第13話 勇気の行進④
外はまだ大荒れ。雨も風も強い。しかも気温もぐっと下がってきた。
こんな時に外へ出たら、モンスターにやられる前に、体が冷えて衰弱してしまう。
クレアの弟は大泣きし、母親も涙しながら、彼のことを懸命になだめている。
父親のカルロスは相変わらず顔を青くして、どうしたらいいのか分からない様子。
「……ったく。仕方ないな」
俺はリビングにやってきたミレーヌと目を合わせた。
口を真一文字に結んだ彼女が小さくうなずく。
やはり考えていることは同じらしい。
「カルロスさん。悪いが外套を2つ。貸してくれないか?」
「え? あ、はい。そんな……」
カルロスは俺の意図を察して、戸惑っている。
「時は一刻を争うんだ」
急かすと、彼はぐっと顔を引き締めた。
「分かりました。ジェシー。頼んだよ」
カルロスの妻、ジェシーが外套を探しにいってる間に、俺はもう一つ頼み事をした。
「余ってる耕具はないか? あったら譲ってほしいんだが」
「耕具? ええっと……。あ、これでよければ……」
彼が手にしたのはクワだ。
「でも錆だらけで申し訳ない」
確かに真っ黒で、ところどころ刃こぼれしている。
「これくらいなら何でもないさ」
クワを床に置き、目をつむる。
手を真っ黒な刃の上にかざした。
「水の女神よ。癒しの泡で浄化せよ! アクアート」
刃が純白の泡に包まれる。その泡が眩しく輝いた。
アクアートは毒や呪いを消す魔法だ。
しかし上級の鍛冶師は『研ぎ石』の代わりに使う。
そして超一流ともなれば、元の刃よりも切れ味を鋭くできるものだ。
「おお……」
「すごいわ……」
泡が消えるとともにピカピカに光った刃があらわになる。
ミレーヌとカルロスが同時に感嘆の声をもらした。
「これなら武器にできるか?」
「うん! 完璧よ!」
「まあ、完璧な耕具だよ。どんなクワよりも土を多く掘れる自信がある」
……けどミレーヌが肩に担ぐと立派な武器に見えてしまうから不思議なものだ。
「お待たせ。これでいいかい?」
ジェシーが戻ってきた。その手には藁で編んだ2つの外套。雨風はしのげるだろう。
「ありがとうございます。じゃあ、そろそろ行ってきます」
「リオさん、ミレーヌさん。どうか娘を見つけてください。お願いします!」
カルロスとジェシーが深々と頭を下げた。
他人から頼りにされた経験がない俺は、気恥ずかしさのあまり、すぐに彼らから背を向ける。
「ミレーヌ、行くぞ」
「うん! ではクレアのお父様とお母様、いってまいります」
ここまできたら仕方ない。
嵐だろうが、何だろうが巻き込まれてやるさ。
一人の少女の命を助けるためならな――。
◇◇
強い雨風、外は真っ暗。
捜索にはかなり時間がかかると思っていたが、意外とあっさり終わった。
「あ! いたわ!!」
クレアは例の洞窟で足をくじき、身動きが取れなくなっていたのだ。
岩陰に隠れて震えていた彼女のもとに駆け寄ると、安心したのかポロポロ涙を流し始めた。
「……ごめんなさい」
謝る相手が違うだろ、と思いつつも、半べそをかいている少女にかける言葉じゃないなと、さすがの俺でも判断がついた。
かと言って、かけるべき言葉がすらすらと口をついて出てくるような器用さなど持ち合わせていない。
黙ったまま行方を見守っていると、ミレーヌがクレアの肩に優しく手を置いた。
「私ね。どうしても分からないの。あなたが家を飛び出した理由」
「それは……」
俺も知りたい。
でもクレアは話したくない様子。うつむいて口を閉ざしてしまった。
そんな彼女に対し、ミレーヌは優しい口調で語りかけた。
「実はね。私も家を飛び出してきたのよ――」
ミレーヌは自分の生い立ちを語り出した。
俺に話してくれた内容とまったく同じだが、あの時のように弾んだ口調ではなく、ゆったりとした温かみのあるテンポだ。
自然とクレアの顔が上がり、頬に生気が戻ってきた。
「へへ。私が冒険者を目指したのは『好奇心』が強かった。でもそれだけじゃないの」
ほう。それは初耳だ。
「私には3人のお兄様がいるのだけど、そのうちの1人……次男のアダムお兄様がね、お父様の言いつけで行商に出ている時にモンスターに襲われたことがあったの」
少しだけ場がしんみりした。地面に水がしたたり落ちる音がやけに耳に響く。
「護衛だった冒険者が倒されてしまって、お兄様も大けがを負ったわ。幸い命に別状はなかったけど、それでも左目を潰されてしまったの」
ミレーヌが10歳の時だったそうだ。
傷ついた兄を見て、彼女も心に深い傷を負ったらしい。
それでもアダムは傷が癒えるや否やすぐにまた行商に向かった。
「旅発つ前、アダムお兄様は不安げな私に対してこう言ったの。『これくらいで逃げたら、俺は本当にモンスターに負けたことになる。俺は負けない。絶対に勝つ。だから心配するな』ってね。
私ね。その瞬間決めたの。私も負けないって」
クレアの目に力が宿ってきた。きゅっと結んだ口に、彼女からも何か『大きな覚悟』を感じる。
「私は人がモンスターに襲われることなく自由に旅ができる世界を作りたい! そのために冒険者になろうって決めたのよ」
ミレーヌが最後は突き抜けるような明るい声で告げた。
するとクレアはようやく重い口を開いた。
「実は……」
外はいつの間にか雨が上がっていた――。
◇◇
かつてオールダムの村は、村民たちの結束が強く、どんな困難もみんなで力を合わせて乗り越えてきた。
新たな村長としてやってきたバルガスも、はじめは村民たちと仲良くしようとしていたそうで、とても優しかったらしい。
本当か? と疑いたくなるが、クレアの口ぶりからしてウソではなさそうだ。
「でもゴブリンが村人を襲うようになってから、みんな変わってしまったんです」
どうせ自分たちではかなわない。だからせめて家族と自分の生活だけを守ろう――誰も口にはしなかったが、そんな風に考えているのは、接する態度を見ていればよく分かると、クレアはため息まじりに吐き出した。
特に新参者で、足が悪いため自分では畑を耕すことのできないバルガスが一番疎外感と焦燥感を感じていたはず。
だからあんな風に、人にきつく当たるようになったのだと。
「村のみんなが昔みたいに仲良くなってほしい! ただそれだけなんです。でもそのためにはゴブリンをどうにかしなくてはいけません……」
「なるほど。ギルドの支部があるクロスマーケットに行けば、冒険者にゴブリンの討伐を依頼できる――そう考えたんだな?」
ギルドは王都に本部があり、その他に商人が集まる大きな都市には支部がある。
言うまでもないが、オールダムにはないのだ。
「はい……。でも私なんかじゃ、やっぱりダメでした……」
クレアはしゅんとなって涙ぐむ。ミレーヌは即座に返した。
「私の師匠が言ってたわ。『たとえどんな状況に追い込まれようと、自分なんか、という言葉だけは使わないでおこうじゃないか』って」
俺たちは洞窟の外に出た。
季節外れの南風のせいか、思いのほか暖かい。
空を覆っていた分厚い雲は北の方へ抜け、月明かりが足元を照らしている。
ミレーヌは天を仰ぎながら、高らかに宣言した。
「ゴブリンをやっつけてやるわ!」
ああ……やっぱりそうなるよな。
うん、「ゴブリン」って単語が出た時から何となく覚悟はできてたから、もう驚かないぞ。
だが隣にいる無垢な少女、クレアは違うようだ。
「で、でもミレーヌさんは冒険者なんですよね? 冒険者はギルド以外で仕事を受けちゃいけないって……」
「あはっ。これは『仕事』なんかじゃない。『正義』よ」
「正義……」
「お金よりも大事なこと。頭で考えたんじゃなくて、心で正しい感じたこと――それが正義よ」
ミレーヌがクレアに顔を向け、満面の笑みで手を差し伸べた。
「さあ、一緒に頑張ろう! あなたの夢をかなえるのよ!」
雲がなくなり満天の星空が広がっている。
この空の下なら、いかなる者であっても戸惑いは許されない。
「はい!」
クレアは差し出された手を握った。
その手をミレーヌが力強く握り返す。
俺は……さすがに女の子たちの手に自分の手を重ねるわけにはいかないしな。
心の中で二人の手をぎゅって握ってやったさ。




