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ドールの衣を借る狐

 リニア新幹線の乗り心地は、良くも悪くもなかった。

 設楽道子はグリーン車の広々とした座席に身を沈めながら、車窓を過ぎ去っていく田園風景を眺めていた。どの田んぼも田植えが済んでいて、ほんの小さな稲にたっぷりと水を吸わせるために張った水に冴え冴えとした青空が映り込んでいた。生々しく鮮やかな息吹の色合いだ。秋になれば、稲は頭を垂れて金色に輝くのだろう。

 一ヶ谷駅から出発したリニア新幹線は、東京に向かって滑らかに走行していた。従来の新幹線に比べれば揺れもかなり軽減されていて、高出力の電磁力を漲らせたレールの上に浮遊しているのでレールを乗り越える際に起きる震動もなく、騒音もモーター音程度だ。だが、巨大な車両を浮かび上がらせるほどの凄まじい電磁力によって発生する不規則かつ暴力的な電磁波の影響で生まれた公害は少なくない。リニア新幹線が通過するたびに巻き起こる小規模な電磁嵐で精密機械が壊れたという話は数多くあり、サイボーグの線路技師がボディの換装と同時に転職を余儀なくされた、という話も頻繁に見かける。どんなに優れた技術にも、一長一短があるものだ。

 道子はそんなことを考えながら、久々に袖を通した私服を見回した。吉岡りんね直属のメイドとなったのは四ヶ月前のことであり、それ以来、ほぼ毎日メイド服を身に付けていた。安っぽいコスプレのようなミニスカートとフリフリのエプロンにニーハイソックスでハイヒール、という格好ではなく、理に適ったブリティッシュメイドなので道子もそれなりに気に入っている。肌を見せない服装は関節の繋ぎ目も見えずに済むから安心出来るから、というのもある。

 このリニア新幹線は八両編成で座席数は一三二四席だが、繁忙期でもなければ通勤通学の時間帯でもないので六割程度しか座席が埋まっていない。その八〇〇〇人弱の乗客の一割、つまり八〇〇人程度の乗客からは、サイボーグの固体識別信号が微弱に発進されていた。通常、サイボーグの個人情報は管理会社によって特に厳重に守られているものなのだが、道子に掛かればいかなるセキュリティプログラムも薄膜も同然だ。だから、少し考えただけで管理会社のコンピューターに進入出来る。彼らがサイボーグ化した原因の事故や病気を洗い出せるだけではなく、そこから経由して個人の携帯電話やパソコンの記憶容量にも進入出来る。暇潰しとしては最高だが、趣味としては最悪だ。そんなことをしたくなければ考えなければいいのだが、意識しなくとも思考が働き、遺産が動く。

 八〇〇人弱のサイボーグの個人情報を徹底的に洗い出し、ハルノネット本社のデータベースに転送しているうちに、リニア新幹線は東京駅に到着した。切符の代わりにクレジットカードの機能を搭載している携帯電話を自動改札に翳し、料金を自動引き落としさせてから、改札を抜けるとハルノネットの社員が待ち構えていた。

「お待ちしておりました、副主任」

 リクルートスーツに身を包んだ若い女性だったが、一目見てサイボーグだと解った。なぜなら、顔が道子と全く同じだからだ。だが、それは珍しいことでもなんでもない。サイボーグボディのフェイスパターンをオーダーメイドすると、法外な料金が掛かるので、顔の基本骨格はいじらずに部品だけを少し調節して生前に似せるのが定番だからだ。実際、道子と同じリニア新幹線から降りてきたサイボーグの女性達は揃いも揃って同じ顔をしているが、彼女達は別方向に行き、それぞれの乗り換え口に向かっていった。

「私の役職、いつからそれになりましたっけぇーん?」

 道子は女性社員と連れ立って歩き出しながら肩を竦めると、女性社員は一枚の書面を取り出した。

「昨日付で、設楽さんはサイボーグ技術課の副主任に昇任なさったんです。その際に、昇進手当も出ました」

「もしかしてぇーん、私が私用で使ったお金を補填してくれたりしたんですかぁーん?」

 道子はその一枚の書類を奪い、舐めるように読んだ。確かに、昨日の日付で、道子がハルノネットのサイボーグ技術課の副主任に昇進したことが書き記されていた。人間の目で見れば一文字も印刷されていないただのコピー用紙なのだが、サイボーグの目を通してみると重要な書面が印刷されている。ハルノネット本社から転送されてくるデータが視覚情報に割り込んできているからだ。ただのコピー用紙の端を捲るように指を動かすと、情報のページが更新されて次の書面が現れた。その内容は、辛辣であり的確だった。

 ハルノネットには全てがお見通しだった。吉岡一味が佐々木つばめ攻略に立て続けに失敗していることも、別荘にフジワラ製薬の研究員であり怪人である羽部鏡一が参入したことも、道子が金と引き替えに羽部鏡一からつばめの生体組織を得たことも、道子の料理が壊滅的に不味いことも。個人情報保護法など最初からあるわけがないのだ。仮想現実空間に存在する四枚の電子書類の末尾に、道子が羽部鏡一に渡した多額の預金と同額の昇進手当が振り込まれる期日が記載されていた。ありがたいような気もするが、癪に障った。

 東京駅前のロータリーでは、見るからに高級な黒塗りのハイヤーが待っていた。女性社員がドアを開けてくれたので道子は後部座席に乗り込むと、女性社員はドアを閉めた後に立ち去った。近隣にある支店で働いている店員を迎えに来させたのだろうが、正直言って余計な御世話だった。ハルノネットの本社なんて、視覚センサーを切っていても到着出来る。道中で他の企業や団体に襲われたとしても、やり返してやるものを。

 十数分のドライブを終えて、ハイヤーはハルノネット本社に到着した。見上げるほど高いミラーガラスのビルには、常時ホログラフィーが投影されていて、購買意欲を煽る広告が躍っていた。ハルノネットが売り出したばかりの最新機種の携帯電話からサイボーグボディに欠かせない保険から子会社の食品まで様々で、絶え間なく映像と文字が切り替わっている。周囲のビルも似たようなものなので、ホログラムの派手さを咎められることはない。

 中東にいても違和感のない重武装をした戦闘サイボーグの守衛に社員証を見せてから、自動ドアを抜けてロビーに入ると、本物の噴水にホログラムの飛沫が重なって、光り輝いていた。生身の社員とサイボーグの社員が忙しく行き交っていて、受付にはサイバーパンクのSF映画に登場しそうな衣装を着た受付嬢が控えていた。会社の顔でもある彼女達の顔はさすがに特別製で、人工眼球の動きや唇の柔らかさは本物と見紛う完成度だ。一目見ただけで億単位の開発費が掛かっていると解る。道子は受付に近付くと、社員証を見せた。

「サイボーグ技術課の主任、美作(みまさか)を呼び出して頂けませんかぁーん。副主任の設楽ですぅーん」

「サイボーグ技術課の美作ですね、少々お待ち下さい」

 右側の受付嬢は一礼した後、手元のコンピューターに手も触れずに操作し、十秒と経たずに答えた。

「美作でございましたら、四十八階の研究室におります。是非とも来てくれとのお返事もございましたので、どうぞ、そちらのエレベーターからお入り下さいませ」

「どうもぉーん」

 道子は受付嬢に礼を述べてから歩き出そうとしたが、ふと足を止めた。左側の受付嬢の人工眼球がほんの僅かだが動きが淀んでいた。ロビー内部を飛び交う無数の電波の一つを絡め取って情報を得てから、左側の受付嬢に顔を寄せると、人工眼球を通じた赤外線通信でダイレクトに思考を伝えた。産業スパイはもっと丁寧にね、と。

「ひっ」

 左側の受付嬢は小さく悲鳴を上げたので、道子はにっこりした。

「あなたがどこの誰なのかを探っている時間はないので特に問い詰めませんけどぉーん、その子にさっさとボディを返してやらないとぉーん、どっちの脳もオーバーヒートしちゃいますからぁー、気を付けて下さいねぇーん。あと、本社のデータベースから抜き取っていった情報は転送中は無事ですけどぉーん、転送先のコンピューターやメモリーに入れた途端にウィルスに変換されちゃう仕掛けが入っていますからぁーん、お気を付けてぇーん」

 そう言い残してから道子が立ち去ると、ロビー内にも配置されている武装サイボーグの守衛がやってきて、左側の受付嬢を抱え上げて運んでいった。社員達は足を止めてその様子を眺めていたが、すぐに自分の仕事の戻った。この業界では、電子工作に特化したサイボーグが別のサイボーグに乗り移って産業スパイを行うのは珍しいことでもなんでもないからだ。エレベーターに乗って四十八階に向かいながら、道子は窓ガラスに自分の服装を写した。

 柔らかなラインの白いチュニックにタイトなロールアップジーンズにパンプスという二十歳の女性らしい服装だが、あの男は気に入らないだろう。きっとまた、ろくでもない服に着替えさせられるのだろうが、それもまた仕事の内だ。不平不満を心中に押し込めている間にエレベーターは四十八階に到着し、ドアがするりと開いた。

 そこには異世界が広がっていた。廊下を埋め尽くすほどの大量の人形が並び、奇妙なポーズのマネキンが並び、人間に肉薄するサイボーグボディが並び、皆が皆、無機質な瞳を見開いていた。同じサイボーグである道子でさえも若干臆するのだから、正常な感覚を持つ人間では恐怖しか覚えないだろう。子供の遊ぶ着せ替え人形から高価なビスクドールから、ありとあらゆる人形が連なっている。人間に似せた形の無機物の固まりは、表情が固定された顔を同じ方向に向けている。それこそが、サイボーグ技術課の心臓部である研究室だった。

「失礼しますぅーん」

 道子は社員証をドアの認証装置に当ててロックを開き、室内に入った。ここもまた人形に埋め尽くされていたが、天井からは新機構を搭載した試作品のサイボーグボディが数体ぶら下がっていて、不気味さを増していた。

「いらっしゃい、道子ちゃん。お待ちしていたわ」

 骨格が剥き出しのサイボーグボディを掻き分けて振り返ったのは、この部屋の主、美作彰だった。だが、その声はひどく裏返っていて、毛糸の髪を持つ布製のカントリー調の少女の人形を顔の前に翳していた。人形のパフスリーブの肩越しに覗いた切れ長の目は、道子の格好を上から下まで見回した後に不愉快げに顰められた。

「そんな服、道子ちゃんには似合わないわ。とても素敵なお洋服があるのよ、お着替えしましょう?」

「そんなことないですよぉーん、至って普通ですよぉーん」

 道子は笑顔を保ちながら言い返すが、美作は聞く耳を持たなかった。サイボーグボディの研究室に不釣り合いなバロック調のクローゼットを開けて次から次へと衣装を出しては、道子目掛けて放り投げてくる。コルセット、パニエ、ヘッドドレス、ブーツ、ガーターベルト、日傘、などなど。道子は仕方なくそれらを掻き集めた。

「ではー、ボディを換装してからこれに着替えてきますぅーん」

「換装する必要なんてないわ、そうでしょう? だって、道子ちゃんのプロポーションに合わせたお洋服なのよ?」

 美作はクローゼットからサイボーグ用の化粧道具を取り出しつつ、やはり裏声で言ったので、道子はむくれた。

「だからぁーん、私は定期点検に来たんですよぉーん。そのついでにぃー、御嬢様の動向を御報告にぃーん」

「……ああ、そうだったのね」

 カントリー調の少女人形ではなく未来的なデザインの美少女フィギュアを手にした美作は、そのキャラクターに合わせたクールな声色を出した。

「だけど、君の外泊がたった一泊二日なんて、あの御嬢様も随分としみったれているのね。一週間ぐらいは休暇を与えてほしいものだわ。そしたら、道子をオーバーホールするついでに改造してあげるのにね」

「余計な改造はしないで下さいねぇーん、アレが拒絶反応を起こしちゃ困るんでぇーん」

 道子が頭部を指すと、美作はボーイッシュな美少女フィギュアに持ち替え、声色も微妙に変えた。

「アマラの情報処理能力が急激に向上した原因についても報告書を上げておいてくれないか。そのせいで昨日から本社地下のスーパーコンピューターがやかましいんだ。おかげで仕事は随分と捗ってくれたが、無駄な仕事も増えてしまった。適当に書いて報告書を上に提出してきてくれないか、無駄な仕事を始める前に」

「お仕事ってぇーん、つばめちゃん絡みじゃないお仕事ですかぁーん?」

 道子は試作の部品が山積みになっているデスクに付くと、パソコンを起動させて報告書を手早く書き始めた。

「いいえ、そんなことはありませんわ。また、あの娘絡みなのですわ。あの小娘のボディガードの警官ロボットが整備のために都内に輸送されましたでしょう? 整備が終わった頃合いに襲撃して、休止状態のロボットを奪取してくれって命令を下されましたのよ」

 美作はいかにも高価そうなスーパードルフィーをそっと抱えると、金髪碧眼で純白のドレスを着た人形に合わせた口調と声色で喋った。それを大事そうに胸に抱きかかえたまま、研究室を後にした。この性癖さえなければ、美作は女にも金にも不自由しないだろう。西洋人じみた整った顔立ちと一八〇センチを越える長身は魅力に溢れ、性別を問わず人目を惹く外見だ。優秀なサイボーグ技師として表舞台に立てるだろうし、世界的にもその才能を生かせるだろうが、彼は何がなんでも人形遊びを辞めようとしない。それどころか、人形を使わなければ他人と会話することすら覚束無い。出来れば関わり合いになりたくない相手だが、道子の場合はそうもいかない。

 道子の脳内に埋め込まれている銀色の針は、他でもない遺産の一つである。その名をアマラといい、直径二ミリ、全長七センチという矮小な物体でありながら、スーパーコンピューター一万台分に相当する演算能力を持つ脅威のオーバーテクノロジーなのだ。だが、その針で崩れかけた脳を支えている道子であろうとも、アマラの能力を上手く生かせていない。そもそも道子は佐々木家とは何の血縁もなく、ただ単にアマラが道子を受け入れてくれた、というだけなのだ。そして美作は、アマラを内包する道子の脳を受け止められる情報処理能力を持ったサイボーグボディを開発してくれるばかりか、仕事に見合ったコンディションにメンテナンスしてくれる。

 美作のストイックな研究がなければサイボーグ技術の発展はなかった。美作が死にかけていた道子の脳に銀色の針を埋め込んでくれなければ、サイボーグボディを与えてくれなければ、道子は長らえていない。だから、美作には最大限に感謝するべきなのだが、その特殊な性癖も相まってそんな気持ちになれない。

 道子は美作の人形だからだ。



 都内某所。

 噎せ返るほど濃密に漂うタバコの煙を払い、周防国彦は顔をしかめた。いつ来ても、ここはこんな調子だ。せめて換気だけは徹底してくれ、と毎度ながら思ってしまうが、この部屋の主にその気がなければどうしようもない。ヤニの匂いが染み付いた機械部品が山と積み重なり、有象無象のデータが詰まった無数のディスクが机の上でタワーを成し、視界を阻んでいた。埃が分厚く積もったブラインドから差し込む日光が、濁った空気を切り裂いている。

「おい、柳田(やなぎだ)!」

 周防が声を上げると、窓際の机に向かっていた人影がのっそりと振り返った。

「うるせぇ黙れ。集中出来んだろうが」

 タバコを銜えている唇を曲げて不躾な言葉を吐き捨てたのは、ぼさぼさの髪を引っ詰めている女だった。連日の徹夜でろくに風呂にも入ってないのか、髪はべたつき、ワイシャツの弛んだ襟元は垢染みている。ほとんど日光に当たらない生活を送っているせいか肌色は妙に白く、薄暗く汚れた室内で浮いていた。

「ちっきしょー、あの小娘。あたしが絶妙にセッティングした機体をデタラメに使いやがってよぉ」

 タバコが山盛りの灰皿にタバコの吸い殻をねじ込んでから、女は愚痴る。彼女の目の前のホログラフィーモニターには、船島集落から回収してきた警官ロボットの立体映像と細かな状態が表示されていた。識別名称、コジロウの状態は芳しくなく、機体中心部の動力部を除いてほとんどの部品に異常が現れていた。

「エンジンの出力の全部の部品が追っついてねぇんだな、こりゃ。でなきゃ、メインフレームが歪むわけがねぇよ」

 女は膝を抱えて座り、新たなタバコを銜えて電子ライターで火を灯す。着替える手間すら億劫だったのか、下半身はショーツだけという無防備極まりない格好だった。色気は皆無なのだが、周防はやりづらくなって目を逸らす。

「まともに服を着ろ、馬鹿が」

「あたしに馬鹿と言うな、脳筋馬鹿め」

 女、柳田小夜子(やなぎださよこ)は吊り上げた口角から紫煙を漏らしてから、胡座を掻いて背中を丸めた。

「で、どうする? ムリョウっつーか、コジロウを全部換装すると一週間は掛かるぞ。元々の部品に改良を加えて作り直すとなると最低でも一ヶ月だな。でないと、エンジンに負けて爆砕しちまうよ」

「敵がそこまで待ってくれるかよ。俺達は何が何でも佐々木つばめを守らないといけないんだ、巻いていけ」

「手ぇ抜けっての? んなこと出来るわけねーじゃん、あたしのプライド的に許せないしさー」

 小夜子は頬杖を付いたが、その拍子に吸い殻の山が床に零れた。

「出来る限りでいい、動けるようにして送り返してやれ。でないと、手の打ちようがなくなっちまうんだ」

 周防はPDAからホログラフィーを展開し、捜査資料を小夜子の前に見せた。

「フジワラ製薬が動き出したんだよ。あいつらは遺産を使って怪人になれるばかりか、液状化出来るんだよ。俺達はそいつらの液体が川に流されたことまでは掴んだ、というか見え見えの尻尾を掴まされたのさ。そいつを追っている振りをして多方面に手を伸ばしてみたが、フジワラ製薬が新製品を発売するってことが解った。それと、フジワラ製薬名義のタンクローリーが一台行方不明ってこともな。液体を川に流したであろう現場の下流域の水質検査と捜索を行ったが、これといって異常は発見されなかった。だから、液状化した怪人共は元々川になんか流れちゃいない、ただの時間稼ぎだったというわけさ。で、今はタンクローリーを追跡している最中だ」

「てことは何か、マッチポンプか。水質汚染した後に特効薬を発売ー、って感じ?」

 小夜子が肩を竦めると、その拍子に緩んだ襟元から胸の谷間が見えそうになり、周防はあらぬ方向を睨んだ。

「まあ、つまりはそういうことだ。小娘を連れてダム湖に行ったイチを、トンネルの中で襲ってきたのは口封じのためでもなんでもない、目的を強調するためだ。止められるものなら止めてみろ、ってところだろう」

「ふーん」

 小夜子は気怠げに捜査資料を見つめたが、にっと口角を上向けた。

「じゃ、半日で組み上げてやるぜぃ。新機構ってほどのもんじゃないけど、エンジン出力に耐えられるように設計した試作品がいくつかあるんだよなー。よっしゃ、工房に行ってくる!」

 勢い良く立ち上がろうとした小夜子を押さえ付け、まずは風呂に入って着替えろ、話はそれからだ、と周防は強く言い聞かせた。彼女は嫌そうに呻いていたが、渋々シャワールームに向かっていった。その隙に窓を開けて換気を行いながら、周防は思い切り嘆息した。柳田小夜子はロボット工学の技術者としては非常に優秀なのだが、性格に締まりがない。タバコを手放すことはなく、放っておけば二週間はまともに風呂に入らず、複雑な設計図と機械部品と睨み合ってばかりいる。だが、彼女がいなければコジロウは完成していなかっただろうし、コジロウがいなければ佐々木長光の遺産と佐々木つばめの身柄は守り通せなかっただろう。

 才能と性格は比例しないのが世の常だ。



 体が重たい。

 フリルとレースがふんだんにあしらわれた袖口から出た手は小さく、少女のそれだった。爪は桜貝のように薄く、手首は小枝のように華奢で、丸いつま先のエナメルパンプスに守られた足は頼りない。パニエとドロワーズで大きく膨らんだスカートがビル風に煽られ、趣味の悪い縦ロールの金髪を掻き乱していった。

 美作の趣味が溢れんばかりに詰め込まれた戦闘用のボディは、見た目に反した重量がしっくり来なかった。道子はゴシックロリータ調のドレスに似合わない短機関銃、S&WM26の銃床を起こして脇に挟み、赤と青のオッドアイに作られている両目を凝らして都心を見渡した。ビスクドールそのものの血の気のない肌の色に煌びやかな金髪の縦ロールが気色悪くてたまらないが、今現在、最も高性能でありながら最も小型な戦闘サイボーグはこのボディしかないのだから、我慢して使う他はない。見た目は一五〇センチ足らずの少女だが、透き通りそうなほど薄っぺらい人工外皮の下には特殊合金の積層装甲が装備され、機動力は軍用サイボーグにも劣らず、腕力もそれ相応に強く設計されている。だが、その分、バッテリーの消耗が激しいので長時間の稼働が難しいのがネックだ。外付けのバッテリーを併用すれば稼働時間は延びるが、ランドセルよりも大きいバッテリーを背負って戦うのは面倒臭いので、結局は電力の消耗を気にしながら戦う羽目になる。機体の外見よりも内部性能を改善してほしいものだ。

「全くもう」

 道子は一度瞬きしてから、意味もなく両手を蠢かせた。いつもの機体とは手足の長さが違うので、その感覚を脳に馴染ませなければ動きづらくて仕方ない。戦闘用もいつもの機体と同じ寸法で作ってくれ、と何度頼んでも、美作は聞き入れてくれた試しがない。その微妙な感覚の違いのせいで、仕事を失敗しそうになったことは一度や二度ではないのだが。だが、一度引き返して機体を換装していては時間を無駄にするばかりか、目的を見失う。

「状況の整理から始めましょっかーん」

 道子は軽く跳躍して、金融会社の屋上のアンテナタワーに飛び移った。左手の人工外皮の隙間から露出している特殊合金をアンテナに添えて軽く電流を放ち、金融会社のメインコンピューターとサーバーを盾にして偽装した後、都内の交通網と連絡網のハッキングを開始した。足が着かないように幾重にもフィルターを重ねながら、交差点の信号を乗っ取り、至るところに設置されている監視カメラから映像を取得し、街を行き交う人々の携帯電話とそのサーバーを占領してメーラーからSNSから通話までもを掌握してから、無数のサイボーグ達は補助AIのアップデート用サーバーを経由して一瞬で乗っ取れるように手筈を整えておく。

「あ……気持ちいぃー……」

 滞りなく全ての作業が終わり、道子はその快適さに身震いすらした。これまでは、銀色の針、アマラの力を持ってしてもここまでの成果は上がらなかった。ハッキングする準備だけで小一時間が掛かり、余計な手間と時間を喰ってばかりだった。だが、佐々木つばめの生体組織を体液に入れたことで、アマラの性能が際限なく引き出されるようになった。おかげで細かなセキュリティを突破する面倒もなく、アクセス元の偽装も呆気なく終わっていく。

「と、そんな場合じゃない」

 道子は気を取り直してから、集中した。有象無象の情報を分析して、目当てのものを探り当てていく。今回、道子が襲撃する対象は、佐々木つばめのボディガードである警官ロボット、コジロウだ。整備を終えて整備工場から搬出された頃合いを見計らって奇襲を仕掛ける。目的は二つ、コジロウの破壊と奪取にある。全くの畑違いではあるが、恐るべき性能を持つコジロウの構造を分析すれば、ハルノネットの今後のサイボーグ開発に役立つかもしれない。こういった事態に備えて輸送中のコジロウは機能停止されていない可能性もあるが、マスターであるつばめが傍にいないのであれば、コジロウの性能は半分も引き出されない。対人戦闘の許可すら出せないばかりか、自己防衛行動しか取れないとみていい。もちろん、政府側が手を回して護衛しているだろうが、そこは頭の使いどころだ。

「今日はぁーん、交通事故が何件起きるでしょうかねぇーん」

 輸送車の足を止める方法は簡単だ、目の前に人間か一般車両を放り出してやればいい。直接手を下して他人を殺すのは気が引けるが、間接的に殺すのであれば心は痛まない。それどころか、面白いとすら思っている。機械の体の内側に押し込められているのは人間性や欲求だけではない、快楽もだ。だから、道子にしか許されない娯楽を思う存分楽しむのは、当然の権利ではないか。

 電力、ガス、上下水道の使用量から判断して、現在都内で稼働しているロボットの整備工場は一五一二箇所。そのうち、政府と契約している整備工場は三五二箇所。政府の輸送車両が出入りした痕跡があったのはそのうちの五十八箇所だが、それを鵜呑みにするのは馬鹿のやることだ。コジロウを整備点検するための工場は、全く別の工場に偽装している可能性が高い。ロボットに限定せず、整備工場の帳簿を調べる。資金の出入りを調べる。その中で脱税をしている工場もいくつか発見したが、税務署へと帳簿のデータを放り投げてから作業を続行する。資金繰りも見えないのに稼働している上、金曜日の夜に輸送車両が出入りしている工場を特定し、更に輸送車両の運転手の顔と政府関係者の顔を照合させる。それは、警察の捜査員と一致した。

「見ぃつけた」

 道子はにんまりと目を細めると、その工場の位置を見定めた。ウェブ上の地図には、その工場と全く同じデータの地図情報がいくつも散らばっていて、誤魔化しているつもりなのだろうが、誤魔化されたところで全ての工場を侵略してしまえばいいだけのことだ。都市ガスの供給量を上げ、上下水道の水圧を上げ、電圧を上げ、通りすがりの車をハッキングしてハンドルを切らせて突っ込ませる。そうすれば、おのずと炙り出せる。

 一分も経たずに、実際の視界の隅に黒煙が渦巻いた。ガスが充満した整備工場に暴走した乗用車が突っ込んだことで火災が発生したのだ。監視衛星の映像を通じ、半壊した整備工場からトレーラーが発進したことを確認した。その台数は五台で、いずれも違う道を辿っている。だが、全てのトレーラーを調べて回る必要はない。

「あ、ほいっと」

 道子は片目を閉じて監視カメラの映像を捉えながら、一台目のトレーラーの目の前に一般人を転がした。大した仕掛けはしていない、携帯電話の電圧を変えて痺れさせてやっただけだ。今し方まで下らない話をしていた若い男がトレーラーの前に投げ出されると、赤黒い肉片に変わり果てて汚い筋が長く引き摺られ、通行人が悲鳴を上げる。すると、一台目のトレーラーから警官ロボットが飛び出してきて、すぐさま交通整理を始めた。

「なんだぁ、外れだ」

 ナンバリングと固体識別信号ですぐに解った、これは普通の警官ロボットだ。そんなものに用はない。道子はすぐに二台目のトレーラーに意識を向けると、交差点に差し掛かったタイミングに合わせてバイクを突っ込ませた。運転していたのは中年の男だったが、眼病で損なった視力を補うために眼球だけをサイボーグ化していたので、視界を塞ぐだけでよかった。バイクごと弾き飛ばされた中年の男はガードレールに激突し、半身が金属板に削ぎ落とされ、辺りに血と臓物と撒き散らしながら絶命した。二台目のトレーラーから出てきた警官ロボットもまた、ナンバリングが施されていて固体識別信号を放っていた。これもまた外れだ。

「じゃ、次」

 三台目のトレーラーに気を向けた道子は、人身事故ばかりでは面白くない、と思い、トレーラーが渡ろうとしている私鉄の踏み切りをハッキングして固定させた。トレーラーのコンテナが踏み切りの中程に来たタイミングで、警笛を鳴らしながら接近してきた電車を加速させる。同じく踏み切りを渡ろうとしていた軽自動車をアルミ缶のように潰した後、電車はくの字に折れ曲がって線路からはみ出した。コンテナから零れ落ちたのは肉塊と化した政府関係者と、一瞬前まで新品だった警官ロボットだったが、こちらもまた踏み潰されたプラモデルのように壊れていた。コジロウはそれほど脆弱ではないので、これも外れだ。

「んー、じゃ、次かその次か」

 道子は事故現場を見つめている監視カメラから意識を引き戻し、四台目と五台目のトレーラーに向けた。四台目のトレーラーは暗号回線を使った無線機で警察と連絡を取り合いながら関越道に乗ったが、五台目のトレーラーは国道沿いのルートを選んでいる。高速道路に入ったことで加速しつつある四台目を追い詰めるのも、国道の渋滞に引っ掛かっている五台目を適当な事故に遭わせるのも、難しいことではないのだが、すぐに終わらせては退屈だ。いっそのこと、直に叩き潰してやるのもいいかもしれない。

 これもまた、人形遊びの範疇だ。



 生きた心地がしなかった。

 トレーラーのコンテナに身を潜めながら、周防は詰めていた呼吸をそっと緩めた。背中で庇っていた小夜子もまた身を固くしていて、タバコのフィルターをきつく噛み締めている。彼女の弱い吐息が聞こえた頃合いに、周防の耳に差し込まれているイヤホンから報告が入った。積み荷と行き先を偽装したトレーラーの乗員の死傷者数と、一般人の死傷者数だった。合算して三十人以上が被害に遭い、その半数が死んでいる。遠慮もなければ躊躇もない。

「これが全部、設楽道子っつーサイボーグ女の仕業だってのか?」

 小夜子は汗ばんだ手を作業着のズボンで拭ってから、キーボードを叩き始めた。

「そうだ。どれだけセキュリティを強くしようが全然効かないんだよ、あいつにだけは。コジロウの整備をしろと命令が来た時から、人的被害が出ることは予想出来ていたが、遠慮がなさすぎやしないか。これじゃ、俺達がいくら対策を立てようとも無駄じゃないか。どいつもこいつも、人の命を何だと思っているんだ」

 まるで魔女だ、と周防が吐き捨てると、小夜子は口角を上げて湿ったフィルターを曲げた。

「でも、その魔女っ子も氷山の一角なんだろ? うひょー、たっまんねー!」

「イチみたいなことを言うな、寒気がする」

「で、そのイチは佐々木の小娘に被害が出るかもしれねーってこと言ったのか? んなわけねーか」

「イチは俺達とは根っこから違うからな。あいつに良心を期待する方が馬鹿だ」

「だよなー。イチは何人殺しても罪に問われないから政府側にいるってだけで、それがダメになっちまったらすぐに寝返っちまうだろうしなー。ま、宇宙人だし?」

「だが、宇宙人じゃなきゃ使い物にならないのも事実だ。設楽道子にしたって、常人じゃまず相手に出来ん」

 周防がぼやくと、小夜子は指の動きを止めずに言い返す。目まぐるしく、設定と調整を繰り返していく。

「だから、コジロウが完全に独立してんだよなー。ちょっとでも何かの回線に接続しちまうと、すぐにサイボーグ女がすっ飛んできてハッキングしちまうからなー。他の機体と同調出来ないってのは警官ロボットにとっちゃネックだが、そうでもしねぇと即アウトだしな。下手すると、充電するだけでアウトなんじゃねーの?」

「そりゃないだろう、さすがに」

「有り得ないことが出来るのが遺産だって身に染みているだろ、すーちゃんも」

 小夜子は目を上げ、車体の揺れに合わせて上下するコジロウを見やった。小夜子の膝の上にあるノートパソコンを始めとした様々な機械に太いケーブルで接続されており、ビンディングで固定された手足には力が入っていない。白バイのタンクを思わせる形状の胸部装甲が開かれ、無限のエネルギーを生み出す動力部が露出していた。心臓の大動脈を思わせる二本のケーブルが突き刺さっているのは、奇妙に捻れた球体の金属だった。さながらメビウスリングの穴を埋めたかのような外観だが、正体と構造は誰にも解らない。ただ一つ解っていることは、この金属を目覚めさせて底なしのエネルギーを発生させる権限を持っているのが、佐々木つばめということだ。

「ひっでぇ」

 小夜子の掠れた呟きに、周防は拳銃を握り直す。

「ああ、ろくでもないことばかりだよ、この仕事に就いてからは。コジロウの調整が終わり次第、柳田は元の部署に帰れるからまだいいじゃないか。俺は当分、自分の家にも帰れそうにない」

「そうじゃねぇよ、あたしの設計がだよ」

 小夜子はジーンズの尻ポケットからライターを出してタバコに火を付けようとするが、周防に奪われ、舌打ちした。

「コジロウの元の設計図を完全に再現出来たのはな、悔しいかな、小倉重機の社長だけだったんだよ。あたしじゃ全然再現出来てねぇ、それどころか余計なものだらけにしちまっている。この無限動力炉の底なしの出力に負けないように、壊れないように、ってやるからいけないんだって解っちゃいるんだがなぁ、インスピレーションが足りないんだよ。だから、ちゃちな設計でちゃちな改造しか出来ないんだ」

「俺にはそうは見えんがな。よく出来ているじゃないか」

「そりゃそうだろ、すーちゃんに技術屋の苦悩なんて解らんのさ」

 小夜子は吸えず終いだったタバコを手のひらの中で押し潰し、ポケットにねじ込んだ。

「あたしらが造りたいのはあれさ、人間だよ。サイボーグは人間じゃない、人形なんだ。見かけがいいけど、その分色んな部分が脆弱に出来ている。マネキンは元々動き回るように出来ていないし、フィギュアは働くように出来てはいないし、プラモデルに至っては中身がない。サイボーグはそれさ、人間の脳みそを乗っけただけの可愛い可愛いお人形さん。人間の真似事をするためだけに出来ているから、実用性が皆無。だが、ロボットは違う。ロボットてぇのはな、人間を突き詰めた末に出来上がる、新たな人類の形なんだよ」

「話が一足飛びどころじゃないんだが」

「いいから聞けよ。退屈凌ぎにさ」

「いや、今は緊急事態であって戦闘状況中であってだな」

「いいか、足一本取っても人間工学の極みなんだよ。股関節の動かし方にしてもだな、骨盤に填っている大腿骨がどういう筋肉でくっついているか、その筋肉がどういった具合に動くか、その筋肉の動きによって他の部位にどんな動きが加わるか、調べ上げる必要があるんだよ。だから、優れたロボットは人間の子孫なんだよ」

「そりゃあ、まあな」

「サイボーグなんてものはな、所詮は松葉杖と同じなんだよ。人間の進歩でもなんでもねぇ、ちょっと道具の出来が良くなったってだけだ。だがロボットは違う、人間の良き隣人であり、友人であり、同胞であるべきなんだよ!」

 喋りながらも淀みなくキーボードを叩き、小夜子は次第に身を乗り出していく。

「ぶっちゃけ、あたしは遺産とかそういうのはどーだっていい。関係ない。関わりたくねぇ。けど、こいつだけは別だ、徹底的に可愛がってやりたいんだよ。で、いつか、あたしが完璧に組み上げてやるんだよ!」

「イチの報告によれば、コジロウは佐々木の孫娘にえらく可愛がられているそうじゃないか。そういうのは、そっちに任せておいてやったらどうなんだ?」

「えぇー? こんなに雑な扱いをしているくせに、可愛がっているってぇのか? 有っり得ねぇー!」

「雑な扱いにならざるを得ないんだろうが。何せ、敵がアレだ」

 小夜子のお喋りに辟易してきた周防は、これ以上言葉を返すまいと口を閉ざした。小夜子はまだ何か言いたげではあったが、唇をひん曲げて調整作業に戻った。試験目的の再起動の準備に取り掛かって間もなく、トレーラーが急ブレーキを掛けた。すかさず周防は小夜子を庇って、慣性の法則に従って降ってきた部品と工具の雨から守ってから、無線機を通じてドライバーに状況報告をしろと怒鳴った。だが、返事はなかった。

 周防はコンテナ内に控えていた戦闘員に指示を送ると、重武装した戦闘員は頷き、コンテナのドアを開けた。が、ドアを開けた隙間から銃口が差し込まれて至近距離で発砲され、戦闘員の頭部は呆気なく弾けた。痙攣する死体を無造作に引き摺り出して放り投げた手は細く、華やかな黒い衣装に包まれていた。血飛沫で汚れた開いたドアの先に立っていたのは、柔らかな笑顔を顔に貼り付けた、生きたビスクドールだった。

 笑顔のまま、人形は発砲した。



 マズルフラッシュが瞬き、弾丸が一息に放たれる。

 本能的に体の軸をずらして射線上から逸れた周防はすかさず拳銃を向け、少女型のサイボーグに躊躇なく発砲する。笑顔を保っていた人形じみた少女の額に鉛玉が命中するが、頭部パーツが砕けるどころか跳弾した。白磁の陶器を思わせる透明感を持った肌に焼け焦げた小さな穴が空き、人工毛髪の金髪が焼き切れて散らばる。その傷口から垣間見えたのは銀色の真皮で、焦げ跡と弾痕は残っていたが抉れてもいなかった。

「見た目は着せ替え人形でも、中身は超合金か」

 周防が思わず独り言を漏らすと、少女型サイボーグはエナメルのローファーで血飛沫に汚れた地面を蹴って身軽に跳躍し、コンテナ内に飛び移ってきた。途端にコンテナが大きく軋み、後輪が潰れる。特殊合金を使用した弊害で、小柄な体格のわりに自重が恐ろしく重たくなっているようだった。

「あらまぁーん」

 少女型サイボーグはにこにこしながら周防に近付く。周防は息を詰め、照準を上げる。

「設楽道子だな? なぜ、コジロウを輸送しているトレーラーが判別出来た。それだけは教えてもらおうか」

「そんなのぉーん、原始的な話ですぅーん」

 少女型サイボーグの姿をしている道子は、小さな手に似合わない短機関銃を弄ぶ。

「この五台目のトレーラーはぁーん、外部とは一切連絡を取っていなかったからですぅーん。外部からの連絡は受信しても送信したことは一度もありませんでしたぁーん。回りがどうなろうと構わずに突き進め、っていう命令が上から下されていたってことですよねぇーん? 全部のトレーラーの乗員と重量をぴったり合わせてあったみたいですけどぉーん、今時、そんな小細工は通用しませんよぉーん? 私には無数の目があって、手があって、足があるんですからぁーん。うふふーん」

 道子が小首を傾げると同時に、頭部を吹き飛ばされた戦闘員が起き上がる。割れた頭蓋骨の隙間から、どろりと崩れた脳が垂れ落ち、零れた眼球がぶらぶらと揺れている。

「電子制御式のパワードスーツなんか着せておくからぁーん、こういうことになるんですぅーん。防弾ジャケットだけにしておけばぁーん、こんなことにはならなかったんですけどねぇーん?」

 えい、と道子が人差し指を上げると、死んだ戦闘員は上体を捻って加速を付けた後に猛烈な打撃を放ってきた。その一撃でコジロウを支えている固定器具のフレームが破損したが、死んだ戦闘員の背骨と肋骨も割れ、アンダースーツの破れ目から生臭い粘液混じりの血が流れ出してきた。パワードスーツの使用者を守るために掛かっているセーフティを解除し、人体が壊れるほどのフルパワーを出させたのだろう。えげつないことをする。

「どうにかなんないのかよ、おい、すーちゃん! あたしは非戦闘員だぞ!」

 コンテナの隅に身を隠した小夜子はノートパソコンを胸に抱え、青ざめつつも怒鳴ってきた。

「どうにかって……」

 そんな方法があれば、教えてほしいぐらいだ。周防は焦りを感じていたが、必死に頭を巡らせた。道子の使用しているサイボーグボディのスペックは未知数だ。大方、ハルノネットが完成させたばかりの最新型の試運転を兼ねて実戦投入してきたのだろうが、最新型ではウィークポイントすら見つけ出せない。周防の装備も対人戦闘用が基本であり、戦闘サイボーグに通じるような拳銃は持っていない。かといって、コジロウを強引に起動させては敵の思う壺だ。佐々木つばめの管理者権限を使用した再起動でなければ、確実に隙が生まれてしまう。相手は電脳の海に張り巡らされた電子の糸を絡め取る女郎蜘蛛だ、かすかな綻びであろうとも見逃さず、食らい付いてくる。

 歪んだ固定器具に吊り下げられているコジロウは力なく傾き、開いたままの外装から、無防備にケーブルが数本零れていた。道子は役割を果たした死んだ戦闘員を車外に蹴り落としてから、コジロウに近付いていき、彼のメインコンピューターに接続されているケーブルに白い手を差し伸べた。

「あらぁーん、何ですかぁーん、これ?」

 が、その寸前で道子が手を止めた。コジロウの左胸に当たる位置の胸部装甲に、翼をモチーフにしたステッカーが貼り付けられていた。白い外装に映える、黒い片翼だ。趣味が悪いと言いたげな顔をして、道子がそのステッカーを剥がそうと爪を立てようとした途端、コジロウのゴーグルに鮮烈な光が走った。

「再起動、完了」

 ケーブルとビンディングに戒められながらも身構えたコジロウに、道子は戸惑った。

「あれぇ、完全に機能停止していたはずなのにぃーん、再起動させられるのはつばめちゃんだけなのにぃーん?」

「周防捜査員、本官に指示を。現状を認識、分析、判断した結果、本官に命令すべき権限を持つのは周防捜査員だと判断した。よって、指示を乞う」

 ケーブルを引き千切り、全ての外装を閉じたコジロウに求められ、周防は驚きを抑えて命じた。

「その女は設楽道子、サイボーグだ。遠慮しないで蹴散らせ!」

「了解した」

 コジロウはすぐさま駆け出し、あっ、ちょっ、とたじろいでいる道子にラリアットを喰らわせて車外に弾き飛ばした。アスファルトに転がされたビスクドールは砕け散りはしなかったが、ゴシックドレスが汚れ、薄い肌が裂けて銀色の真皮が露わになる。道子は負けじと銃口を上げて発砲するが、コジロウの装甲には9ミリパラベラムなど通用せず、全て跳弾した。ドロワーズの下から出した替えのマガジンを差して連射するも結果は同じで、短機関銃は弾切れに陥った。道子は舌打ちしてから短機関銃を投げ捨て、駆け出した。

「あぁーんもうっ、おめかししてきたのにぃーんっ!」

「追撃、開始」

 コジロウはすぐに道子を追跡し、両足のタイヤを駆使してほんの数秒で追い付くと、道子の進行方向に回り込む。道子は悔しげに顔を歪めながらドロワーズの下からナイフを抜くも、コジロウはそれらを手刀で叩き落として道子を丸腰にすると、大きく一歩踏み込んで少女の懐に入り、薄い胸に砲丸の如き拳を抉り込ませた。

 きゃうんっ、と甲高い悲鳴を上げて道子は呆気なく吹き飛び、手近な車両に激突した。歪んだドアに背中を埋めた道子はその拘束具から脱しようとするが、コジロウは攻撃の手を緩めようとはしなかった。道子が自由を取り戻す前に、少女らしい薄べったい腹部に重たい足を据えて細い両腕を掴み、力一杯蹴り飛ばした。シャフトとジョイントごと両肩を引き抜かれた道子は目を剥いて絶叫を放ち、アスファルトに転げ落ちた。千切れたチューブから人工体液を漏らし、ヒューズが飛ぶごとに痙攣していたが、歯を食い縛って常人では有り得ない動作で起き上がった。

 コジロウは更に足を殺そうとするも、道子はまともに動く両足でコジロウの胸部を蹴り付け、上昇した後に頭部を蹴り付けて街灯の上に飛び移った。人工体液の雫を散らしながら、ビスクドールは飛び跳ねて逃げていった。

「指示を」

 コジロウは周防を一瞥して、再度指示を乞うた。道子は国道を行き交う車を即座にハッキングしては遠隔操作を行っているのか、反対車線を走っていた車が急激に方向転換して突っ込み、盛大に玉突き事故を起こした。これでは追撃もままならない。周防は少し考えた後、コンテナから降りてコジロウに近付いた。

「追跡と事後処理は他の連中に任せろ、コジロウはコンテナに戻って輸送と整備の再開だ。敵が体勢を立て直す前に、実家に送り届けてやるよ。最優先するべきは、お前の御主人様なんだからな」

「了解した」

 コジロウは周防に向き直ると、コンテナに戻っていった。乗り込む直前に足を止めて、無惨な死体に変わり果てた戦闘員を見下ろしていたので、それもまた他の連中に任せるから車外に出してやれ、と命じるとコジロウはその通りに行動した。周防は運転席に回ってトレーラーを発進させてくれと運転手に言おうしたが、運転手は狙撃されて絶命していた。フロントガラスが粉々になり、運転手の頭部も粉々に吹き飛んでいた。ならば、移動するしかない。

「柳田、コジロウ、移動手段を変更する。この車は使えない」

 周防がコンテナに戻ると、機材の隅で身を縮めていた小夜子は顔を上げた。

「運転手、死んでやがったのか?」

「解っているなら話が早い、移動するぞ」

 周防が小夜子を立ち上がらせると、小夜子は抱えていたノートパソコンを開き、操作した。

「どこから撃ってきたのか、なんてことは調べない方がいいな。時間の無駄だ。それよりも重要なのは、こっちだよ。今し方、コジロウがあたしにこんなのを見せてきやがったんだよ」

 見ろよ、と小夜子がノートパソコンのモニターを向けてきたので、周防はコンテナの外に気を向けつつもモニターを見やった。そこには、少し照れ臭そうな笑顔を浮かべている少女、佐々木つばめが画面を見上げていた。コジロウの視覚センサーを通して取得した映像なので、身長差のせいでおのずと上目遣いになってしまうのだろう。つばめは両翼が揃った翼のステッカーをコジロウに見せてから、片方を剥がし、コジロウの左胸の装甲に貼り付けた。

『でね、こっち側のは私の道具に貼っておくの』

 つばめはステッカーの台紙に残った片翼のステッカーを、今一度コジロウに見せてから、にんまりした。

『大事にしてよね、一生懸命選んだんだから』

 心なしか赤面しながら、つばめはコジロウの前から立ち去っていった。コジロウの視界に銀色の左手が写り、左胸に貼られたばかりのステッカーをそっと撫でた。了解した、とコジロウの声がモニターの中から聞こえた後、小夜子は動画を止めてファイルを閉じた。周防はコジロウの左胸のステッカーを見、納得した。

「つまり、コジロウの最優先事項は、御主人様との約束だったってわけか。そりゃ再起動出来ちまうよな」

「そのガキ臭い約束のおかげで命拾いしたのはいいけど、なぁーんか腹立つなー」

 小夜子はむっとしながらノートパソコンを閉じると、整備に必要な情報が入ったメモリーやディスクをジュラルミン製のトランクに詰め込み始めた。周防にもその気持ちは解らないでもない。無尽蔵なエネルギーを発する正体不明の部品を用いた恐るべき性能のロボットが最優先するのは、国家でも国民でも公務員でもなければ、事態の重大さを理解しているとは言い難い、一人の少女なのだから。男としては正しい判断なのかもしれないが、機械としては大いに間違っている。他人事であれば微笑ましいと思えたのだろうが、生憎、周防はそう思うべき立場ではない。

 暗号回線で政府と連絡を取り、コジロウの整備も行える設備を持ったトレーラーを手配してから、周防はコジロウに愚痴りながらセッティングを再開する小夜子を見やった。だが、コジロウは小夜子の言葉には一言も返さず、再び機能をダウンさせた。それがまた小夜子の癪に障ったようだったが、彼女は私情を押し殺して己の仕事を全うした。それはやはり、小夜子が大人だからだ。周防もまた大人だから、つばめとコジロウの甘ったれた関係に軽い苛立ちを感じはしたが、口には出さなかった。即座に頭を切り換え、熱を帯びた拳銃を握り直す。

 今、すべきことは輸送の再開だ。



 天蓋付きのベッドに横たえられ、バラの装飾が付いたケーブルが各部に差し込まれる。

 敗北の味は苦い、とどこかの誰かが言っている。だが、道子にはそれを味わう術はない。味覚を得るために必要な脳の部分は銀色の針に侵食されているから、試作された生体感応機能を持つ部品に換装されたところで、味覚の電気信号が脳を駆け巡らないために味わえないのだ。それが惜しくもあり、気楽でもある。

 天蓋付きのベッドの足元には、破損した少女型戦闘サイボーグが無造作に転がされていた。遠隔操作であったにも関わらず、操作性は抜群だった。情報操作能力も道子の脳を直結させたサイボーグボディに引けを取らないが、やはり本体でなければ決定打に欠ける。

 仕事に失敗して無様に逃げ帰ってきた道子を、美作は何も言わずに出迎えた。失敗を責めることもなく、人形の肩越しに千切れた衣装と焼け焦げた人工外皮を見回しただけだった。道子の本体はハルノネット本社の四十八階で整備を受けており、ベッドに寝かせられ、首から下の機能を落とされていたので無傷だったからだ。仕事ではあるが、道子にとっても娯楽であり、美作にとっても試験運用を兼ねた娯楽でしかなかった。頭部を外された道子は天蓋から下がった固定器具に挟まれて吊されており、眼球だけを動かして己の体を見下ろしていた。両者を繋げているものは、小振りなバラがあしらわれた赤と青のケーブルだった。わざわざそんな仕掛けを施したのは、首から下の感覚を脳に流し込んで、道子の反応を楽しむためなのだ。美作はつくづく悪趣味だ。

「あのロボットを手に入れられなかったのは仕方なかった、っていうか当然なの」

 魔法少女のフィギュアを手にした美作はベッドの端に腰掛け、やはり裏声で言った。

「今回、私達が調べたかったのは、新しいサイボーグボディの性能と吉岡グループ側の出方なの。これだけ大騒ぎしてもノーリアクションってことは、吉岡グループは私達のことを放任しているの。いざという時には掌握出来る、っていう余裕を示すためのポーズでもあるかもしれないの。あと、道子ちゃんがフジワラ製薬の研究員を買収して手に入れた、つばめちゃんの生体組織の真偽についても調べたかったの。おかげで、大体解ったの」

 美作は道子の首から下の体を舐めるように見回し、戦闘で少々汚れた小さな手を取った。

「これからしばらくは、フジワラ製薬のやりたいようにさせてやるつもりなの。本社のメインサーバーのセキュリティにちっちゃな穴を作ってあげて、ハッキングさせてやるの。道子ちゃんのアマラの演算能力を思う存分使わせて、敵の遺産の性能を引き出す手伝いをさせてやるの。でも、タダでは済ませないの。こっちからもハッキングして、フジワラ製薬の研究実績から実験データから被験者名簿から、何から何まで掠め取るの。そして、こっちの糧にするの」

 化かし合いと食い合いなの、と言いながら、美作は道子の手を柔らかなクッションに置いた。その後の美作の行動を目視するのも嫌だったので、道子は視覚と聴覚のセンサーを遮断し、過去の経験で学習したリアクションを刺激に応じて返してやった。正直言って、毎度のように美作の歪んだ性癖を満たしてやらなければならないのは鬱陶しいが、たとえ人形であろうとも誰かに執着を抱かれるのは悪くない、と心の片隅で思っている。

 どうせ、道子は誰からも愛されはしない。アマラが有する凄まじい演算能力のおかげで、呼吸をするよりも容易くハッキングを行えるから、その延長でサイボーグボディを淀みなく操れるから、ハルノネットに有効活用されている。それがなければ、道子は所詮崩れかけたプリンも同然だ。プリンであればまだいい、誰かの舌を楽しませ、胃袋を満たしてやれるからだ。だが、道子は違う。甘みすらなく、柔らかさすらなく、女ですらない、死にかけた蛋白質塊に過ぎないのだ。キツネ色のカラメルソースでも掛けてくれれば、まだ格好が付くかもしれないが。

 自分が欲しい。偽物の体ではなく、偽物の名前でもない、本物の自分が欲しい。そのために必要な情報がどこにあるかすら突き止められていないから、ハルノネットの手足となって働き、金を掻き集め、間接的に手を汚し、吉岡りんねの部下としてろくでもない仕事をして、アマラの力で本当の自分を見つけ出す日を夢見ている。

 疲労で薄らいだ意識を無作為な電波に委ねていると、道子の意識の片隅に誰かの声が入り込んできた。けれど、そんなことは珍しくもなんともないので気にも留めなかった。どこかの誰かが、いつでも何かを語っているのが電脳の海だからだ。幼くも愛らしい声に誘われるように意識を遠のかせながら、道子は朧気に願った。

 いつの日か、人間になりたい。



 この程度のトラブルは、予想の範疇だった。

 いくつもの暗号回線を経由して届いた周防からの連絡に、一乗寺は戸惑いもせずに気の抜けた返事をした。周防はその反応が不満なのか、もう一言二言を言いたげだったが、必要最低限のやり取りだけを行って通信を切った。すーちゃんのそういう真面目なところが面白くないんだよなぁ、と思いつつ、一乗寺は携帯電話をポケットに入れて、分校を後にした。コジロウが帰還する日程が早まったことをつばめに教えてやらなければ。下手に隠して機嫌でも損ねたら、弁当の中身が侘びしくなってしまいかねないからだ。

 徒歩数分で佐々木家にやってきた一乗寺は、不用心極まりない開けっ放しの玄関から中を覗き込んだ。すると、居間でつばめが突っ伏していた。件の箱、タイスウはつばめの傍らに寄り添っていて、箱なりにコジロウの代わりを全うしようと頑張っているように見えた。一乗寺は三和土で靴を脱ぎ、居間に上がった。

「どしたの、つばめちゃん? あの日? でもって二日目?」

「違いますよ。てか、人んちに上がり込んできて最初に言うのがセクハラですか、最低教師」

 畳の痕を頬に付けたつばめが顔を少し上げると、箱も少し持ち上がった。

「コジロウがいなくても頑張って家事をやろうって思ったんですけど、コジロウは一から十までの一から八までやってくれていたから、もう疲れちゃって疲れちゃって……。うあー……」

「長光さんが生きていた頃もそんな感じだったっけなぁ。あいつ、疲れ知らずだからねぇー」

 一乗寺は疲れ果てているつばめを小突くが、つばめは面倒臭そうに顔を背けただけだった。

「お姉ちゃんは家事が下手くそだし、事務所を立ち上げたばかりで忙しいってのもあるから頼りに出来ないし、箱は箱だから何もしてくれないし……。でも、私がやらなきゃ、家の中はぐちゃぐちゃだし、御飯も出来ないし……」

「お疲れだねぇ。適当に手を抜いておきなよ、そういう時はさ」

「だから先生、明日のお弁当は持って行かなくてもいいですかぁ。なんかもう、御飯を炊くのも面倒でぇ」

「そりゃ困るよ! すっごい困るよ! 俺が栄養失調になっちゃうじゃん! 頑張ってよ!」

「よくもまあ、手のひらをくるくると……」

 真面目に働く人間の身にもなってくれ、とつばめが嘆くと、一乗寺は伝家の宝刀を抜いた。

「コジロウ、早ければ今日の夜にも帰ってくるってさ」

「それを早く言って下さいよ! ああもうっ、掃除機掛けなきゃ! ゴミ出さなきゃ! 草毟りだってしとかなきゃ! お風呂掃除と夕御飯の支度もっ、てああー!」

 途端につばめは跳ね起き、駆け出していった。最後の二つは焦る必要はないような気がしたが、つばめのやる気を削がないために敢えて突っ込まなかった。居間に取り残された箱は守るべき少女を追い掛けたいのか、浮かび上がって居間から出ていこうとしたが、梁にぶつかってしまった。一乗寺は箱を軽く叩いて宥めてやると、箱は渋々降下して畳の上に横たわった。ばたばたと家中を駆け回るつばめを見つつ、一乗寺は胡座を掻いた。

「本当に、どんだけコジロウが好きなんだか」

 微笑ましいやら、空しいやらだ。思春期の少女にありがちな恋に恋する感情と、他人から剥き出しの欲望と敵意を向けられる不安感から誰かに頼らずにはいられない心境が重なり合ったものを、つばめは恋心だと勘違いしているのだろう。大体、相手はロボットだ。つばめが惜しみない好意を向けようとも、好きだと全身で示しても、コジロウはその感情を受け流すことしか出来ない。コジロウの動力源である無限動力炉、ムリョウはあくまでもただのエンジンであり、後付けの機体に搭載しているコンピューターの人工知能は、ムリョウの制御に情報処理能力のほとんどを回しているので大した成長は望めない。それなのに、つばめは人形に毛が生えた程度の機械を人間のように扱い、一心に好いている。いくら打ったところで、何も響いてこないというのに。

 哀れな娘だ。

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