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ショートショート

遺書 (ショートショート70)

作者: keikato
掲載日:2017/05/16

 夕方の五時前。

 男はアパートに帰ると、郵便受けにあったものをコタツ台に放り投げ、力なくドタリと座りこんだ。

 ここ一年、まともに働いていない。

 今日もハローワークに足を運んだのだが、四十を超えた男に仕事がそうそうあるはずもなく、肩を落し帰ってきたのである。

 昨日、金がついに底をついた。さらに家賃は三カ月前から滞納していた。

 電気を止められた冷蔵庫はすっからかんで、今夜の食事さえままならない。

――これからどうすりゃいいんだ。

 男にはいちるの希望もなく、もはや絶望しか残されていなかった。

――疲れたな。

 ふと、目がコタツの上に向かった。

 そこには睡眠薬の入った紙袋があった。以前、通院していた病院で処方されたものだ。

――死のう。

 男は思った。

 袋から手の平に睡眠薬を移す。

 手の平の上に、男が永遠に眠れるほどの薬の山ができた。


 男は台所に立った。

 コップを手に蛇口をひねる。……が、水が出てこない。今朝まで出ていた水道は、料金の滞納により止められていたのだ。

 滞納は水道だけではなかった。公共料金のほとんどを、ここ数カ月ほっといてある。

――死ぬための薬も飲ませてくれんのか。

 おかしくて笑えてくる。

 やむなく大量の薬を口に放りこみ、男は歯でかみくだいて飲みこんだ。

 それからガス栓をひねって全開にした。

――これで楽になれるな。

 シューとガスの吹き出す音とともに、イヤなにおいが男の鼻孔をついた。


 男はコタツの前に座った。

 ボールペンを手にすると、コタツの上にある紙の束から余白のあるものを選んだ。死ぬ前に、せめて母親へ遺書を残そうと……。

――母さん、ごめんな。

 心の中であやまり、それをそのまま大きな文字にして書いた。

 男は寝転がり目をつぶった。

――もう、目をさますことはないんだな。

 睡魔が男に忍び寄る。


 翌日の昼すぎ。

 男の目に見なれた天井が映った。深い眠りから目をさましたのだ。

 なぜだかガスの異臭がしない。

――死ぬこともできなかったのか。

 男は自分の運命をのろった。

 コタツの上には、今となっては無駄になった遺書が残っている。

「母さん、ごめんな」

 読むようにつぶやくと、田舎で一人暮らす母親の顔が脳裏に浮かんだ。

――母さん、オレに死ぬな、まだ生きろと……。

 母親に、むしょうに会いたくなった。

――帰ろう。

 男が決心し、遺書を破ろうと手にしたとき、裏面にガスと記された赤い文字が透けて見えた。

 男は紙を裏返してみた。

 ガス会社からの「料金未納によるガス供給停止のお知らせ」だった。そして、それにはこう書かれてあった。

 本日の十五時までにお支払いのない場合、十七時をもちまして、ガス供給を停止させていただきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 寿命が来ないとなかなか死ねませんね。とはいえここまでの極限って想像つかなかったのはまだ幸せなのかなと思いました。
2017/05/16 17:35 退会済み
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