第21話 パパ、襲来!④
◇◇
翌日……つまりジェラルドに言いつけられた期限まで残り2日――。
俺とミレーヌは、工房でパラサイト・ジーンを討伐するための作戦を練ることにした。
――ええっ!? そんなことしている暇があったらクエストにいこうよ!
ミレーヌはそう言って反対したが、クエストに挑戦できるのは『たった1回』だと踏んでいる。
無理をすれば今日と明日、それぞれで1回ずつ挑むことはできるかもしれない。
それでも1回目で大けがでもすれば、その時点で挑戦終了だ。
ここはしっかりと準備してから挑むべきだ。
それに武器を作る時間もほしいしな。
俺が淡々と説明すると、ミレーヌは渋々引き下がった。
工房の真ん中にある大きな木のテーブルを挟んで向かい合って座る。
「見えない相手をどうやって倒すか……一番の問題はそこだな」
ミレーヌは細い人差し指をあごに当ててうなった。
「うーん。でもエビルリザードの中に潜んでいるのは確かなんでしょ? だったらテキトーに斬ったら当たるんじゃないかしら? ほら、私たち運がいいし!」
「いやいや、かなり運は悪い方だと思うぞ。運が良かったら『赤の刑場』送りにならなかっただろうし」
「あはっ。でもおかげでリオに出会えたから、私は運が良かったと思ってるわ!」
時々、ドキドキするようなことを平気な顔して言うから困る。
「そ、そうか……」
わざとなのか?
俺の反応を見て楽しんでいるのか?
「どうしたの? 顔が真っ赤よ」
「う、うるせえ! なんでもないから! とにかく、テキトーに斬るのは却下だ!」
「ええーっ! じゃあ、どうすればいいのよ?」
「それはだな。……どうしようか?」
「もうっ! アイデアがないんだったらテキトーでいいじゃない!」
いや、ダメだろ――とは言い切れないのがもどかしい。
確かに姿が見えない相手なのだからテキトーに攻撃するしかやりようがない。
しかしミレーヌの場合は一撃しか許されないのだ。
テキトーすぎるのはあまりにもリスクが大きすぎる。
「むぅ。どうしたものか……」
俺が考え込んでいると、手持ち無沙汰になったミレーヌは高く舞い上がった後、軽いステップで踊り始めた。
まるで妖精が花畑の上を舞っているかのようだ。
楽しげで、そして美しい。
……って、見とれている場合じゃない!
「社交ダンスの練習か?」
「違うわよ。これでもれっきとした修行なの」
「修行? 踊ることが?」
「ええ。夢幻流の一つ『千剣乱舞』のね」
それを聞いて、パッと一つのアイデアがひらめいた。
「乱舞……。もしかして1回の攻撃で何度も相手に斬りつける技か?」
「え? うん。そうよ。『双剣』と呼ばれる短剣を両手で一本ずつ持って繰り出す技なの。それがどうしたの?」
「それだ!!」
俺は思わず立ち上がって、ミレーヌの両手を取った。
今度は彼女が頬を赤く染める。
だが俺はそんな反応など気にも留めず大声で言った。
「それならテキトーでもどうにかなるかもしれないぞ!!」
◇◇
翌朝。
出立の用意を終えた俺たちの前にジェラルドがあらわれた。
結んだ口を山の形に曲げながらミレーヌの格好をジロジロと見ている。
「何よ? いってらっしゃい、の一言も言えないのかしら?」
ミレーヌが嫌味を込めて問いかけると、ジェラルドはため息まじりに答えた。
「ミレーヌ。この国のどこに2本も剣を背負っている貴族令嬢がいるというのだ?」
「どういうこと? 少なくともここに1人いるじゃない」
「だからそういうことじゃなくてだな……」
「あ、もしかして『剣を2本も背負ったら重すぎて腰を痛めるぞ』って心配してくれてるの? それは無用よ。だってほら、鉄の剣なのに驚くほど軽いんだから」
ミレーヌが背中から剣を1本取り出してジェラルドに手渡す。
すると彼はビックリしたように目を大きくした。
「確かに軽いな」
「ふふ。でしょ! リオがね。極限まで軽くしてくれたの」
「ほう。どうやって?」
ギロリとジェラルドの目が俺に向けられる。
その視線がことのほか鋭く、俺はゴクリと唾を飲み込んだ後、冷静になって答えた。
「鉄をできる限り薄くしたのです」
「ふむ。しかしそれでは『強度』が落ちてしまうのでは?」
「溶かした鉄に細かく砕いた水晶をほんの少しだけ混ぜて固めるんです。
そうすることで水晶の細かい粒子が鉄の粗い粒子の間に潜り込んで強度を高めるんです」
「ずいぶんと手間だな」
「ええ、まあ……」
その2本を作るだけで丸1日かかったからな。
その間、ミレーヌはセレナの畑仕事を手伝っていたようだ。
もっともそんなことを口にするのは、カッコ悪くて気が引けた。
「しかしわざわざそんな面倒なことをせんでも、『フェザー鉱石』などの軽い素材を使えばよいだろう?」
「ええ、それはそうなんですが……」
残念ながらグラスターでは鉱石を俺に売ってもらえないんです。だからノーマで手に入る鉄や銅だけでなんとかしなくちゃいけないので、こうしました――。
それも、まあ、口にできないよな……。
「……ふん。言わずとも察しがつく。ちっぽけな自分の力では抵抗すらできない、というわけだな。情けないヤツめ」
ジェラルドの侮蔑を込めた冷たい瞳が胸に突き刺さる。
たまらず俺は話題を変えることにした。
「それからミレーヌにこの剣を2本持たせたのは双剣として使ってもらうためです。貴族令嬢らしからぬ格好だと思いますが、これもパラサイト・ジーンを倒すため。どうか許してやってください」
ぺこりと頭を下げた俺にならい、ミレーヌも並んで頭を低くした。
「ふん。もうよい。どうせこれで最後になるのだ。目をつむってやる。さあ、早く行ってこい」
俺とミレーヌは顔を合わせ、互いに小さくうなずき合う。
出発の合図だ。
「じゃあ、いってきますわ! お父様」
ジェラルドは最後にちらりとミレーヌに目をやると、仏頂面のまま館の奥へ消えていった。
その背中を見ながら、俺は自分に気合いを入れるように声を張った。
「よし、出発だ」
「うん!」
俺とミレーヌは館の大きな門をくぐり、外へと足を踏み出した。
朝日が眩しく、道を照らしていたのだった。




