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砂漠の果て -i'M LoOkInG foR-  作者: Min
第1章 旅の話をしましょう
48/50

旅…それは歌 驚きの連続 光輝く感情 VIII

 2つ目の部屋。


 順番に尋ねることにした私は、フールさんの部屋の斜め向かいのドアをノックした。


 だが返事がなくて、でも鍵が空いていたのでゆっくり開ける。

 入ってみると


 スー、スー


 ハンモックでティブさんが寝ている。クッションとたたんである毛布をお腹に乗せ、寝ている顔を隠すためか、帽子を顔に乗っけている。


 流石に起こすのも躊躇われるので、先に別の部屋を訪ねることにした。


 そしてドアを閉めようとした時だった。


「来たね」


「へっ……」


 驚いて変な声が漏れる。もう一度ドアを開くと、片手で帽子をあげたティブさんがこちらを見ていた。


「すみません、私、起こしてしまったようで……」


 ティブさんはハンモックに座り、帽子をかぶり直す。


「別に寝てなかったから大丈夫だよ。入んなよ。みんなの部屋、回ってるんでしょ?」


「はっはい」


 は、話が早い。眼鏡をかけてて知的そうな雰囲気をまとっているティブさん。それはあながち間違ってはいないかも知れない。


 部屋に入ると、まず目に入ったのは大きなピアノだった。

 黒いピアノ。


 窓からの光を浴び、黒い肌に空の様子が写っている。白いカーテンがひらひらと舞い、窓が開いているのがわかった。

 本棚がたくさんあり、大きな本がぎっしり並んでいる。近寄ってみると、どの背表紙にもアルファベットが書いてある。

 よ、読めない……。


「アップルティーでもいいかい?」


 ティブさんがポットを持っている。


「あ、はい!ありがとうございます!」


 ありがたい……。


「ハノン、ブルグミュラー、ソナチネ、ショパンにベートーベン……」


「な、なんで読めるの?」


「え?だってこれ、有名な音楽家とか有名なピアノの楽譜とかばっかりだよ」


 彼女は当たり前のように言う。つくづく何者……いや、何ウサギかと思う。


「へぇー、よく知ってるね。その辺は最近全く弾いてないなぁ」


「ピアノ、お好きなんですね」


「まぁね。でも今は、ラヴの作った今日の方が記憶に新しいかな」


 そう言いつつ、ティブさんは嬉しそうだった。

 ラヴさんの作った曲。昨日も少しだけ聞いたけれど、改めていろんな曲を聴いてみたいな。


「はい、悪いけどあそこの椅子で我慢してもらってもいい?」


 そう言ってティブさんが指したのは三脚の椅子とテーブルで、花瓶に一つの花が差して置いてあった。お茶を飲むのには十分なくらいに快適だ。


「ティブさんは?」


「僕にはハンモックがあるから。ホラ、冷めちゃうよ」


 促されるまま、私は椅子に座る。彼女はテーブルに降り立つと、一口頂戴、と言った。

 私はうなずくと、少し大きいサイズであるコップを頼らない手でなんとか持ち、一口すすろうとする。

 だが、ふと彼女の耳がピンと上に上がり、毛という毛が逆立った。


「あっちぃぃぃぃやけどしたぁーー」


「気をつけなよ、熱いの分かってたでしょ?」


「むぅ〜〜〜〜」


 ふと、ティブさんは小さく笑った。片手をグーにしてさ口元を押さえて。

 眼鏡の奥の目が優しく微笑んだ。


「仲がいいんだね」


 私も彼女もすぐに返事ができなかった。

 え……仲がいいって言うのだろうか。

 思わず顔を見合わせる私たちを見て、ティブさんは笑った。


「あははっ、わかった、いいよ。答えなくても。それより、何か用があってここに来たんだろ?」


「あっ、えっと、えぇーっと」


 用と言っても急な用事とか、何にもないんだが??


 どう話を繋げたらいいか迷っていると、突然思い出した。

 あの幻想的で、静かな森で演奏していた楽器。

 小さなピアノみたいな楽器。この人の相棒は誰なんだろう。

 私は思い切って聞く。


「あっあのっ、昨日演奏していたのってピアノじゃないですよね?さっき部屋にお邪魔したフールさんには、ベースがあって、ベースのことを相棒っておっしゃってたんです。

 だからティブさんにも、相棒はいるのかなって…」


「あぁ。フールのやつ、相変わらずだな。ん〜そうだなぁ……」


 そう言うと、ティブさんはコップを置き、大きなピアノへと向かう。


 椅子を引き、ピアノの前に座る。ガタンとフタを開ける音がして、鍵盤にかけてある細長い布を膝にかけた。

 白くて美しい鍵盤が見える。


 ティブさんは目を閉じた。そして大きく息を吸い、吐く。

 鍵盤に手を添え、スッと息を吸い、そっと体重をかける。


 一滴の水滴がストンと落ちたような音。波紋が広がり、私の中まで染み渡る。


 一音一音が身体中で響き、音に包まれる。


 静かな夜だった。空には星がなく、大きな月だけが、白く、輝いている。

 足元を見れば、鏡のように全て写っている。

 月の光がやさしく降り注いでいる。

 切なくて、でも悲しさは感じなくて、幻想的な、そんな世界に私はいる。


 ピアノを弾くティブさんは、全身で音を感じるようにゆるやかに揺れている。ピアノとひとつになったかのように。


 やっぱり、ティブさんにも、相棒がいる。

 そう思い込んだ。


 最後の一音。ペダルを踏む足がゆっくりと戻る。


 世界は午後の風通しの良い部屋に戻る。

 拍手をするのも忘れて、感動の余韻に浸っていた。私はティブさんの声で我に帰る。


「僕は、7つの時からピアノをしているんだ一度もやめたことはなかった。いくつもの曲を弾いてきた中で、一番弾いていたのが、この曲なんだ。


『月の光』


 僕のうちは、一家で音楽好きでね、みんなからリクエストされた曲をよく弾いては喜んでもらって……褒められるととても嬉しかったけれど、当時の僕はどうして満足できなくてね。

 僕の、僕にとっての、人生となるような曲が欲しくなった。そんなの、生きていくなかで、長い年月の中で見つけるものなのにね。

 それで見つけて、一気に気に入っちゃったのがこの曲。


 それが一つの転機かな。僕は人が変わったようにますます音楽に貪欲になっちゃって。ピアノ以外の楽器にも手を出し始めた。

 もちろん、ピアノも弾いていたよ。

 でも、明らかにピアノに触れる時間は減っていた」


 別に、良いのではないかと思った。貪欲になる程夢中になれるものなんて、そう簡単に見つけられるものじゃない。

 特技が色々あることは良いことなのではないだろうか。

 何かを口に出したかった。言葉を。だけど、開いた口から出てきた言葉はなかった。


「あんまり、うまくないだろう?かなり久々に弾いたものだから」


「いえ、そんなことは!」


 ティブさんはふわっとやさしく微笑んだ。やさしくあたたかいそよかぜが通り過ぎた。


「ティブさんにも、相棒がいるんですね。なんだか、憧れます」


 唐突に思ったことを何も考えずに口にした。だがすぐに後悔した。


 ティブさんはうつむいて、悲しそうに笑ったから。


 ティブさんは立ち上がり、布を元どおりにかけ、鍵盤にフタをする。

 カタンという音が妙に響いたような気がした。


 どうしよう、何か失礼なことを言ってしまったのかもしれない。

 とても不安になった。思わず立ち上がろうとすると、ティブさんが手で制した。


 そして、愛おしそうにピアノに片手をやさしく置く。


 そのとき、小さな光の粒とともに、


 ピアノが消えてしまった。


「……ッ!」


「このピアノは、僕のイメージ」


「え……」








「僕は相棒を、おいてきてしまったんだ」


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