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第24話 パパ、襲来!⑦

◇◇


 ――クリスタルは高温に強く、高性能な炉でも加工できるくらいに溶かすのに半日はかかるというではないか。


 確かにジェラルドの言う通りだ。

 普通に考えれば、クリスタル製の剣を作るには、かなり時間がかかる。

 『並』の鍛冶師なら2日、『一流』でも1日は欲しい。


 だが俺が使えるのはせいぜい『夜明けまで』だ。


 自分でもどうなるか分からない。

 けどやるしかない。

 そうだよな? ミレーヌ。


 俺は彼女の笑顔を思い浮かべながら、ジェラルドが工房に運ばせたクリスタルを手に取った。

 

「うん。良質なクリスタルだな」


 さすがは国一番の商人だけある。

 まあ、質が高ければ高いほど、熱に強いんだけどな。

 

「さて……。じゃあ、やってやるか」


 静かに気合いを入れて、火を起こす前の炉の中央にクリスタルの塊を置く。

 両手を炉に向けてかざし、魔法を唱えた。


「火の神よ。その荒ぶる魂を示したまえ! イフリート・ストーム!!」


 全身全霊を込めた魔法は、炎の嵐となって炉の中を縦横無尽に駆け巡る。

 真っ赤な炎が炉中を明るく照らした。


 だがこれではまだ足りない。

 今度は風の魔法を唱えた。


「マキシム・ウイント!!」


 炉に暴風を巻き起こし、炎に空気を送る。

 

 ――ゴオッ!!


 火の勢いが一気に強くなる。

 チリチリと肌が焼ける感じがした。


「いいぞ。その調子……ぐぬっ」


 目の前が一瞬だけ真っ白になったのは、あまりに大きな魔力の消費量で、体が悲鳴をあげたからだ。

 こんな無茶は師匠のもとで修業をしていた時以来だから仕方ないか……。


 ――情けないヤツめ。


「くっ。負けるか!」


 そうだ。

 俺は負けない。諦めない。逃げない!


 パチンと自分の頬をはたき、もう一度魔力を両手に込める。


「マキシム・ウイント!!」


 再び風を送る。これを何度も繰り返した――。



 どれくらい時間が経っただろうか。

 窓からわずかに覗く空はまだ黒一色。


「夜明けまではまだ時間がありそうだ」


 時間が長く感じられたのは、気力と体力を激しく消耗していたからだろう。

 火ばさみを使って、真っ赤な炉に置かれたクリスタルの塊をつまむ。

 まだ硬い。

 

「マキシム・ウイント!!」


 体内に残ってる魔力を振り絞って空気を送る。

 ……と、その時。


 ――グニャッ……。


 クリスタルがわずかに柔らかくなったのが、手に感じられたのである。


「ここだ!!」


 急いで炉からクリスタルを取り出す。

 真っ赤な塊を金床に置き、ハンマーで叩いた。


 ――ドン!


 鉄を叩くのとは異なる鈍い音。

 しかしほんの少しだけ、それでも確実に、クリスタルが形を変えた。


「いける!」


 そう確信した俺は、なんどもハンマーをクリスタルに打ちつけた。

 徐々にクリスタルが細長く伸びていく。


 ――ドン、ドン、ドン!!


 息を止め、一心不乱にハンマーをふるう。

 脳に空気が回らず、意識がもうろうとしてきた。

 腕もしびれていて、感覚がほとんどない。

 だがこのチャンスを逃したら、おしまいだ。


「諦めるものか。諦めるものか」


 自分に言い聞かせて、何度も何度も腕を上下に動かす。

 そんな俺の想いに応えるように、塊だったクリスタルは長剣に姿を変えていった。


「よし、いいぞ」


 まだ熱を帯びたまま、赤黒く光っているクリスタルの剣身を水の張った桶に入れる。


 ――ジュッ……。


 白い煙がわずかに上がり、それが収まったところで、桶からクリスタルを取り出した。それからすぐに持ち手を取りつける。


「おお……」


 透明の剣が窓から射し込む月明かりに照らされた。


「完璧だ」


 あまりの美しさに、思わず見入ってしまう。

 だがこれで終わりじゃない。このままだと無色透明のままだからな。


「七色に光る、か」


 クリスタルと同じく、ジェラルドが運ばせた『レインボー・パウダー』という粉が入ったボウルを、布を敷いたテーブルの上に置いた。

 『レインボー・パウダー』は様々な色の金属を粉状にして、混ぜたものだ。


「フラマリ!」


 ボウルごと火の魔法にあぶり、少しだけ温める。

 こうすることで『レインボー・パウダー』は剣に触れた瞬間にくっついて離れなくなるのだ。

 ここからが見せ場だ。

 俺はボウルの前にクリスタルの剣身を置いた。


「ウイント!!」


 ――ブワッ。


 『レインボー・パウダー』が風の魔法で、辺り一面に舞い上がる。

 そしてクリスタルにくっついたことで、美しい剣の形が浮き彫りになっていった。


「できた……!」


 七色に輝くクリスタルの剣――。

 ジェラルドが望んだ通りの武器が完成した。

 急いでミレーヌの館に戻り、指定された場所に剣をかける。


「はは……。やったぞ」


 だが達成感にひたったのもつかの間、俺の目はひとりでに大きく見開いていた。


「これはもしかして――」


 そうつぶやいた時には、工房の方へつま先を向けていた。

 無論、武器を作るために戻るのだ。


「この戦い、勝てるかもしれない!」


 胸に差し込む希望の光で、疲れなど一気に吹き飛む。


「ミレーヌ。俺は諦めないぞ。絶対に」


 そうつぶやきながら、まだ熱のこもったままの炉に鉄と銅の塊を入れた――。



◇◇


 ミレーヌが目を覚ました頃には、既に太陽が遠くに見える山のてっぺんよりも上に昇っていた。

 

「おはようございます。お嬢様」


 ミレーヌは気が重かった。

 無論、昨日のことが思い起こされたからだ。

 しかし我を忘れるような激昂する感情は収まっている。

 ぐっすりと寝たのが効いたのだろう。

 それでもモリーに対して、いつものように挨拶する気にはなれなかった。


「ジェラルド様がテラスでお待ちです」


 黙ったまま、彼女の後ろをついていく。

 外は雲一つない晴天。

 今のミレーヌの気持ちとは正反対で、空の色さえ憎々しい。

 中庭のテラスではジェラルドが食後の紅茶を上品な手つきでたしなんでいた。


「おはよう、ミレーヌ。ずいぶんと遅かったな」


「おはようございます、お父様。魔法をかけていただいたおかげでぐっすり(・・・・)寝られましたわ」


 抑揚のない口調で、『ぐっすり』の部分を嫌味を込めて強調する。

 しかしジェラルドは眉ひとつ動かなかった。


「そうか。では早く朝食を食べなさい」


 昨晩から何も口にしておらず、お腹はぺこぺこだ。

 テーブルにはミレーヌの好物であるハチミツをたっぷりかけたパンケーキにフルーツが添えてある。

 だが父のいる前で食べたいとは微塵も思えず、彼女は席につこうとすらしなかった。


「私を呼び出したからには何か用事があるのでしょう? 早くおっしゃってください」


 ジェラルドはティーカップを持ったまま、ちらりと上目でミレーヌの顔を覗いた。

 しかしすぐに視線を中庭に戻した。


「お前が食べないなら、その朝食を『工房』へ持っていきなさい」


 ミレーヌは眉をひそめた。


「どういうこと?」


「工房にいるリオに朝食を持っていきなさい、と言っているのだ」


「工房にいるリオ!? どうして? どういうこと?」


 ジェラルドはミレーヌの質問には答えず、さらに先を続けた。


「それからおまえのドレスだが、もう少し動きやすい『ワンピース型』を新調しておいた。今日はそれを着ていきなさい」


「え?」


 意味が分からず目を丸くするミレーヌの前にモリーが『ワンピース』を持ってきた。

 白をベースに青のストライプが入った爽やかなものだ。

 しかし軽くて、頑丈なのは手に取った瞬間に分かる。


 それは紛れもなく『冒険者用の鎧』だった。


「もしかして……もう一度チャンスをくれるの?」


 ミレーヌの瞳に強い光が戻る。

 ジェラルドはその視線を嫌うように、カップを見たまま答えた。


「お前が寝ている間に、リオから持ちかけられたのだ。『ジェラルド様のために鑑賞用の武器を作るからもう1日だけチャンスをください』とな」


「リオから……。『鑑賞用の武器』を作るのをあんなに嫌がっていたのに……」


 ミレーヌはリオの気概に対して、強い感動を感じ、鼻の奥がツンとするのを覚えた。


「早く行きなさい。リオとの約束は『一日だけ』だ。もし今日中にパラサイト・ジーンを倒せねば、今度こそ本当に王都に連れて帰るからな」


「パパ!! ありがとう!!」

 

 ミレーヌはジェラルドに抱きついた。

 ジェラルドの手にしたカップからお茶がこぼれそうになる。

 彼は困ったように眉を曲げた。


「こらっ! はしたない真似はよしなさい。それに人前でパパと呼ぶなと何度言ったら分かるんだ! ……それに、感謝する相手が違うだろうに」


 ジェラルドがそう苦言をていしている間に、ミレーヌは既にその場から立ち去っていた。その足取りはまるで小鳥が飛ぶように軽い。

 ジェラルドは思わず口元に笑みを浮かべた。


「まったく……誰に似たんだか。なあ、アマンダ」


 妻の名を口にして真っ青な空を見上げた。

 今日はもう少しだけのんびりしていこう、ジェラルドはそう決めて、ティーカップに口をつけた。



 


 



 

 



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