狂気恋愛
奇麗だった。いや、そんなものじゃない。まるで女神のようだと思った。
透き通った白い肌、今にも折れそうな足、なびく黒髪と儚げな瞳は、私の心を奪うのに充分であった。
彼女を見かけたのは、とある劇場であった。街の活性化と子どもたちのためにということで、町長がサーカス団体を招いた。彼女はそこにいた。
劇場の広告を見る限り、あと一月はこの街にいるらしい。一月しかない。その現実は、僕を動かすのに必要な情念をすぐに駆り立てた。確か、昔もこんな気持ちになったことがある。
あれは、中学三年生のときだ。席が隣になっただけの女、教科書を貸してくれた女、その女と笑顔で談笑したとき、そのときと同じような気持ちだ。もう止まらない。自分で思ってるよりもはるかに僕は行動力があるらしい。僕はあの時と同じように、まずは「知る」ためにその足を動かした。
劇場が閉まるのを近くのファミレスで待ち、時間がくると、劇場のどの扉から彼女が現れるかを突き止める。これに三日。次に、彼女がどの車に乗り、どこへ行くのかを観察する。これには十日かかった。その頃になると僕は、彼女が住んでいるホテル、彼女が乗っている車、彼女が公演終わりに寄るコンビニ、全てを把握していた。分からないことといえば、年齢と名前ぐらいだ。もちろん公演の挨拶で「ルナ」とは名乗っていたが、まさかあれが本名であるはずがない。ゆえに僕は彼女の名前を知らない。しかしそれでよかったと思う。もしこれで彼女の名前が「花子」だったら、それはそれで幻滅だ。彼女には「ルナ」であって欲しい。幻想的で、まるでお伽の世界の住人のような、そんな存在であって欲しいのだ。
さて、彼女を知るために二週間ほど費やした。もう時間がない。そろそろ決行してもいい頃合いだ。毎日公演に通っていたんだ。彼女も僕のことは知っているに違いない。むしろ、好意すら抱いている可能性だってある。よし、明日の公演終わり、いつものコンビニから出たところで声をかけよう。きっと彼女も、僕から声をかけたことに対して、悦びの舞を披露してくれるに違いない。
ああ、明日が楽しみで眠れないよ。
自分らしくはなかったかなと。