心霊写真の顔を3Dプリンタで作ってみたら
私は派遣社員だ。男性。現在23歳。彼女なし。
大学では情報専攻。やっていたことは画像認識での形状推定。
現在の派遣先は秋葉原駅近くの大手制御機器メーカー。
山の手線の神田駅から秋葉原までは数分。時差通勤で乗車率はそう多くないがいつも座席に座らず立っている。
対面で人と話すのは苦手。すぐ目を落としてしまう。相手の目と視線が合うのがおそろしい。
将来に何の希望も抱いていない。両親も普通のサラリーマン。両方営業職だったので朝は早く夜も遅かった。マンションで一人朝食、夕食をとり、昼は学校の売店でパンと牛乳を買っていた。
よく肥満とか栄養偏重にならなかったと思う。
やっていることはマーベルマシン製作。鉄球やビー玉がクルクル回るながら落ちてくる玩具だ。完成して動作したときにそこそこの感動がある。
手取りは25万円。賞与なし。アパートの家賃が7万円。食費が6万円。小遣い3万円。あとは貯金。
スーツや高価なものは両親が買ってくれる。両親は三鷹に住んでいるのであまり帰らない。妹がいるが生意気なので電話もしない。
仕事は大学の延長で同種の開発。上司は根っからの阿保。馬鹿でないのが助かる。
きっかけはひょんなことから始まった。
開発のため風景写真を画像認識の素材に使っていた。同僚の藤尾が、これはまことの馬鹿なのだが、心霊写真を素材に使ってみようと言い出した。開発内容は複数枚の違う角度から撮影した写真で対象の形状とサイズを数値化するプログラムだ。物体間の距離も推定しないといけない。どちらかといえば大学の研究室の卒論テーマみたいなものだが、派遣先では真面目に商用の開発プロジェクトとして扱っている。
だから、いろいろな素材を使って性能の確認を行っていたところに、藤尾の馬鹿が心霊写真もやってみようと言い出した。
このプログラムは、それなりによくできていて、少々写真が暗くてももとの形を再構築してしまう。たいていの心霊写真はトリックや現像時のミスが多いので、二人でつぎつぎと画像解析をして考えられるトリックやミスを推定していった。
サーバには膨大な写真データが保存されていて大抵のものは見つかり、ほとんどが合成写真だと分かった。だいたい何もない場所に突然明るさの違う顔が現れても不自然すぎてすぐトリックだとわかる。しかし何枚かの写真でどうしても出所不明のものがあった。まあ、当然予測できたことでデータサーバも存在するすべての写真をカバーしていない。ネットに投稿されていないものもある。
そこで3Dプリンタでその顔を再生することにした。1枚の写真だけなのでだいぶ補完しないと立体的にできなかったが、約16時間かけて再生した。
翌朝、一人で作業をしていると、後ろから声がする。なんと3Dプリンタで作った顔から声が聞こえる。口元は動かないが確かにその方向から声がする。驚いたが、要求は理解できた。
復讐を手伝ってほしいという。相手に危害を加えるような危険なことではなく、ただ脅すだけでいいという。どうも生前付き合っていて結婚の約束していたのに裏切られほかの女性と結婚したらしい。
それで顔を箱に入れて宅配便にもっていった。もちろん変装して差出人住所もでたらめな住所を書き込んでいた。
1週間して顔が教えてくれた銀行口座を開くと1000万円が振り込まれていた。自分の海外口座に送金した。顔との約束通り送り先の人間のことは調べなかった。
ある日、アパートに帰ると宅配便の箱がドアの前に置かれていた。あけてみるとあの顔だった。
「ありがとう。」と顔は言い、ふっと気配が消えた。
1年たって、ある女性がアパートを訪ねてきた。かなり品のいい女性だった。
顔を送った男の妻だった。顔が届いてから男の言動がおかしくなって最後に自殺したらしい。かなり高額な報酬で優秀な探偵をやとってこのアパートを突き止めたらしい。逃げようと思った。
しかし間髪入れずに女が突進してきた。
薄れいく意識の中で女性が突き刺したナイフを握りしめながら、やっぱり顔の女の頼みなんてきくんじゃなかったと後悔した。女性がさったあと、頭上に顔の女が現れた。
で、私は顔にクレームを言った。
「危険なことじゃないといってたのに約束が違う。」
顔はこう答えた。
「ごめんね。私の顔おぼえてないのね。」
顔が揺らいで見覚えのある顔が現れた。やはり恨まれていたのかと納得した。
、
学生時代、私は顔の女と交際していたが、卒業と同時に別れた。
どうも彼女はわたしと結婚すると思い込んでいたらしい。実家にもどって心を病んで自殺したらしい。心霊写真の顔は彼女の祖母のわかいころの顔だそうだ。いまはこの世界で二人で楽しく暮らしている。
死後の世界があるとは知らなかった。物にさわることはできないが、いろんなところに自由にいけて、見たり聞いたりできる。楽しい世界だ。