国…ソレハ穴掘リト慈悲ノナイ箱 V
その夜、お風呂を借りたうえに、服も全部、下着から上着まで全部、洗濯してもらえることになった。
洗濯機という機械に私の服もマオさん、コウさん、マーサさんの服も全部その機械にまとめて突っ込んでいた。そして何やらボタンを押すと、ピッと音がして、グルグルと中身が回り始めた。中を覗くと、水まで入っていて、さらに泡泡と泡が立っていく。
マーサさんは魔法が使えるんですか?!、と聞くと、マーサさんは大笑いした。
私の寝させてもらう部屋にはすでに布団が2つ敷いてあった。マオさんが敷いてくださったようだ。明日も朝早いマオさんとコウさんはもう寝ているらしい。
私とマーサさんは小さな灯りをそばに置いて布団に寝転んで話をした。
彼女はというと、ネネさんを相手にあっち向いてホイゲームを申し込んでいた。
全くもって失礼な話である。ネネさんも正座して何も喋らず、ニコニコしているが、シュパッシュパッと繰り出す手のなんと速いことか…。
「んじゃ、いくよ…最初はグッじゃんけんホイッ!あっち向いてホイッ!!だぁーーー!!」
じゃんけんに負けたうえに、あっち向いてホイで負ける。この状態が何度も続いていた。
「アッハハハハッ、彼女はとても元気なのねぇ」
マーサさんは歯を見せて大きく笑う。
「すみません…彼女は先輩とか後輩とか、立場を全く気にしないタチでして…」
「いいのよ、ネネも楽しそうだから」
表情の全く読み取れないネネさん。マーサさんにしかわからないだろう、きっと。
「あなたと彼女は、あまり性格が似ていないのね」
「そうですね。真反対、といっても過言ではないかもしれません」
「だからこそ、2人で旅ができるのでしょうね」
そういうマーサさんは、優しい目で彼女たちを見つめている。そしてそのままポツポツと語り始めた。
「この国のことはね、ネネからじゃなくて、マオやコウのぬいぐるみたちから詳しい話を聞いたの。ネネはなぜか無口で、でもずっとニコニコ笑ってるの。
そんなネネの様子を見てるとね、ふと思ったの。もしかして私は本当はネネのようになりたかったんじゃないかって。ほら、私ってよく喋るし、忙しくないのに忙しそうにバタバタしてること、多いでしょ?
だからネネを見てると、見習わなきゃねぇ〜って思うのよ」
ぬいぐるみを見習う。確かに、今まで会ってきたイキノコリの皆さんとそのぬいぐるみたちは、あまり性格が似ていなかったような…。というか、そもそもぬいぐるみの出所がわからないから似ているとも似てないとも決めることは難しいのかな…。
気づいたら一緒にいる、不思議な存在。だけれど、彼女たちは主人であるイキノコリのことを全て知っている…。
考えても考えても、答えにはたどり着きそうにない。
私は彼女を見て、彼女のようになりたいとは、思っていなかった。
彼女の発言は好き勝手で、失礼で…
でも彼女は、とても自由だ。
怒って、悲しんで、笑って、ふざけて、楽しそうで…とても自由だった。
「それは、イキノコリの人々全員が思っていることではないでしょうか」
マーサさんは驚いたように私を見る。
「私は彼女のようになりたいと思ったことは、一度もないと思っています。
ですが、彼女を見て、話して、旅をして、笑ったり、怒ったり、言い合ったりするうちに、無意識にも彼女のことを憧れるようになったのかもしれません。
おそらく、自分に持ってないものを彼女たちぬいぐるみが持っているのではないでしょうか」
「…あなたは、ヒトをちゃんと見て、適切な答えが出せるのね」
「すみません、知ったように長々と…」
「違うのよ、責めてるんじゃない。
あなたは、相手が傷ついたり、悲しんだりすることがとても嫌い。だから、周りのヒトばかり見ている。失礼だったら、怒らせてしまったら、迷惑だったら…そう思わずにはいられないのね。本当は素直に、仲良くしたいのに、それらがあなたを縛り付けている。1人にならなきゃと思ってしまう」
マーサさんの紡ぐ言葉1つ1つが私の中で広がっていく。
静かに…しみていくように…。
「私が勝手に思ったことだけれど、あなたは彼女のようになったらいいと思う。自由に、楽しく。自分らしく。そうやって生きていく中で、失礼だったり、迷惑だったりすることも少しはあっていいと思うのよ」
私は思わず笑ってしまった。それが苦笑なのか、微笑なのかはわからない。全て見透かされた気分で、少し恥ずかしかった。
「マーサさんはすごいですね。お会いしていて1日も立っていないのに、どうしてここまで…?」
そう聞くと、今度はマーサさんが苦笑する番だ。そして、次の一言を聞いて、私は震え上がる。
「似ているの、私たちの孫に。コウの姉に」
「っ!!」
頭の中が一瞬で混沌に包まれた。どうしよう、どうしようと、不安な言葉で溢れかえりそうだ。思わず起き上がる。
完全に落ち着きをなくしつつある私に、マーサさんの言葉が妙に響く。
「落ち着いて、そんなに動揺しないの。サマヨイさん。いえ、×××」
「……はい」
×××
薄々分かってはいた。最近やけに聞く、誰ともわからない名前のようなもの。
「×××はね、自分に否定的な子に見えて、人を羨ましがって、自分を大きく見せたいと思っている子なの。
わざと調子に乗って、私たちを笑わせてくれるのも好きだった」
『彼女』みたいだと思ったことは、黙っておくことにした。
「でもね、年が経つにつれ、あの子は笑うことが減っていった。外にでたがらなくなったの。人の目に触れることを恐れて、自分の部屋にこもりきってしまった。
私がいると、周りの人を怒らせてしまう、悲しませてしまう、迷惑をかけてしまうからって…
そんなことなかったのに、誰も思っていなかったのに。
心配している最中、あの子はいなくなってしまった」
「…旅に、出たんですね」
「かもしれないし、そうではないかもしれない。
そんな時だった。ネネが現れて、私たち3人の他に人間がいなくなってしまったのは」
私は息を呑む。
私のせいだ…
そう思わずにはいられない。
「この辺は立派な村だったの。ご近所さんもたくさんいて…。
だけれど、一瞬で砂漠になってしまった」
「だからコウさんは穴を掘っていたんですね」
マーサさんは頷いた。埋もれているご近所さんのぬいぐるみを、助けるために。
「コウのぬいぐるみに、ノースに言われたんだ、って、急に倉庫からシャベルを出してきて、マオと出かけるようになってしまった。私は家のことがあるから、外が見える縁側で見守ることしかできない。
そしてその日、コウが箱を掘り出してきたの。赤茶色の錆びたような色の箱。
その箱を開けるとね、何が入っていたと思う?」
マーサさんは優しく問いかける。その目は笑っていない。
「ぬいぐるみですね」
「さすがね」
「いえ…」
私が黙って俯くと、マーサさんは続けた。
「お隣さんの『モノ』だと、すぐに分かった。
さらにはその日を境に毎日毎日、マオとコウは箱を持って帰るようになった。我が家の倉庫は今、箱でいっぱいなの。全て…全てこの村の人たち。
私は耐えられなかった。…悲しかったの。もうやめて欲しくて、マオとコウに話をしたこともある。"やめて“と。
"私には2人がいるから"って。
そしたらコウが言ったの。
"どっかに姉ちゃんがいるんだ!"って」
違っていた。コウさんが穴を掘っていたのは、どこにいるともわからない家族を探すため。
出てくる箱の中身は、自分たちがよく知る人たちの変わり果てた姿。
私はとても苦しくなる。
ごめんなさい…ごめんなさい…!
「ごめんなさい…」
鼻の奥がツンとした。
「はっ…違うのよ!サマヨイさん!」
マーサさんは、布団から出てきて私を強く抱きしめた。
「謝るのは私の方よ!勝手な話をしてごめんなさいね…。とてもな使いものだから…あなたがとても、優しいものだから…」
マーサさんは泣き出してしまった。困惑した私はマーサさんの背中を撫でることしかできなかった。
すみません、ごめんなさいと、何度も反芻しながら。
「ごめんなさいね。ぐすっ…もう大丈夫よ」
そういうと、マーサさんは私と向かい合い、私の目をまっすぐ見た。そして癖なのか、やっぱり歯を見せてニッと笑った。そして私の頰に手を添えて言う。
「あなたはあなた。あなたらしく、自由に生きたらいいのよ」
私の中で、何かが広がったような気がした。
「ありがとう…ございます」
私はこの笑顔を一生忘れない。そんな気がしていた。
「くかーー、くかーー、ヒュルルルルルルル」
下の方で、変な音がした。
彼女のいびきだった。
正座しているネネさんのひざに頭を乗せて。
私とマーサさんは顔を見合わせ、笑った。
寝ているみんなを起こさないように、お腹を抱えて。




