第1話 無双の貴族令嬢、出現!①
「俺はここで死ぬのか……」
冷たい土の床の上で仰向けになった俺は、高い天井を見上げながらつぶやいた。
ここは『赤の刑場』と呼ばれた洞窟の奥に作られた大きな部屋。樹齢1000年の大木みたいに巨大なレッドドラゴンが遠くに鎮座している。
「なんで俺が処刑されなきゃいけないんだ……」
俺の名はリオ・ラクール。
職業は鍛冶師。23歳。
既に第一線を退いた『国の宝』と名高い師匠を除けば、俺の鍛冶の腕前はこの国で一番だと思っている。
その証に、半年前にはオリジナルブランドの制作を許可され、『リオ・ブレード』と名づけた剣を発売。
オリジナルブランドの武器を作るのを許されたのは、俺が『超一流の鍛冶師』であることを国が認めてくれたも同然だ。ちなみに最年少だそうだ。
『リオ・ブレード』は斬れぬものはないというほど、切れ味抜群で、しかも絶対に壊れない。
絶対に壊れない武器を作る鍛冶師という尊敬を込めて、俺はつい3日前まではこう言われていた。
『不壊の天才鍛冶師』と。
しかし……。
「どうしてこうなった?」
いや、理由ははっきりしているんだ。
『とあるクソ野郎』にはめられたからだ。
――リオ・ラクール、貴殿を準処刑とする。せめてもの情けだ。鍛冶師としての名誉だけは守ってやろう。
そう裁判所で宣告されたのは一昨日のこと。
『準処刑』というのは、「もし刑場から抜け出すことができたら命は助かる」という刑のこと。だがこの刑で生き長らえた者は誰一人としていない。
つまり実質は『死刑』。
そして「鍛冶師としての名誉だけは守ってやろう」というのは「鍛冶師の免許剥奪は勘弁してやろう」という意味だ。
言い換えれば「鍛冶師の免許は残してやるが、命は残してやらん」ってことになる。
何の意味もないよな!
死んでからどうやって鍛冶師を続けろっていうつもりなんだ!?
しかもちゃっかり財産だけは没収しやがって!
けっきょく腰に差した一振りの『リオ・ブレード』と、鍛冶道具の小さなハンマー、それからあの世への餞別として支給された銀貨3枚だけを持って、今に至るってわけだ。
「もう終わりだ。鍛冶師としても」
鍛冶師は信頼と権威がすべて。
裁判で『罪人』と認められてしまった以上、俺の作る武器を欲しがる冒険者なんていない。
だから万が一生き延びても鍛冶師としてやっていけない。
ハンマーに目をやる。
――諦めるな!
そう言われているようで辛い。
だから視線を天井に戻した。
「どうにでもなれ」
レッドドラゴンと戦う気はないのかって?
あるわけない。だって一流の戦士ですらまともに戦うことすらできない相手なのだ。
もちろん『リオ・ブレード』なら、鋼鉄よりも硬いと言われているレッドドラゴンの肌に傷をつけることだってできるだろう。
だが残念なことに、俺の剣術センスはゼロ。そこらの無名の少年にも劣る。
やみくもに突撃しても、一蹴されるのがオチだ。
「そんな無様な死に方をしたくないんだよ俺は」
じたばたせず、高潔なまま死を迎えるつもりだったのだが……。
奇跡とも言うべき出会いが突如として訪れたのだ――。
「ねえ、こんなところで何してるの?」
まるで仲の良い友達に話しかけるように軽やかな口調でそう問いかけてきたのは、色白の女の子だった。
年は20歳前後だろうか。大きな瞳に小さな鼻。薄い唇に小さめの口。育ちが良さそうな上品な顔立ちには『少女の可愛らしさ』と『大人の女性の美しさ』が同居したような魅力が漂っている。
ブロンドの髪は肩まで伸び、毛先がくるんとカールしている。
背は低くもなく高くもなく、どちらかと言えばやせ型だが、決して細すぎるというわけでもない。
それから何と言っても特徴的なのは服装だ。
薄いピンク色をした生地に小さな花が金色の糸であしらわれている。
丈はわずかに短いがそれでも立派な貴族用のドレスだ。
そんな彼女が立ったまま、俺の顔を真上から覗き込んでいる。
「私はミレーヌ。よろしくね!」
貴族にもそれなりに顔がきくが、ミレーヌという名前は耳にしたことがない。だが格好だけ見れば、明らかにどこぞの貴族令嬢。
しかし何だろう……?
ただ者じゃないオーラを感じる。
訝しげに見つめる俺の視線に気づいたのか、彼女はスカートのすそをつまんだ。
「あ、こう見えてもれっきとした『鎧』なのよ。パパ……お父様が『せめてドレスくらいはちゃんと着なさい』っていって、国一番の防具屋さんに作らせたの」
控えめな胸のふくらみに目がいく。
いや、決していやらしい視線を向けたわけではない。
俺の注意をかっさらったのは、彼女の左胸で光るバッジだ。
「もしかして『冒険者』なのか?」
「なんで分かったの!?」
「それ。冒険者の証だろ? ご丁寧に胸につけている人はいないが」
「え? そうなの? ギルドの人には『分かりやすいように胸につけてください』って言われたのよ」
『ギルド』とは冒険者の管理をしているところで、『クエスト』と呼ばれる仕事を斡旋したりする。
「いやいや、そんな恥ずかしいことをするわけないだろ」
「恥ずかしい? 『猟犬をイメージした』と言われてるこのバッジが?」
「いやいや、どこからどう見てもモフモフの可愛らしい子犬にしか見えないっつーの」
しかしそんな可愛らしい印象とは裏腹に、冒険者は依頼に応じて凶悪なモンスターたちを討伐するのが生業なのだ。
「ところで君……ミレーヌはなんでこんなところに?」
「それはね、ええっと、話せば長くなるんだけどね」
ミレーヌは素っ頓狂な声をあげてもじもじしはじめた。
顔を赤らめながら「聞きたい?」と言ってきたが、女子の話はとにかく長い、というのが相場だ。
のんびり耳を傾けているあいだに、ノッシノッシとこっちに向かってくるレッドドラゴンに食われてしまうだろう。
「長いならいい」
「ええっ!? そこは黙って聞いてくれるのがモテる殿方と聞いたことがあるわ」
はっ、そうか!
――お兄ちゃんの容姿は普通よりやや上だよ! 自信を持って!
妹がそう言ってたのに、まったく女っ気がないのは彼女たちの話を聞こうとしないからか!
……って、そんなことはどうでもいいな。
この子……ちょっと頭がおかしいのか?
それとも目が悪すぎてレッドドラゴンが見えないのだろうか……。
試しにチラッとレッドドラゴンの方へ目配せする。
「ん? なに?」
俺の視線に合わせるようにしてレッドドラゴンに目をやったミレーヌは、わざとらしく飛びあがった。
「わあっ! 何あれ!?」
「は? もしかしてここが『赤の刑場』だって知らないって言うつもりか?」
「あかのけいじょう?」
やっぱりこの子変だ。
そう確信した直後にミレーヌは俺の腰から剣をすらりと抜いた。
「おお! なかなか良い剣ね」
「おいおい、冒険者なのに『リオ・ブレード』を知らないと言うわけじゃないよな?」
「リオ・ブレード? なにそれ? 流行りのスイーツ?」
あごに細い人差し指を添えて小首を傾げるミレーヌ。
俺は我を忘れた。
「おいおいおいおい! ちょっと待て! 冗談じゃない! 俺の最高傑作の長剣『リオ・ブレード』を知らないだと? いいか、耳をかっぽじってよぉく聞けよ。そいつはなぁ、例えレッドドラゴンが相手だろうと絶対に壊れることはないうえにだなぁ――」
「あ、ごめん。話しならあとでゆっくり聞いてあげるから」
彼女は俺に背を向け、剣を上段にかまえる。
「もしかして……レッドドラゴンと戦うつもりなのか?」
「うん! もちろん! だって私、冒険者だもん!」
「ちょっと待て! 君は冒険者といってもバッジの色からして『駆け出し』だろ?」
「そんなの関係ないわ! さあ、いくわよ!」
気づけばレッドドラゴンがすぐ目の前まで迫っていた。