表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5

 王宮の悲嘆をうつすように降り出した雨は、雨季でもないのに延々と続いてやむことを知らなかった。

 低い雷鳴が呪文のように唸り続け、雲と大地の間に押し込められた大気は重く淀んだ。


 この不快な天候に追い打ちをかけられた王妃様は、寝所にこもり一歩も出てこようとしなかった。しかし王様には、彼女をなぐさめるだけの余裕がなかった。政務に忙殺されて眠る暇さえなかったのだ。


 海を越えてやってきた大国の船団が、不合理な条約を突きつけながら上陸を開始していた。抵抗した港町から火の手が上がり、二国の交渉を待たないうちに戦火が拡大しつつあった。


 私は王様や重臣たちに取り囲まれて、朝から晩まで占うことを強いられた。

 血走ったいくつもの目にうながされるまま、何度も何度もカードをめくる。いくらめくっても現れるのは悪夢のような図柄ばかりだというのに。崩れ落ちる館、笑う骸骨、群れなす飢えた獣たち──。


 カードの中にかくされた希望の道を、私は何とか読み取ろうとした。どんな凶兆にも、運の開ける方角や時刻といったものがあるはずだ。

 だがこうも不吉なカードばかりでは、読み取ったそれも文字通り気休めにしかすぎなかった。


 私の手元をにらみつける王様の顔は疲れ切り、十も老けこんでしまったように見えた。彼の姿は、下町の道端に座り込んでいる浮浪者の姿に似ていた──実際には頭に王冠を戴き、金糸銀糸に身を包んでいたのだが。


 彼は浮浪者が酒を求めるような目つきで、私に占うことを要求した。彼が何を求めているのか、私にはよくわかっていた。適中するかどうかなど問題ではなく、ただ明るいカードを見て、いっときだけでも安心したいのだ。


 しかし期待はむなしく裏切られ続ける。傾いてしまった運勢の前では、個人の希望など大河に落ちた小石ひとつにもならない。


 それでも私は祈りをこめてカードを開く。そこには火難の相がある。すると落雷が広場を打ち、犠牲者多数との知らせが入る。

 疫病の相が出る。するとついに雨がやんで太陽が照りつけ、日差しとともに病原菌が活動を開始する。


 私は使いこまれて縁のすりへったカードをみつめ、まるで未来がカードに操られているようだと気づいてぞっとする。カードが未来を言い当てるのではなく、未来がカードの預言どおりに進んでいるのだ。


 そんなことがありえるだろうか。まさか、ありえるはずがない。たかが古びた紙切れの集まりが、未来をつくり出すなんて。


 だが一度めばえてしまった不安は、しだいに私の中で真実味をましてゆくのだった。自分がカードの意味を口に出したとたん、その言葉どおりの未来がたちまち組み上がってゆく気さえするほどだった。


 私はもう占いたくなかった。しかし王様の命令をこばむだけの力は出ず、重臣たちが迎えに来ると、糸にひかれるように立ち上がって部屋を出た。

 そしていったん用意された席につけば、今度は糸にひかれるように次々とカードを並べてゆく。


 本当はこう叫びたいのだった。占いなんかに頼るのはやめてよ。自分の運命は自分で決めてよ。あんたは王様なんでしょう?


 だがそれを口にすることはなく、私は何かにとりつかれたようにカードをめくる。私だけでなく、王宮全体が熱にうかされているようだった。


 ある雷鳴がとどろく夕暮れに、私が不安な気持ちで回廊を歩いていると、向こうからふらふらと女が近づいてきた。

 女は王妃様で、私の前に立ちふさがると指を突きつけてこう言った。

「魔女。お前のせいですべてが狂ってしまったのよ」


 それはちがうと私は叫び出したかった。私のせいじゃない。私はただ、カードの意味を伝えただけ。手引書の言葉をそっくり繰り返しただけ──。


 それならどうして、巻毛の姉妹の占いはまったく当たらなかったのか?


 稲妻が光り、逆光で王妃様の表情は見えなくなった。気配を感じて振り向くと、私の背後には、王様や重臣たちが光に照らし出されながら立っていた。


 弁明をとなえるくらいの時間はあったかもしれない。王妃様の子宮は脆弱だった、王様は大国との外交に鈍感だった、天候不順など人の意志のおよぶところではない。


 しかし私はそうしなかった。何かひどく思い当たるような気がして胸がつかえ、回廊から庭園へと飛び出した。

 そのようにして王宮から逃げ出した私は、はてしなく追いかけられる身の上となったのだった。


 つかまれば磔の刑にされるのは目に見えていた。人々は元凶を欲しがっている。こんなひどい世の中になってしまった理由をみつけて安堵するために。


 王様の手勢のしつこさは驚くばかりだったが、それは彼らの恐怖と怒りの表れでもあった。

 私は逃げ、王都から離れ、見知らぬ土地の町や村をぼろぼろになりながら逃げまどった。


 故郷の町もはるか彼方に遠ざかり、足は北へ北へと向かった。

 行きつ戻りつをくり返しながら、そうしてついに国境を越え、追手のいない寒く辺鄙なこんな土地まで逃げてきた。




「それで」

 と、かごを抱えたまかない女が言った。

「本当のところ、どうだと思うの。未来を動かす力があったのはカード? あんた? それとも全部あんたの思いすごし?」


「……わかりません」

 と私は答えた。

 誓って言えるが、私は都が破滅することなど、これっぽっちも望んでいなかった。私が魔女だというのなら、自分が望みもしなかったことに、どうしてあれほどの力をふるえるだろう。


 一方、カードに魔力が宿っているというのなら、巻毛の姉妹の占いがことごとくはずれたのはおかしな話だということになる。誰が占おうと同じ結果になるはずだ。


 それとも、カードが選んでいたのか、占い人を。私は選ばれていたのだろうか、カードに。


 カードが持つ巨大な魔力は、媒介する人間がいてこそ、未来に向かって解放されるものなのかもしれない。

 そもそも占い師という存在自体が、占う道具──水晶玉であれ占星盤であれ、あるいは筮竹であれ──それらのすぐれた媒介者であるのかもしれない。


 占いが当たるということは、実は占ったとおりの未来が、占い師を経て現実になっていくということではないのか──それとも女の言うように、すべては私のばかげた妄想にすぎないのかもしれない。


「いずれにしても確かなのは」

 私は顔を上げ、かみしめるようにゆっくりと言った。


「私が占わなければよかったってことです。少しでも変だと感じたのなら、たとえ王様の命令だってきちんと断るべきでした。それをしなかったのは、ぜいたくな王宮暮らしを手放す勇気が、私になかったからなんです」


 そう、私はカードなしでは何もできない、愚かで無力なただの小娘。あがめられていい気になって、言われるままに占い続けた。


「自分のことを占ってみようとは思わなかったの?」

 と女がたずねた。

「たとえば逃げるときだって、安全な道をみつけることくらい、わけなかったんじゃないのかい」


「それがだめだったんです」

 私は思わず苦笑した。

 あれほど恐ろしいと思ったにもかかわらず、王宮から逃れるときも私はカードだけは身につけていた。それまで自分を占うことなど何の興味もなかったが、心のどこかで頼りにしていた部分があったらしい。


 ところが実際は、何ひとつ役に立ちはしなかったのだ。

 西に幸運があるといわれて行けば、そこには追手が待ち構えていた。夜中に出発すればよいといわれて行けば、ひどい嵐に見舞われた。

 安全を保障された日に高熱を出したこともある。


「へえ」

 私の話を聞いた女は鼻をならした。それから荒れた大きな手を私に向けて差し出した。

「そのカード、見せてごらんよ」

「え?」

「持ってるんだろ。見せてごらん、あたしにも」


 欲しいのだろうか。とまどいながら私は答えた。

「もう持っていないんです……すべて破いて川に流してしまいました」


「なんだ」

 と女は意外そうに目をみはった。

「ちゃんとできるんじゃないか。持ってるなら、あたしが燃やしてあげようと思ったんだけどね」

「………」

「まあ、自分の未来まで決められちまわなかったのは幸いだったよ。カードの言いなりじゃ面白くも何ともないもの。自分で築き上げてこそ、生きてる甲斐があるってものさ」


 私は彼女をみつめたまま、言葉を返せずに立っていた。話を信じてもらえなくても頭がおかしいと馬鹿にされても、文句は言えないと覚悟していたのだ。

 だが女の反応はそのいずれでもなく、次にかけてきた言葉も予想とはちがうものだった。


「さて、それじゃ中に入ろうか」

 女は当たり前のような口調でそう言ってから、動かずにいる私のことを怪訝そうに見やった。


「うちで働きたいんじゃなかったの?」

「もちろんそうです。でも……」

「なら突っ立ってないで入んなさいよ。聞けばあんたは子どもの世話がうまそうだし、読み書きや礼儀作法なんかも知っているし、ばかげたカードを捨てるだけの分別もちゃんと持ってる。人手が足りなくて困ってたところだからちょうどいいよ」


 そして女は、運命を切り拓く力強い手で門の扉を押し開けると、私を中に導き入れた。

 私は、ほっとした。






読んでくださってありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけましたら、うれしいです。


※汐の音さまに描いていただきました!


挿絵(By みてみん) 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 早速並べて読んでました、あ、なんかストーカーみたいですみません……ひ、引かないでいただけると|ω・`) これは大改稿では? 初稿は、ラストの一文に向かってジェットコースター的感覚をたのしむ、…
[良い点]  この娘だけがカードの占いによって未来を予言できる。が、自分の未来は予言できない……という不思議な設定の話で、ストーリー作りと、物語の運び方(構成)がとても上手で、最初から話に引き込まれま…
[良い点] カードの手引きを読んで、自分がカードを使っているはずが、いつの間にかカードに翻弄されていく主人公の運命が、淡々とした回想の語りの形式だけに、読んでいて一層、響いて伝わるような気がしました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ