国…それは2つ結びと歓喜 VI
「サマヨイ、あなた馬に乗ったことある?」
トワさんは走りながら聞いた。私は首を振る。
「そっか。でも、あなたならきっと大丈夫ね。ほら、あそこよ!」
馬など一度も乗ったことがない。本当に大丈夫なのだろうか。
トワさんが指した馬舎は、私がこの国に入って一番はじめに見つけた場所だった。中にいた二頭はすぐにやってきた。
トワさんは慣れた手つきで二頭を撫でた。
「おはよう、クゥ!スゥ! あっはは、くすぐったいよもぉ〜!」
私はトワさんを茫然と見つめていた。そして思った。
なんて幸せそうな、そんな笑い方をする人なんだろうか…
それは自分で作るものなのか…
この国に、理由もなく"イキノコリ"として、一人勝手に残され、苦しいはずなのに…なぜ…。
私にわかるはずもなかった。
「この子は、あなたにそっくりって言った私の親友の馬たち。 左がクゥ、右がスゥよ。
クゥは、クククって笑うからクゥ、スゥはスースー寝息を立てて眠るからスゥって名付けたらしいわ。おもしろいでしょぉ? ふふっ」
そう言ってトワさんは、馬舎の入り口を開けた。二頭はゆっくりと外へ出てきた。ふと、そのうちの一頭が私の方へまっすぐやってきた。
「偉いわね、クゥ。ご主人様が分かるのね 」
馬具をつけながら、トワさんは言った。もちろん私は、そのご主人様ではない。
どんなにトワさんの親友に似ていたとしても、間違えることはないだろう。そうではないのだろうか…
「よし、OK。さぁサマヨイ、乗って 」
馬に乗るなんて初めてだ。
「怖がらなくても、クゥは優しい子だから大丈夫よ 」
私はあぶみに片足をかけ、何度か弾みをつけて乗った。馬はヨロヨロと揺れる。
「ぅぉっ 」
「クゥ、どーどー、大丈夫よ。 サマヨイ、あなたが緊張していると、この子にも伝わってしまうわよ 」
「…していません。…大丈夫です 」
トワさんは笑った。
「じゃあ大丈夫ね!サマヨイはそのままね。……よいしょっと。よしっ行くわよ!スゥ!」
トワさんの掛け声でスゥは動きはじめた。その後を私を乗せたクゥは自然について行く。
馬って賢いんだな…。
パカパカと、軽快な音がする。馬に乗ったのは初めてだが、あまり悪い気はしなかった。
二頭の馬はトワさんの合図で、細い道へと入った。
道にいるみんなを踏んではいけないから、みんなが滅多に通らない近道を通っているのだと、トワさんは言った。
確かに、ぬいぐるみは今の所、一人も落ちていなかった。
「サマヨイ 」
肩に乗る彼女が急に耳元で囁いた。
「サマヨイ、私は不安だよ。もしものことがあったら、あたしみたいなこんなちっぽけな体じゃ守れないからな 」
そして、私の首元にそっと寄り添うように優しく抱きついた。彼女の気持ちが、柔らかい手を伝ってくるようだ。
何を心配するのかよく分からなかったが、なんだか、彼女らしくなかった。
「大丈夫だと思う。トワさんもチカさんもいい人に見える 」
「でもさ__」
「信じてくれないのかい…?」
あえて私は遮った。この人たちを信じていたから。彼女が思う、不安なことはしないと…。
彼女はムスッとした。
「そういう訳じゃないけど… 」
「どこにも置いて行きやしないから。どれだけ一緒に旅をしてきたと思っているんだい。一緒に居てくれなかったら、ここまで旅ができていたかどうか分からないんだよ。
…それとも、もういろんなことを教えてくれないのかい…?」
私は彼女にそっと手を添えた。片手で、できるだけ包み込むように。
どんな言葉をかけたらいいか分からなかったが、心の底から彼女を安心させたかった。
そう思うと、"優しい"気持ちは、自然と湧き上がってくるものだった。
「チッ…仏頂面で、"ココロココニアラズ"のくせに、"やさしさ"だけ、一丁前に持ち上がって…」
彼女が言った言葉は、小さすぎて私には聞き取れなかった。
「ん、なんだって 」
「べぇ〜つにぃ〜 」
彼女はいつもみたいにはぐらかした。
でも、いつも通りに戻った気がしたので、知らなくてもいいと思えた。