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対岸のカーニバル

 二人分の朝食が余っていた。

 その席に座るべき二人の男の姿はなく、出来たての料理が空しく湯気を立てていた。長方形のテーブルの上座に付いて黙々と朝食を摂っている上司の細い首には、ナプキンではなく、スカーフが巻き付けられていた。いつも通りの不味さを誇る食事を持て余しながらも、武蔵野はりんねの表情が心なしか翳っていることに気付いていた。表情が乏しいのは相変わらずではあったが、他人の心中を見透かしているかのような眼差しが心なしか弱っている。

 伊織と羽部の行方について言及する者もいなければ、案ずる者もいないのは、解り切っていた。そして、フジワラ製薬が真っ先に攻勢に出たのだろう、とも誰もが思っていた。伊織は群を抜いて強力な怪人であり主戦力であり、羽部は性格と嗜好に多大な問題はあるが優秀なブレーンだ。だから、二人はフジワラ製薬が動くためには不可欠な歯車であり、イグニッションキーでもある。その行動の一端を知ることが出来るであろう記事が、地元の新聞の片隅に掲載されていた。深夜の惨事、交通事故で男女六人が死亡。大方、伊織の胃袋に収まったのだろう。

「お嬢、いいのか? あいつらを放っておいて」

 武蔵野は地元紙を折り畳むと、粘り気が強くて喉越しの悪い掻き玉汁を啜る努力をした。

「構いません。出し抜かれたとしても、出し抜かれた分だけ追い越せばいいのですから」

 りんねはチョコレートソースが塗りたくられた焼き魚を解し、口に運んだ。

「地元警察と新聞社の買収と情報操作は、既に済んでおります。フジワラ製薬がどのような作戦を展開しようとも、私達の今後の行動に差し障りが出ることはありません。伊織さんが御夜食になさった男女グループの御遺族には、死亡保険金の十倍に当たる損害賠償を即金でお支払いいたしました」

「あわわっ」

 キッチンで食後のお茶の準備をしていた道子がつんのめり、額を冷蔵庫に激突させたが、大型冷蔵庫のドアの方がへこんでしまった。道子はばつが悪そうに笑顔を作りながら、謝った。

「あははぁーん、すみませぇーん。メンテしてきたからぁーん、股関節のグリースが滑りすぎたみたいでぇーん」

「御大事になさって下さいね、道子さん」

 りんねが目を細めてみせると、道子は痛みもしない額を擦りながら、上司を労った。

「御嬢様こそぉーん、御大事になさって下さいねぇーん。御医者様をお呼びいたしましょうかぁーん?」

「いえ、お気遣いなく。痛みもしませんので」

 りんねは首を包むスカーフに手を添え、首を横に振った。そうですかぁーん、と道子は不安混じりに返した後、湯が煮立っているヤカンをコンロから下ろした。当人であるりんねがそう言うのなら、心配する必要などないだろう。そう判断した武蔵野は、浅漬けに見せかけた白菜の甘煮を囓り、顔をしかめた。高守は矮躯を縮めて椅子に収まり、置物のように朝食を消化しているが、普段はあまり動かない目玉をしきりに動かしていた。状況の移り変わりを余すことなく察知しようとしているのだろう、その視線は異様に鋭い。会話に混ざろうにも混ざれない岩龍が、リビングの窓の外で寂しそうにしていた。つくづく精神の幼いロボットだ。

 少しずつ、事態は動きつつある。一味の面々の緊張感を肌で感じながら、武蔵野は高揚感を覚えていた。ようやく本番の始まりだ。誰かの手に佐々木つばめが落ちれば、その時は遺産の真価が発揮される。だが、それは勝利であるわけがない。勝利を確信した瞬間が最も気が緩む瞬間だ、と武蔵野は身に染みて知っている。フジワラ製薬の行く末を案じながらも、新免工業の関連会社の社員に連絡して指示しておこう、と考えた。どこで作戦を展開するのかは、おおよその目星が付いている。むしろ、感付いてくれと言わんばかりだった。

 出し抜かれないためにも、対策も講じておかなければ。



 早朝に呼び出された寺坂は、げんなりしていた。

 寝間着であろうジャージにサンダル履きという締まりに欠ける格好で派手なオープンカーの運転席に収まっているスキンヘッドの男は、いつもの鋭角なサングラスを外して額に手を当て、勘弁してくれよ、と嘆いた。つばめにもその気持ちは解らないでもなかったが、諦めてもらうしかない。なぜなら、月曜日は燃えるゴミの日だからだ。

 佐々木家の正門前には、自治体指定のブルーのゴミ袋が六個も積み重なっていた。そして、船島集落に最も近いゴミの集積所は直線距離でも五キロ以上あり、徒歩で歩いていってはゴミ収集時間に到底間に合わない。これまではゴミ捨てはコジロウに一任していたのだが、先日の双方の失敗を踏まえ、つばめとコジロウは行動を共にすることに決めたのである。だが、ゴミと一緒につばめを抱えて走行することはコジロウであっても難しく、かといって仲良く一緒に歩いていってはゴミ収集車が去ってしまう。一乗寺の軽トラックは、何者かが仕掛けた爆薬によって落盤したトンネルから脱出するために荷台をカタパルト代わりに使ったために破損した。美野里は寝起きが悪く、頭が冴えるまでは小一時間が必要なので、そんな状態で車を運転されたら事故を起こしかねない。

 そこで白羽の矢が当たった、というか、消去法で選ばれたのが寺坂だった。つばめが訥々と事の次第を説明すると、運転席に座ったままの寺坂は納得したようではあったが、面白くなさそうだった。

「で」

 寺坂はつばめの背後にあるゴミ袋から少し離れた場所にある、もう一つのゴミ袋の山を指した。

「ありゃ、一乗寺のだな?」

「御名答。先生のもついでに出してやらないと、際限なく貯めちゃいそうだから」

 つばめは佐々木家の可燃ゴミの倍近い量がある、担任教師の可燃ゴミを見やった。男の独り暮らしなのに、何をどうやれば十袋近くもゴミが出るのだろうか不思議でならない。寺坂はハンドルにもたれ、嘆息した。

「あの野郎、後で埋め合わせをさせちゃる。ただで済むと思うなよ?」

「じゃ、私の方はただで済むってことだよね? ね?」

 つばめがにんまりするが、寺坂は渋った。

「何をどうすりゃそういう理屈になるんだよ」

「だって、御布施を払ってやったじゃない。五〇万」

 つばめが五本の指を立ててみせると、寺坂はシートベルトを外して立ち上がり、つばめに迫ってきた。

「あんなんで足りるかコンチクショー! 負けに負けやがって! そんなん御布施じゃねぇよ、小遣いレベルだよ!」

「えぇー。毎月五〇万もあれば結構良い暮らしが出来るじゃなーい。無駄遣いさえしなければさぁー」

 つばめが白い目を向けるが、寺坂は食い下がる。

「せめて一〇〇万は寄越せよ! でないと車のローンが滞るんだよ! でもって飲み代が追っつかないんだよ!」

「それが無駄遣いって言うんじゃない。てか、高い外車ばっかりそんなに買ってどうするの?

 一度に全部乗れないでしょ。あと、街に飲みに出た後に運転代行を頼むから、高く付くんでしょ。それ以前に、接客サービスのあるお店はサービス料金が大半だから高くて当たり前だよ。ろくでもない趣味のどれかを止めたら、余裕が出るよ?」

「趣味のない人生なんて人生じゃねぇだろうがあっ!」

 寺坂は勢い余ってつばめに掴み掛かろうとするが、コジロウに押し止められた。

「いいかつばめ、人生ってのは無駄が大半なんだよ、無駄が! 一生懸命働くのだってな、その後にある下らない楽しみのためなんだよ! 真面目に勤労している大人の三割はな、確実に美少女フィギュアのために汗水垂らして働いてんだよ! そうでなかったら、大して可愛くもないアイドルに貢ぐために仕事してんだ! お前にだってあるだろ、そういう無駄が! でなきゃ許さないからな!」

「許さないって、何を?」

 つばめが冷ややかに聞き返すと、寺坂は包帯に戒められている右手を顎に添え、首を捻った。

「……なんだろう? 勢いで言ってみたけど、そこまで考えてなかったな」

「なんでもいいから、さっさとゴミ出しに行こうよ。でないと、ゴミ収集車が来ちゃうよ」

 焦れてきたつばめが急かすと、寺坂は身を引いた。

「ああ、そうだな。で、本当につばめには趣味がないの? マジで? ゲームもしねぇの?」

「しないってば、そんなこと。携帯だって持ってないし」

 派手なスポーツカーのトランクを開いてもらい、つばめはコジロウに手伝ってもらいながらゴミ袋を詰めていった。寺坂は一乗寺の出したゴミ袋もそこに詰め込みつつ、笑った。

「なんだったら、俺んち来いよ。ゲームは山ほどあるんだが、対戦相手が一乗寺だけだから飽き飽きしてんだ」

「小学生じゃあるまいし、何言ってんの。それより仕事してよ、もうすぐお爺ちゃんの四十九日なんだしさぁ」

 つばめの辛辣な言葉に、寺坂は曖昧な反応をした。

「あー、そうだっけか。もうそんなになっちまうんだなぁ」

「なっちゃうの」

 つばめはトランクの蓋を閉めようとしたが、ツーシーターのオープンカーのトランクの容積が乏しいこととゴミ袋の数が多いことが相まって、蓋は下がりもしなかった。かといって、強引に蓋を閉めたりすればゴミ袋が破けて大惨事になってしまう。しかし、蓋を閉めなければ発進出来ない。すると、寺坂はダッシュボードから紐を取り出し、トランクの蓋と車体を結び付けて、トランクを半開きにさせたまま固定した。

「ああ、タクシーとかがよくやっているアレかぁ」

 つばめが感心すると、寺坂は本人は格好良いと思っているであろう妙なポーズで助手席を示した。

「ほら乗れよ、つばめ。このポンティアック・ソルスティスGPXの加速と走りを見せてやる。排気量2.0リットル、水冷直列4気筒、ダブル・オーバーヘッド・カムシャフトのエンジンはツインスクロールターボを装備、出力は193キロワット5300RPM、トルクは353ニュートンメートルのパワフルな野郎だ! トップギアで攻めてやる!」

「うわぁ燃費悪そう」

 寺坂の熱弁に対し、つばめは薄い反応を示した。寺坂は拍子抜けし、肩を落とす。

「うん、まあな。エコロジズム全盛期な御時世だからガソリン高いし、俺のじゃじゃ馬達はハイオクじゃねぇとイマイチ良い走りをしないからハイオクオンリーだし。下手すりゃ女を囲うよりも金掛かるぜ、おい」

「とにかく、さっさと行こう。コジロウは後ろから付いてきてね」

 つばめが指示すると、コジロウは両足からタイヤを出して態勢を整えた。

「了解した」

「で、寺坂さんは自分の車に名前とか付けちゃったりしているの? そんなノリだとさ」

 助手席に乗り込んでシートベルトを締めたつばめが何の気成しに尋ねると、寺坂はにやけた。

「よくぞ聞いてくれた。ていうか、誰も聞いてくれないから妄想していても答えようがなかったのが事実だ! ちなみにポンティアックはっ!」

 身を乗り出した寺坂が威勢良く叫ぼうとしたところで、コジロウが己のタイヤを高速回転させて両脛の排気筒から鋭く排気を噴いた。コジロウも急かしているのだ。話の腰を折られた寺坂は、不満げに眉根を顰めながら運転席に座り直すと、シートベルトも締めてイグニッションキーを回した。途端にボンネットの中で鉄の獣の心臓が震え出し、威嚇のようなエグゾーストが上がった。慣れた手付きでギアを切り替えながら、寺坂は饒舌に喋る。

「ポンティアックはドリフト性能がピカイチでな、夜中に峠を攻めると痺れちまうよ。あのスキール音、たまんねぇ」

「まさかとは思うけど、走り屋までやっていたりするの?」

 うわぁ、とつばめが助手席のドア側に身を引くと、寺坂はステアリングを回しながら言い返した。

「ドリキンじゃねぇんだ、そこまでじゃねぇよ。けど、こんなに良い車は転がしてやらねぇと勿体ねぇだろ」

「どれもこれもドン引きする趣味だなー……」

 呆れ果ててしまったつばめは、これ以上寺坂に取り合わないことにした。そりゃ悪かったな、と毒突きながら、寺坂はポンティアックを滑らかに走らせて船島集落の出口に向かっていった。船底のような地形の集落から出るには、曲がりくねった狭い道路を上っていく必要がある。当然ながらきついカーブも多く、そのいくつかには寺坂が付けたであろうブレーキ痕が黒々と残っていた。そういえば、朝方にけたたましい走行音が聞こえていたような気がする。起き抜けのぼんやりした頭で、よくもそんなことが出来るものだとある意味感心してしまう。

 コジロウに後ろをガードしてもらいつつ、シルバーグレーのポンティアック・ソルスティスは抜群のコーナリング性能を生かしてカーブを曲がり、斜面を登り、トンネルを抜けると見知らぬ集落が現れた。田植えが済んだ田んぼが一面に広がっていて、苗が少しずつ伸び始めている。その間に民家がぽつぽつと点在しているが、人気はなく、早朝の静けさが満ちていた。聞こえるのは甲高い鳥の鳴き声と、用水路のせせらぎだけだった。

 ゴミ集積所の前で寺坂は車を止めたが、すぐにシートベルトを外そうとはしなかった。エンジンを切ろうともせずにアイドリングさせているので、つばめはシートベルトを外しながら訝った。

「なんでエンジンを止めないの? 早いところ、ゴミを捨てなきゃ」

「変なんだよ。朝っぱらなのに静かすぎる」

 寺坂はサングラス越しに周囲に目を配らせ、ステアリングを握り直した。ポンティアックに少し遅れてゴミ集積所に到着したコジロウもまた、注意深く辺りを見回しているが、つばめは二人の行動の意味が解らなかった。

「朝なんだから、静かなのが当たり前だと思うけど」

「都会はそうかもしれねぇけど、田舎はそうじゃねぇよ。増して今は、農繁期だぞ」

「ノーハンキ?」

 その言葉に当てる感じが思い当たらず、つばめがオウム返しに尋ねると、コジロウが丁寧に解説してくれた。

「農繁期とは、田植えや稲刈りなどで農業が忙しい時期を指す言葉だ。農業が繁る時期、と書く」

「あ、なるほど。でも、田植えは全部終わっているんじゃないの? だってほら、田んぼには苗があるし」

 鳥避けのテープが張り巡らされている田んぼには水が張り、青空が映り込んでいる。つばめは田んぼを指すが、寺坂は解っていないと言わんばかりに首を横に振った。

「植えっぱなしで米が穫れる、なんてことはねぇんだよ。毎日朝と夕方に田んぼの水の量を調節してやらねぇとならねぇし、ある程度は農薬を使って消毒しねぇと病気にやられちまうし、台風が来て稲が倒れたら起こしてやらねぇと腐って売り物にならねぇし。それでなくても、田舎の老人は朝っぱらから無意味に外を出歩いているもんだ」

「それって、つまり、そういうこと?」

 つばめがゴミ捨てに出てくることを見計らい、誰かが手を回したということか。

「で、でも、襲うのは土日だけって契約に変えてもらったんだよ、直談判して、死にそうな目に遭って!」

「あー、その話なら一乗寺から聞いたが、その契約が通じるのは御嬢様一味だけだろ。前線に出ているのは御嬢様一味かもしれねぇけど、前線に出ている連中の分だけ背後組織があるってこと、忘れんなよ?」

 真顔になった寺坂に念を押され、つばめは尻込みしかけた。

「忘れちゃいないけど、でも、そんなのって」

 不意に、コジロウが反応した。助手席のつばめを背にしてコジロウが睨み付けたのは、二階建ての倉庫だった。一階は鉄筋コンクリートで二階部分はカマボコ型になっている、雪国では定番のスタイルだ。トラクターやコンバインといった大型農機が外に出ているが、トラクターはともかくとして、稲刈り専門のコンバインは倉庫の外に出す季節ではない。ならば、その中には何が入っているのか。

 つばめと寺坂もコジロウの視線を辿り、息を殺して見守った。二階建ての倉庫の波打ったトタン屋根が、内側から叩かれた。ごわん、と鈍い金属音がポンティアックのアイドリング音に重なる。二度目の鈍い金属音が清々しい空気に緊張感を走らせる。何者かの影が倉庫の二階の窓を過ぎり、それが窓を破りに掛かった。と、その時。

 コジロウが反対方向に振り返って、跳躍した。田植えが済んだ田んぼの奥にある杉林から飛び出してきた一台のタンクローリーが、細い畦道に片輪を載せた格好で一直線に向かってきた。小さな苗が太いタイヤに蹴散らされて泥飛沫が上がり、砂利が飛び跳ねる。コジロウはすかさずポンティアックとタンクローリーの間に入り、駆け出す。

 怪獣じみたエンジン音を轟かせながら突っ込んできたタンクローリーを、コジロウは二本の腕で受け止め、両足のタイヤを全力で道路に噛ませた。ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ、とタイヤの悲鳴とも言えるスキール音が響き渡り、摩擦にと排気によって白煙がもうもうと立ちこめる。恐るべき腕力を発揮したコジロウはタンクローリーの邁進を二本の腕とタイヤだけで止めてしまい、そのままタンクローリーの車両部分を持ち上げ始めた。つまり、倉庫はいかにも怪しいと言わんばかりの仕掛けを施しておいた囮というわけか。

「いいぞコジロウ、そのままやっちゃえ!」

 彼の怪力に心酔したつばめが囃し立てると、コジロウは快諾した。

「了解した」

 コジロウは腰を落としてタンクローリーの車体の下に入ると、タイヤの軸部分を掴み、投げ飛ばせる姿勢を取る。そのままタンク部分ごと横転させてしまえば、タンクローリーは行動不能に陥る。コジロウはその通りの行動を取ろうとしたが、タンクローリーの運転席から男が這い出してきた。

「ああやだやだ、この僕が朝っぱらから勤務時間外労働をしなきゃならないなんてさ。でも、ま、仕事だし?」

 下半身をヘビに変化させている羽部鏡一だった。その姿は、まるでラミアだ。いかにも面倒臭そうな顔をしながら運転席の窓から屋根に這いずった羽部は、人と化け物の狭間である姿もさることながら、強烈な服装をしていた。蛍光ピンクで半透明のビニールで出来たジャケットと全面にスパンコールが飾り付けられたタンクトップを着ていて、下半身を隠すためなのかスカートのようにショールを巻いていた。つばめも寺坂もどうリアクションしたものかと一瞬迷ったが、今はそれどころではないと思い直した。

「あ、寺坂善太郎もいる。でも、まあ、この僕がするべき仕事は一つだけだし?」

 羽部は場末の酒場をドサ回りする歌手の衣装のようなスパンコールを煌めかせながら、車体部分と同様に斜めに傾いているタンク部分に移動すると、人間が入れそうな大きさの蓋を固定しているバルブに尻尾を絡ませた。蓋の固定器具が尻尾だけで器用に外されると、固く閉められていた蓋が内側から押し開けられた。タンク部分が左右に揺れた後、狭い穴から緑色の粘液が迸った。噴水のように吹き上がった粘液は田んぼに落ちると凝結し、怪人に変化する。それは一人や二人ではなく、ほんの数秒の間に、コジロウもつばめも寺坂も取り囲まれてしまった。

 タンクローリーの上に寝そべった羽部は、爬虫類そのものと言っても過言ではない独特の顔付きを崩し、満足げに笑っている。やっちゃってよ、と羽部がにやけながら命じると、怪人の群れは一斉に襲い掛かってきた。すかさずコジロウはタンクローリーの下から脱し、助手席で縮こまっているつばめを抱え上げると高々と跳躍した。

 だが、倉庫の屋根を突き破った黒い矢が、行く手を阻んできた。



 それが誰なのか、気付いた時には手遅れだった。

 黒い影が視界を塞いだ直後、コジロウとつばめは田んぼに叩き付けられていた。ばちゃあっ、と幼い苗が混じる泥が跳ね上がり、荒々しい波紋が広がる。白と黒の機体のほとんどを濡らしたコジロウは、肘を曲げてつばめの体を持ち上げつつも上体を起こした。頭から泥を被ってしまったつばめは顔を拭ってから、黒い影を探した。

 来襲者は、電柱の上に直立していた。黒い外骨格を備えた頑強な虫の兵士、人型の軍隊アリ、藤原伊織だった。先が曲がった触角を神経質に上下させ、艶やかな複眼に一帯を収めている。内側に棘が並んでいるブーメラン状のあぎとを浅く開き、きちきちきち、と声とも唸りとも付かない外骨格の摩擦音を漏らしていた。その立ち姿には芯が通っていて、若者らしい情緒不安定さもなければ、過激な戦闘を欲する飢餓感もなかった。これまでは前傾気味であった姿勢も背筋が伸び、虫の騎士であるかのような雄々しささえある。

 両手を握れないほど長く伸びた爪を一本掲げた伊織は、泥でもなければ水でもない、とろりとした粘り気と光沢を持った赤黒い液体を一筋伝わせた。そして、あぎとの間から細長い舌を伸ばし、それを舐め取った。

「……痛っ」

 我に返ったつばめは、二の腕の痛みに気付いて身を縮めた。泥水が傷口に沁みたことで、左の二の腕がシャツごと切られているとようやく悟った。右手で押さえると、じんわりと滲み出した己の血が手のひらに広がっていく。その嫌な感触と痛みに顔を歪めながら、つばめは起き上がったコジロウの背後に隠れる。

「あいつ、あんなに強かったっけ?」

「藤原伊織の身体能力は、本官の所有する情報を上回っている」

 コジロウはつばめを庇いながら、外装が深く切り付けられた左腕を前に出して拳を固める。

「そんなこと、当たり前じゃない。クソお坊っちゃんは果てしなくクソなクソガキだけど、この僕ですらも認めるほどの遺産との融合係数の持ち主なんだから、お腹一杯になれば強くなるに決まってんじゃないの。だって、今の今まではクソお坊っちゃんは低血糖で空腹だったんだから、ヘタレでヘボでへっぽこで当然なの」

 タンクローリーのタンクに寝そべって頬杖を付いている羽部は、得意げににやけている。

「せっかくだから有益な情報を開示してあげようじゃないのよ、この僕が機嫌が良いうちにね。この星の炭素生物は全てL型アミノ酸で構成されている。けれど、この僕を始めとしたアソウギを体液に置き換えた怪人はL型アミノ酸を持ちながらもD型アミノ酸しか受け付けない体になっているのさ。で、そのD型アミノ酸ってのはどうやって採取するかと言うとだね、人間を喰うのさ。ラミセ化っていう現象を起こしてL型アミノ酸をD型アミノ酸に変異させるためには200℃から250℃で過熱する必要があるんだけど、アソウギが率先してそのラミセ化を起こしてくれるってわけね。でも、他の肉じゃダメ。その原因についてはまだ解明出来ていないんだけどね。昨日の夜にさ、交通事故があったでしょ? そいつらはね、本当はねぇ」

「俺が喰ったに決まってんだろ。っひゃひゃひゃひゃ」

 羽部の浮ついた言葉を、伊織が笑い混じりに遮った。つばめは青ざめ、うえ、と声を潰す。

「何それ、有り得ない」

「有り得ているから、クソお坊っちゃんは絶好調なんじゃないの。馬鹿じゃないの?」

 羽部は心底馬鹿にした目でつばめを一瞥した後、幾重もの怪人の輪に囲まれているポンティアック・ソルスティスの運転席に留まっている寺坂を見やった。

「ねえクソお坊っちゃん、あいつって本当に手出ししちゃいけないの? なんで? この僕が優れた頭脳で考えるに、ここでクソ坊主の右腕をぶった切って持ち帰った方がいいんじゃないの? あいつは遺産を操る力もないし、触手は遺産そのものでもないはずなのに、どうして変な協定が組まれているわけ? 変すぎない?」

「俺が知るかよ。面倒臭ぇから、クソ坊主はマジどうでもいい」

 伊織の複眼が、つばめを捉える。つばめはひっと小さく息を飲み、コジロウの腰に縋り付く。

「俺は、俺の仕事をするだけだ」

 伊織の下半身が伸び切り、跳躍すると、凄まじい力を受けた電柱が風に煽られた草のようにしなる。鎌のような鋭い弧を描いた黒い影は、つばめに確実に狙いを付けていた。コジロウはすぐさまつばめを抱えて退避行動を取るも、伊織の動きは曲線的だった。コジロウの目の前に着地して泥を跳ね上げた、かと思いきや片足を軸にして体を回転させてコジロウの背後に滑り込み、つばめを守る左腕に爪を突き立ててきた。

 コジロウは左腕を出して伊織の爪を受け止めようとする。だが、伊織は突き出した爪がコジロウの左腕の外装に噛む寸前に曲げて真下に滑り込ませ、比較的外装の薄い肘関節に爪を滑り込ませる。目の前でヒューズが飛び、肘関節の回転軸を固定しているナットがずり上げられ、太いシャフトが露出する。伸び切ったケーブルのゴムカバーが裂けて銅線が弾けると、コジロウはつばめの頭部を右手で庇い、背を丸めた。

「ちゃちなオモチャで俺をどうにか出来ると思ってんのかよ!」

 伊織の罵声と同時に、コジロウの破損した左腕が薙ぎ払われて泥を抉った。ナットとシャフトの緩衝材が脱落し、オイルと冷却水が混じり合った飛沫が熱く肌を濡らす。残った左上腕を構えつつ、コジロウはつばめを守る。

「つばめ。その場から動かないでくれ」

 聞き返す間もなく、コジロウは抱えているつばめを軸にして右足を泥に踏み込み、機体を回転させた。回転の勢いを付けたまま左足を高く伸ばして伊織を痛烈に蹴り付け、伊織を仰け反らせる。片足立ちの姿勢を保ちながら左足のタイヤを出して急速回転させ、それを伊織の胸に擦り付ける。悲鳴のようなスキール音、蛋白質の焦げる匂い。

「うげぁっ!」

 途端に伊織は後退し、タイヤ痕と焦げ跡が付いた胸部を押さえ、両のあぎとを全開にする。だが、彼の胸郭からは罵倒も負け惜しみも出てこなかった。無邪気ささえ感じられる笑みを漏らした伊織は、タイヤ痕が痛々しい胸部に爪を添え、ぎしぎしと両肩、いや、上両足の根本を軋ませる。

 伊織が態勢を整え直す前に、コジロウは追撃を行った。破損した部分を庇うどころか、その傷さえも生かす戦い方をした。伊織の頭部を鷲掴みにして懐に引き寄せると、過電流が弾ける左上腕の先を、比較的外骨格の薄い関節にねじ込んだ。泥水によって通電率が高くなっていたからだろう、ばちぃんっ、と閃光が爆ぜて伊織の体が勢い良く吹っ飛んだ。どれほどの電圧かは解らないが、人型ロボットの電圧であれば余程のものだろう。田んぼに太い筋を付けながら数メートルもの距離を移動した伊織は、薄く煙の昇る口を開き、触角を痙攣させている。

「や……やった?」

 つばめはコジロウの背後に近付きながら、昏倒した伊織とコジロウを交互に窺った。瞼もなければ顔色も解らないので察しづらいが、時折痙攣していることからして、感電した伊織は当分は起き上がれないだろう。異形の怪人達が動揺する、かと思いきや、彼らは反応しなかった。伊織が倒されてもざわつきもせず、無様な姿を晒している軍隊アリをそれぞれの目で凝視しているだけだった。寺坂は鬱陶しげだったが、つばめには信じがたいことだった。

 仮にも伊織は仲間ではないか。それが倒されたのに、誰も反撃もしてこないのか。それどころか、心配する声すらも上がらない。特に冷ややかなのは羽部鏡一で、携帯電話をいじっていた。これでは、敵ではあるが伊織が可哀想になってくる。つばめが一言文句を付けてやろうかと口を開きかけた時、田んぼが波打った。

「え?」

 泥が意志を持ち、水が粘り気を持ち、蠢いた。耳障りな水音を立てながら渦を巻いた田んぼは、成長するための時間と水と栄養を与えられる機会を奪われてしまった哀れな苗を巻き込み、無造作に吐き出した後、大口を開けた。粘着質な水と泥が唾液のように糸を引き、プランクトンを喰らうジンベエザメのように、つばめを飲み込もうとしてきた。もちろん、つばめはその場から逃げようとするが、両足が動かない。こちらもまた粘液に縛り付けられているからだ。つばめは懸命に手を伸ばして彼の名を叫ぶが、コジロウがつばめの手を掴む前に、泥と粘液の怪物は少女を喰らった。ぎゅるぎゅると汚らしい渦が狭まり、曲がりくねり、タンクローリーの蓋に向かっていく。

「つばめ!」

 コジロウは粘液の渦を追おうと駆け出すが、やはり粘液に足を戒められる。両足のタイヤを出して回転させるも、スポークに粘液が挟まり、固定されてしまう。強引に足を引き抜こうとすればするほど、粘液は重みを増していった。守るべき少女を求めて懸命に右腕を伸ばすが、銀色の手の甲に黒い爪が貫通する。

「チョロすぎじゃねぇの、これ。マジウケるし」

 伊織だった。過電流の余韻からか、先程よりは動きは鈍かったが、つばめに集中していたコジロウの隙を確実に衝いていた。合金製の手のひらが割れて指の根本が覗き、オイルが垂れる。伊織はコジロウの手のひらから爪を引き抜き、その反動でコジロウの上体が少々仰け反った拍子に痛烈な拳を加えた。

 二〇〇キロ超の機体が鮮やかに吹っ飛び、電信柱に激突する。各種センサーに等しくもたらされたダメージによって一時的に機能が低下したコジロウが項垂れると、伊織は、尻尾でタンクの蓋を閉めている羽部を見上げた。

「これで終わりかよ? てか、なんで今までこんなのに手ぇ焼いてたんだよ? あ?」

「そりゃあれだよ、この僕の上に立っていやがる御嬢様の顔を立てるために決まってんでしょ。コジロウにしたって、動力源がオーバースペックってだけで機体性能はガタガタだから、そこを突いちゃいえば一発だし。まあ、その情報は設楽道子の脳を経由して得たものだけど、ちょっとは役に立ってくれたね。さ、行こ行こ、社長がお待ちかねだ」

 羽部は怪人達に命じてタンクローリーを元に戻させると、運転席に滑り込み、エンジンを掛けた。怪人達は次々にタンクローリーに貼り付くと、皆、液状化して蓋の隙間からタンク内部に滑り込んでいった。泥まみれの伊織は体中の泥を爪である程度削ぎ落としてから、助手席に収まった。下半身を人間に戻してから靴を履いてアクセルペダルとブレーキペダルに足を掛けた羽部は、座席がぐしょ濡れになるほどの泥水まみれの伊織を見て顔をしかめた。

「なんでそこに来るわけ? 普通さ、そういう状態だったらタンクの上に乗るもんじゃないの?」

「うるせぇ死ね」

 伊織は上両足を組み、下両足も組んでダッシュボードに投げ出した。

「そういう格好していると、急ブレーキを掛けた時にすんごいことになるけど?」

 まあでもそれぐらいじゃ死なないか、と独り言のように言いながら、羽部はステアリングを回した。怪人達とつばめをタンクに格納したタンクローリーは、羽部のいい加減な運転で不安定に揺れながら農道に出ると、エンジンを盛大に噴かして走り抜けた。後に残されたのは、ポンティアック・ソルスティスと寺坂、そして破損したコジロウだった。

 ポンティアック・ソルスティスの運転席から下りた寺坂はサングラスを外し、タンクローリーに目を凝らした。かなりスピードを出したようで、早々に集落から消えていた。寺坂は触手を戒めた右手で、禿頭を掻き毟る。

「ゴミ捨てに来ただけで、ひっでぇ目に遭わなきゃならねぇんだよ」

 寺坂はぼやきながら、オープンカーのトランクに詰まっているゴミ袋をゴミ集積所に無造作に投げ入れ、トランクの蓋を閉めた。両手を叩き合わせて汚れを払った後、電信柱の下で項垂れているコジロウを一喝した。

「おい、起きやがれ!」

「……つばめは」

 ゴーグルを瞬かせながら顔を上げたコジロウに、寺坂は集落の先を示した。

「連中なら、とっくに行っちまったよ。俺は今から一乗寺の奴に連絡する。お前も遺産で出来ているんだから、連中の行く先ぐらいは解るだろ?」

「機体の破損によりセンサーの感度が若干低下しているが、タンクローリーの追跡に問題はない」

「じゃあ行け、すぐに行け」

「無論だ」

 コジロウは立ち上がると、両足のタイヤを回転させて粘り気を払った後、タイヤを地面に噛ませた。

「俺はこれ以上手を出さねぇからな。ここから先は政府の仕事だ」

 寺坂は愛車に元に戻ると、ダッシュボードから携帯電話を取り出したが、ボンネットを見て声を潰した。怪人達に囲まれた時に誰かしらの爪が掠ったらしく、数本の傷が付いていた。コジロウは寺坂を一瞥した後、破損した左腕を回収してから農道に出て走り出した。排気を残して走り去っていった警官ロボットの背を見送って、寺坂は一乗寺に電話を掛けた。かなり眠たげな声が返ってきたが、事の次第を伝えると一瞬で覚醒した。

『解った! んじゃ、俺は現地に向かうから! うっはー!』

「現地ってお前、フジワラ製薬が行く場所が解ってんのか?」

 寺坂が訝ると、一乗寺は浮き浮きしながら答えた。

『そんなもん、とっくの昔にね。てか、むしろ、敵の方が率先してバラしていたって感じ?』

「は? なんだよそりゃ」

『ま、俺は人殺しが出来ればなんでもいいんだけどねー。うふふ、ジャムるまで撃っちゃうぞー』

「適当なところで止めろよ。つばめも攫われちまったんだから」

『ありゃ、そりゃ大変だね。で、コジロウは?』

「なんだよ、その薄っぺらーいリアクションは。まあいい、突っ込むのも時間の無駄だ。コジロウはフジワラ製薬の車を追っていったが、機体に大分ガタが来ている。追い付いた頃にはバラバラになってんじゃねぇの?」

『ふーん。で、よっちゃんはこれからどうすんの?』

「うちに帰るに決まってんだろ。余計な荒事に巻き込まれるのは趣味じゃねぇ」

『あっそ。じゃ、よっちゃんのアヴェンタドール借りていくね! きゃっほう!』

「きゃっほうじゃねぇよ! アヴェンタドールは四千万もするんであってだなぁっ!」

 寺坂は携帯電話に噛み付かんばかりに絶叫するが、一乗寺は通話を切ってしまった。あれは本気だ。一乗寺に限って、冗談ではあんなことは言わない。スポーツカーのキーが鈴生りになったキーケースはジャージのポケットに入っているが、一乗寺であればドアを撃ち抜いてエンジンを直結させて動かしかねない。今から車を飛ばして帰ったところで、一乗寺の魔の手を防げるとは思えない。

「いや、待てよ?」

 一乗寺の軽トラックは廃車も同然だ。となれば、徒歩か、美野里の車を奪い取ってくるかのどちらかだ。一乗寺の性格からして、馬力の出ない美野里の電気自動車は好みではないだろうから、奪い取りはしないはずだ。徒歩だとしたら、船島集落から寺坂の寺に来るまでは小一時間は掛かってしまう。一乗寺の体力がいかに底なしであろうとも、体が人間なのだから限界がある。

 この集落と自宅の寺までの移動時間は十五分足らずだ、それだけあれば一乗寺を阻める。これで勝った、と寺坂は口角を吊り上げながら運転席に乗り込むが、シートベルトを締める前に手を止めた。視界の隅に掠めた古ぼけた小屋に焦点を合わせ、シートベルトを離してからサングラスを掛け直す。地蔵が収まるべき小屋には、千手観音に似た形状の石像が収まっていた。円盤状の光輪を背負い、細長い腕を何十本も伸ばし、柔和な笑みを湛えている、五十センチ足らずの石像だった。寺坂は運転席から出ると、右腕の包帯を外して触手を解放した。

「道理で、ここの連中が怪人共の言うことを聞いていたわけだ」

 単純に脅されただけでは、人間の心などそう簡単に動かないものだ。だが、元から掌握されていたのであれば、話は別だ。寺坂は一二八本の触手を解し、一際太い触手を十六本出した。それらを石像に巻き付け、ぐっと力を込めて捻ると、石像は砂糖菓子のように呆気なく砕け散った。汚物を触ったかのような仕草で触手に付着した石像の破片を振り払ってから、触手を引っ込めた寺坂は、右腕に包帯を巻き付けながら舌打ちした。

 どいつもこいつも、心が弱い。



 最低最悪の気分だった。

 思い付く限りの罵詈雑言を胸中で燻らせながら、つばめは粘液がこびり付いて重たい睫毛を強引に開き、状況を確認した。息を吸えば湿っぽく生臭い臭気が吐き気を催させ、鼻と唇に貼り付いている汚れを拭い取ろうにも両手が動かせず、体を少し捩るのが精一杯だった。綺麗にアイロン掛けしておいたジャンパースカートの制服は粘液が滴るほど濡れ、素肌ごと左袖を切り裂かれたブラウスも同様だった。

 生きていることが忌々しくなるほど、劣悪な状態だった。良い感じに結べたツインテールも片方がずり落ち、大量のジェルを塗ったかのような髪は束になって肌にこびり付いている。今の今まで息が詰まっていたからだろう、目を開いても視界はぼやけている。何度か瞬きし、深呼吸すると、ようやく外の景色が見えてきた。

 弓形に反ったコンクリートの分厚い壁と、藍色の淀んだ水面が見えてきた。見覚えがあるかもしれない、とつばめは再度深呼吸してから目を開けた。幅広で左右の壁が高い橋の先には、赤い屋根のレストハウスがあり、年代物の売店が隣り合っている。やたらとだだっ広い駐車場には、フジワラ製薬の名が入ったタンクローリーが一台、更にいかにも高級そうな黒のベンツ。どうやら、奥只見ダムに連れてこられたらしい。口の中に溜まっていた粘液を唾液ごと水面に吐き捨ててから、つばめは呟いた。

「あれから、何がどうなったんだっけ……?」

 寺坂の運転するオープンカーに可燃ゴミを乗せ、別の集落のゴミ集積所までゴミ捨てに行ったのだ。だが、ゴミを捨てようとした頃合いにヘビ男こと羽部鏡一が運転するタンクローリーが突っ込んできた。すかさずコジロウが応戦したが、別行動を取っていた怪人体の藤原伊織による奇襲攻撃を受け、コジロウは左腕を破損してしまった。そればかりか、つばめは田んぼの水と泥と一体化していた粘液によって奪取され、今の今までタンクの中に詰め込まれていた。恐らく、窒息した拍子に気絶したのだろう。

「覚醒するまでに一時間弱か。自己再生能力は普通なんだねぇ、管理者権限の持ち主ってやつも」

 突如、つばめの目の前にヘビ男が現れた。つばめは心底驚き、目を剥く。

「ひっ」

「アソウギに対する耐性は抜群。遺伝子の型は怪人の染色体の欠落部分にぴったりと填るけど、だからって親和性が高いってわけじゃない。うん、その辺もこの僕の立てた完璧な仮説に一致する。でもって、口腔摂取したアソウギによる自己改造現象は発生せず、L型アミノ酸の状態を維持している。ああ、なるほどねぇ。本人にその意志がないからだねぇ。そりゃそうだ、管理者権限の持ち主が自分を改造出来ちゃったら、管理する意味がないものねぇ」

 ヘビ男は先割れの舌をちろちろと前後させながら、つばめの全身を睨め回してくる。その視線と、体の前面を這い回るウロコの冷たさに怖気立ちながら、つばめは歯を食い縛って震えを堪えた。

「……うっ」

「でも、本人にその意志が発生したのであれば、話は別だね」

 羽部は瞬膜を開閉させて瞬きしながら、つばめの目の前に鎌首をもたげる。間近で見る羽部が気色悪く、濡れて体に貼り付いた制服から直に染み込んでくる爬虫類特有の冷たさが恐ろしく、呼吸さえも疎かになってくる。泣くまいと懸命に気を張っていたが、羽部の尻尾の先が太股にまとわりついたスカートの内側から内股に滑り込んできた。猛烈な恥ずかしさと情けなさと、それらを上回る絶望感に、つばめは嗚咽を漏らしかける。

「その辺にしておいてやりたまえ、羽部君」

 中年男性の声が掛かった途端、羽部の先細りの尻尾がスカートから引き抜かれた。

「社長命令なら仕方ないねぇ。まあでも、この僕が有効活用してあげるんだから、せいぜい感謝することだね」

 羽部は物足りなさそうだったが、しゅるしゅると這いずってつばめから離れていった。コンクリートの壁に癒着してつばめの両手足を拘束している粘液の上を移動していったが、一滴も貼り付いていなかった。巨大なヘビがとぐろを巻き、牙の間に舌を収めると、一礼した。その相手は、特撮番組の悪役じみた服装に身を固めた男だった。

 モチーフが今一つ解りづらいツノが生えたヘルメットに鼻から上を覆う仰々しいマスク、引き摺るほど長い漆黒のマントの裏地は血のような赤で、両肩には用途不明な棘が生えたアーマーが付き、胴体を守る防具には合成樹脂製であろう光沢のジェムが填っている。両手には動かしづらそうなガードが付いたグローブを填め、両足はつま先が尖ったブーツで、いずれも黒のエナメルだった。悪趣味だという他はない格好だが、羽部の口振りを信じるならば、これがフジワラ製薬の社長だというのか。

「あんたが、フジワラ製薬の社長なの?」

 恨み辛みを込め、つばめが睨み付けるが、男は動じない。それどころか、笑い出した。

「いかにも。この私こそがフジワラ製薬の社長であり、世界征服を目論む悪の組織の大総統なのだ!」

「私を攫ったからって勝った気にならないでよね、すぐにコジロウが来るんだからね! そしたら、あんた達みたいな連中なんてすぐに倒してもらうんだから!」

 つばめは声を張り上げるも、フジワラ製薬の社長は両腕を広げてマントを翻す。

「ふははははははは! それがどうした、我が息子の力を持って返り討ちにしてくれるわ!」

「息子、ってことは、つまり」

 つばめは首を捻って目を動かし、黒い影を捉えた。ダム壁に面した欄干に座り込んでいる人型軍隊アリ、伊織は面倒臭そうに顔を背けて触角も逸らした。フジワラ製薬の社長は、空を仰ぐように上体を反らす。

「そうだ! 我が息子こそ最高傑作の怪人であり、我らが待望を遂げるためには欠かせぬ戦力なのだ! どうだ凄いだろう凄いと言ってくれ、凄いと言ってくれないと困るじゃないか!」

 そんなことを言われても困っているのはこっちだ。つばめは足元を見、身震いした。アソウギと思しき粘液によってつばめが貼り付けられているのは、ダム湖側の欄干の外側、つまり湖面の真上だ。目測でも十数メートルは高さがあり、水面に叩き付けられたら無傷では済まない。水面との激突で致命傷を負わなくとも、その衝撃で気を失ったりしてしまえば溺死する。管理者権限でアソウギを制御して両手足を脱したとしても、その後が上手くいかなければ、一巻の終わりだ。コジロウが助けに来たとしても、つばめが死んでしまっては元も子もない。

 フジワラ製薬の社長はつばめの傍に寄ってくると、羽部を手招きした。羽部は心底面倒臭そうではあったが、欄干と橋の間に長い体を渡した。フジワラ製薬の社長は部下の背中をおっかなびっくり歩き、無事、欄干に辿り着いた。が、途端に欄干に這い蹲ってしがみついた。服装が全体的に黒いせいもあり、さながらゴキブリのようである。

「なんだこの高さ! 凄く怖いじゃないか! 足でも滑らせて落ちたら死んでしまうぞ! よくあるシチュエーションを身を持って体感してみよう、ってことでこのロケーションを選んだが、失敗したなぁ、うん!」

 フジワラ製薬の社長は悪の大総統らしからぬ情けなさで喚き、息子に振り返る。

「おい伊織、じゃなかった、アントルジャー! お前も早く橋の方に下りなさい、でないと落ちて死んじゃうぞ!」

「ウゼェ」

 だが、伊織は醜態を曝している父親には取り合わず、そっぽを向いた。その気持ちはつばめにも解らなくもない。フジワラ製薬の社長は息を荒げて必死に這いずってくるが、つばめの背後に近付く前に動けなくなった。落ちるのが余程怖いのか、装飾だらけで実用性が薄そうなグローブでコンクリートを握り締め、肩装甲を怒らせている。

「ふ、ふはははははははっ、我が名は……えーと、なんだっけ。役員会議で考えた、結構格好が付いてそれなりに意味もあるけど解りやすさ重視のコードネームがあったはずなんだが、羽部君!」

「知りませんよぉ、そんなもん。この僕を下劣で低学歴な秘書なんかと同列に扱わないでもらえますぅ?」

 早々に橋に戻った羽部は再びとぐろを巻き、自身の胴体の上に顎を横たえた。

「そっそうか……。秘書の三木君は滞りなく業務を行うために本社に留まってもらっているからな、それに今は大事な商談の真っ最中の時間だ、下手に電話なんか掛けたら叱られるぞ、そりゃもう辛辣な語彙で!」

 では仕方ない、とフジワラ製薬の社長は腹を括り、ぎこちなく上体だけ起こして挙手した。

「私の名は藤原忠、フジワラ製薬の社長にして伊織の父親、でもって世界征服を企む悪の大総統だ!」

「最後のは二度目なんだけど」

 正直、まともに相手をしたくない。つばめが冷淡に返すと、藤原はダム湖の水面を指差す。

「というわけであるからして、誰も君を助けに来ない場合はアソウギを下流に流し、そこに住まう全ての人間にアソウギを癒着させて怪人化させてくれる! それを防ぐ手立てはただ一ぉつ! 君が我らに従うか、満身創痍の正義の味方、機動駐在コジロウが哀れなヒロインを助けると同時にアソウギを撤去して機能停止させるかだ!」

「機動駐在、って……何それダサい」

 古臭いロボットアニメのタイトルみたいだ。つばめは思い切り貶したが、藤原はなぜか勝ち誇る。

「どうだ、なかなかいいネーミングセンスだろう! 候補は色々あったんだが、語呂が一番良いのがこれなのだ!」

「ふーん」

「なんだ、その貧乏な家庭のカルピスのように薄いリアクションは! 本気で考えた私が馬鹿みたいじゃないか!」

「いや馬鹿だろ、ガチで」

 つばめの気のない反応に不満を示した藤原の言葉に、伊織が刺々しく言い捨てた。あうっ、と藤原は仰け反るも、すぐにまた欄干にしがみついた。一度深呼吸して気を取り直してから、藤原はつばめを指す。

「ふはははははははっ、そう言っていられるのも今のうちだ! と、私が言えるのも今のうちかもしれんけど!」

 ああ怖い怖い怖い、と呪文のように早口で喋りながら、藤原は欄干から橋に戻って両足で立った。衣装に付いた砂埃を払い、マントの裾を整え、ずれかけたヘルメットも直してから、意味もなく胸を張った。

「というわけであるからして、と言うのは二度目だけど気に入っているから何度だって言ってやるぞ! というわけであるからして、哀れなヒロインにして億万長者の孫娘にして莫大すぎる財産と訳の解らない遺産をこれでもかと相続した少女、佐々木つばめよ! この私の凄く楽しい趣味に付き合ってもらうからな!」

「趣味?」

「うむ、そうだ。これは趣味なのだ。知っての通りってほどでもないが、我がフジワラ製薬は吉岡グループの足元にも及ばないが、薬品と食品とその他諸々の商品を展開している。私は社長としては二代目であってアソウギの能力も創業者である私の父親ほどは生かせてはおらんのだ。私の父親は、アソウギと出会い、製薬会社を立ち上げる前は医者として腕を振るっていたのだが、その経験を生かしてアソウギを駆使し、現代医学では治療不可能とされる難病を治療、或いは緩和させてきたのだ。もっとも、その当時は使用者権限を持つ者に頼っていたために、管理者権限を利用したわけではないから、病因を取り除いて生体改造することまでは出来ず、患者の痛みを取り除くだけで精一杯だったそうだがね。そして、父親はアソウギを有効活用すべく、過去の臨床試験データを元にして開発した薬剤を販売する製薬会社を立ち上げた。それが我がフジワラ製薬である。で、父親が病死したために私は父親から会社とアソウギを引き継いだのだが、そのどっちも生かせるほどの才能がなくってなー」

 藤原はなぜか照れ臭そうに、ヘルメットを押さえる。

「周囲に流されるままに結婚したんだが、我が妻の真子は不妊症だった。ぶっちゃけた話、会社の跡継ぎはどうにでもなるんだが、私の母親、つまり真子の姑が子供を産めとやかましかった。そのせいで真子は追い詰められて、一度は家出をしてしまったほどだった。そこで私は思い付いた、アソウギを使えばいいと!」

 聞いてもいない話をべらべらと喋りながら、藤原は両腕を突き上げる。

「そして私は、私の遺伝子情報を与えたアソウギに真子を与えた! すると、アソウギは真子に生殖能力と同時に胎児を授け、十ヶ月後には我が息子、伊織が生まれ落ちた! だがしかし、それで万事解決とは行かなかった! 管理者権限はおろか使用者権限を持つ者にすらも操られていなかった無調整のアソウギによって、我が息子、伊織がこの世に生まれ落ちたのだ! だが、伊織は人間とそうでないものの中間である伊織は極めて不安定であり、形すらも覚束無かった! よって、薬剤試験を繰り返したために凄まじい免疫と薬剤への耐性を備え持った軍隊アリを混ぜてやったところ、伊織は世にも素晴らしい軍隊アリ怪人となったのだ! だが、怪人と化して蘇った伊織は残虐極まりなく、真子を殺し、その場で喰ったのだ! どうだ凄いだろう、凄いと言ってくれ!」

 おぞましい話を楽しげに語りながら、藤原は広い空を仰ぐ。

「それから私は高額報酬の臨床実験を餌にして被験者を募り、その半分は怪人化への人体実験に用い、残り半分は伊織の食事にしてやったのだ! それはなぜか、そうでもしなければ伊織は飢え死にするからだ! アソウギを多量に含んだ真子を食した際に、アソウギの能力の相乗効果によってL型アミノ酸は一切受け付けぬ体に変貌してしまったのだ! だがそれは、人間が人間を超越し、進化した姿であると私は気付いたのだ!」

 藤原は一呼吸置いてから、まだ話を続ける。

「だがしかし、伊織の進化は極端だ! 生殖能力も損なわれていることからして、突然変異体の一体に過ぎない! 変身能力と身体能力と再生能力を得た反面、死んだ人間を喰らい続けなければ生きられないというのは現代社会ではまず受け入れられない! だが、捕食するための屠殺は許されているはずだ! いや、許されぬはずがない、なぜなら人間は他種族を殺しに殺して喰らいに喰らっているからだ! 我が息子が許されないわけがない、むしろ許してくれぬ社会が悪い! と、いうことで、私はアソウギによる怪人の増産に増産を重ねていった! しかし、怪人を増産したところで管理維持費が半端なく掛かることに気付き、七年前には怪人増産計画を凍結した! だが私は、怪人達を付き従えて世界の主のように振る舞う楽しさを忘れられなかった! で、話は最初に戻る!」

 ふう、と一際大きく息を吐いてから、藤原は再度胸を張り直す。

「実益の出ない業務は業務に非ず、伊織の体の根本的な生体改造も出来ないのであれば治療に非ず、かといって本気で世界征服が出来るとは思ってはおらず、しかし怪人化されたいという人間も後を絶たなかったのだ。よって私は腹を括り、開き直り、決めたのだ。この悪の組織の大総統ごっこを趣味にしてしまおうと」

 デタラメな出来事の果てにデタラメな結論を出した男は、仰々しい仮面の下で笑った。

「んで、この僕みたいな優れてはいるけどろくでもない性格の化学者は社長に引っこ抜かれて、超本格ごっこ遊びに付き合わされているってわけ。アソウギはどこの誰が作ったのかも解らない無限バイオプラントだから、たかが人類がそんなものを有効活用出来る方がおかしいんだよね。ま、無駄にしていないだけ、マシだと思ってくれないとね。怪人増産計画が頓挫した後に生体改造した連中だって、少なくとも無下にはしていないんだし?」

 羽部は藤原の傍らに付くと、一対の牙が生えた口を開いてみせる。

「この戦いの勝者とて、最初から決まっているではないか。吉岡グループだ。私達のような一企業が楯突いたところで、吉岡グループには痛くも痒くもない。アソウギにしても、あの麗しい御嬢様に奪われるに決まっているのだ。私はどれほど見栄えを良くしてみたところで、中身の追い付かない男だとも当の昔に自覚している。頭のおかしいことをほざいて馬鹿げた行動を取っていても、それだけだ。だが、だからこそ、私は全力で趣味に没頭する! そのために我が息子とアソウギと怪人達を合体させて巨大化させ、破壊の限りを尽くさせた末に下流の水質汚染をしてやるのだ! うあっははははははははぁっ、がはぁっ!」

 藤原は意気揚々と高笑いするが、笑いすぎて盛大に噎せ返った。羽部はにやけている。伊織の表情は読めない。つばめの手足を戒め続けているアソウギと、そのアソウギに溶けている怪人達の意志は感じられなかった。価値観も倫理観も社会通念も根底からねじ曲がっている演説であり、光景だというのに、誰もが異常性を認知してないかのようだった。つばめは、重たい粘液に埋もれた背筋が冷え込んでいった。

 何もかもが対岸の火事。伊織が何人もの人間を殺して喰おうが、アソウギが何人もの人間の人生を歪めようが、妻が不妊で苦しんでいようが、その妻を妊娠させるために訳の解らない粘液に頼り、産まれ落ちた我が子が人間を喰らう如き化け物であろうが、挙げ句の果てに妻が喰い殺されてしまおうが、藤原の心を揺さぶりはしないのだろう。どいつもこいつも、まともな人間の感覚を持ち合わせていない。

 けれど、腹の底から怒りが湧いてこないのは、つばめが社会正義に燃えるほど素直ではないからだろう。藤原の言うことを全面的に支持することは有り得ないが、端々は理解出来なくもない。自分にとって極めて都合の良い考えに浸ることは、現実逃避への最短距離だからだ。しかし、怒りが湧かないからと言って許しているわけでもなければ認めているわけでもない。つばめは粘液の中で拳を固めると、唇を真一文字に結んだ。

「おい、クソメスガキ」

 外骨格を擦り合わせながら、伊織が立ち上がる。上両足の爪を扇状に広げ、波打たせる。

「クソ親父と俺の目的が一緒だと思うなよ? あ?」

 下両足でコンクリートを踏み切った伊織は、つばめの背後に降ってきた。粘液に爪を立てて体を安定させながら、高さも水面もものともせずにつばめの前に近付くと、五本の爪先を揃えてつばめの喉元に突き付ける。

「俺はクソ親父が何を考えていようが、何を企んでいようが、マジでどうでもいい。つか、ガチで関係ねぇし。人殺しが出来るっつーから来てやっただけで、それ以外の目的なんてねぇし。てめぇを掴まえたのだって、てめぇの血と肉があればちったぁ体の動きが良くなるからだし。つか、てめぇにそれ以外に価値なんてねぇし?」

「だったら、なんで付き合ってあげてんの? お父さんのこと、そんなに好きなの?」

 伊織の全身に漲る殺意に臆しそうになりながらも、つばめは言い返す。

「馬鹿じゃね? 俺がクソ親父のことが好きなわけねーし? つか、クソ親父に価値なんてクソもねぇし?」

 あぎとを広げた伊織は、つばめの首を噛み切れる位置まで顔を突き出し、触角を上げる。

「俺がやりてぇことは最初から最後まで一つだけだ。飽きるまで喰う、腹一杯喰う、殺した分だけ喰う。そのためには俺が誰よりも強くならなきゃならねぇ。クソお嬢やら他の企業やら政府が俺の邪魔をしてくるはずだからな。半端な強さじゃ、腹一杯になる前に俺のドタマが吹っ飛ばされちまうんだよ。てめぇの血はクソお嬢の何十倍も力をくれる、それを腹一杯喰ったらどうなるか、考えただけでイッちまいそうだ」

 ひゃひゃひゃひゃひゃっ、と黒い餓鬼は哄笑する。あぎとを全開にして胸郭を震わせると、爪を振り下ろし、つばめの制服を紙切れのように引き裂いた。千切れたブラウスの間からスポーツブラに包まれた薄い乳房が零れ、粘液と汗に潤った薄い肌を、切れ味の衰えない爪先がなぞる。ちくりとした浅い痛みが滑っていくと、一筋、赤が走る。

 それを、飢えた虫が舐め取った。



 奥只見シルバーライン。

 雨垂れによる汚れが目立つアーチ状の看板を通り抜け、そのまま突き進んだ。途中で一度給油を兼ねた休憩を取ったが、それ以外はずっとハンドルを握りっぱなしだった。だが、ここからが本番だ。ポンティアック・ソルスティスのコーナリング性能を徹底的に発揮出来る山道に入るのだから、気合いが入らないわけがない。

 寺坂は絶妙なブレーキングと共にステアリングを回転させて車体を滑らせ、きついカーブに突っ込ませる。途端に助手席に乗る一乗寺ははしゃぎ、脳天から出したような黄色い声を上げた。トンネルの落盤事故以降は通行止めが続いているので、対向車は一台も来ないと解り切っているから、スピードは思い切り上げられる。愛車の流線型のボンネットをガードレールかトンネルの側壁にキスさせたりしなければいいだけのことだ。今まで、どれほど高価なスポーツカーを手に入れたとしても、その性能を生かせる道で、己のドライビングテクニックを試す機会はなかった。せいぜい夜中の峠道を走り回る若者を追いかけっこをする程度であり、本気で実力を発揮することは出来ず終いだった。だが、今は違う。佐々木つばめの追跡と救出という大義名分があるのだから。

「すっげーよっちゃん、アクセルベタ踏みしてんじゃーん」

 助手席でにこにこしている一乗寺は、急加速してドリフトしつつ急カーブを鋭く攻める車のスピードをものともしていなかった。寺坂は楽しすぎて下がる気配すらない口角に痺れさえ覚えながらも、ハンドルを回す。

「俺のポンちゃんの実力はこんなもんじゃないぜ、ひゃっほう!」

「ま、事故らないようにねー。途中でこの車ごとよっちゃんがオシャカになったら、色々と面倒だしぃー?」

「この俺を舐めてもらっちゃ困るぜ!」

「うん、舐めない。たぶん塩っ辛いから。でも、なんで急にやる気になってくれたの? その方が楽だけどさ」

「走りたい気分になったってだけだ!」

 走行音に負けじと声を張り上げながら、二人は言葉を交わした。シルバーグレイのオープンカーが流星の如く通り過ぎた後には黒々としたブレーキ痕と排気が残り、静かな山間には相応しくない生臭坊主の高笑いも響き渡った。そんな寺坂を横目に、一乗寺はスナイプライフルを手際良く組み立てていた。

「なんで、つばめは連れ去られた先が奥只見だと解ったんだ?」

 落盤事故を知らせる立て看板が見えたので速度を落としつつ、寺坂が尋ねると、一乗寺は答えた。

「あー、そんなん簡単だよ。だって、連中はこのトンネルの中で俺とつばめちゃんを襲ってきたんだもん。楽しい社会科見学を台無しにしてくれちゃってさぁ。トンネルを落盤させる仕掛けを施したのは吉岡グループか他の企業だったかもしれないけど、今はそんなのどうでもいいの。トンネルの通気口と水脈を通り抜けてきた粘液が怪人化して俺を襲ってきたんだけどね、イマイチ本腰入れていなかったんだよね。撃っても一撃でビチャッと吹っ飛んじゃうし、形も不安定だしでさぁー、ぶっちゃけイラッと来たね。てか、俺とつばめちゃんを本気で殺す気は更々なくて、ただここにいるって教えたかっただけな感じ?」

「なんだよそりゃ」

 車止めの三角コーンの前で停車した寺坂は、右腕の触手を戒める包帯を緩めた。

「倒しに来てほしいんじゃないの?」

「はあ?」

 寺坂は声を裏返しつつも触手を伸ばして三角コーンを絡め取り、草むらに無造作に放り捨てた。おおう便利すぎ、と一乗寺が軽く拍手してくる。お前に褒められても嬉しくねぇ、と言い返してから、寺坂は右腕に包帯を巻く。

「何かってと形から入るじゃない、フジワラ製薬の社長はさ。良く解らない衣装にしてもそうだし、息子の扱いにしてもそうだし、つばめちゃんを巡る遺産争いにだって真っ先に首を突っ込んできたしね。たぶん、あのおっさんの頭の中だと、悪役は悪ければ悪いほど先陣を切るものなんだと思うよ。でも、全部追っついてなぁーい」

 緩く発進した車体の揺れも構わずに、一乗寺はライフルを組み立て終えてマガジンを差し込んだ。

「一体何がしてぇんだよ、フジワラ製薬の社長のおっさんは」

 寺坂が不可解そうに眉間を顰めると、落盤した岩に塞がれたトンネルを見、一乗寺は腰を上げる。

「それを俺に聞いてどうすんの。本人に聞いてよね?」

「ま、それもそうだな」

 立ち入り禁止、との立て札とロープが張られたトンネルの前にポンティアックを止めて、寺坂はエンジンを切った。トンネルの天井から崩落した大量の岩石に塞がれていて、一乗寺がつばめの入った箱を弾頭代わりにして空けた車一台分の穴は、内側から岩石を積み上げられて塞がれていた。そして、彼がいた。

 満身創痍の警官ロボットが、山積みの岩石と一心に戦っていた。両足のタイヤはバースト寸前まで酷使したのか、溝が削れ切っていて光沢さえ帯びている。破損した左腕を足下に置き、無傷とは言い難いが稼働する右腕を何度も何度も岩に叩き付けているが、決定打となる一撃を放てないのか、岩石が中途半端に抉れるだけだった。コジロウは二人が到着したことに気付きはしたが、すぐにまた岩石を殴り付け始めた。

「おい、コジロウ」

 寺坂が声を掛けると、コジロウは一旦手を止めて振り返る。

「所用か」

「お前のアホみたいな腕力でもぶち抜けないのか、この岩は?」

 寺坂が訝ると、コジロウは何度も殴り付けたために指の関節が潰れかけている右手を掲げる。その手の甲には縦長の穴が空いていて、オイルが幾筋も伝い落ちていた。

「先程の戦闘により、本官は左右の腕が破損し、著しく出力が低下している」

「じゃ、どうすんだよ?」

 両肩を竦めながら寺坂が一乗寺に問うと、防弾チョッキを着てライフルを背負った一乗寺は言った。

「今回はつばめちゃん入りの箱もないし、よっちゃんの車には弾薬なんて洒落たものは乗っけていないけど、まあ、手がないわけじゃないよ。コジロウが殴って壊せないブツなんて、そうそうあるものじゃない。てぇことはつまり、内側から何者かが邪魔をしている。でも、その相手は」

 間違いなく人間じゃない。この上なく楽しげに言った一乗寺は、ライフルのコッキングレバーを引く。

「フジワラ製薬がどれだけふざけていようが、遊びでやっていようが、政府に楯突いた時点で犯罪なのさ。でもって、この俺に目を付けられたからには、どこの誰であろうが無傷では帰さない。つか、殺しちゃうからね。手っ取り早いのは敵のアミノ酸をぶち壊して、生命として成り立たないようにしてあげること。火炎放射とか滅菌とかもこれまでにやってみたけど、紫外線放射装置の次に効果が出たのはこれだからね。ちゃっちゃらーん、ウラン弾」

「おいおいおい!」

 寺坂が勢い良く後退るが、一乗寺はしれっとしている。

「大丈夫だってー、ガンマ線のちょい強いやつが数十秒間しか出ない金属で作ってあるしぃー。アソウギと一体化した怪人の体内に取り込まれたら排出されないように、D型アミノ酸を元にした有機化合物で弾薬をコーティングしてあるから、そんなにビビるほどものじゃないってー。よっちゃんってば情けないなぁ」

「情けがないのはてめぇの方だ!」

 寺坂は愛車を盾にして身を隠し、怒鳴った。一乗寺は山積みの岩の隙間を探すべく、見回す。

「ま、これを撃ち込んだら、怪人化した人間は元に戻れないだろうねぇー。つばめちゃんの管理者権限でアソウギを操作したとしても、その怪人の元の姿はおろか遺伝子情報も把握していないつばめちゃんじゃ、粘菌に戻すだけで精一杯だろうしぃー? そもそも、怪人化した時点で人権なんてないから、どうにだってなるしぃー?」

 変に語尾を上げながら、一乗寺は岩をよじ登り、岩と岩の細い隙間にライフルの銃身を差し込んだ。

「敵も味方も、人間を人間だと思っちゃいねぇな」

 愛車の影から顔を出した寺坂は、トランクの上に腰を下ろした。

「そう。だから、世にも下らない戦いに巻き込まれた人間を救おうだとか、守ろうとか、助けようとか、元に戻そうとか、甘っちょろいことを考えちゃったら終わりなんだよねぇ。俺達がすべきことは、国家転覆さえ可能にする遺産を操る鍵となる管理者権限を持った女の子を守ること。それ以外は、本気でどうでもいい!」

 腹に響く銃声が何発も轟く。五発分の薬莢を散らした後、一乗寺がライフルを抜くと、その銃身にはねっとりとした粘液が絡み付いていた。一乗寺は素早く岩の上から飛び降りて車の元に戻ると、コジロウも後退させた。

「じゃ、俺のことも割とどうでもいいんだな?」

 したり顔の一乗寺を横目に寺坂が毒突くと、一乗寺は両手を上向ける。

「よっちゃんはそんなにどうでもよくないなぁー。だって、よっちゃんを遊べなくなるとゲーム出来ないし、車もバイクも借りパク出来なくなっちゃうし。軽トラ、ダメにしちゃったから、新しい車が来るまでは退屈なんだもん」

「俺の価値はその程度か。解りやすくて結構だがな」

「この世で最も強いのは正義でも悪でもなんでもない。私利私欲だってことぐらい、よっちゃんも知っているでしょ?」

「まぁな。だが、それとこれとは話が別だ。俺の車もバイクも死守してやるよ」

「えぇー、けちんぼー」

「ハーレーはともかく、ドゥカティは絶対に触らせやしねぇからな。タンデムするのはみのりんだけなんだよ」

「えぇー、ずるぅーい。でもその割に、みのりんはよっちゃんにちっとも靡かないのはなんでー?」

「それが解ったら、俺はとっくの昔に……」

 二人の愚にも付かないやり取りを背に受けながら、コジロウは岩石に塞がれたトンネルを見据えていた。ライフルの弾丸を撃ち込まれた部分の岩が剥がれ、バウンドしながら転げ落ちてくる。その岩の裏面には、粘液が隙間なく貼り付いていたが、次第に鮮やかな緑色から汚らしい茶色に変色していった。

 それを切っ掛けに、岩が崩れ始めた。コジロウの拳に抉られた最も大きな岩が零れると、その周囲を囲んでいた岩が支えを失って外れ、更にその上下に填っていた岩が動き、トンネルの手前に小山を作り上げていく。程なくして流れ出した緑色の粘液は、傷だらけの道路に広がるに連れて腐臭を放ち始めた。せめて人間の姿に戻ろうとした者達もいたらしく、所々で泡立って波打ったが、放射線によって遺伝子情報を破壊されたために生まれ持った姿に戻ることは出来ず終いだった。彼らを水溜まりと同じように踏み付けてから、一乗寺はトンネルの出口を塞いでいる粘液と岩の固まりに銃口を向け、躊躇いもなく狙撃した。こちらも五発撃ち込み、薬莢が跳ねる。

 程なくして出口を塞ぐ岩も崩れ始め、鮮烈な光が差し込んでくる。一乗寺が促すよりも早く、コジロウはタイヤを出して急発進していった。壊れかけた右腕一本で頭上に降ってくる岩と粘液を振り払い、擦り抜け、二本のタイヤ痕を残してダム湖へと駆け抜けていった。一乗寺は寺坂の袖を引っ張って先を指し示すが、寺坂は一乗寺を突っぱねて愛車に戻っていった。連れない態度の寺坂に不満を零しつつも、一乗寺はコジロウの後を追い掛けた。

 目的地はすぐそこだ。



 数多の意識、数多の声、数多の情念。

 アソウギとその中に溶けた人々を喰らった伊織に飲み込まれ、つばめは自分の形を見失いかけていた。アソウギは管理者権限を持つつばめを無遠慮に溶解することはない、とは感覚で解っている。重たいゼリーのような液体が手足にまとわりついているが、ただそれだけで、鼻と口から入り込んで喉を塞いでこようとも窒息させるようなことはなかった。理屈は見当も付かないが、呼吸が出来るようにしてくれているらしい。それを踏まえると、アソウギもまたコジロウと同じ遺産であり、つばめの支配下にある物体なのだと朧気に理解出来てくる。

 けれど、アソウギには意志はない。差し出されたものを飲み込んで、受け入れて、混ぜ返して、飲み込んだ相手の遺伝子が叫ぶ姿形に作り替えるだけなのだ。コジロウのように自由に動き回ることも出来なければ、タイスウのように強固に構えていることも出来ない。状況に応じて己も変容することを求められている。そうでもなければ、遺産でありながらも、管理者権限を持つ者以外に操られることもなかっただろう。

「あなたは役割が違うんだね」

 つばめが声を発すると、喉の震えに合わせて液体が波打ち、振動が音となって粘液に塞がれた鼓膜に己の声が返ってくる。それに呼応し、アソウギはつばめの顔の周囲の粘液を分けて空間を作ってくれた。と、同時に肺と喉に充ち満ちていた粘液が引き摺り出され、嘔吐感に似た気色悪さからつばめは盛大に咳き込んだ。口の中に残っていた唾液混じりの粘液も吐き捨ててから、つばめは一度深呼吸して肺を膨らませる。

「教えて。アソウギとその中にいる皆。あんた達は本当に、こんなことをしていたいの?」

 声が聞こえる。自分を変えたかった人々の声、目の前の現金が欲しくて自分を見失った人々の声、自分というものを損なってもいいと覚悟を決めて怪人と化した人々の声、人間であることを疎んで化け物になる道を選んだ人々の声。そして、心中が剥き出しになった伊織の声。

 人間を喰わなければ生きていけない。母親でさえも喰わなければ生きていけない。どこかの誰かを喰わなければ生きていけない。人間として生まれたはずなのに、物心付く前に人間ではなくなった。人殺しを肯定することに抵抗はあれど、人殺しを否定しては自分を肯定出来ない。だから、理性も正気も情緒も損なった、化け物となって生きていく他はない。だから、人殺しを肯定出来る背景を作ってくれる父親には感謝している。伊織の血肉となってくれた母親にも、人並みに柔らかい情を抱いている。けれど。

「そう思うんだったら、なんで自分に逆らわないの?」

 誰だって腹が減る。生きていけば腹が減る。

「だったら、自分一人で死ねばいい!」

 体液の七割を補っているアソウギの自己再生能力が、決して死を許さない。たとえ細切れになろうが、アソウギがある限りは再生してしまう。そんなことが出来たなら、とっくの昔にそうしている。

「それじゃ、私がそうしてやる」

 なぜ怒る。これは俺の問題であって、お前の問題ではないだろう。そして、お前もまた俺と同じ道具なんだ。

「道具だから、管理されなきゃならないんでしょ? そのためにいるのが、この私なんでしょ?」

 だが、お前も所詮は。 

「うっるさぁああああいっ!」

 腹の底から声を張り上げ、つばめはアソウギを振り払う。顔に貼り付いた粘液を拭い去って捨てると、伊織自身を睨み付けるような気持ちで目を据わらせる。どいつもこいつもぐちゃぐちゃで、ねばねばで、べとべとで、自分自身を否定することしか始めていない。そんなことだから端金に目が眩んで、悪い方向へと滑り落ちていく。

 手近なアソウギを一掴みしたつばめは、それを力一杯握り潰した。すると、周囲のアソウギが震える。怯えたように脈動し、粘液の壁がほんの少しばかり遠ざかる。

「ろくでもない人生自慢だったら、私に勝てるとは思うなよ? 理不尽な人生自慢も、不幸自慢も、どんな自慢も全部まとめて掛かってきやがれ! 子供に説教されて恥ずかしいって思ったな? じゃあまだ救いはあるじゃんか、感覚はまともってことじゃないか! このドログチャな状態が嫌だとか辛いとか面倒だとか苦しいとか思っているんなら、どいつもこいつも私の支配下に入りやがれ! それが嫌ならっ!」

 フルパワーのコジロウと戦わせて一滴残らず蒸発させてやる、とつばめは親指を立てて首根っこを断ち切る仕草をしてみせた。途端にアソウギの脈動が早まり、色が変わっていく。緑色から黄色へ、黄色から青色へ、青色から赤へ、目まぐるしく変貌する。結局、怪人と化した人々に共通しているのは、現実逃避したいが死ぬのは怖い、ということだ。伊織にしても、状況に流されてばかりだ。つばめは、腕を組んで仁王立ちした。

 他の怪人達とアソウギはともかく、伊織はつばめに屈するつもりは更々ないようだった。同情心を煽るようなことを言ったのは一時だけで、またいつもの調子に戻ってしまった。だが、その方がやりやすい。つばめの方も全力で伊織を嫌いになれるからだ。敵対関係にあるのだから、それが自然だ。

 本番はこれからだ。



 一方、その頃。

 アソウギとつばめを体内に取り込んだ伊織が、ダムの通路を塞ぐほどの巨躯に変貌していた。つばめとアソウギ、そして伊織らとの内なる戦いを知り得ない者達は、怪人から怪獣となった青年を見上げていた。白煙を上げながら駐車場を駆け抜けてきたコジロウはダムの通路に入ったが、巨大な軍隊アリを目の前にして動作が止まった。全長十メートル前後はあろうかという軍隊アリは、ぎぎぎぎ、と節々の関節を軋ませながら顎を上げる。体積が膨張した影響で重量も増えたのか、六本足が噛み付いているコンクリートの欄干に少しばかりヒビが走っていた。

 吉岡りんねの体液を用いた巨大化よりも完成されているのは、火を見るよりも明らかであった。あの時の伊織は軍隊アリのスケールを引き延ばしただけに過ぎなかったが、今回の伊織は昆虫と人間の利点を同時に取り込んでいた。腹部に一対の足を残してはいるが、四肢は人間のそれだった。背部からは一対の薄く透き通った羽が生え、触角は短いが鋭敏で、あぎとの隙間から垣間見える口は膜が変形して唇を作っていた。複眼はヘルメットのように頭部の上半分を覆い、死角は一切ない。進化を遂げた虫だった。

「わぁお、すっげー!」

 コジロウに遅れて現場にやってきた一乗寺は、子供っぽく感嘆した。ヘビ男こと羽部鏡一は軍隊アリとコジロウの戦闘に巻き込まれないようにと早々にダムの通路から退避しようとするが、不意に痙攣し、動けなくなった。緩んだ縄のようにアスファルトに這い蹲った羽部は、必死に胴体を曲げようとするが、肉も骨も羽部自身の意志に逆らってあらぬ方向に曲がってばかりいる。そんな羽部を、一乗寺はスナイプライフルの銃口で小突く。

「何やってんの、お前?」

「クソお坊っちゃんは本当にクソだなぁっ、おかげでこの僕までとばっちりをっ」

 羽部は一乗寺の銃口から逃れようと暴れながら、毒突いた。コジロウは伊織を上から下まで丹念に走査し、その胸部に忘れもしない大きさの熱反応があることに気付いていた。つばめだ。だが、伊織の体内に収まったつばめを救出しようにも、コジロウの強度が足りていなかった。最初の戦闘で破壊された左腕は自己再生機能を使って修理出来るような破損段階ではなく、右腕も駆動系に若干の不具合が生じている。両足に装備してあるタイヤも最大限に加速して移動してきたために、かなりガタが来ている。両足だけで戦うことも不可能ではないが、伊織の外骨格の分厚さはどう少なく見積もっても十センチはある。それを破壊するためには、腕力も欠かせない。

「ふはははははははっ! さあ我が息子よ、長年ってほど長年ではないけど一応そう言っておいた方が格好が付くから言っておくが、長年の悲願を達成するのだ! さあ、ダムへ飛び込んでその身を溶かし、下流の住民を怪人化させてしまうがいい! 一服盛ってダムの関係者を全員黙らせておいたが、彼らが目覚めるまではそれほど猶予は残されていない、行政にでも通報されたら取水制限が行われて計画は台無しだ! だから、その前に!」

 藤原はマントを翻して高らかに叫ぶが、伊織は反応しなかった。ん、と藤原は首を捻る。

「おい伊織、どうした我が息子よ、せめてリアクションしてくれないと、お父さんは寂しいじゃないか」

「一発ぶち込んどく?」

 一乗寺がスナイプライフルを構えようとしたので、コジロウはそれを制した。

「つばめが敵の体内に捉えられている。よって、ウラン弾を用いるのは得策ではない」

 コジロウの言葉を聞いた途端、わぁっ、と羽部が文字通り飛び退いた。ダムの通路から脱して駐車場まで一気に後退した羽部は、手近な車を遮蔽物にして身を隠した。藤原も身動いだが、胸を押さえてその場に留まった。

「いやいや大丈夫だ、羽部君。即死するわけじゃないぞ、じわじわと寿命が縮むだけだぞ」

「そりゃそうでしょう、社長は真人間なんだから! でも、この優れすぎている僕は違うんですからね!」

 ひいぃっ、と羽部は慌てて逃げようとするが、体の自由が効かないので思うようには逃げられなかった。一乗寺は羽部を指し示してコジロウに向くが、コジロウは一乗寺も羽部も意に介さなかった。逃がしちゃっていいものかねぇ、と一乗寺は不満を抱きつつ、通常の弾丸を込めた愛銃で無造作に羽部を撃った。二発撃って一発命中し、ヘビ男の頭部に穴が空いて液体が飛び散ったが、羽部は少しつんのめっただけで倒れもせずに這い進んでいった。

 伊織と真正面から向き合ったコジロウは、両足を歩行形態に戻して歩み出した。タイヤを使用すればバーストして使い物にならなくなる。破損した左腕の根本から過電流を放出して攻撃することも可能だが電圧を安定させられる保証はなく、コジロウ自身が爆砕するかもしれない。右腕は打撃を放って一撃で破損しなければ御の字という程度であり、パワーゲインもかなり落ち込んでいる。両足は使えるが、上半身のフレームにまで響きかねないダメージが影響して安定性がいくらか失われている。それでも、コジロウは戦わなければならない。

 腰を落として右腕を引き、無限動力炉、ムリョウから高じたエネルギーを機体に満たしていく。元々コジロウの機体とムリョウは釣り合っていない。お互いを騙し騙し、余剰エネルギーを廃熱と共に放出しながら、加減をして動かしている。しかし、今はそんな加減をしている場合ではない。満身創痍のコジロウに出来ることは自爆覚悟の一撃離脱攻撃だけであり、敵の隙を探している余裕もなければ時間もはない。つばめが伊織の体内に囚われてからの時間が長ければ長いほど、つばめのダメージは増していく。この瞬間でさえも。

 ゴーグル型のアイセンサーが力強く輝き、泥水に汚れたマスクフェイスが赤い光の輪郭を帯びる。関節が馬鹿になっているために拳の形から開けない右手の拳を掲げて、巨躯の怪物を睨み付ける。伊織は近付いてくる。複眼を覆う透明の外骨格もまた厚く、初夏の山の新緑とダム湖の濃い青を映し込んでいる。ぎぃぎぃ、と鳴き声というには耳障りな軋みを漏らしながら身を乗り出してくる。巨躯故に動作が若干鈍くなっている爪を曲げ、コンクリート壁から剥がし、平手打ちをするかのようなモーションで振り上げる。その瞬間に、コジロウは全てのセンサーを使い、伊織の弱点を見計らう。全ての情報を集約し、全ての力を尽くす。

「この俺に勝てるとか思ってんじゃねぇよ、クソが」

 外骨格の分厚さは部位によって多少の違いはあれど、均等だ。だが、その一部分だけが抉れていた。巨大化するためにアソウギの能力を全て回したからか、勝利を確信したが故の伊織の気の緩みか、或いはつばめの計らいなのか。いずれにせよ、これを見逃す手はない。腰関節を鈍く擦らせながら捻り、パワーを溜める。

「一度俺に負けた奴が、勝てるわけねぇだろうがぁあああっ!」

 伊織は甲高い笑い声を上げながら、断頭台に振るギロチンの如く爪を振り下ろす。左上足が振り下ろされて爪がコンクリートに食い込んだ一瞬の隙を見逃さず、コジロウは駆け出した。伊織の左上足の肘に当たる関節を蹴って曲げ、姿勢を崩した後、欄干が砕けるほど強く蹴り付け、軍隊アリの胸元へと跳躍する。

 コジロウの拳が杭のように突き立てられたのは、彼の左足のタイヤが摩擦で削った部分だった。小さな焦げ跡に過ぎず、穴と呼べるほどの傷口ではなかったが、それは今し方までのことだ。コジロウが機体が分解する寸前まで高めたパワーを込めた拳は陽炎を纏うほどの高熱を持ち、同時に両足のつま先を胸部と腹部の隙間に突き立てて惜しみなく破壊力を注ぎ込んでいった。折れ曲がりかけている両足のエグゾーストパイプからは猛烈な排気が吹き上がり、一瞬、視界が奪われる。金属の破砕音が起き、コジロウの右腕の外装がひび割れ、歪み、右の拳の手首が右腕に埋没していく。それが肘から上腕に至り、右腕の肩の根本のジョイントが潰れて弾け飛ぶ。その破片が彼の右耳のパトライトを貫通し、赤い塵に変える。マスクフェイスの塗装が自身の廃熱で焼け、黒ずんでいく。

 そして、遂に右腕が破損した。今し方まで上体を支えていた右腕を失い、コジロウは大きく仰け反る。それを伊織が鬱陶しげに振り払い、あぎとを打ち鳴らして威嚇する。が、身を乗り出しかけた時に動きを止めた。

「……あぁ?」

 胸部の外骨格に、穴が空いていた。コジロウの白と黒に塗装された右腕が外骨格を貫き、その穴からアソウギと怪人が混ざり合った粘液が漏れ出していた。伊織はそれがすぐに塞がるものだと思ったのか、傷口に爪も添えずに両腕を失って蒸気を噴いているコジロウに迫ってくる。粘液の帯がコンクリートの上に伸びていく。

「あらよっと」

 前触れもなく一乗寺がスナイプライフルを発砲し、ウラン弾を伊織の体内に撃ち込んだ。コジロウはそれを制することも出来ずに横たわっていて、首を上げるだけで精一杯だった。あの弾丸がつばめに当たりでもしたら、ということを一乗寺はそもそも考えたりしないのだ。伊織は先程以上に鬱陶しげに傷口を払ったが、直後、突っ伏した。

「うぐぉうっ!?」

 上両足を使って這いずろうとするが、その上両足の爪が崩れ落ちて溶けた。更に下両足が溶け、中両足も溶け、頑強な黒い外骨格も次第に柔らかくなっていく。あぎとが脱してコンクリートに転げるも、硬い衝突音はしなかった。触角が落ちて複眼が窪み、振り上げた首も根本から崩れ、落ちた。粘液の水溜まりに変貌していく伊織を眺めて、一乗寺は楽しげににこにこしている。羽部は最早どこに行ったのかも解らないが、藤原は退避しようとせずに息子の醜態をじっと見据えていた。伊織は懸命に体を起こそうとするが、粘液が広がる一方だった。いつしか、アソウギの海は川となり、ダムの通路の端から端まで行き渡っていた。

 粘ついた川の中で唯一形を保っていたのは、つばめだった。制服は袖も胸元も切り裂かれて血が滲み、髪も服も体に貼り付いていて悲惨極まりない状態だったが、生きていた。ツインテールは髪にまとわりついた粘液の重みで解けてしまったのか、ただのロングヘアとなって肩に届いている。つばめは顔の粘液を振り払ってから、立ち上がろうとするも、アソウギの川が思いの外深かったので躓いてしまった。

 つばめを視認した途端、倒れていたコジロウが立ち上がった。両足のスラスターから出せる限りの熱と風を放ち、粘液の水面に波紋を作りながら飛行し、アソウギの川に倒れ込みそうになったつばめを胸で支えた。

「熱うっ!?」

 コジロウの熱さに驚いてつばめが飛び退くと、コジロウは着地した。粘液の川から猛烈な蒸気が上がる。

「緊急事態に付き、廃熱が完了していなかったのだ」

「色気の欠片もないなー、相変わらず」

 お互い様だけど、と言いつつ、つばめは前髪を絞って粘液を取り払った。アソウギの粘液による薄膜が肌に付いていなければ、コジロウの胸に受け止められた瞬間に顔に火傷をしていたことだろう。それについては感謝すべきだ。コジロウは粘液の中を重たく歩いて右腕を拾おうとするが、左右の腕を失っているので無理だった。

「ね、コジロウ。この人達とアソウギって回収出来るよね?」

 つばめが腕組みすると、コジロウは右腕を拾うことを諦めて姿勢を戻した。

「タイスウを使用すれば可能だ。タイスウの本来の用途は遺産の保存、及び保護だ」

「でもって、タイスウに入れておけば、いつか必ず元に戻してあげられるよね?」

「アマラを使用すれば可能だ。アマラは無限情報処理装置であり、その能力がなければアソウギと同化した人間の遺伝子情報を選り分け、再編成し、人間として再構築するのは不可能だ」

「ふーん。で、そのアマラってどこにあるの?

 私が持っているものじゃないよね?」

「現在、アマラの所有者は不明だ。よって、捜索した後、回収する必要がある」

「ふーん。じゃ、あっちの小父さんに訊いてみようか」

 つばめは腕組みを解いて腰に当てると、藤原を見やった。が、藤原はすぐに腰を引いた。

「いや知らんぞ! 私は断じて他の遺産については知らんからな! なんだったら、会社の裏金を懸けてもいい!」

「でも、他のことは色々と知っているよねぇ? 知らないわけがないよねー?」

 一乗寺は笑顔を保ちながら、藤原の襟首を掴んで軽々と足を浮かせた。身長こそ一乗寺よりは低いものの、藤原は中年男性らしくがっしりしているので体重もそれ相応に重たいはずなのだが、一乗寺の腕力はそれを上回るようだった。藤原は一乗寺の手を緩めようとするも、出来ないと知ると抵抗しなくなった。

「……だが、私が知っていることなど大したことじゃないぞ。いや本当に」

「それでも、捜査資料にはなるんだってば。じゃ、調書取ってやるから。主にすーちゃんがね」

 んじゃ連絡しよ、と一乗寺が携帯電話を取り出して操作し、通話した。足元を埋め尽くしている粘液が気色悪いので、つばめはコジロウの膝を借りて欄干に腰掛けた。といっても、手すりの内側なので、仰け反らない限りは落ちる心配はない。アソウギに溶けた伊織の生死は不明だが、この様子では当分は動けないだろう。羽部の行方も不明だが、見つかるのは時間の問題だ。後は、政府関係者か寺坂にでも頼んで、金属の棺、タイスウを奥只見ダムまで運んできてもらえば事は終わる。その後はお風呂に入って、体を綺麗にしよう。

 不意に、一乗寺がライフルを構えた。だが、一乗寺が引き金を引く前に、どこからか放たれた一条の光が藤原を呆気なく貫いた。悪役じみた衣装と共に胴体に穴が空き、その背後のアスファルトにも黒い穴が穿たれた。藤原はたたらを踏んで後退り、倒れ、それきり動かなくなった。

「ちぇー、取り逃がしちゃったぁー。しっかし、なんつー射程距離だよ。今度はどこのどいつだ、うん?」

 一乗寺は残念そうに唇を尖らせ、硝煙の昇る銃口を下げた。あまりのことに呆然としたつばめは、欄干から滑り落ちてアソウギの川に座り込んでしまった。つい今し方まで生きて喋っていた人間が撃たれ、動かなくなる光景を目の当たりにしても平然としていられるはずがない。コジロウはつばめの前に膝を付くと、腕を差し伸べようとするが、どちらの腕も破損していたので上体を傾けてきた。

 廃熱が行われても尚熱い、コジロウの肩装甲に縋りながら、つばめは震える奥歯を食い縛った。焼け焦げているが本来の形を保っている翼のステッカーには日常が残っている気がして、つばめはそのステッカーに手を添えた。一乗寺が呼んだのであろう政府のヘリコプターが下りてくるまでは、つばめは身動き一つ出来なかった。アソウギに溶けた者達は、ほんの一時ではあるが命を預けた相手である藤原忠が殺害されたことで動揺しているのか、不安そうに波打っていた。そんな中、アソウギの川から一切れの粘液が分裂し、緩やかに放流されている水流に落ちていったが、現時点ではそれに気付く者は誰一人としていなかった。

 つばめもまた、その一人だった。



 別荘に届いた報告は、大方の予想通りだった。

 誰もがフジワラ製薬の敗北を予期していたとはいえ、競争相手であったとはいえ、寝食を共にした間柄の者達がやられたと知ると少なからずショックだった。別荘の住人達は率先して私語を交わすほど仲を深めていたわけではないので、食卓が静まり返っているのは常ではあったが、空気はどこか重苦しかった。伊織と羽部が食卓に付くことはないのだと解り切っているから、二つ空いた席には最早皿すらも並べられなかった。黙々と味の悪い料理を口に運ぶりんねの面差しも、無表情ではあるが強張っていた。道子は二人の席を見ては気まずげに目を逸らし、高守は自分の皿だけを注視し、ベランダの外にいる岩龍は項垂れて肩まで落としていた。武蔵野はそんな面々を横目に、夕食を詰め込んで早々に席を立った。

 愛車のジープを走らせて夜道を進み、峠道の片隅で停車した。アイドリングさせたまま、エンジンの余熱が籠もるボンネットに腰掛けていると、エンジン音がほとんどしない電気自動車が静かに近付いてきた。ライトを消してから下りてきた運転手は、武蔵野に背を向けて話し出した。

「仕事は上手くいった。仮装大会も終わったよ」

「小娘と、その道具はどうした」

「超合金もスライムもおもちゃ箱に入れて持って帰った。綺麗さっぱりな」

「光線銃は?」

「一度撃てたが、一発で壊れた。スナイパーの腕は良かったから、損害が勿体ないな」

「解った。俺の方は引き続き仕事を続ける。そっちも続けてくれ」

「それと、もう一つ」

 ジープに戻ろうとした武蔵野の背に、運転手の男が付け加えた。

「人形遊びが始まっている」

「解った」

 武蔵野はそう返し、ジープに乗り込んだ。運転手の男も自分の車に戻ると、静かに発進した。赤いテールランプがカーブの先に消えるのを確認してから、武蔵野は愛車のアクセルを踏んでエンジンを高ぶらせた。あの情報が確かだとすると、今後も厄介なことが続きそうだ。だが、他の企業が表立って動き回ってくれれば、吉岡グループや佐々木つばめの注意はそちらに向き、新免工業は水面下で行動出来る。

 車通りも人通りも一切なく、古びた街灯が一本だけ立つT字路に差し掛かった。武蔵野は一時停止した際にふとバックミラーを見上げ、目を剥いた。思わずシートを乗り越えて後部座席を確認したが、そこに誰もいないのは自分自身がよく知っている。バックミラーとサイドミラーを今一度確認した後、武蔵野はアクセルを踏んだ。

 こんな夜中に、見知らぬ少女が乗り込んでくるはずもないのだから。

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