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第18話 パパ、襲来!①

◇◇


 ミレーヌには冒険後の楽しみがある。

 それは『湯浴み』だ。特に湯船につかる時間が至福でたまらない。


「ふわあああ。いい湯だったわぁ」


 白いバスローブに身を包んだ彼女は頬をほんのり上気させて風呂場を出てきた。

 さっとその横に、ミレーヌと同い年の侍女、モリーが並ぶ。そしてキンキンに冷えたミルクを差し出した。


「ふふ。モリー。ありがと」


 ゴキュッと喉を鳴らして、コップを一気に空にする。留学していたコクワで習った習慣だ。


「ぷっはあああ! もう、最高だわ!!」


 ちなみに今日のクエストはリオの作った『槍』のおかげもあり、あっさりクリアした。

 リオをパートナーにしてから、これまでクエストに一度も失敗したことがない。


 ――今回のモンスターにはこの武器が合うはずだ。


 リオの分析は実に的確で、しかも武器の質も極めて高い。

 おかげで『Cランク』に昇格した。

 普通の冒険者であれば『D』から『C』に上がるには1年以上かかると言われているのだから、ミレーヌは自分でも驚いていた。


 ――早く『A』になるんだ。そうすれば今まで足を踏み入れることができなかった山や洞窟にも行けるようになるからな。


 リオが全力で背中を押してくれることが嬉しくて仕方ない。

 自然と笑みがこぼれると、侍女がつられてニコリと笑顔を作った。


「お嬢様、とても幸せそうですね。もしかしてリオ様と上手くいっているのですか?」


「ふふっ。その通りなの!」


「まあっ! それはおめでとうございます!!」


「ありがとう!」


 モリ―が顔を真っ赤にして、「はぁ。私も恋をしたいですぅ」と、とろんとした目になる一方で、ミレーヌは「明日も頑張ってモンスターを倒すんだから!」とつぶやきながら、猛獣のようにギラギラと目を光らせていた。


「ところでお嬢様。リビングの壁に飾る長剣ですが、リオ様に作っていただいたらいかがでしょう?」


「リオに?」


「そうです。実はグラスターの貴族様の館で働いている侍女仲間から聞いたのですが、リオ様が王都からいなくなってから、貴族様たちの間で彼が『鑑賞用』に作った武器の価値が上がってるんですって」


「どういうこと?」


「だってもう二度と手に入らないでしょう? でも質はすごくいい。だから有力貴族様たちがこぞって買い集めてしまったんです」


「まあ、そうだったの」


「ええ、今ではたった1本で金貨1枚の値段がついているようですよ。お嬢様から頼めばきっと作ってくれると思いますわ。いかがでしょう?」


 モリーの問いにミレーヌは真面目な顔で首を横に振った。


「ダメよ。私、そんなことのためにリオをパートナーにしたわけじゃないの」


 ピシャリと言い切られ、モリーは申し訳なさそうに「失礼しました」と首をすくめた。


「ふふ。ちょっときつく言いすぎちゃったかしら。ごめんね、モリー。でも私、リオが本当にやりたいことだけをさせてあげたいの。前に『貴族の観賞用に武器を作るのが大っ嫌いだった』って聞いたことあったから」


「そうでしたか……」


 ……と、そこに別の侍女が手紙を持ってやってきた。


「ん? なになに……。あ、パパからだわ!」


『もうじゅうぶん好き勝手やったはずだ。いい加減にして、王都に帰ってきなさい』


「パパは何も分かってないわ」


 ミレーヌは一読するなり、手紙を侍女の手に戻した。

 ところが、


『近いうちにそっちへ行くから、荷物をまとめておきなさい』


 という一文をすっかり見落としていたのだった。


◇◇


 俺、リオが故郷のノーマに戻ってから季節が秋から冬を越えて春になった。

 ミレーヌの『専属鍛冶師』になり、ここまで順調にやってきた。

 もちろん町の人たちの日用品も面倒見ている。


 ――ありがとねぇ。リオくんも色々あったみたいだけど、こうして立派になって帰ってきてくれて、みんな感謝しとるよ。


 近所のばあちゃんからそう言われた時は、素直に嬉しかったな。

 相変わらず両親は帰ってこないけど、セレナも楽しそうに笑ってくれるし、充実した毎日を送ってるよ。


 それでも問題がないわけではない。

 

 ――おいおい。あいつ『イカサマ鍛冶師』のリオじゃねえか。


 ――堂々とグラスターの町を歩きやがって。王都じゃなければバレないとでも思っていたら、おめでたいヤツだ。


 隣町のグラスターでは針のむしろ。

 おかけで一部の店では物を売ってくれない。言うまでもなく俺の作った武器が売れるわけもない。


 とは言え、そこまでは想定内だ。

 ノーマで俺のことを白い目で見てくる人が誰もいないだけでも、感謝しなくちゃいけないよな。


 しかし武器を作るための『鉱石』を売ってもらえないのは、正直言って想定外だった。


 ――うちから卸した鉱石で作った武器で何か問題があったとなれば、商売あがったりなんでね。悪く思わないでくれ。


 ……だそうだ。

 グラスターの石屋はハネス商会の系列ではないことも影響してるんだろうな。


 『鉄』『銅』の2つはノーマの『よろず屋』でも手に入る。

 だがミレーヌのランクが上がるにつれ、クエストで討伐するモンスターも強力になっていく。今はどうにか対処できているが、近いうちに手に入るの素材で作った武器ではどうにもならない相手も出てくるだろう。


 ――あはっ! 大丈夫よ! 銅製の武器であのベレス・ガープを倒せたんだから!


 ミレーヌは楽観的だが、グレートソードのように、巨大な武器は長旅になりがちなハイレベルなクエストには不向きだ。


 それに『対象のモンスターだけを討伐するだけでいい』というわけではない。

 そのモンスターのいる場所までたどり着かなくてはいけない。その道中にもモンスターは出現するのだ。


 だから道中のことを考えて、ミレーヌには銅で作った短剣を2本を余計に持たせている。


 もし巨大な武器を持たせるとなると、必然的に持っていける武器が少なくなる。

 つまり道中の危険が増す――。


「どうにかならないものか?」


 一人きりの工房でボソリとつぶやく。


 けどこればかりは俺ではどうにもならない。

 気持ちを切り替えて『毎日のルーティン』をすることにした。

 

 ――仕事中は絶対に入ってくるんじゃないぞ!


 ドアは施錠してあり、その鍵は俺とミレーヌしか持っていない。

 表向きの理由は「集中したいから」だが、実はもう一つまったく別の理由がある。


「さて、『脱ぐ』ぞ!」


 そう、裸になることだ。

 いや、厳密にはパンツ一丁だな。

 鍛冶は火を使うし、かなりの重労働。

 滝のように汗をかいてしまう。

 だから1日の仕事が終わった後は、こうして真っ裸になって汗を乾かすのだ。


「まずはこいつをここに置いて」


 今日作ったのは『銅の短剣』を2本と町の人々に頼まれていた農具。

 それらをテーブルの上に置いた。


「次は脱ぐ!!」


 服を全部脱ぎ捨て、少しだけ開けた窓の前に立つ。

 涼しい風が全身に当たった瞬間に、爽快な浮遊感に包まれた。


「くうぅぅぅ! この瞬間がたまらん!」


 今日のパンツはミレーヌからもらった『ふんどし』と呼ばれるもの。

 極東の島国、コクワの名産らしい。

 色は『赤』で、『あかふん』と言うのだそうだ。

 ちょっとだけお尻がスースーするが、着け心地は抜群だな。

 

 汗が飛んだところで、全身が映る鏡の前に立った。

 

「うむ」


 自分で言うのも何だが、引き締まったいい体をしている。


「惜しいな」


 これで少しでも剣が使えたなら、俺はモテモテだったに違いない。

 天は二物を与えず……か。


「ちょっとポーズでも取ってみるかな」


 鏡の前で二の腕の筋肉を強調するようなポーズを決めると、次第に楽しくなってきて、その後も様々なポーズをした。


「次は虎だ!」


 お尻をドアの方に突き出し、鏡の前で四つん這いになった。


「ガオオオオ!!」


 ……が、調子に乗ったのがまずかった。


 ――ガチャッ。


 ドアが開く音が無情にも響いた。

 鏡越しにドアからあらわれた人物と目が合う。


「あっ……」


 清潔感のある服装をした、白髪交じりのおっさんだ。


「ぐっ……」


 彼は俺と目を合わせた後、テーブルに置かれた短剣に目をやる。

 それから俺の尻を見たとたんに、眉間にしわを寄せ、そのままバタンとドアを閉めて出ていった。


「…………」


 しばらく何も考えられず、『虎』のポーズのまま固まる。

 しかし外から聞こえてきたミレーヌの叫び声で我に返った。


「ちょっと! パパ! やめてよ! 私、まだ王都に帰りたくないんだから!!」


 パパ!?

 まさか……ハネス商会の会長、ジェラルド・ハネスが訪ねてきたというのか!?


「ダメだ! ダメ、ダメ! 嫁入り前の大切な娘の近くに、あんな『変態』がいると考えただけでゾッとする!!」


「いったい誰のことよ!?」


「あそこの小屋にいるだろ――」

 

 まずい!

 俺の『恥ずかしいたしなみ』がミレーヌにバレてしまう!

 それだけは絶対に避けねばならない!


 ――バンッ!


 俺は思いっきりドアを開け、外に飛び出した。

 ミレーヌとジェラルドが目を丸くする。

 俺は思いっきり叫んだ。


「俺は変態じゃない! 鍛冶師だ!!」


 二人は黙ったまま俺をじーっと見ている。

 気まずい沈黙が流れる中、春のそよ風が通り抜けていった。


 ……と、その瞬間、気づいたのだ。


 俺は今、『あかふん』一丁の姿だと――。


「きゃあああああ!!」

「き、貴様ぁぁぁぁ!! ここから出てけぇ!!」


 こうして俺とミレーヌの『パートナー解消』の危機が幕を上げたのだった――。

  


 

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