国…ソレハ穴掘リト慈悲ノナイ箱 IX
私はとっさに彼女を胸に抱く。砂が巻き上がり、全てを飛ばしていく。
しかし、それは一瞬のことだった。
目を開けると、周りの景色は変わり果てていた。
地面の砂は全て、硬くかたまり、ひび割れ、平らな土地になっている。
そして、目の前にそびえ立つ、いくつもの十字の柱。赤茶色の錆びたような色をしている。禍々しい雰囲気が漂っていた。
十字の柱同士の隙間から見えるコウさんの家は、残っているものの、そこにマオさんの姿はなく、倉庫と思われる建物が大破していた。
ふと、彼女が焦ったように言う。
「サマヨイ、この柱の中!この中にぬいぐるみが詰まってるのを感じる!」
「えっ…そんな…!」
すぐにそびえ立つ十字の1つに触れる。
"助けてー!!"
"何で出してくんねぇんだ!!"
"いやぁーー!!"
"助けて!!"
"おかあさーん!!"
"コウ!!出してくれ!!"
『助けて、たすけて、タスケテ』
「いやっ…!」
私は頭を抱えて座り込む。
やめて、やめて…!
これは、私のせいじゃない…!!
「サマヨイ…」
彼女が呼ぶ声は今の私にはもはや聞こえていない。
ザッザッとひときわ大きく聞こえる足音が近づいてきた。
「なんでだよ…」
顔を上げると、そこにはコウさんがいた。
本物のコウさん。
血の涙を流す勢いで、コウさんは涙を流していた。そして、相手を貫くような、ひどく冷たい視線を向けた。
「コウさ…」
「なんで泣いてんだよ!…ッ何でお前が泣いてんだ!!」
「ごめんなさ…」
「謝れって言ってんじゃねぇんだよ!!
なんで泣いたか、聞いてるんだ!!」
何も考えられない私は、思いついた答えをそのまま口に出す。
「コウさんの…過去を見たから…」
コウさんはハッとして俯いた。
歯を食いしばり、拳を握りしめて。
「俺が泣きたくても泣けない理由が分かったか!俺は過去のことを反省してるから泣いちゃいけない、感情を出しちゃいけないわけじゃない!!
この砂漠に誰かの涙を落とせば、埋もれた仲間は、救い出した仲間はもう、二度と帰ってこない…!!ぬいぐるみにのまれた人間は、箱から出られないんだ!!
だから…だから、ばあちゃんも、じいちゃんも…ッ…姉ちゃんも…!!
全員…砂にかえったんだ!
救うことができるのは…俺だけなんだ…」
コウさんは声を押し殺して泣く。
私は、這ってコウさんに近づく。そして、膝をついて、涙を拭うコウさんの肩に触れようと…
パンッ
私の手はコウさんによって払われた。何が起こったのか、一瞬理解が追いつかなかった。
「そうだった…そうだったよなぁ…ノースに全部、教えてもらったんだった」
うつむいていたコウさんは、急に立ち上がった。
そして私を睨んだ。
コウさんの目が、爛々と輝いている。
「オマエ、"ココロココニアラズ"を患ってる奴だな?」
「ッ!!それは!!」
「オマエが…オマエが願ったからこうなったんだろ?!
人間が消えたのはオマエのせいなんだろ?!!
感情も何もないクセして!!俺やばあちゃんやじいちゃんのように、今までいろんな人を騙してきたんだろ??!!
『ココロココニアラズ』、『ココロココニアラズ』、『ココロココニアラズ』!!!!! 」
「やめて!!」
「オマエのせいだ!オマエのせいだ!オマエのせいだ!」
私は後ずさりをするばかりで、何も言えなかった。コウさんはシャベルを手に取る。
背中に恐怖が駆け巡る。
私は腰が抜けて、座り込んでしまった。
コウさんはシャベルをしっかり持ち直す。
そして、それを振り上げ、私が目を瞑った時だった。
「待ってコウ!!」
ノースさんが叫んだ。シャベルがカランと音を立てて硬い地面に落ちた。
何も起きない…。
私は目を開ける。
コウさんはボロボロと泣いていた。いくつもの涙が、地面に落ちる。
そしてその目は、私の目をじっと見ていた。
「白い目……なんで…」
咄嗟に左目を触る。触れたのは髪の毛ではなく、肌だった。
見えないはずの左目だった。
いつのまに左肩に移動した彼女は私の前髪を上に上げていたのだ。
コウさんは姉と私を重ねている。
違う、私はこの人のお姉さんじゃない。
彼のお姉さんなら、こんなこと…。
「出てってくれ…」
「え…」
小さな声は聞き取れなかった。
すると、大声で、はっきりと告げる。
「ここから出てってくれッ……!!!」
「ッ…!!」
そう言われた途端、狂ったように、弾かれたように私は走り出した。
固くなった地面は皮肉にもとても走りやすく、私はどんどん走っていく。
後ろは見ない。絶対に、ゼッタイに…!!
その時だった。後ろから猛烈な風が吹いた。
「きゃあっ!」
「うわぁっ!」
まともにくらった私は、体が宙に浮き、風がなくなったところに叩きつけられた。
「ヴッ!!……くッ…」
「サマヨイ…大丈夫か…?」
身体が疲れた。身体が重い。
私はなんとか起き上がる。
彼女は私のほおをポンポンと叩く。
柔らかくて、冷たい。
私は彼女を肩から下ろす。そして、両手で撫でる。
涙が溢れた。
☆
サマヨイが…泣いている…。
ダメだよ、泣いちゃ。だって…
だって、サマヨイは何も悪くないじゃん。
「サマヨイ…大丈夫か…?」
ふと、サマヨイはあたしを下に下ろした。そして、両手であたしの脇の下に手を入れ、親指で顔を撫でた。
「やっちゃった……どうしよう……人を…傷つけちゃった…」
「サマヨイは何も悪くない。だって旅人なんだし、何にもカンケーないじゃん。だからさっね?」
サマヨイの涙はあたしの上にいくつも落ち、布地に染みていく。
「ちがうよ…だって私は、"ココロココニアラズ"
だもん…!ニンゲンに恨まれて当然のやつなんだ…!!
なのに…ニンゲンを助けれるなんて思ったのがバカだった…!助けようなんて思ったのがバカだった!
感情を持ったのがバカだった!!
調子に乗ってたんだ、自惚れてたんだ!!
私は馬鹿だ…バカでアホでマヌケでクズで…
"ココロココニアラズ"なんだ!!」
あたしは何も言えなかった。サマヨイは感情を持ったのがバカだったって言った。
これはチャンスだと思った。感情なんていらないって思わせる、大チャンスじゃん?!
なのに…うれしいのに、なんで?
なんであたしは悲しいんだ?なんでだい?
「うわあ゛ああああああああああ!!!」
大声で泣き叫ぶサマヨイ。
「そんな、泣くなよなぁ…」
日が暮れていく。薄暗くなっている砂漠にサマヨイの鳴き声が、嗚咽が響いている。
こんなに泣いているこの子は、見たことがなかった。
その時だった。背筋に悪寒を感じた。
「私、なんで生まれてきたのかなぁ…」
「サマヨイ!」
サマヨイ、ダメだ!その感情に流されたらダメだ!!
あたしが…存在出来なくなる…!!
サマヨイの心が真っ黒に染まっていくのがわかった。
と同時に、あたしはとても苦しくなる。
「くっ…サマヨイ…」
息ができないんだけど…?
この世界にいられなくなると、あたしも死ぬんだけど…??
それだけは、やめてほしい…。
大ピンチだった。
どうする?どうする??どうなる??
パニックになってあたしも何も考えられない。
気が遠くなりそう…
「どうして泣いているんだい?」
そのとき聞こえた声は、あたしのでもサマヨイのでもない、別の声だった。




