表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機動駐在コジロウ  作者: あるてみす
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/69

一年の計はニューイヤーにあり

 今年もまた、この日がやってきた。

 佐々木つばめは仁王立ちして腕を組み、机の上にずらりと並べたお年玉のポチ袋を眺めた。旧船島集落に程近い、実質的にはD型溶解症患者とその関係者の隔離地域である集落に住む面々は、つばめの好みを知り尽くしているので、揃いも揃ってパンダ柄だった。

 ファンシーキャラのパンダのものは寺坂善太郎、同じ柄だが色違いのものは設楽道子、白地に黒い模様が入った全面がパンダの顔になっているものは吉岡文香、隅にパンダがワンポイントに入っているものは一乗寺皆喪、朗らかな笑みを浮かべるパンダの頭上に手書きのような文字が入っているものは周防国彦、ポチ袋自体がパンダの形をしているものは武蔵野巌雄、それと同じものは柳田小夜子、干支のイラストが入ったポチ袋にパンダのシールが貼られているのは小倉貞利から。それ以外の簡素なデザインのものは、全て政府関係者からのお年玉である。

「ふはははは」

 つばめは徐々に上がってくる口角と笑みを押さえられなくなり、意味もなく胸を反らした。

「これぞ子供の役得! 大した労働もせずに結構な金額の金を得られる! それが正月!」

 お年玉をもらうのは幼い頃から楽しみだったが、自分自身の根幹が揺らぎかけた際に現金を集めることを心の拠り所にした結果、つばめは自分の性癖に気付いてしまった。金にがめついのである。プレゼントをもらえる誕生日とクリスマスも好きだが、やはり現ナマを手に入れられる正月には敵わない。

「備前の小父さんと小母さんは子供からお年玉を取り上げない人種だったし! お父さんもそうだし! うはははは!」

 つばめはにやけながら一袋ずつ開けていき、折り目が付かないように柔らかく折られた真新しい札を取り出した。新札から僅かに感じられる、新品の匂いもたまらない。我ながら子供らしくない趣味だと思うが、それが自分なのだと開き直っている。

「うへー、政府関係の人は万札入れてくれてるぅ。ありがたやありがたや」

 一枚一枚広げた一〇〇〇円札と五〇〇〇円札と一万円札を掻き集め、数えていく。平均は五〇〇〇円だったが、ものによっては一万円札が五枚も入っていた。合計すると一七万六〇〇〇円になったので、社会人の一月分の給料に相当するな、と内心で呟き、つばめは再度腕を組む。

「これだけの大金だ。貯金するか、或いは……」

 すると、狂騒が耳に届き、つばめは紙幣から目を上げた。音源は居間である。それもそのはず、佐々木家には来客が訪れているからだ。それも、集落の住民全員だ。正月休みを返上してRECの興行に出向いている小倉親子とロボットファイター達は来ていないが、彼らの激闘はCSで生放送されるので、箱根駅伝の代わりにそれを映しておくつもりである。もちろん録画してディスクに焼いて永久保存するのだが。

「つばめ」

 自室のふすまが開けられ、コジロウが入ってきた。梁に頭部のアンテナが引っ掛かってしまうので、腰を曲げつつ、畳敷きの八畳間に踏み入ってきた。その胸元には、小振りな正月飾りが付けられている。警官ロボットは人型特殊車両だから、と言って父親が付けたものだが、位置といい大きさといい卒業生が付ける花飾りのようだった。

「皆の接待なら、お父さんに任せてあるもん。それに、私は御正月が来るまで働き詰めだったじゃーん。大掃除はコジロウが大半を手伝ってくれたけど、お節料理はほとんど一人で作ったみたいなもんだし。だから、ちょっとは休ませてもらわないと参っちゃうよ」

 つばめは椅子を引いて腰掛けると、コジロウはつばめに歩み寄ってきた。

「冬期休暇中のつばめの労働時間は」

「数えなくてもいいけど」

「了解した」

 つばめは半笑いになり、コジロウの胸部装甲を小突いた。コジロウは身を屈めて片膝を付き、つばめと目線の高さを合わせてきてくれたので、つばめは身を乗り出して彼の首に腕を回し、額を合わせた。

「去年の御正月は、一緒にはいられたけどお祝いまでは出来なかったもんね」

「つばめは術後の経過観察と身辺警護のために入院を継続しており、本官はその警護任務に当たっていた」

「うん。だから、なんか嬉しいな」

「本官は昨年の正月と同等の状況であると認識する」

「そう?」

「そうだ」

「一緒にいられればそれでいいのか、あんたは」

「その通りだ」

「コジロウらしいなー、もう」

 つばめはコジロウに寄り掛かると、滑らかな白いマスクに頬を寄せた。心地良い冷たさだった。すると、コジロウの金属製の手がつばめの背に回されたので、つばめは少し照れた。素直になってからというもの、コジロウも随分と解りやすい行動に出るようになった。それはとても嬉しいのだが、嬉しすぎるせいで恥ずかしくなるのもまた事実である。

「ねえ、なんで私んとこに来たの? 用事があるわけでもなさそうだし」

「本官の最優先事項にして最重要事項は、つばめだ。故に、離別すべきではないと判断したからだ」

「うあーっもうっ!」

 いくらなんでも、素直になりすぎだ。照れすぎたつばめがコジロウの肩を殴ると、コジロウはつばめを押し戻した。

「なぜ本官を殴打する」

「言葉にするのも恥ずかしいから言わないっ! かっ、けっ、計算か天然なのか解らんが、殺す気か精神的に!」

「つばめが外的要因で死亡することはない。本官が全て排除する」

「うああああああっ」

「なぜ混乱する、つばめ」

「その気になってもらうために散々苦労したけど、苦労して投資した結果が返ってきたのはいいけど、利鞘が大きすぎる……」

「本官はつばめの個人資産であり、投資資産ではない」

 コジロウは赤いゴーグルに、ゴーグルの赤さに匹敵するほど赤面したつばめを映し、つばめの頬に太い指を添えた。いつもであれば、そのままキスに持ち込んでしまうのだが、さすがに今日は来客が多すぎるので気が咎める。つばめの表情が曇ったのを察知したコジロウは手を引き、待機状態に戻った。

 寺坂か一乗寺か、その両方なのか、派手な笑い声が上がった。また後でね、とコジロウを振り払って宴席に飛び込み、扱いづらい感情を誤魔化してしまいたくなった。いつからそんなに贅沢になったんだ、とつばめは胸中が痛んだ。ただの道具でありロボットに過ぎなかったコジロウが、人間の感情表現に似通った好意を示すためには、ムジンによる膨大な情報処理を要するというのに。それを無下に出来るほど、思い上がってしまったのか。だが、自宅では誰に見つかるか解らない。

「ねえ」

「所用か」

「買い物、行こうか」

「了解した。政府関係者と地元警察に連絡を取り、各種手続きを行い、本官とつばめの外出許可を」

「今がいい」

「それは困難だ。三が日の間は政府関係者が出勤していないため……」

「解らないかなぁー。デートして、キスしたくないの?」

 つばめは拗ねたふりをして目を逸らし、コジロウのマスクを人差し指で押さえた。その瞬間、ぎぢぃっ、といつになく激しい摩耗音がコジロウの首から聞こえてきたのは、気のせいではないだろう。整備不良でもないだろう。つばめは勝利を確信し、思わせぶりにマスクを撫でてやった。すると、コジロウの首の軋みが更に強まり、腰と肩までもが軋んだ。力みすぎである。

「で、どうなの?」

「……情報処理に時間を要する」

「そこまで考え込まなくても」

「重要案件につき、ムジンをフル稼働させている」

「あ、そう。私の気が変わる前に答えが出るといいねー」

 先程とは形勢が逆転したので、つばめが笑うと、コジロウは関節の隙間から蒸気と共に機械熱を排出した。おかげで冷え切っていた部屋は一気に暖まったが、その代わりに機械油の臭いが充満した。

「つばめの命令は警官ロボットの領分を凌駕するものであり、本官の任務から逸脱したものであり、非常事態ではないために特例措置は行えない。だが、本官の主観により、つばめの命令は厳守すべきものだと判断する」

「正月から欲情しすぎだ」

 鬼気迫るほどの真剣さにつばめは若干呆れたが、そこが好きなんだよなぁ、とも思った。手に入れたばかりのお年玉の半分を財布に入れ、携帯電話共々ショルダーバッグに入れた。コジロウは再度廃熱を行って機体の温度を落ち着かせてから、ポールハンガーに掛かっていたコートを取り、つばめに差し出してきた。つばめはそれを受け取って袖を通し、ショルダーバッグを肩に掛けた。

「んじゃ、ブーツ、持ってきて。長靴じゃなくて冬靴ね、あの可愛いやつ」

「玄関から外出しないのか」

「うん、縁側から。お父さんには後でメールしておくし、こっそり出た方が燃えるでしょ」

「比喩的表現だと判断する」

「早くしてね。待っているから」

 つばめは部屋からコジロウを追いやってから、一度コートを脱ぎ、手早く着替えた。今し方まで着ていた部屋着のままでは、秘密のデートに出掛けても満喫出来ないからだ。モヘアの白いセーターに大人っぽい黒いベロアのミニスカート、その下にはワインレッドのニットタイツを履き、待ち構えていると、コジロウが戻ってきた。その手には、つばめが命じた通りに寒冷地仕様のグリップ力が強いブーツを持っていた。縁側に出てから、つばめはブーツを受け取り、コートを広げて服を見せた。

「どう? 色だけならお揃いなんだけど、へへ」

「……本官の語彙では、つばめの容姿を形容すべき語彙が見当たらない」

「そういう時は可愛いって言え。それだけで充分だから」

「了解した」

 全くもう、とつばめは半笑いになったが、コジロウへの愛おしさで胸が詰まった。最大級の賛辞で褒めるつもりだったに違いない。つばめは手袋を填めてから、コジロウの大きすぎる手を握る。

「じゃ、どこに行こうか」

「つばめが所望する場所であれば」

「そんなの、一杯ありすぎて選べないなぁ」

 つばめはコジロウに横抱きにされると、その状態で手早くメールを打ち、父親のアドレスに送信した。ちょっと出掛けてくるけど心配しないで下さい、と。コジロウの首に腕を回して身を寄せると、コジロウは両足からキャタピラを出して雪に噛ませた。分厚い雪に包まれた裏庭を一息に駆け抜け、佐々木家の敷地内から出ると、集落の外を目指した。

 年末から降り続いた雪も止み、きんと冷えた空気は雲一つない青空を背負っている。つばめは頬を切る風の冷たさに辟易し、マフラーを巻き忘れたことを悔やんだが、そんなものは一瞬にも満たなかった。そして、お年玉の使い道が決まった。自分のためだけに使うのは勿体ないから、コジロウのために使おう。気持ちを投資すれば、数十倍の利益が返ってくるのだから。

 手始めに、コーティング剤を買いに行こう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ