第20話 パパ、襲来!③
◇◇
ジェラルドから一度きりのチャンスを貰ったミレーヌと俺は、早速グラスターのギルドに赴いた。
受付でジェラルドから指定されたクエストを告げると、青色の制服を着た受付嬢、ラナが眉をひそめた。
「ミレーヌさん。あなたの冒険者ランクは『C』です。対して、『パラサイト・ジーンの討伐』の推奨ランクは『S』。Aランクの冒険者が複数人で挑んでも討伐できなかったんですよぉ。あなた一人では到底クリアできると思えません」
小柄で童顔の彼女は、どうやら『パラサイト・ジーン討伐』のクエストを簡単に受けさせるつもりはないらしい。
だがミレーヌも引くわけがない。
「お父様からの言いつけで、このクエストをクリアしないといけないの。それにリオの武器があれば、どんな強敵でも倒せる気がするから心配無用よ!」
『パラサイト・ジーンの討伐』のクエストは『C』ランク以上なら誰でも受けることができる。
ただし1年以上たっても、未だに誰もクリアできていないのだそうだ。
「ねえ、お願い! 危なくなったらちゃんと逃げるから!」
ミレーヌの気迫に押されたラナは苦笑いを浮かべた。
「はぁ……。分かりましたよぉ。そんなに言うんだったらクエストを受けることを許可します」
「やったぁ!」
「でも約束ですよぉ。危なくなったら逃げてくださいね。これまでこのクエストで多くの有望な冒険者が何人も大けがをしてるんですからぁ」
ラナは四面楚歌のグラスターにあって、俺たちに味方してくれる貴重な存在だ。
今も俺たちのことを本気で心配してくれているのが、真剣な表情からもよく伝わってくる。
しかしミレーヌはクエストを受けられる喜びで頭の中がいっぱいで、身の危険など微塵も考えていないみたいだ。
「ありがとね、ラナちゃん!」
「ミレーヌさん! 私はあなたよりも5つ年上です!!」
まじか! ということは俺よりも2つ年上ってことか。
むしろミレーヌよりも5つ年下、と言われても驚かないぞ。
「もうっ。リオさんも黙ってないで何とか言ってくださいよぉ」
リスのように小さな頬をぷくりと膨らませたラナが俺を睨みつける。
でもその仕草すら可愛らしく、怖さをまったく感じない。
「え? ああ、そうだな。んで、俺からミレーヌに何を言ったらいいんだ?」
「だからぁ! パラサイト・ジーンがどれほど危険な相手か、ってことですよぉ! Sランクの冒険者たちに武器を作っていたリオさんならよく知ってますよね!?」
「ああ、そのことか」
「はい、そうです! ガツンと言ってやってください! ガツンとぉ」
ラナが小さな拳を固めて、何度もうなずく。
俺は「ゴホン」と咳払いをした後、表情を引き締めた。
ミレーヌとラナの顔にもピリッとした緊張が走る。
そして俺は重い口を開いたのだった。
「ところでパラサイト・ジーンって何者なんだ?」
ラナががっくりとうなだれた。
◇◇
パラサイト・ジーン。
全身が無色透明で、形状すら分かっていないモンスター。辛うじて足跡が確認できたため、存在が認められたらしい。
パラサイト・ジーンはエビルリザードというトカゲ型のモンスターの体内に寄生する。
「寄生されたエビルリザードは巨大化するんですよぉ。巨大化した分スピードは落ちます。でも攻撃力と防御力がとてつもなくアップするんです」
「つまり、すごく強くなるってことね!」
「強い、なんて生易しいもんじゃありませんよぉ! ネズミが虎に変化するみたいなんですから!」
「まあ! それはたくましいわ!」
ミレーヌからは緊張感の欠けらも感じないが、俺は「このクエスト、ちょっとやばいんじゃないか?」と思い始めていた。
通常のエビルリザードでも『ボスクラス』といって、モンスターの中でも強い部類に入る。討伐の推奨ランクは『C』なのだ。
いかにミレーヌであっても、ゴブリンのように一撃で何体も倒すのは不可能だ。
それが猛烈に強化されるって、どんだけ恐ろしいモンスターなんだよ……。
「パラサイト・ジーンの周囲にはエビルリザードうじゃうじゃいるんです」
「つまり寄生したエビルリザードが倒されれば、すぐに別のエビルリザードに乗り移る、というわけだな? そいつは厄介だな」
「それだけじゃありませんよぉ」
「と言うと?」
「パラサイト・ジーンは寄生したエビルリザードのどこにいるか分からないんです。しかも体長は足跡の大きさからして猫と同じくらいで小さい」
「なるほど……」
「どうします? 今からでもキャンセルしますかぁ?」
ラナが上目遣いで俺とミレーヌの顔を交互に覗き込んでくる。
本音を言えば、避けられるものなら避けたい。
パラサイト・ジーンに体を乗っ取られたエビルリザードがどれくらい強いかは知らない。だがレッドドラゴンを相手にして怯まなかったミレーヌであれば、問題なく対峙できるに違いない。
しかしミレーヌの場合、攻撃できる回数が限られている。寄生されたエビルリザードをしらみつぶしに倒すわけにもいかないからな。
明らかに『不向きなクエスト』なのだ。
しかしミレーヌの辞書に『引き下がる』という言葉はないようだ。
「ふふ。バカなこと言わないでちょうだい。絶対にクリアして、パパをあっと言わせるんだから。そうよね? リオ」
目をキラキラと輝かせるミレーヌを前にして本音を漏らすわけにもいかない。
「ああ、そうだな」
俺がそう答えると、ラナはついに説得するのを諦めたのか、吹っ切れたように自然な笑みを浮かべた。
「不思議なものですねぇ。お二人を見ていると、不可能が可能になってしまいそうな気がするんですから」
「あはっ。そりゃそうよ。私はリオとなら何だって叶えられると本気で思ってるんだもの」
「いいなぁ。私も『どんな時でも信頼できるパートナー』がほしい」
どんな時でも信頼できるパートナー、か……。
俺はミレーヌにとって、本当にそんな存在なのだろうか。
誰の武器を使っても【一撃必壊】ならば、別に鍛冶師が俺である必要はないはずだ。
ミレーヌは単に、俺のことを哀れに思って鍛冶師を続けさせてくれているだけなのではないか――時折、そんな風に考えてしまう自分がいる。
その時点で彼女のことを、どこか信じ切れていないのかもしれない。
――おまえは好いように使われているだけ。他に優秀な鍛冶師があらわれれば、すぐに乗り換えられるって。パラサイト・ジーンのようにな。
劣等感で凝り固まったもう一人の俺の声が、やたら耳の裏にこびりつく。
「……リオ。ねえ、リオったら!」
耳元で大きな声を出されたことで、ようやく我に返った。
「す、すまん」
「もうっ。いくら考え事してもかまわないけど、モンスターの前では勘弁してよね!」
「あ、ああ、分かってる。じゃあ、そろそろいこうか」
「うん! またね、ラナちゃん!」
ペコリと頭を下げたミレーヌに、ラナはやれやれといった風に首を横に振った。
「だから私の方が年上なんですから『ラナちゃん』はやめてくださいよぉ。でも、まあ、無事に帰ってきてくれるって約束してくれるなら、この際、『ラナちゃん』でもいいです」
「ふふ。さすがラナちゃん、太っ腹!」
「ちょっとぉ! 女子に太っ腹は厳禁ですよぉ! 最近はちょっとお腹回りのお肉が気になるんですからぁ!」
そんなやり取りを横目で見ながら、俺は席を立った。
さてと。
パラサイト・ジーンか。
逃げも隠れもできないからな。
腹をくくってやってやるさ!




