2章のような好きな言葉の見つけ方
俺は部屋を出て建物玄関へ向かう。あれだなぁ…やっぱスーツって動きづれえなぁ…。23にもなってこんな情けないことを言うのも、何とも抜けた話ではあるが。なかなか決まらないネクタイに苦労しながら、いや、ついには奇麗に結ぶことを放棄して受付の横を通る。
「ブルーさん」
「えっ、はい」
何かしたんだろうか。正直悪いことはした記憶はない。今朝の人を撲殺しかけた件は俺は無罪である。死んでないし。
「挨拶はどうしたんですか?」
なるほど、受付をやってるだけあって、そういうのには譲れないものがあるのだろう。『いってきます』と口を開きかけてふと悩んだ。
自己同一性…いわゆるアイデンテティというやつがなくないか?ここが個性の強い人たちが、多いことはわかる。今のところ、2/3の確率で変人がエンカウントしている。そんな中で普通の挨拶をする、なんてむしろ浮くんじゃないか…?
正直、あまり女性と今まで関りが無いだけに、この数少ない出会いを失敗はできないよなぁ…。ここで良し、とされるのはインパクトである、と思う。第一印象が大事、とはよく聞く話だ。
そして次はそこはかとなく、こちらが好意的であることを伝えることだ、好かれて嫌な思いをする人は稀有であろう。
以上の点から俺は最善である挨拶をはじき出す。時間をかけるのもいいとは言えない。推敲する時間さえ惜しく感じた俺は、自分のブレインが導き出した答えを信じて放つ。
「結婚してください‼‼」
そうして俺は今、銘戌町にいる。銘戌と書いて『めいじゅつ』と読むらしい。まあ局自体も銘戌にあるのですぐそこなのだが、挨拶をしたとたんに、見覚えのある黒服が来たので、慌てて逃げだした次第である。反省はしたが後悔はない。受付の姉さんの少し照れた顔は眼福だしな。
ついでだし宝石が盗まれたというビルにでも行くか、そうきめて風景を見ながら歩みだした。
「…………………………」
そういやどのビルが盗難にあったか知らんなぁ……。
職場の非常識さに慣れてきた男がいた、俺じゃないと言いたい。まあ俺だけどさ…
俺は丹呉の町工場についた。簡単に言うともはや廃墟だ。おそらくは、真ん中に機械があったのだろう、そこだけごっそりと無くなって、天井に穴が開いていた。
「まさかこんなものを見れるとはな。」
某大泥棒の三世がやりそうな手口だ、そんな感想を最初に抱く。ただそれ以上に、目につくものがある、毛布にくるまった虚ろな目をした老人だ。悲壮感がすさまじい。
「爺さん、なにかあったのか?」
見れば何かあったことは、一目瞭然だが話を聞くことは大切だ。証言一つで、その本質というものは変わってしまう。なにせ話す側も聞く側も変わりやすい人間だ、むしろ変わらないほうが稀だろう。
~~~30分後~~~
最初のうちは要領を得なかったが、それぞれの会話のパーツを組み合わせていくと、聞くにも涙、語るにも涙という大長編だった。これだから本当に世の中はわからない。この話を聞かなければ、哀れな老人だと思っていたが、今では尊敬の念すら感じる。
もう少し話していたいが、いかんせん事件のこともある。俺は老人に感謝と別れを告げて被木へ向かった。
魔導書…というものは不思議だ。
それは必ずしも『本』という形態をとってはいない。要はその中に何かが『書いて』あればそれは魔導書になりうる。とても厄介な話だと思う。盗難品について考えながらそんなことを思う。
『存在を知ってしまっただけで無視できなくなるものもある。』
お爺ちゃんの言葉だ。別に口癖だったわけではない、ただ妙にストンと納得した。こういう状況になってしまったからこそ、その言葉はさらに重みを増す。
べつにプレッシャーとして重くのしかかっているわけではない。心地よく、静かに納得して、さらに深く理解して沁み込んでいく感じだ。
「…面白いな」
そんなこんなで歩いているとやたら騒がしいビルがあった。警官(あるいは警備員なのかもしれない)が多く見える。多分、ここのビルだよなぁ…中をのぞくと中年の夫婦が、言い争っていた。
と言うと対等な口論のように聞こえるが、奥さんの方が一方的にヒスってる感じだ。口喧嘩というよりは口虐殺とかのがしっくりきそうな絵面だ。がんばれ世の中の男性…しみじみとそんなことを思ってしまう。まぁ何はともあれ聞き込みだなぁ…ほんとに情報が無さすぎる。そう思い自動ドアをくぐる。
「まぁまぁ奥さん落ち着いて、外から丸見えですよ?」
よし!グレイトにパーフェクトだ、これならば怪しまれることなく、仲介役として入ってきたように見える上、話も聞きだせせる。何だ、案外ちょろい仕事じゃないか、こうやって情報を集めて、後はベテランに任せて、俺はのんびり仕事について詳しく学べばいい。
「「えっ…どなた様でしょうか?」」
余談だが、俺の一番嫌いな言葉を教えてやろう。なに、気軽な雑談だと思ってくれていい。誰にだって、気に食わない言葉の一つや二つあるだろ?『怠惰』とか『努力』とかそう言ったもんだ。おーけい、何か思い浮かんだか?まあ無くても困りはせんがな。
俺の嫌いな言葉は………
『アポイント』だよチクショォォォォォォ!!!!
まさか今日一日でここまでこの言葉が嫌いになるとはな…
あといい夫婦だと思うぜ、とっさに声がぴったりそろうとか仲のいい証拠だ。俺はニヒルに笑い、背を向けて自動ドアを目指す。焦るな…堂々と行けばなんかこう…雰囲気で誤魔化せる筈だ…。
「ふっ…思わずついて出る言葉が同じとはいい夫婦じゃねえか…仲良くな」
よし!これで決まった!なんかこう雰囲気的に誤魔化せそう!自動ドアまであと少しというところで警備員に捕まったのを除けば完璧だったんだけどなぁ…。
男はパトカーに乗っていた、いや乗せられていた。俺でないことを懇願するが『神は死んだ』。どっかの誰かが言ったセリフを思い出す。ニーチェだったっけ?まぁどうでもいいか、神様死んでんだし。パトカーのシート自体は悪くないのだが、居心地は最悪である。というか警官側もいい気分じゃねえよなぁ…同情するぜ…。他人事の様にそう思う、実際他人事であることを願いながら…
「お前は何をやってるんだ…」
あきれた声で警官がそう言う。いやぁ…警官が犯罪者に言うセリフじゃないでしょそれ。
「クレッセンのことは確かに公的な機関ではないから、名乗れないのもしようがないが、にしてももう少しやり方があるだろう」
あれ?クレッセンのこと知ってんのか…。俺が不思議そうな顔をしていると、何か言う前に答えてくれた。
「私はブラウン、私も依頼を受けて潜入して調査していた。」
…この人超まともそうじゃん……。なんで新人の俺をエメラルドなんかと組ませたのさ……。あれ?てかなんでわかったんだ?よほど俺は表情に出やすいのか、つらつらと答えてくれる。
「黒スーツにハードカバーの本だけ持って盗難現場に来るような仕事を私は他に知らない」
まあ確かに。俺もそんな仕事知らない、、てか一般人だったころで考えると不審者である。ってことは俺不審者だったのかぁ…なんか目頭が熱い…くぅぅっ…。
「とりあえず、クレッセンへ戻るのか?それとも宮環駅の元モニュメント跡のほうがいいか?」
「あ、宮環駅のほうでお願いします」
「了解した」
そのあとは特に問題もなく、丁寧にパトカーを走らせてくれた。その間にもブラウンさんは色々なことを教えてくれる。簡単に纏めると、クレッセンの主な規律はこんな感じだ。
・一般社会で使われている通貨を得ることは無いし、買い物もできない。
・事件の情報を報告することにより金貨が得られ、局内で買い物や治療ができる。
・電車やタクシーなどもその金貨で使用することができる。
・魔導書の内容、タイトル、自身の本名については隠さなければならない。
・普段の生活で使うものは無償で配給される。
ここまでは主に生活面で気を付けなければならない部分だ。だがあと一つ本当に重要なものがある。
『事件において、魔力を含む影響を受けた時、魔力を得た上で、魔導書の章を開放することができ、それによって魔術が使える。ただし安全面の問題で、魔力は基準値を超えると0になる。』
いや普通にこれは教えろよ…重要すぎるだろ…。てかしょっぱなから受付の姉さんに本名名乗りかけてた俺は相当な異端児だったらしい。えぇ…微塵も納得がいかねぇ…。特に変人の巣窟で、そいつら以上の異端児扱いとか受け入れたくねぇ…
後ろの新人がショックを受けていた。自然と口角が上がってしまう。おそらくは『とても滅茶苦茶な所で、働くことになってしまったなぁ』とでも思っているだろう。事実私もここに入り始めたときは、目を剥いた。今ではいい記憶だ。パトカーは今、銘戌と宮環の間の橋にさしかかった。
ここら辺は、山から通じている河が繋がっている大きな湾の中に、二つの埋め立て地とその付近に小さな島があるという地形だ。埋立地を囲むように沿岸部に、銘戌、丹呉、被木、邦丹。埋立地に宮環、飽距といった具合に町というよりは街があり、それぞれが電車や道路で繋がっているというような地理だ。
例えるなら昔やった『ウォッチドッグ〇』というゲームの地理と近い。
にしてもやはり大したことは教えてもらえなかったのか。思わず苦笑してしまう。だが確信する、きっと彼もここを好きになるだろう。
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