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失敗譚  作者: 裃白沙
3/6

とにかく落ち着かないんです

 ――――


 そんな土曜日を過ごして、翌日たる今日は日曜日である。朝起きて、一度いつもの服に袖を通したところで思い出した。昨日寝る前に舞に忠告されてたのだ。ポイポイポイと着ていたものを一回脱ぎすてると、昨日買った服を袋から取り出して、着てみて、洗面台に向かった。舞は先に起きていたみたいで、ちょうど顔を洗い終えたところのようだった。

「おはよう」

「うん、おはよう。さーやん、あれだよ、今日は髪結んじゃだめだからね」

「えっ」

「えっ、じゃないよ。ブラシとか櫛とかかける。ちゃんと整えないと。いつもみたいに適当に結ぶのはダメ」

 舞はそう言いながら鼻歌交じりで準備を整えてゆく。紗綾も仕方がないからとりあえずブラシをかけて櫛を通して……。こんなもんでいいのだろうか? いや、でも前髪の流れが少し気に食わないなと、いじっては直し、いじっては直し。何度も首をかしげてみて、ようやく整っただろうか。舞にチェックしてもらおうと振り返ったら、準備を終えたのか舞の姿はどこにも見えなかった。

 二人して駅で待っていると隼と葉月が手をつないでやってきた。集合時間丁度である。しかし、隼も葉月も紗綾の姿に気がつかないようで、なかなかこっちに来ない。うろうろと捜すように歩いている。たまりかねた紗綾が手を振ったらようやく葉月が見つけてくれた。

「あ、さーやん。そこにいたんだ。気がつかなかったよ」

 そう言いながらも葉月はまだ隼の手を握っている。隼はというと、奇妙なものをみるような目で紗綾をみている。

「なにさ、黒崎」

 紗綾が言うと隼は露骨に首を傾げて返した。

「いやぁ、雹で済めばいいんだがなぁ」

 こんなこと言われると、普段ならばかかとで足を踏むぐらいのことをするのだが、今日の紗綾はそんな気も起きなかった。隼がこうなのはいつも通りだし、せっかく買ったばかりの靴でこいつのぼろ靴を踏むのも忍びないと思ったのだ。

「さーやん結ばなくてもかわいいよね」

 とっさに葉月がフォローしてくれた。ちょっと嬉しくて、頬がぽっと赤く染まった気がした。少し恥ずかしくなって、へへへ、と笑いながら頭を掻こうとした。その刹那、舞が紗綾の腕を掴んだ。

「だめ、今日一日髪いじるの禁止!」

 舞の一喝が入った。紗綾はむっと頬を膨らませると渋々と頷いて手をおろした。

「今日は一日かわいいさーやんで行くんだからね」

「なに、普段はかわいくないと?」

「いやぁ、普段もかわいいけどね、いつも以上にかわいくいくよ」

 念を押すようにそう言うとニンマリと笑った。紗綾は少しその表情に恐怖を覚えた。

「ささ、行こうよ!」

 しかし舞はそんなことも気がつかず、きびすを返すと先陣を切って駅の階段を上っていった。

 この日は紗綾にとってまことに奇妙な一日であった。夏だろうといつもジャケットを羽織っていたから、今日は上半身がやけに涼しい。それどころか、すぅすぅと風が通ってどうにも気持ちが悪い。このブラウスにはバックリボンが付いているのだが、それが風に揺れてひらひらするのもなんともいえない違和感がある。きわめつけは周りの視線である。やっぱりこれは変な格好なんじゃないか? ボーリング場のある繁華街に着くときには降り注ぐ視線と、どこからこみ上げてくるかもわからない恥ずかしさや不安にまみれて、紗綾の顔は茹で蛸のようになっていた。


 休日だというのにボーリング場の人はまばらだった。一行は端っこのレーンに落ち着くと、隼が十二ポンド、葉月が八ポンド、紗綾と舞は十ポンドの球を持って臨んだ。隼は真剣そのもの。面白味の無い投球で着々とスコアを重ねていった。はじめのうちは紗綾も舞もすごいと思ったが、いかんせんおもしろくない。計算されたようにまっすぐな軌道でボールが転がってゆく。三投目からは無言となった。二番手の葉月はここまで六連続ガーター。次のゲームからはガーター防止の柵を出してもらおうかと話になった。舞はといえば、勢いに任せて球を放り投げ、二投目では隣のレーンにボールを飛ばす始末。それでも懲りないのか、六投目には十六ポンドの球を抱えてやってきて、盛大に投げつけた。どれも個性的なボーリングである。

 しかし紗綾はどうもいつもの調子が出なかった。紗綾は特別ボーリングが得意というわけではないが、一ゲーム一二〇点ぐらい、並みの点数はとれるのだ。しかしこの日はそうでなかった。投げる度投げる度、ボールはあらぬ方向に飛んでいく。五周投げたところで倒せたピンがようやく三十本と、彼女としては不服でならない結果だった。否、それ以前に、今もなお赤面している彼女は、恥ずかしさと不安で不服どころの騒ぎでは無いのだろう。たしかに人が通る度、紗綾の方をチラリとみていく。中にはちょっと立ち止まって凝視する人もいる。しかしそれは決して彼女が変に見えるから、というわけではないのだが……、当の本人には全く伝わっていないようだった。

 一ゲームが終わっての成績は隼が一六二点、葉月が三一、舞が一一七で紗綾は七四点という結果だった。

「おやおや、さーやん今日はどうしたのかな?」

 舞は久々に紗綾に勝ったとあって上機嫌である。一方の紗綾は不満だ、

「どうしたも、こうしたも無い! なんかだか、こう、すっごくそわそわする……」

 そういって髪に手を当てようとしたが、すぐ思い出したように手をぶんぶんと振った。舞の視線が顔に刺さったのだ。

 二ゲーム目からは葉月だけガーター防止の柵が出るようになった。順番も変わって今度は紗綾から投げる。それが二周ほど回った時、隣のレーンに人がやってきた。男が三人、見たところ高校生のようである。

「使わない球片づけようか」

 先ほどまで紗綾たちが球置き場を占領していたものだから、舞は自分の使わない重い球を返そうと立ち上がった。すると、その高校生のうち一人が舞を呼びとめた。

「ああ、その十六ポンド、使うんで置いといてもいいですよ」

 青年はそう言って十六ポンドの球をこちらに引き寄せると愛想よく笑った。

 隣のグループはよくボーリングに来ているのだろうか。遊んでいる中にも真剣さのある彼らのプレー、けっこうな好成績を収めていた。スコアの表示を見ると「トシヤ」「セベ」「リュウ」「ユースケ」と出ている。おそらくそう言う呼び名なのだろう。

 一方の紗綾たちはというと、ガーターの無くなった葉月のスコアが跳ね上がったのは当然なのだが、彼女以外は相変わらずの様子だった。紗綾はまだ視線を気にしているようでスコアが伸びない。確かに隣のグループもはじめ紗綾に注目していた。しかし彼らもゲームが始まるとそっちに集中している。いまだに紗綾に目を輝かせているのは舞ぐらいしかいないのだが……、慣れない格好でいるというのはとかく落ち着かないのだろう。


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