第19話 パパ、襲来!②
◇◇
とりあえず服を着て、何事もなかったように、ジェラルドに挨拶をしてみた。
「はじめまして。リオ・ラクールと申します。お嬢様の武器を作る鍛冶師をやっております」
ジェラルド・ハネスと言えば、当代きっての大物だ。
大物であれば心も広いはず。
だからさっきのことはさらりと流してくれると思ったのだが……。
「ふんっ! おまえが何者だろうが関係ない。とにかくミレーヌを一刻も早く連れて帰らなくてはいけないことは、よく分かった。あんなモノをこのジェラルド・ハネスに見せつけおって……。ミレーヌ! おまえもそうだろう?」
ミレーヌが「えっ? 私?」と言った風に目を大きくする。
俺は彼女に対して「違うって言ってくれ」と目配せした。
だがミレーヌは俺と目を合わせたとたんに、顔を赤くして視線をそらした。
「私はちょっと嬉しかったな。リオが私のプレゼントした『ふんどし』を使ってくれてたのを知ることができたから……」
ちょっと待て!
それは火に油を注ぐようなものだぞ!
「な、なんだとぉぉ!! き、き、貴様ぁぁぁ! む、娘とはどういう関係なんだ!? ああん!」
ジェラルドが顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってくる。
とりあえず誤解を解かなくては。
だが俺が何かを言う前に、ミレーヌが口を挟んできた。
「パパ!! リオは私の『パートナー』よ!」
その言葉にジェラルドの顔色がさっと青色に変わった。
「パ、パートナー……」
「パートナーに対して何かをプレゼントするのは当たり前でしょ? パパだって『パートナー』のママに懐中時計をプレゼントしたじゃない。ママは肌身離さず、ずっと大事に使ってたんだから」
「アマンダが私のあげた懐中時計を肌身離さず……。そうか。そうだったのか。むふふ」
それまで険しい岩肌のようだったジェラルドの顔つきが、火にかけたチーズのようにとろける。
「ほら! パパだって喜んでいるじゃない!」
「違う! ……いや、そうなのか? もしかしてお前とこいつは、そういう意味の『パートナー』だと言うのか!?」
そういえばセレナが「都会では夫や妻のことを『パートナー』って呼んでいる」って言ってたな。
違うぞ。断じて違う!
ミレーヌよ。そうはっきり言ってくれ。
じゃないとパートナー解消どころか、俺の命すら危うくなるから――。
俺はもう一度ミレーヌに目配せする。
彼女は「任せて!」と言わんばかりに大きくうなずいた。
「当たり前でしょ! 『パートナー』と言ったら、そういう意味以外に何もないじゃない!!」
「「んなっ!?」」
俺とジェラルドが揃って驚きの声をあげる。
ああ……終わった。
完全に、何もかも。
かくなる上は……『開き直る』しかない!!
「ええ、ミレーヌの言う通りです。俺たちはそういう意味のパートナーなんです! だから例え国一番の商人のハネス卿であっても、俺たちを切り離すことはできません!」
「なに……。おのれぇ! 開き直りおったな!」
「パパ! リオは開き直ってなんかいないわ! だって本当のことだもの!」
「ミレーヌ! 人前で私のことを『パパ』と呼ぶな、と何度も言ってるだろ!」
「あ、ごめんなさい! パ……お父様」
「うむ。よし。やっぱりミレーヌは言えば出来る子だな」
「へへへ。ありがとう! パ……お父様! じゃあ、私たちのこと認めてくれるよね?」
「ああ、そりゃもち……って、ダメだ! それとこれとは話が違う!!」
「むぅ。意地っ張り」
「意地っ張りなのはどっちだ? まったく……誰に似たんだか……」
互いに腕を組んでそっぽを向く二人。
ミレーヌが意地っ張りなところは完全に父親似だと思う――もちろんそんなことを口に出そうものなら、ジェラルドの腰に差した剣で成敗されかねない。
俺はなすすべなく黙ってその場を見守った。
しばらく続いた沈黙を破ったのはジェラルドの方だった。
彼はそっぽを向きながら静かな声をあげた。
「私は大事な娘が二度と『鍛冶師に裏切られる』のを目の当たりにしたくないのだ……」
ズキっと胸に鋭いものが突き刺さるのを感じる。
おそらくミレーヌも同じなのだろう。目を見開いて、口を半開きにしながら、父の方に顔を向けている。
「聞けばその男は罪人だそうじゃないか。こんな男がパートナーとなれば、おまえが不幸になるのは目に見えている。だから私の言う通りにしなさい」
ミレーヌは眉間にしわを寄せて問いかけた。
「リオは罪人なんじゃない! ただ運が悪かっただけだもん!」
「その男の運の悪さが原因で、おまえが不幸な目にあうかもしれん」
「もうっ、屁理屈ばかりなんだから。だったら聞くけど、お父様は私をどうするつもりなの?」
「私が『良い相手』を見つけてやろう。その男性と結婚して幸せに暮らせばいい」
その言葉が出た直後にミレーヌは目に涙をためて反論した。
「コクワの師匠が教えてくれたわ! 『幸せは誰かから与えられるものじゃない! 自分でつかむものだ!』って。私、お父様の言う通りになんか絶対にならない!」
「その師匠とやらが何者かは知らぬが、私よりも『成功』しているのか? 道端に生えている雑草を夕食にするほどの貧乏から身を起こし、今となっては国一番の商人にして貴族の身分まで与えられた、この私よりもおまえの師匠は『人生』を分かっていると言うのつもりなのか?」
「それは……分からないけど……」
「その師匠とやらの教えを守ったおまえは信じていた鍛冶師に裏切られ、処刑寸前まで追い込まれたではないか?
いいか。私はこの世界の誰よりも苦労してきた自負がある。私と同じ思いを自分の子どもたちには絶対にさせない、そう誓っている。
だから私の言う通りにしておけば間違いないのだ。分かるな?」
何も言い返せなくなってしまったミレーヌ。
シュンとなってうつむいてしまった。
一方の俺も彼女と同じで何もできなかった。
――貴殿を準処刑とする。
あの判決を言い渡された時と同じだ。
ちっぽけな俺には、権力者にあらがう術などないのだ。
無力感が胸を締め付ける。
もうこれまでなのか……。
そう諦めかけた次の瞬間。
ジェラルドの口から意外な言葉が飛び出したのだった。
「だが私も悪魔ではない。娘に辛い思いをさせてまで強引に事を運ぶつもりはない」
「えっ?」
ミレーヌと俺の顔がぱっと上がる。
ジェラルドは無表情のまま続けた。
「おまえたちに『チャンス』をやろう」
「チャンス?」
「ずいぶん前にグラスターのギルドに依頼したクエストがある。そのクエストをクリアできたなら、おまえたちのことを認めてやろう」
「お父様!!」
ミレーヌがぴょんと飛び跳ねて、喜びをあらわにする。
しかしジェラルドの表情はまったく変わらない。
「ただし! 期限は3日以内だ。期限内にクリアできなかったら、大人しく王都に帰るんだ。いいな?」
「うん!! 分かってるって!! あはは!! ありがとう、パパ!」
「だからパパはやめなさいと何度言ったら分かるんだ!?」
「あはは! ごめんね!!」
無邪気に喜ぶミレーヌ。
俺の表情も自然とほころんだ。
しかし俺たちは知らなかったんだ。
この先に待ち受けていたのは、とんでもなく難しい試練であることを――。




