第16話 お隣さんは空き地だったはずなのに
◇◇
「ねえ、ところでリオの故郷ってどんなところなの?」
もうすぐ俺の故郷である『ノーマ』という町に着くところで、ミレーヌが小首を傾げた。
今さらそれを聞くか?
と思いつつ、俺は淡々と答えた。
「静かな田舎町だよ。すぐ隣のグラスターの街と比べればな」
「グラスター? ああ、港町ね! ギルドの支部もあるって聞いたわ」
「ああ、北部最大の街って言ってもいいくらいに栄えているよ」
一方のノーマはとても静かな町で、一軒一軒の家の間隔も広い。
これといった特産物もなく、半分くらいは農家だ。
のほほんとした平和なところだが、若者たちにとっては退屈すぎるのが玉にキズ。
彼らの多くはグラスターの学校に通い、そのまま職についてしまう。
だから街は高齢化に悩まされている。
「俺も18で町を飛び出したからな。そのことについてとやかく言える筋合いではないよ」
「ふふ、でもこうして帰ってきたじゃない」
「まあな。ところでミレーヌはどうするつもりなんだ?」
「あっ! 町が見えてきたわ!」
俺の問いかけを無視するように、ミレーヌは駆け出した。
なぜか胸がウズウズする。
それが『良い予感』なのか『悪い予感』なのか、俺にはよく分からない。
だから何も考えないようにして、ミレーヌの後を追ったのだった。
◇◇
故郷に帰ってきた。
昼間だというのに、人とすれ違わないのは、みんな午前中のうちに畑仕事を終え、昼寝でもしているのだろう。
俺も我が家でゆっくり過ごしたいな。
大きなあくびをしながら、横をニコニコ顔で歩くミレーヌを見た。
「ん? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないだろ。いったいいつまで俺についてくるつもりなんだ?」
「別にリオについていってるわけじゃないもの」
「はあ? どういうことだよ?」
そう問いかけた直後、赤髪の少女にばったり出くわした。
「お兄ちゃん!?」
そう。しきりにまばたきしているこの美女こそ俺の妹のセレナだ。
歳は20。俺より3コ下。ミレーヌと同い年だな。
「ただいま」
ちなみに俺と両親は黒髪で、彼女だけ赤毛。つまり俺たちに血のつながりはない。
セレナは孤児だったのだ。
彼女が俺と家族になったのは、たしか16年前の冬だったな。
それ以来、俺にとっては目に入れても痛くないほどに可愛い妹だ。
そろそろ嫁に――なんて声もちらほら聞かれそうだが、ろくな男なら俺が許さない。
「ど、どうしたの? 急に帰ってきて」
「いや、ちょっと事情があってな」
レッドドラゴンに食われそうになったところを命からがら逃げてきた、なんて言おうものなら、セレナはショックで気絶しかねないからな。
俺は答えを濁した後、話をそらした。
「ところで父さんと母さんは? また『探検』か?」
ちなみに俺たちの両親は『探検家』。
一度旅に出ると、半年は帰ってこない。
「えっ? うん、そうだよ。ところでお兄ちゃんの隣にいる綺麗な人って……」
そこで言葉をきったセレナがちらっと俺の横にいるミレーヌを見た。
そしてとんでもないことを言い出したのである。
「も、もしかしてお兄ちゃんの彼女!?」
「ばか! ち、違うから!!」
なぜか顔が熱くなる。
慌てて否定するも、セレナの暴走は止まらなかった。
「彼女じゃないってことは婚約者!! ふああああ! ついにお兄ちゃんにも春がきたのね!!」
顔を真っ赤にしてクネクネするセレナ。
何でも早とちりする癖は、幼い頃からまったく変わっていないな。
「ふふ。あなたがリオ自慢の妹さんね。自己紹介が遅れてごめんなさい。私はミレーヌ・ハネス。あなたのお兄様は私のパートナーなの」
「はぁ? パートナーだと?」
「むふふ。都会では『夫』や『妻』のことを『パートナー』って言うって神父様から教わったことあるわ! やっぱりお兄ちゃんとミレーヌさんは『そういう関係』なのね!」
相変わらず盛大な勘違いを続けるセレナを置いておいて、俺はミレーヌと向き合った。
「ちょっと待て。町に着いたんだ。もう護衛の任務は終わりなはずだぞ」
「だからどうしたの?」
「もしかしてこれからも俺につきまとうつもりじゃないだろうな?」
目を丸くするミレーヌ。
「あら? さっきも言った通り、つきまとっているつもりはないわ。変な勘違いをする殿方はモテないって聞いたことあるわよ」
あくまですっとぼけるつもりか?
でもそうはいかない。
俺はもう鍛冶はしない。
実家の畑を耕しながら、スローライフを送ると決めたのだ。
「だったら早く家に帰れ。グラスターにもハネス商会の支店があるんだろ? そこで人でも金でも借りて王都に戻ればいいじゃないか」
「王都には……帰るつもりはないから」
ミレーヌの顔に暗い影が落ちた。
「ちょっとお兄ちゃん! パートナーをいじめたらダメでしょ!」
「いや、だからこいつは俺のパートナーなんかじゃ――」
そう言いかけたものの、ミレーヌがウルウルと目を潤ませながら俺の顔をじっと見つめている。
彼女の様子が目に入ったとたんに口が止まってしまった。
同時にこれまでの出来事が頭をよぎる――。
「……確かに旅の途中はパートナーみたいなものだったけどな」
自然と声が漏れた。
ビクッと肩を震わせたミレーヌは、顔を太陽のように明るくした。
「うん! 私たち、すごく良いパートナー同士だと思うの!」
「あはは! 私もそう思うよ! お兄ちゃん!」
「セレナさん! ありがとう!」
「あはっ。セレナって呼んでください。もう家族みたいなものだから」
「ふふ。では私のことはミレーヌと呼んでね。セレナ」
「うん! ミレーヌ! よろしくね!」
「こちらこそ! よろしくお願いしますわ」
おいおい、出会って間もないのに、もう二人で手を組みやがって。
しかしなぜだろう……。
さっきから胸のドキドキが止まらない。
もう一度、俺は武器を作っていいのか――?
いやいや、もうあんな思いはしたくない、って心に誓ったじゃないか。
芽生えてきた感情を押し殺すように、俺は話題を変えた。
「ところでミレーヌはこれからどうするつもりなんだ? こっちの方角に宿はないぞ」
「ふふ。泊まるところなら問題ないわよ」
「あはっ。分かった! お兄ちゃんと同じ部屋で寝泊まりするんでしょ?」
さらっととんでもないことを言い出すセレナ。
俺は「ぶふっ」と思わず吹き出した。
そんな俺たちを見て、ミレーヌはケラケラと笑い出す。
「笑いごとじゃないだろ。何とか言ってくれよ」
「あははは。そうよね。残念だけどセレナの勘違いだわ」
「えええっ!? でもだったらどこに……。ってもしかして!」
セレナが我が家の方角を指さす。俺は「やれやれ」という風に首を横に振りながら、視線をその方へ向けた。
「だから俺たちの家には泊まらせないって――ええええええっ!?」
な、なんと我が家のすぐ隣に巨大な館が建てられているじゃないか!
「確かあそこの土地は空き地だったはず」
「ふふ。だから買ったの。そして家を建ててもらったのよ」
「ちょっと言ってる意味が分からない」
ミレーヌいわく「クロスマーケットでハネス商会の人に頼んでおいたの」だそうだ。
確かに彼女は「用事がある」と言って、しばらくどこかへ消えてしまったような記憶がある。
しかし仮にそうだとしても「家を建ててほしい」と頼んで、わずか数日で、しかもこんな田舎町に巨大な館を建ててしまうなんて……どんだけ金持ちなんだよ!
「ふふ。リオ。驚くのはまだ早いわよ。さあ、一緒に来て!」
ミレーヌは俺の右手をきゅっと握って駆け出した。
いったいこれ以上何に驚かされるというのだろうか――。




