05 少年の心の傷と、判明した召喚ターゲット (Side アリア)
「…どうだった?」
「お二人につきましては、一応私の部屋でゆっくりするように伝えましたが…ショックを隠しきれない様子です」
「そっか…。 アルト君は大丈夫なのかい?」
「まぁ、家族に会えないというのはショックですけど…。 それ以前に色々あったので戻りたくないというのもあって複雑ですね」
ボク、アリアード・エル・ステラは、妹のメルルことメルルーナ・エル・ステラと転移被害者の一人のアルト君と一緒にボクの部屋に移動して今後のことを話し合おうとしていた。
1時間前、アルト君とナナちゃんとノノカちゃんにこの世界の情勢と敵対国の異界集団召喚に巻き込まれた事、そして巻き込まれた者は二度と元の世界に戻れないといった事実を話した。
アルト君たち三人は、ショックを受けた。 彼らにも家族はいたんだから当然だろう。
最初は三人とも固まったままだったが、しばらくしてアルト君のみ一応、立ち直った。
彼の友人の双子姉妹はショックが大きいらしく、未だにメルルの部屋で塞ぎこんでいるが、無理も無いことだ。
そのため、いち早く開き直ったアルト君と先に話し合うことにしたんだけど…。
「色々あったって…キミに何があったの?」
先程のアルト君の『それ以前に色々あった』という言葉に引っ掛かりを感じ、気になって尋ねた。
人の過去を掘り返す内容なので、失礼なのは承知の上だ。
とはいえ、これから接していくためにも知りたかった。
「いじめを受けたんですよ。 あまりにも理不尽な…いじめをね」
「…っ!?」
ボクは…、いやボクとメルルはショックを隠しきれなかった。
まさか、彼が元いた世界でいじめられていたなんて…。
「いじめの主犯は自分の思い通りにならないと気がすまない性格で、俺とは意見が合わなかった。 それが次の日から急にいじめが始まったんだ」
「そ、相談はしたんですか…?」
「したよ。 それで家族や信頼できる仲間が動いてくれたけど阻止された」
「な、なんで…!?」
「そいつやその取り巻きの親が、警察やら教育関係のお偉いさんなのさ。 それらの力でいじめはなかったかのようにされたのさ」
「う、うそ…。 証拠とかはあったんだよね?」
「証拠を集めても、あいつらのお抱えになった存在の前では、捏造扱いさ」
吐き捨てるように自分の忌まわしき過去を告白するアルト君。
信じられなかった。
彼のいた世界は、権力を傘に自分の思うように動かすために一人の人間を傷ついてもいいだなんて…。
法律はあるのだろうが、その者の前ではそれすら意味を成さないのだろう。
七人委員会に属する国からしたら本当にありえない。
そんな彼の過去を聞くたびに、彼をいじめた奴らに対する怒りと、不用意に聞こうとした事への後悔が渦巻いていた。
その感情と共に、ボクは不意に涙を流していた。
「…ごめん、アルト君。 キミの傷を抉るような事を…」
ボクは抑えきれず、アルト君に謝罪した。
彼の心の傷を抉るきっかけはボクにあるから。
「ああ、大丈夫ですよ。 早い目に知ってもらった方がいいこともありますから」
謝罪に慌てたのか、彼はすかさずフォローに入った。
いつの間にか持っていたハンカチでボクの頬に伝う涙を拭ってくれていた。
こういった部分にボクは彼の優しさを感じていた。
「ですが…」
「アリア、ここにいたのか?」
メルルが何かを言おうとした時、ボクの背後から別の声が聞こえた。
「エリーゼ姉さん、どうしたんだい?」
振り向いた先には、ボクやメルルの姉に当たる第四王女、エリザベート・エル・ステラがいた。
アルト君もメルルも彼女に目線を向けていた。
「彼は?」
「転移被害者の一人、九重有人君だよ。 メルルの部屋に友人の双子姉妹と共に転移してきたんだ」
「初めまして。 九重有人です」
「ご丁寧にどうも。 私はエリザベート・エル・ステラと申す者です。 第四王女ですが気軽にエリーゼとお呼びください」
初対面だからか、丁寧な口調で挨拶するエリーゼ姉さん。
人当たりはいいんだけど、他人から見れば事務的な対応だから固い印象を持たれがちなんだよね。
まぁ、とにかくボクを呼んだということは何らかの用があるんだろう。
「で、ボクを呼んだんだよね? 何があったの?」
「ああ、アリアが派遣した偵察用のファミリアが戻ってきてな。 それによるとアッシュ王国で召喚された人物たちが判明したそうだ」
「ほ、本当かい!?」
「ああ、召喚ターゲットは35人。 そのうち撮影に成功した人物たちがこちらだそうだ」
そういって、エリーゼ姉さんは持ってきたボクのファミリアの1体を置き、そこに魔力を注いだ。
するとファミリアから撮影されたという人物の幻影が映し出された。
「な…!?」
横から驚くような声が聞こえ、その声の主…アルト君の方を見ると口を大きく開けたまま顔色を青くしていた。
体のほうもかすかながら震えている。
まさか、さっきのアルト君が言ってた主犯格って…!
「あいつらが…、まさかあいつらがこの世界に…!!」
「あ、アルト君!? しっかり!!」
たまらずボクは彼を落ち着かせようとした。 まさかこんな形でトラウマを隆起するとは思っていなかった。
当然、さっき一緒に彼の過去を聞いていたメルルも彼に寄り添う。
「アルト兄様、まさか…あの映像の人物が!?」
「そ、そうだ! 安地 平斗…! あいつが俺をいじめた主犯格…っ!」
「それが、あの映像の男の名前なんだね!?」
「そ、そうだ…」
「まさか…アッシュ王国の召喚ターゲットは…」
メルルが嫌な予感を感じていたようだ。
そこに黙っていたエリーゼ姉さんが口を開いた。
「その通りだ。 この映像の男とその取り巻きたちの計35人が今回の召喚ターゲットだったようだ」
「…ッ!!」
エリーゼ姉さんの事実にボクは怒りを隠しきれなかった。 映し出された映像からも伝わる不快感さも想像を超えていた。 こんな奴の召喚に巻き込まれたアルト君があまりにも不憫すぎる。
メルルも同じ感情を抱いたらしく、怒りを隠さなかった。
「とにかく、彼らが今後、どう動くかわからない。 我が国や他の七人委員会所属国家は、転移被害者の救助と保護を最優先に動くそうだ」
「わかったよ。 ボクは彼を…アルト君を部屋に連れて行く。 メルルは再度双子姉妹をお願いするよ」
「分かりました。 アリアお姉さま。 エリーゼお姉さま、すみません」
「ああ…。 新しい情報が入ったら二人に優先的に報告する」
「お願いします」
メルルの一言で締め、その場で三手に別れた。
ボクはアルト君を自分の部屋へ連れて行く。 メルルは双子姉妹の方のケアを。
エリーゼ姉さんは、引き続き転移被害者の保護を行う。
自分の部屋へたどり着いてすぐ、アルト君をベッドに寝かせ、ボクもすぐに同じベッドで横になった。
彼を安心させようと、ボクは彼を抱きしめる。
今のボクでは、彼に対してこれくらいしか出来ないことに悔しさを滲ませた。