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第23話 パパ、襲来!⑥

◇◇


 ジェラルドが率いていたのは私設の自衛軍。

 彼らがエビルリザードを押さえ込んでいる隙に、ジェラルドは自身の護衛に対して、必死の抵抗を続けていたミレーヌをその場から引き剥がすよう命じた。


「パパ、お願い。武器を貸して!! 今度こそ絶対にパラサイト・ジーンを倒すから!」


 屈強な男たちに両腕をつかまれてズルズルと引きずられる娘の懇願を、ジェラルドは冷たく突き放した。


「ミレーヌ、認めなさい。おまえとそこの鍛冶師は失敗したのだ。私との賭けに負けたのだよ。

『自分の都合のためなら、家族との約束を破ってかまわない』とおまえの師匠は教えてくれたのか?」


「………っ」


 悔しそうに唇をかみ、肩を落とすミレーヌ。全身の力が抜けた彼女のことを護衛の一人がひょいと持ち上げて、ジェラルドの白馬の上に乗せた。

 うなだれた顔を上げたミレーヌが俺に鋭い視線を飛ばす。


「リオ! あなたはどうなの!? そう簡単に諦められるの!?」


「俺は……」


 俺だって、このままミレーヌとパートナー解消、というのは本望じゃない。


 でもどうしようもないじゃないか。


 相手は国一番の商人で、貴族。国王や有力貴族たちとのコネクションもある大物だ。

 対する俺は、すべてを失ったちっぽけな鍛冶師。

 抵抗するには身分が違い過ぎる……。


 口を真一文字に結び、ミレーヌから視線をそらす。


「情けないヤツめ……」


 昨日と同じ言葉を口にしたジェラルドは、勢いよく馬の腹を蹴った。


「ヒヒン!」


 甲高い声でいなないた白馬は、森の奥へ消えていった。

 エビルリザードのたむろす森を抜けて、安全な街道に出た俺は、一人でノーマに向かったのだった。


◇◇


 家に到着した頃には、大きな月が足元をほのかに照らしていた。


「ただいま」


「おかえり、お兄ちゃん! ご飯できてるよー」


 リビングからオレンジ色の灯りが漏れている。セレナの明るい声とマッチしていて、疲れた心と体にしみる。

 だがとてもじゃないが食事が喉を通りそうにない。


「いや、今日はもう寝る」


「えっ? そうなの?」


 パタパタとスリッパの音を立てながら、エプロン姿のセレナがリビングから出てきた。


「ミレーヌは? 一緒じゃないの?」


 そういえば「今日はリオの家で祝勝会しましょ! 実はセレナにも相談済みなの!」って言ってたな。


「俺、一人だよ」


「あら、残念。てっきり二人の『婚約記念日』だと思ってたから、ご飯いっぱい作っちゃったのよ」


 相変わらず大きな勘違いをしているセレナに苦笑いで返した俺は、重い足を引きずるようにして自室に入った。


「はぁ……」


 ベッドの上で仰向けになる。

 深い眠りについてしまおう。目を覚ますのは昼すぎでいい。

 どうせ仕事なんてないんだから。


 目を覚ました頃にはミレーヌはもういない。

 俺は再びすべてを失う。


 そうだ!

 鍛冶師なんて辞めちゃえばいい!


 セレナと二人で畑を耕しながらスローライフを送るんだ。

 セレナがどこかに嫁いだ後は、一人でのんびり過ごそう。犬を飼ってもいいな。俺、犬好きだし。


 最初からそのつもりだったじゃないか!

 それが俺の望み……。

 そう自分に言い聞かせ、意識を遠くに飛ばそうとした時だった。



 ――私はリオと離れたくないもの!!



 ミレーヌの声が脳裏に響き渡った。

 目が勝手に見開き、真っ黒な天井が視界に映る。

 続けてよぎったのはジェラルドの声。


 ――情けないヤツめ。


 ドクンと胸が脈打った。

 閉じたいのに目が閉じられない。

 疲れ切っているはずなのに、今すぐにでも動き出したい衝動にかられる。


 どうしてだ?

 俺は何をしたいのだ?


 ――リオ! あなたはどうなの!? そう簡単に諦められるの!?


 俺には分からない。

 諦めたくないけど、諦めなくてはいけないものだと思い込んでいるから。

 でも本当にそうなのか?


 ――勇気を出して!


 勇気……。

 でも、すべてを失った俺なんかじゃ、何もできないのは目に見えてるし……。


 ――私の師匠が言ってたわ。『たとえどんな状況に追い込まれようと、自分なんか、という言葉だけは使わないでおこうじゃないか』って。

 

 だったらどうしたらいい?

 こんな俺に何ができると言うんだ!?


 ――師匠が教えてくれたの。『手に入れたいものがあるなら、なりふり構わず全力で手に入れろ』ってね。


 なりふり構わず……か。

 俺の中で何かが音を立てて動き出す。


 すべてを諦めた時の虚しさが思い起こされ、「もう二度とあんな思いはしたくない」と口が動く。


 俺に何ができるか分からない。


 それでもこうしてベッドの中で情けない自分を嘆いていても何も変わらないことだけは確かだ。


「諦めるもんか!!」


 ベッドから跳ね起き、玄関に出た。


「お兄ちゃん? 帰ってきたばかりなのに、また出かけるの?」


「ああ」


「ふふ。分かった! ミレーヌのところでしょ?」


 無邪気なセレナの笑顔を見て、さらに気合いが入ってきた。


「ああ、ありがとう。いってくる」

 

 ドアを開け、足を一歩踏み出す。

 俺は振り返らずに、言い残した言葉を口にしたのだった。


「料理だけど……。明日もう一度作ってくれるか? 必ずここにミレーヌを連れてくるから」


 行こう。

 なりふり構わず奪い返すんだ。

 ミレーヌを!!


◇◇


 ――ドンドンドン!!


 館のドアを激しく叩く。

 すると中から侍女の訝しげな声が聞こえてきた。


「は、はい。どなたでしょうか?」


「夜分遅くにすみません。リオです。ミレーヌの鍛冶師をしている、リオです」


「まあ、リオ様ですか!」


 わずかに開けられたドアの隙間から体をねじ込むようにして館に飛び込んだ。

 そして目を丸くしている侍女の両肩をつかんだ。


「会わせてほしいんだ!」


「え? でもお嬢様は『眠りの魔法』をかけられて、朝まで目を覚ますことはありませんので……」


 きっと館に戻ってからも激しくジェラルドに詰め寄ったのだろうな。

 娘を大人しくするために魔法で強引に眠らせたか……。


 まあ、こっちもミレーヌが寝ている方が都合がいい。

 これからきっと無様な姿をさらすことになるだろうから。


「いや、ミレーヌじゃなくて、ハネス卿に会わせてほしい! お願いしたいことがあるんだ!」


「えっ? ジェラルド様に?」


「ああ、ジェラルドさんの方だ!」


「いや、でも、もうお休みに……」


 侍女が困ったように眉をひそめる。

 しかし俺は一歩も引き下がらなかった。

 彼女の両肩から手を離し、深々と頭を下げた。


「頼む! この通りだ!」


「そんな、リオ様。私みたいな使用人に頭なんて下げないでください」


 逆に侍女が俺の肩に手をかけたその瞬間。


「なんだ? こんな夜更けに騒々しい」


 ロビーの奥からジェラルドが姿をあらわしたのだ。

 俺は急いで彼のもとへ駆け寄った。


「ハネス卿。お願いがあります! どうか。どうかもう1日だけチャンスをくれないでしょうか?」


「1日だけチャンス? ……ああ、パラサイト・ジーンのことか。ふん、ミレーヌにしても貴様にしても、往生際が悪すぎる。負けは負けだ」


「分かってます。俺たちは負けました。だからタダで、とは言いません」


「ほう。では何をするつもりなんだ?」


 ジェラルドの口元に嫌らしい笑みがこぼれ、目つきが細くなる。『貴族』から『商売人』に変わったように思えた。


 俺は一度深呼吸をした後、心を殺して告げた。


「観賞用の武器を作らせてください」


 まさか俺の作った『鑑賞用』の武器が貴族たちの間で高値で取引されているなんて、思いもよらなかったよ。


 けどついさっきまで、「そんなことは俺に関係ない」とばかり思っていた。

 なぜなら俺はもう『鑑賞用』の武器を作らないと心に決めていたからだ。

 たとえミレーヌに依頼されても断る気でいたさ。

 もちろん彼女がそんなことを頼む人じゃないのはよく知っていたが。

 

 でも今、俺はその誓いを自分から破ることにした。


「ほう……。しかしどんなモノを作るつもりだ? まさか『銅』や『鉄』で作るつもりではあるまいな?」


 品定めをするような視線を俺に向けるジェラルド。

 俺は彼の顔を見ないように頭を下げた。


「素材さえいただければ、望みのままに作ります」


「くくく。そうか。望みのままに、だな?」


 ジェラルドの声が弾む。

 俺は油断すると震えそうになる声を、必死に制しながら答えた。


「はい。武器のことであれば、どんな望みも俺がかなえます」


 つかつかと足音を立てながら俺のすぐ目の前までやってきたジェラルドは、腰を低くして俺の顔を覗き込んできた。


「そうか、そうか。しかし分からんな。貴様は『鑑賞用』の武器は作らないのが信念だと使用人から聞いているのだが?」


 ジェラルドが鷹のような鋭い目つきで俺の目をじっと見つめてくる。

 ウソは許さんぞ、と言葉にしなくても伝わってきた。

 俺は目線をそらさず、むしろ瞳に力を入れて答えた。


「ハネス卿がかつて道端の雑草を夕食にしたのと同じです」


「ほう。というと?」


「諦めないためです。ミレーヌのパートナーでいることを」


「なぜミレーヌにこだわる? もっと『お利口さん』の冒険者なら他にたくさんいるだろうに」


「彼女は全てを失った俺に、一歩前に進む勇気をくれました。俺は彼女とこの先も進んでみたいんです。そしててっぺんまで登りつめた時の景色を見てみたい。彼女じゃなきゃ……ミレーヌじゃなきゃダメなんです!」


 俺がそう言い切った後、しばらく無言で視線を交わし続けた。

 空気が薄い氷のように張り詰める中、先に目をそらしたのはジェラルドの方だった。

 彼はすくりと立ち上がり、抑揚のない口調で告げた。


「クリスタルだ。クリスタルを使って七色に光る剣を作れ。そうすれば明日の日没まで時間をくれてやる」


「クリスタル……」


「そうだ。作った剣は……そこに飾っておけ」


 ジェラルドが指をさしたのはロビーの壁。

 武器をかける金具がシャンデリアに照らされて輝いている。


「……分かりました」


「ほう。ずいぶんと簡単に引き受けるのだな。クリスタルは高温に強く、高性能な炉でも加工できるくらいに溶かすのに半日はかかるというではないか」


「もちろん承知のうえです」


「ふん。その強気が虚勢でないといいのだがな」


 そう言い残して、ジェラルドはその場を後にしていった。

 俺の新たな挑戦がはじまった瞬間だった――。

 


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