表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失敗譚  作者: 裃白沙
4/6

事件発生

 さて、二ゲーム目もそろそろ終わり、一番手だった紗綾の欄に3/Gとスコアが表示された。舞は「ありゃりゃ」と言って十ポンドの球を持ちあげた。紗綾はがっくり肩を落として席に戻っていった。やっぱり調子が出ない。椅子に座って溜息をついて、見上げてみると、隣のグループは今まさに、ターキーの懸る一投に臨むところだった。「セベ」の一投。十四ポンドの球は緩くカーブを描く。「セベ」が小さくこぶしを握る。快音が響く。画面には間の抜けた映像がターキーを伝えた。

「久々に見たなぁ、ターキーだって」

 球を持ったまま舞が呟いた。

「隼、ターキーって何? 七面鳥?」

 葉月が訊くと隼はウンウンと頷きながら、

「三回連続で全部ピンを倒すと、昔アメリカでは七面鳥が貰えたらしい」

 と、たずねてもいない豆知識を付け加えてくる。葉月は感心したような面持ちだったが、舞はヘェと事務的な応答をして、そのままエイヤッと球をレーンに投げつけた。その時である。突然隣で苦しむ声がした。何事かとあわてて振り返ると、さっきターキーを決めた「セベ」が喉に手を当て、もがいているのだ。

「おい、どうした!」

 仲間の一人が駆け寄ろうとした。しかし「セベ」はただウウと唸って、そのまま虚空を掴んで倒れてしまった。

「おい、せべっち、大丈夫か」

 「トシヤ」も駆け寄ったが、既に「セベ」はただぶるぶると震えるだけで反応を示さなかった。その恐ろしい痙攣が収まると、えもいえぬ静寂が訪れた。

 当然、この一部始終を見ていた隼は真っ先に「セベ」のもとに屈みこんだが、手を取って脈を診ると首を横に振った。

「すぐに警察を呼んでください。それまでは誰も何にも触れないように」

 しかし誰も動こうとしなかった。誰もがこの事態の深刻さを理解できていないようだった。

「だれか、早く!」

「あ、ああ、は、はい」

 ようやくグループの一人が駆けだしていくと、隼は改めて「セベ」の遺体を眺めた。

 顔には断末魔の苦悶が現れていた。手は締め付けるように喉を押さえ、爪が深く食い込んだのか、血がにじんでいて。体はねじ曲がり、それが何らかの毒物に因るものだと一目でわかった。こうなると、放っておくわけにはいくまい。

「瓦木」

 隼はしゃがみこんだまま紗綾を呼んだが、返事が無い。

「おい、瓦木?」

 隼が振り返ると、紗綾は椅子の上に座ってボゥっとこちらを眺めているではないか。

「おい、瓦木。どうした?」

 三度目の呼びかけに、紗綾はようやく気付いたようで、肩を浮かせると、慌てて立ち上がった。

「あ、あああ、黒崎、あ、何?」

「何って君の出番だろ。おそらく毒殺だ。どこかで毒を飲んだか、飲まされたんだろう」

「あ、ああ、それか。うん、わかった」

 紗綾は隼の言葉にようやく事態が呑み込めたようだ。

「どうした、熱でもあるのか?」

「いや、大丈夫大丈夫」

 しかし明らかにその様子はおかしかった。既に紗綾の探偵譚を読んだことがある読者諸兄ならばお分かりだと思うが、いつもの紗綾であれば隼に呼ばれるまでも無くして遺体を観察していただろうし、事件を前にして上の空ということも無いのだ。隼は首をかしげると、かけつけて来た従業員に事情を説明し始めた。


 しばらくしてやってきたのは紗綾も知っている牛島警部補だった。牛島警部補は歳も若く向上心に燃える人物なのだが、以前一度紗綾と仕事をしたとき、その明察に恐れをなした。だから今ではもっぱら、事件で会えば、紗綾に師事する立場にあるのだ。そんな牛島警部補だから、紗綾がそこに居たことに大いに喜んだ。いや、それ以前に牛島警部補もいつもの紗綾を知っているから、まずその格好に驚いたのだが。

「瓦木君、どうしたんだいその格好は……、デートか何かかい?」

 出会って一言目がコレだからひどい。紗綾はへへっと笑うと首を振った。

「そんなんじゃありませんよ。友人にちょっとおめかししたらなんて言われて」

「ははぁ、それで遊びに来たら事件と。君もつくづく運が無いね」

 牛島警部補は笑うと捜査に取りかかった。

 死因は隼の推察通り毒殺だった。使用された毒は青酸カリということで、グループの机に置かれた紙コップが精査された。その結果「セベ」の飲んでいたウーロン茶に青酸カリが混入していたと分かったから、問題はその紙コップがどう配られたかという話になった。

 隣のグループの飲んでいた紙コップのウーロン茶は、無料で飲めるもので、このフロアの端にサーバーが置いてある。ここについた一行は靴を履き替えるとまずそこに飲み物を取りに行ったらしい。コップは機械に備え付けられていたから、警察ではまず無差別殺人を疑った。しかし、この機械はこのボーリング場に一つしかないから人がよく集まる。それに、毎日始業と終業に検査をする以外、コップの充填部分には鍵を掛けているから、毒付きのコップを入れるのはそう容易なことではない。

 そこで捜査は高校生グループの方に移った。この四人は同じ学校に通う一年生で、クラスも同じであった。よくボーリングに来ていたそうで、グループの中心は「トシヤ」であった。さすがに相手が高校生であることから、取り調べと言ってもごく簡単なものしか行われなかった。

 三人への聴き取りの結果分かったことは、この飲み物を運んだのは「ユースケ」と「リュウ」だということだった。当然、その時のことを「ユースケ」と「リュウ」は詳しく質問されたのだが、返答は芳しいモノではなかった。そもそもどのコップが誰に行きわたるかはわからないし、自分も間違えて「トシヤ」のを飲んでしまったことがある、と「リュウ」は答えた。「ユースケ」もそれを認める証言をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ