国…それは2つ結びと歓喜 II
「ごめんなさいね。久々のお客様だし、何より昔の友達にそっくりだったものだから 」
ひとしきり泣いたこの少女は、驚かせたお詫びにと家まで案内してくれ、お茶まで出してくれた。
少女はお茶を入れながら話す。そしてお茶を置きながらわたしの目の前に座った。2つにくくった小さな2つ結びが楽しそうに揺れる。
「いえ、こちらこそすみません。お友達さんにかなり似ていたようですね 」
のどがカラカラだったので、お茶をいただくことにした。甘い香りが鼻中にたちこめた。一口すすると、りんごの甘酸っぱい風味が体じゅうに染み渡るようだった。目の前で少女も一口すする。
「そうなのよ。でもあなたとは性格が真反対な気がする。背が高い割にはとってもネガティヴなのよ、ふふふっ」
ふわっとした優しい笑顔をする人だと思った。
しかしすぐ、寂しそうな目でわたしを見る。
「でもね、あなたと優しそうな目の形がそっくりなの 」
「…そうでしたか 」
こう言われたのは、初めてではない気がした。
「お嬢ちゃんっこの飲み物美味しいねぇ〜。
おかわりっ!」
彼女がはしゃいで、小さなコップをかかげる。
「やめときな、失礼だよ 」
「いいんですよ、この子もおもてなししたかったんですよ 」
わたしが制すると、少女の肩に乗るぬいぐるみが口を開いた。茶色いクマのぬいぐるみで、礼儀正しい言葉遣いをしている。まるで、少女に仕える使いのようだ。
「すみません、彼女におかわり、いただいてもいいですか 」
仕方なく、私は少女に彼女のお代わりを頼む。
「いいのよ、遠慮しないで 」
コポコポと心地よい音がする。少女は彼女にコップを渡した。
「気に入ってもらえたようでうれしいわ 」
「いや〜これねぇ〜気に入っちゃったんだよぉ〜、あんがとねぇ〜 」
ダラダラと彼女はお礼を言った。
「いえいえ 」
お茶を再び一口飲んだ 少女はわたしに向き直ると自己紹介を始めた。
「自己紹介がまだだったわね。私はトワ。この国の"イキノコリ"よ。この世界の事情はこの子から聞いているわ 」
そう言って肩のクマのぬいぐるみの方を見た。そのぬいぐるみはトワさんの肩から机に降り立つ。
「チカ、と申します。先ほどはトワが失礼いたしました。なにせ、本当に久々のお客様でしたので 」
丁寧に礼をされ、思わずわたしも礼を返した。
「いえ、お気になさらず。私こそ、ノコノコと勝手に国にお邪魔させてもらってすみません。
わたしは…」
「この変人は、サマヨイねっ。見ての通り、旅人さっ!」
彼女はわたしが名乗ろうとすると、いつも代弁してくれる。だから、わたしは頷くだけでよかった。
「まぁ!旅人さんらしいお名前ね!」
トワさんがウンウンとうなずく。
「そちらのうさぎさんは、名はなんと…?」
チカさんが彼女の名前を聞いた。そしてこれもまた、当たり前のようにわたしが返事をした。
「すみません。彼女はいつ、どこの国へ行こうとも、あまり名を明かしたがらないんです。実をいうと、わたしも教えてもらっていません 」
「なるほど、それはそれはとんだご無礼を 」
「全然大丈夫ー。あ、トワさんや、ごちそうさま」
あいかわらず、彼女は軽い。
「あの、気にしないでください。…それにしても綺麗なお家ですね。ここの雰囲気、好きになってしまいました 」
床には、砂の上だが絨毯がひかれ、石でできた、台所がある。小さな窓からは光はあまり入らず、部屋は少し薄暗いが、静かで涼しく、落ち着いた時間が流れているようだった。
「私の家は代々宿屋を営んでいるの。旅人さんにそんなこと言ってもらえるなんて、毎日掃除していたかいがあるわ!」
「なるほど、どおりで心が落ち着くわけですね 」
「泊まりに来るお客さんなんてここ数年来やしないけど、毎日楽しくやってるわ 」
「今は何を…」
「みんながあの状態になってしまってからは、国中の動物たちのお世話をしているわ。さっきの馬たちも、他にもいくつか囲いや、舎があるから毎日巡回しているの 」
ふと、さっき威嚇をしていたオオカミがトワさんに頬ずりした。
「その子もですか…?」
「ううん、この子は砂漠で行き倒れていたところを拾ったの。砂漠オオカミは比較的群れで行動することが多いのだけれど、仲間が倒れていても構わず先に行ってしまうの。別名、旅オオカミとも呼ばれているわ。この子はこう見えて、ちょっと臆病なところがあるから何かあったのかもしれないわね 」
トワさんは慣れた手つきでオオカミを撫でた。
「初めて知りました。かなり長い時を旅に使って来ましたが、まだ遭遇したことがありません 」
「そうなの? 今頃、どこを群れてかけているんでしょうね。…いつか会えたら、この子も連れて行かれるのかなぁ 」
トワさんはソイと名付けられたオオカミを撫でる。やっぱりトワさんの側からは片時も離れることはなかった。まるでトワさんを守る騎士のようで頼もしく見えた。
「そうでもないかもよ。めっちゃ懐いてるし、絆もそれなりに深いみたいだし 」
彼女は何気にいいことを言う。滅多にないことだが。
「頼もしい、相棒さんですね 」
「でしょぉ?」
トワさんは目をキラキラさせてニッコリと笑いかけてくれた。
わたしも、ちゃんと笑えているだろうか……