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第22話 パパ、襲来!⑤

◇◇


 パラサイト・ジーンとエビルリザードの群れがいるのは、グラスターから東に半日ほど進んだ森の中だ。

 ここは良質な木材が採れることで有名で、船や高級家具の材料として古くから使われてきた。パラサイト・ジーンがあらわれてからは伐採が行われていないらしい。


 目的の場所の近くまでやってきた俺たちは、木陰に身を潜める。

 持ち運ぶことができなかった木材が山のように積まれているのが見えた。


 しばらく辺りをうかがっていると、ミレーヌが耳元でささやいてきた。


「ねえ、リオ。あれ見て」


 彼女が指さした方を見やる。


「あれは……」


 細い2本足で立つトカゲ型のモンスター。

 背丈は男性の大人くらいで、体は細いが大きなあごと鋭い牙の持ち主。

 黄緑色のうろこに長い尻尾……。


「間違いないわ。エビルリザードよ」


 目で確認できるだけで10体はいる。

 そしてその一番奥には、他のエビルリザードを2倍くらい大きくしたのが、のっしのっしと歩いているのが目に飛び込んできた。


「あいつがパラサイト・ジーンに寄生されたエビルリザードか」


「どうやらそのようね! よし、じゃあ、やっつけてくる!」


 早くも飛び出そうとするミレーヌ。

 俺は慌てて彼女を制した。


「待て待て! 考えなしに突撃してもパラサイト・ジーンまでたどり着くことすらできないのがオチだ」


 残りの武器はミレーヌが背にしている2本の剣と、俺の手にある弓だけだ。


「むぅ。じゃあ、どうすればいいのよ?」


 むくれるミレーヌに、俺は小さく口角をあげた。


「俺に考えがある」


◇◇


 たいていのモンスター猪突猛進で知能が低く、「攻撃された」と感じたら、その相手の方へわき目も振らず突進する。

 俺はその習性を利用することにした――。


 ――ヒュン!


 俺の放った矢が山なりに飛んでいき、エビルリザードの足元の地面に突き刺さった。


「グル?」


 エビルリザードがこちらに丸い目をギョロリと光らせる。

 俺は弓をかまえながら大声をあげた。


「こっちだ! やれるもんならやってみな!」


 ――ヒュン!


 矢を放つ。しかし言うまでもなく弓のセンスなど欠けらもない。

 放たれた矢は明後日の方向へ消えていった。


 だがそれでいい。

 なぜならエビルリザードの闘争心に火をつけるにはじゅうぶんだからだ。


「キャオオオ!!」


 甲高い声をあげ、牙をむき出しにしながら俺に向かって一斉に駆け出す。

 俺は一目散に逃げながら叫んだ。


「ミレーヌ! 今だ!!」

「うん!!」


 寄生されたエビルリザードは巨大化した分スピードは落ちる。

 そうラナが教えてくれた。


 ――俺が他のエビルリザードを引き付けている間に、ミレーヌは巨大化したエビルリザードを倒すんだ。パラサイト・ジーンごとな!


 ちらりと背後を振り返ると、巨大化したエビルリザードが置き去りになり、その前にミレーヌが躍り出る。


 いいぞ! ぶちかましてやれ!!


「ギャオッ!!」

「うわっ!!」

 

 危ない!

 俺のすぐ横までエビルリザードが迫っている。

 しかし慌てることはなかった。

 ここへ来るまでに下見しておいたからな。


「ここだ!」


 岩と岩の間の狭い場所に滑り込んだ。


 ――ガンッ!!


 エビルリザードが岩にぶつかる音が耳に入る。


「ギャオ!」

「カアア!」


 狭い穴から顔を覗かせるエビルリザードたちが近寄ってくる気配はない。

 俺はミレーヌと巨大化したエビルリザードが対峙している様子が見られるところまで体を動かした。


「ギャオオ!!」 

「はっ!」


 遠くから見ても『一撃必殺』の攻撃を、ミレーヌはすんでのところでかわし続けている。

 思わず「ひっ!」と声が出そうになるくらい、見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。

 しかし『その時』が確実に近いのを、ミレーヌが手にした双剣の刃が放つ光が長剣のように伸びていることが物語っていた。


「キャウ?」

「ガア」


 しつこく俺の周りをつきまとっていたエビルリザードたちも、ミレーヌの存在に気づいたのだろう。

 1体、2体と巨大化したエビルリザードの方へ戻っていく。


「ミレーヌ! もう時間がないぞ!!」


 俺の声に呼応するように、ミレーヌは高く飛び跳ねた。


「夢幻流。第十乃型。千剣乱舞」


 青白い光が上下左右に自在に走る。

 ミレーヌの動作はあまりに早いため、まるで時が止まってしまった中を彼女だけが動いているような不思議な感覚だ。


 敵の息の根を止める残酷な技とは思えないほどに、優雅なその舞が終わりを告げた直後、その場に立ち尽くしていた巨大化したエビルリザードの全身から真っ赤な血が噴き出した。


 ――ズンッ……。


 大きな音を立てて地面に沈む。

 

「よしっ!」


 俺は思わず声をあげた。

 あれだけ細かく切り刻まれれば、どこに隠れていようとも逃げられまい。

 エビルリザードたちの動きが止まる。ヤツらも目の前で起こった光景に戸惑っているのだろう。


「ミレーヌ!!」


 俺は隠れていた穴を出た。

 エビルリザードの横をゆうゆうと通り抜けたミレーヌが、ニコニコしながら俺の方へ向かってくる。


「リオ、やったわ!」


 だが……。

 俺の視線を釘付けにしたのは、地面を覆う巨大化したエビルリザードの血の海だった――。


「な……に……?」


 なんと小さな足跡が1つ2つとこちらに向かってきているではないか。

 

「ねえねえ、リオ。私の千剣乱舞見てた? すごかったでしょ!? びゅーんって飛んで、バシュバシュって斬って――」

「……撤退だ」

「ふふふ。今日はリオの家で祝勝会しましょ! 実はセレナにも相談済みなの!」

「ミレーヌ! 今すぐに撤退するぞ!!」


 俺は興奮冷めやらぬミレーヌの手を引いて駆け出した。


「え? なになに? どうしたの??」


 目を丸くしたミレーヌ。

 だがただならぬ俺の雰囲気に何かを察したように、表情を引き締めた。

 その直後だった。


「ギャオオオオ!!」


 ひと際大きなエビルリザードの雄たけびが響いたのは。


「パラサイト・ジーン!! 生きてたのね!!」


 そう叫んだミレーヌが俺の手から弓をひったくり、くるりと振り返る。


「ミレーヌ! 何をする気だ!?」


「決まってるでしょ! 戦うのよ!」


 何一つ迷いのない澄み切った声が俺の胸を貫く。


「今ある武器はその弓だけ。あれだけ切り刻んでもパラサイト・ジーンを逃してしまったんだ。細い弓矢で仕留められるわけないだろ!」


「そんなのやってみないと分からないでしょ!!」


 悲壮とも言える甲高い声をあげたミレーヌは弓を構えた。

 弓と矢が青白い光に包まれる。


「夢幻流。第四十乃型。貫徹」


 ――バシュッ!!


 弓から放たれた矢は、立ちふさがっていたヤツらを貫き、一直線パラサイト・ジーンが新たに寄生したエビルリザードに飛んでいく。

 そして見事に首を貫いた。


 ――ドスン……。


 断末魔の声をあげることなく巨大化したエビルリザードが地面に倒れる。

 しかししばらくすると、別の個体が巨大化しはじめた。

 ミレーヌの手元には見るも無残な姿に変わった弓の残骸。

 もう攻撃の手段は残されていない……。


「ミレーヌ! 今度こそ撤退だ!」

「いやよ!! 私はあきらめない!!」


 ミレーヌは矢だけを手にして仁王立ちした。

 しかし青白い光を放ったとたんに粉々になってしまった。

 矢がミレーヌの魔力に耐えられなかったのだろう。


「もう無理だ。ケガする前に逃げよう」


 わらわらと集まってきたエビルリザードたちがミレーヌに容赦なく襲いかかろうとしている。

 もちろん巨大化したエビルリザードも後方からものすごい勢いで迫っている。

 それでもミレーヌはガンとして動こうとしない。


「ミレーヌ! 俺たちは負けたんだよ!」

「違う! まだ負けてない! 負けたくなんかない! だって……だって……」


 ミレーヌの声がかすれはじめる。

 零れ落ちた涙が地面を濡らしているのが目に入った。


「私はリオと離れたくないもの!!」


 そう彼女が叫んだ瞬間だった。


「いけええええ!!」

「お嬢様をお助けするのだ!!」


 全身を鉄製の鎧で固めた戦士が背後から飛び出し、エビルリザードの群れに突撃していったのは……。

 その鎧には『リス』があしらわれた紋章がある。

 間違いない。

 ハネス家の紋章だ!


「まさか!?」


 急いで振り返ってみると、屈強な兵たちの真ん中にジェラルド・ハネスの姿が目に飛び込んできたのだった。


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