Love is 何
好きというのは難しい
いつものように朝食を食べていたときだ。
「君ってさ、私のどこが好きなの?」
不意に彼女が、そう口を開いた。
「急だね」
僕は味噌汁をすする。
「いや、気になったの。私のどこが好き?」
「やさ……」
「優しいはなしね」
そう言われると、困る。
優しいはこれといって褒める所がない人に言う言葉だとは、よく言ったものだ。
「こうやって同棲してるけどさ、普通じゃしないじゃない」
僕はうなづく。
「じゃあ普通の人と何が違うって言ったら、相手のことを好きか嫌いかでしょ」
「だから君は、僕にあんな質問をしたと」
そう、と彼女は言った。
他にも同棲、あるいは同居の理由はあるだろうが、今彼女が言いたいことはそういうことではないのでスルー。
しかし、そう言われるとぱっと思い浮かばない。
確かに彼女のことは好きだ。だけどどこがと、具体例を求められるとこうも困るか。
こういう時はどう言えばいいのだろう。よくある恋愛小説とかだと……。
「全部」
「はいだめ」
「なんて言って欲しいんだよ……」
「もっとこう、ないの? 私だけに言うような言葉」
彼女だけに言うような言葉……。
「『今日の夜ご飯は』」
「うん、私くらいにしかもうそんな言葉言わないね」
ちなみにハンバーグよ、と付け足した。
うーんと彼女は悩んだ。
僕もそれと同じくらい悩んだ。
彼女は今、多分だけど、こう、心がときめく言葉を期待している。
そんなことを感情が薄目の僕に求められても困るというのが実際の所だ。味の上手い不味い、薄い濃いもろくにわからないんだぞ。
「好きなものは好き、じゃだめなの?」
「じゃあ、私を納得させられたらいいよ」
めんどくさい。
「めんどくさい」
「声にでてるよ」
「失礼」
僕は白ご飯を口に運ぶ。さてさてどうしたものか。
「そもそもさ、好きに理由なんてないんだと思うよ」
僕は言った。
「僕は確かに君のことが好きだ。ただし何が好きとかは言えない。だけど、君といたら気分が明るくなるし、こう、にぱーってなる」
「にぱー?」
「ぽかぽか?」
「なんとなくわかった」
それで、と僕は続ける。
「僕の中では多分、さっき言った感情が『好き』に部類されるものだと思うのだけど、それをいつ感じるかっていったら、君といるときって、さっき言った。でも別に君がいないときも感じてる」
「浮気じゃん」
「ちょっと黙って」
ごめんごめん、と彼女は少し笑いながら言う。
変な言いがかりはよしなさい。
「君のことを思い浮かべたりしたときだよ、それは」
「あら嬉しい」
「言ってて恥ずかしくなってきたんだけどもういいかな」
「ここまできたんだから全部言いなよ」
やれやれ、と僕は心の中で呟く。
「とにかくさ、こう思う相手は君しかいないんだよ。じゃないとこんなことできないでしょ。これでいい?」
「じゃあそれって裏を返せば、そんなふうに感じる人が私以外にいたら、そっちに行くっていうこと?」
「相手に知らせず、お互いの了承を得ずに行ったら、人は浮気と言うんだろうね」
僕は言う。
浮気なんてしたことないからわからないけれど。
「もしかしてそんな人、いるの?」
「いるわけないでしょ」
ふふふ、と彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼女を見て僕は、にぱーってなる。
「まあそういうわけでさ、好きに理由なんてないんだよ。どうして僕がにぱーって感じるのかって言われたら、好きだからって言うのが理由だし、どうして好きなのかって言われたら、にぱーって感じるから。これの無限ループさ。これ以上の説明は僕にはできない」
そもそも、と僕は続ける。
「物体のない感情に理由という名の体を与えること自体嫌だね」
「なに急に哲学的なこと言ってるのよ」
「こう言っておけば、僕の嫌がることはもうしないかなって」
「考えておきます」
はい、と僕は言った。
「これで納得した?」
「なんとなく。まあ、君から好きだ好きだと連呼されて少し照れたね」
「言ってるこっちも恥ずかしかったよ」
ごちそうさま、と僕は朝食を食べ終える。彼女もそれに続いた。
僕は彼女の分の食器もキッチンに持っていき、ささっと洗った。
「そういえばさ、君は僕のどこが好きなの」
洗い終えて彼女の所に戻って、僕は聞いた。
んー、と少し考えると、彼女は言った。
「全部」
「おい」
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