンスターの返り血をかなり浴びてるの。館に戻ったら洗濯に出すつもりよ」
「ミレーヌ! そういう問題ではない!!」
顔を真っ赤にして怒声を浴びせたジェラルドのことを、ミレーヌは目を丸くして見つめていた。
「あはははっ!」
俺は大きな口を開けて笑った。
「リオ? 私とお父様のやり取りがそんなにおかしかった?」
もちろんそれもある。
でもそれ以上に、今この瞬間、新しい自分が産まれたような気がして、とても嬉しくて仕方なかったんだ。
◇◇
その日の晩、我が家で祝勝会が開かれた。
ミレーヌの侍女、モリーもセレナの料理作りを手伝ってくれたようで、普段の晩飯では考えられないような豪勢な料理がずらりと並んでいた。
「おめでとう! お兄ちゃん! ミレーヌ! やっと二人が『決心』してくれて嬉しい!」
「おめでとうございます! お嬢様。ついに『実った』のですね! はぁ……いいなぁ」
セレナとモリーからの祝いの言葉が、ちょっとズレてるように思えたのだが、気のせいだろうか……?
「とりあえず乾杯しましょ! 音頭をお願いね、ラナちゃん!」
「わ、私ですかぁ? そこは、ほら……リオさんの役目ですよね!?」
わざわざグラスターから駆けつけてくれたラナが、ミレーヌの無茶ぶりにあい、俺に助けを求めるように見つめてくる。
すると意外なところから助け舟が出された。
「うむ。ではここは代表して私、ジェラルドが仕切らせていただこう。皆の者、グラスを持ったか? よし、では……かんぱぁぁい!!」
その後はまさにどんちゃん騒ぎだった。
俺はそういうのは得意ではないから、少し離れたところで酒をちびちびすすりながら眺めていた。
ふとジェラルドの様子に目が留まる。
帰り道もずっと不機嫌そうだった彼だったが、なんだか活き活きとして見える。
「ん? なんだ? 私の顔に何かついているか?」
自ら持ち込んだ高級ワインのせいだろうか、ほのかに顔を赤くしたジェラルドが俺に対してギロリと鋭い視線を向けてきた。
「え? いや、別に……」
怖くなって思わず視線をそらす。
彼は大股で俺のそばまでやってきた。ぐいっと俺の顔を覗き込む。ちょっと酒臭い……が、露骨にそっぽ向けば、それはそれで角が立つ。だから斜めを向いて、横目で彼を見た。
「約束は約束だ。今日のところはお前たちがパートナーでいることを認めてやる」
よかった……。
「だがこれだけは言っておくぞ。娘を裏切ったり、不幸な目に合わせたらタダじゃおかんからな」
「わ、分かってます。裏切りは……絶対に嫌です。するのもされるのも」
そう言い切った俺の目をじーっと見ていたジェラルドは、しばらくして「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「あいつは小さな頃から危なっかしくてな。ハラハラしてまともに見てられん。
今もそうだ。
だからあいつには、すぐそばで見守ってくれる人が必要なのだ」
「そうですか」
「そうですか、ではない! その役目を私はお前に託したのだ」
「お、俺に!?」
ジェラルドが俺と向き合った。
これまでにないくらいに真剣で、かつ慈愛のこもった優しい目だ。
その目を見たとたんに、ピンと背筋が伸びた。
「ミレーヌのこと、頼んだぞ」
彼の言葉を聞いて、俺はようやく察した。
ジェラルドがノーマにやってきたのは『リオ・ラクールという鍛冶師が娘に相応しいか見定めるため』だったと。
つまり彼は最初から娘の望むままに、冒険者を続けさせるつもりだったのだ。
「はい」
真剣に、重い口調で返事をした。
嘘偽りがないか、ジェラルドが俺の目の奥を覗いてくる。
俺は気後れすることなく、彼の目を真っすぐ見た。
しばらくしてジェラルドは目を細めて微笑んだ。
「よし。いいだろう。もちろんタダとは言わん。たしか『鉱石が手に入らない』と言ってたな。その心配はもうないぞ。この町のよろず屋は私が買い取った。そこで武器を作るのに必要なものは全部そろえてやる」
「本当ですか!?」
「ふん! しかし無償で提供するわけではない。ちゃんと金を払ってもらうぞ。それでも格安で売ってやるから安心しなさい」
さすがは商売人。そういうところはきっちりしてるな。
でも正直言って、すごく助かる。
これでミレーヌに持たせる武器が格段に良くなるのは間違いない。
「ありがとうございます!!」
俺は素直に頭を下げた。
そんな俺にジェラルドはどこか言いづらそうにつぶやいた。
「……それから。もう一つ。お前たちのことを『そういう意味のパートナー』と認めるのは、もう少し先だからな。そういうことは手順を踏んでだな――」
そう言いかけたところで、ミレーヌがワインボトル片手に俺たちの間に入ってきた。
「ねえ、リオォ! それにパパァ! こんなところで話してないで、一緒に飲んで、歌って、笑おうよぉ! にゃはははは!!」
ああ、これはかなり酔っぱらってるな。
ジェラルドと俺は顔を見合わせて苦笑いした。
「よぉし!! 今夜はとことん飲むぞぉぉ! このジェラルド様のおごりじゃぁぁ!!」
こうして長い夜はゆっくりと更けていったのだった――。
◇◇
翌朝一番でジェラルドはノーマを発った。
あれほど飲んだのに二日酔いなどせずに、威厳を保ったまま帰っていったのだから、やはりただ者ではないな。
「あっ……!」
ミレーヌの館のロビーには、俺の作った『七色に光るクリスタルの剣』が飾ってあった。
「パパったら自分で作らせておいて、持って帰るのを忘れるなんて、失礼にも程があるわ」
むくれるミレーヌに対し、俺は微笑みながら首を横に振った。
「いや、最初から持って帰るつもはなかったんだ。それにジェラルドさんがここにクリスタルとレインボー・パウダーを持ってきたのも……」
「えっ? どういうこと?」
「いや、これ以上は無粋だな」
目を丸くするミレーヌをそのままに、俺はその場を後にしようとした。
「ちょっと待って! どういうことか教えてよ! それに昨晩、パパと何を話してたの!? ねえったら!」
そんなの恥ずかしくて教えられるか。
だから俺はこう答えた。
「それは男と男の秘密だ。さあ、いくぞ。今日もクエストだ!」
と――。




