1章のような本選びのすすめ
『部長室』
そう書かれた扉の前に、俺は立っていた。
これから、どんな依頼があるのだろう。これから、どんな事件が待つのだろう。何もわからない、一つ言えるとすれば、常識なんて無駄だということだけ。
この感情は、これから気になる本をいざ読もう!とするときの気持ちに、よく似ていると思う。いい意味でも、悪い意味でも、きっと俺の人生はまた変わる。俺はそれがすごく楽しみだ。
ドアノブに手をかける。さて、あのセリフを言おう。俺に希望を、期待を、そして覚悟を決めさせるあの言葉を。
「俺の人生はまた豊かk「さっきからそればっかうるせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」……」
ん?なんかとてつもなく空気を読めないことをした気がする。ドアノブに手をかけていた男は、何とも言えない顔をしている。例えていうなら最初から長々と語り、自分の口癖である言葉の、本当の意味を説明した上で、もう一度、そのセリフを言おうとしたら邪魔された…みたいな。まあそんな顔されても『ざまあみろ』って感じだがな。そのまま残念そうな顔をした男を無視して俺は、扉を開ける。
「失礼しまーす、ブルーです」
陽気な奴となんか残念そうな顔をしたやつが入ってきた。まず私は、最初の仕事に取り掛かる。手を組み、机の上に肘をつく。テーブルと手を組んだ私の肘から先の部分が、奇麗な正三角形を創り出す。そして、組んだ手に鼻の先をつけ、頭を少し前に傾ける。
完璧だ。
だらしない訳でなく、厳しすぎるわけでもない、だが貫禄というものがほのかに漂う、そんな構えだ。
『こんなことは誰でもできるだろう』『しょうもない』
そう思うやつには、そう思わせておけばいい。だが私は人の上に立つものは、これが一番大切だと思う。格好をつけることが…ではない。仕事という空気を作ることが…だ。そうして、いつもの様に私は、仕事を告げるのだろう。こいつらが、命を懸けることになる仕事を。命を懸けるというのに、何も詳細な情報がない仕事を。我ながら私のことを、酷い仕事をしている酷い人間だと思う。だから、私は口では言わないが仕事の空気を作る。そうして伝えるのだ。
『気を付けて無事に帰って来い』と
「今日は君たち二人に依頼がある」
机に座っている壮年の男はそう言った。隣にいる不自然な白髪の男とは違い、自然に歳をとったような
まだ黒髪も結構混じっている白髪頭を、オールバックで纏めている。どうでもいいがオールバックって禿げないのかね?そんなほんとにどうでもいいことを考えながら、依頼の内容を聞く。
「事件自体は大したことはない、ただの盗難事件だ。
だが盗まれたものが妙なうえに奇妙な噂までたっていてね」
「ふむ、それで盗まれたものとは?」
やはり最初の仕事だからだろうか、そこまでの大仕事ではなさそうだ。奇妙な噂というものが気になるが、所詮は噂だろうしな。何を質問するべきかもわからないので、エメラルドに任せることにしよう。
「宮環駅前のモニュメントだった巨大な水晶、丹呉町の町工場のオルゴールの基板製造機、そして銘戌町のビルに住む金持ちの宝石だ。」
…やっべぇ、予想外に奇妙すぎる。案外厄介な事件なのかもしれない…
「して、奇妙な噂というのは?」
「うむ…」
えっ…スルー?盗難物の奇妙さに関してはスルーですか?何かもう色々突っ込みどころあるくせして、妙に突っ込めないんですけど、置いといちゃっていいんですか?そんな俺の戸惑いも他所に、上司であろう男は眉をひそめ、更に真剣な顔を作る。緊張感に俺はごくりと生唾を飲み込む。
「被木町のほうでドッペルゲンガーが出るらしい」
「怪談好きの女子か!」
めちゃめちゃ渋い顔して何言ってんだこのおっさん!?俺の緊張感を返して!?やべえよ…こんなとこで働くのかよ…お茶目がすぎるわ…。入社一日目に上司に対してツッコミをした男がいた。俺じゃないことを切実に祈りたい…。
まぁ俺なんだけどさ…
「では情報ありがとう。俺が調べてみよう」
「うむ、頼んだ。それとブルー」
「あ、俺ですか」
「君以外いないだろう、君には新しく部屋と、仕事着が用意されてるから、そちらによるといい」
「は、はい」
勘違いの無いように言うが行間が開いてるから、と言って時間がたっているわけではない。何が言いたいかというと、俺たちに渡された情報は
・水晶と宝石と機械が盗まれた
・ドッペルゲンガーが出る
この二つだけということだ。就職を間違えた気しかしないぜ!そうして俺は部屋へ向かった。
受付をしてると色々な人が来ます。そして色々な人が出ていきます。
私の仕事は来た人を案内することですが、私は来る人すべてを覚えることを頑張っています。出ていく人すべてを覚えることに尽力しています。そうでないと本当に消えてしまうように感じるから。
だから私は自分勝手に記憶します。
行かないでくださいとはいえないから、我儘に記憶するのです。「いってきます」と言ってくれた人に「おかえりなさい」というために。
今日も私は記憶します。
「いってきまーす、リングちゃん」
「いってらっしゃい、エメラルドさん」
恋愛というものは微塵も感じないけど、多分これが私の一番大切な感情。
局から出て俺は、何となく翠玉色の石板を撫でる。エジプトで、胡散臭い爺さんから渡されたこの石板。このおかげで、俺の人生はかなり変わった。それがいい意味か、悪い意味か分かるのは、もっと先だろう。だがこれだけは言える。
「俺の人生は豊かになるだろう。」
ようやく言えた。
部屋に着くと、早速クローゼットにかかっているスーツに着替え、部屋を見渡す。大体八畳くらいだろうか、白を基調とした机、ベッドが目に入る。簡易的なキッチンもあり、廊下に出るとトイレと風呂がそれぞれある。普通に良物件だった。
部屋に来るときに売店や食堂も見かけたので本当にここで生活できそうだ。あれか、人がアレなだけで組織はまともなのか。そう思いながら、ずっと手に持っていたハードカバーの本をパラパラめくる。
『クタアト・アクアディンゲン』
日本語で言うと『水神クタアト』というらしい。俺はとある目的で『そういうもの』を探していたが、どうやら苦労して触れたものは全くの別モンだったらしく、おかげさまで本来の目的も果たせないまま、こんなものを背負うことになった。それでまぁ、この本が手に入る経緯で事件に巻き込まれ、あんなのに保護されてここで、働くことになったというわけだ。
あとついでに言うと、魔法が今使えるわけではない。恥ずかしい話この本を手に入れてからこっそりと
某RPGゲームの呪文を唱えたがうんともすんとも言わなかった。また新たな黒歴史である。
「さてと、そろそろ俺も出ないとな…」
そうぼやいて立ち上がった。
どうやったら読みやすくなるか苦労します。
見ていただいてありがとうございます!