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機動駐在コジロウ  作者: あるてみす
 

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箱入りマスター

 コジロウを整備に出したのは、金曜日のことである。

 一乗寺が呼び出してくれた政府の整備斑は、警察車両に挟まれた仰々しいトレーラーで船島集落にやってきた。装甲車からは重武装した自衛官が何人も出てきて、皆、自動小銃を装備していた。そればかりか、逐一外部と無線連絡を取っていて、政府要人を護送するかのような大事になっていた。集落の上空にはヘリコプターが旋回し、輪を描いていた。つばめはトレーラーが一台来る程度だと想像していたので、すっかり気圧されてしまった。

 一乗寺と政府関係者に促されるまま、差し出された数枚の書類に署名と捺印を繰り返した後、整備主任の人間にコジロウに一時機能停止を命令してくれと頼まれたのでそう命令した。途端にコジロウは目から光を失い、各関節から蒸気を噴出して動きを止めた。コジロウの廃熱が完了したのを確認してから、トレーラーから出てきた整備員達がコジロウをカートに乗せて搬入していき、作業が完了するとすぐに移動していった。

 別れる時にはちゃんと言うべきことを言おう、とつばめは密かに胸に誓っていたが、知らない人間が多すぎたのと、彼らは終始コジロウをただのロボットとして扱っていたので、コジロウにいつものように接しては良くないような気がしてしまったために、何も言えなかった。差し出された書類に署名捺印する時に、どこに何を書けばいいのか、とは政府関係者に尋ねはしたが、それぐらいだった。コジロウは週明けには帰ってくると政府の人間は言っていたが、彼と離れるのは初めてだったので、せめて別れぐらい惜しませてほしかった。

 コジロウがいない朝は考えるだけで憂鬱だ。雨戸も開けてくれないだろうし、ぬかみそも混ぜてくれないだろうし、玄関先に散らばった落ち葉も掃いておいてくれないだろうし、ブラウスのアイロンも自分で掛けなければいけないし、燃えるゴミと燃えないゴミも分別してまとめておかなければならないし、庭に生えた草も適度に抜いておかなければ荒れてしまうし、などと、つばめは次第に現実的な考えに耽ってしまった。美野里が家事がまるで出来ない分、家事をコジロウに任せがちだったからだ。料理に洗濯に掃除といった細々としたことはつばめが余裕を見て手を付けているのだが、学業と吉岡一味との荒事で疎かになりがちなことをコジロウに頼んでいたのである。だから、コジロウがいない分、当然ながらつばめの負担も増える。

「いやいや、そうじゃないでしょ? そこはもうちょっとこう、乙女チックに……」

 つばめは恋する乙女らしからぬ生々しい考えをする自分に呆れて、首を横に振った。すると、何かに額をぶつけてしまい、その衝撃で仰け反ると更に後頭部を平たいものにぶつけた。何事かと目を開けてみるも、辺りは真っ暗で光は一切なかった。雨戸を開けていないのだろうか、とつばめが起き上がろうとすると、今度は肩と側頭部が何かにぶつかって痛みが骨を貫いた。涙目になりながらも、つばめは混乱しきりの頭で懸命に考えた。

「つまり、えっと、どういうこと?」

 慎重に手を伸ばし、頭上に触ってみる。硬く冷たいが、つばめの体温が染み込んでいるのかほんのりと暖かみがあった。更に顔の前に手を伸ばしてみると、頭上とほぼ同じ間隔で遮蔽物があった。その手を前後左右に動かしてみると、肩幅の倍近い幅で角の内側にぶつかった。頭上にも両手を伸ばして前後左右に動かしてみると、こちらには四つ角があった。起き上がるとまた頭をぶつけかねないので、両足を曲げてずり下がり、行き止まりに当たったので両足を動かして探ってみた。こちらにも四つ角がある。それらを踏まえ、頭の中で立体図を作ってみる。

「……長方形の、箱?」

 もしかして、つばめは長方形の箱に閉じ込められているのだろうか。だとしても、どこの誰がいつのまに。真っ先に思い当たったのは吉岡一味だが、これまで自宅を攻められたことはない。けれど、自宅の場所など当の昔に割れているだろうし、あの吉岡りんねが手をこまねいているわけがない。だが、真夜中に吉岡一味が攻めてきたとしても、コジロウがいない今は戦闘狂の一乗寺が突っ込んでいくに違いない。そんなことになっていたら、さすがに銃声やら何やらで目覚めているはずだし、美野里に泣き付かれているだろうし、上へ下への大騒ぎになる。けれど、それすらも気付かずに熟睡していたということは、もしかして、いやいやまさかそんな、それだけは考えたくない。

「えーと、私、死んだ?」

 つばめの脳裏には、つい一ヶ月ほど間の祖父の葬儀が蘇ってきた。だとしても、どんな理由で死んだのだろうか。先程ぶつけた頭を除いては痛くもなんともないし、出血している様子もない。これまでに病気らしい病気をしたこともなければ入院した試しもないので、発作の類ではないだろう。思えば短い人生だった。

 こんなことになると解っていたら、コジロウに全力で好意をぶつけてしまえばよかった。挨拶のように好きだ好きだと連呼して抱き付き、イチャイチャし、あわよくば乗っかって。

「死んでないなぁ。うん、絶対に」

 コジロウのことを少し考えただけで、ガソリンを大量にぶちまけた枯れ草の山に焼夷弾をぶち込んだように感情が高ぶってしまったので、つばめは火照った頬を押さえながら前言撤回した。ロボットに乗っかって何をどうするつもりだったんだ私は、と全力で自分に突っ込みを入れていると、箱が外側からノックされた。

「つばめちゃーん、起きたぁー?」

 少しばかりくぐもってはいるが、美野里の声に間違いなかった。箱を構成している板が厚いらしく、外部の音は鈍く聞こえてくる。妙に静かだったのはそのせいか、と今更ながらつばめは理解しつつ、箱を叩き返した。

「お姉ちゃーん、これ、何ー?」

「これね、コジロウ君が入っていた箱よ、はーこ」

「箱って……ああ、あれか」

 つばめは、祖父の棺の後ろに横たわっていたコジロウの棺を思い出した。

「でも、なんで私はその箱の中に入っているの? ていうか、誰が入れたの? お姉ちゃん、それとも先生?」

「どっちも違うのよ。その箱もれっきとした遺産でね、コジロウ君とセットになっているものなのよ。なんて言えばいいのかしらね、んーんと、そう、あれよあれ! 刀と鞘みたいな関係だって、大分前に長光さんから教えてもらったわ。確か名前は……タイスウ、だったかしらね。これは私の想像に過ぎないけど、コジロウ君がつばめちゃんから離れている間はタイスウがつばめちゃんを守ってくれるように、長光さんが設定しておいてくれたんじゃないかしら」

「うん、そんな気がする。コジロウの前の名前がムリョウで、この箱の名前がタイスウってことは、無量大数か」

 そういうことになるわねぇ、との美野里の返事があったが、つばめは腑に落ちなかった。無量大数といえば数字の単位の中でも際立って大きい単位だとは知っているが、それとコジロウとこの箱にどんな繋がりがあるのだろうか。つばめなりに頭を捻ってみたが、朝食も食べていないことも相まって何も思い付かなかった。とりあえず、この箱から外に出て、やるべきことを済ませなくては。トイレにも行きたい、顔も洗いたい、朝食も食べたい、お弁当の支度もしておかなければ。今日、土曜日は一乗寺が社会科見学に連れて行ってくれるからだ。

 社会科見学の予定を切り出されたのは、コジロウを送り出した直後だった。敵の狙いは何もつばめだけではなく、コジロウも遺産なのだから付け狙われている。だから、二人が別行動を取っている間は敵の注意も二分する。その間に学校行事を済ませておこうよ、と一乗寺が浮き浮きしながら説明してくれたのである。

 身支度するためには外に出なければならないが、どうやって。



 今日の朝食は、清く正しい和食だった。

 但し、見た目だけは、との注釈が付くのはいつものことだ。武蔵野はピーナッツバターの味がする味噌汁の衝撃が未だに忘れられず、胃袋が重苦しいままだった。塩ザケにべとべとする片栗粉の衣が付いていたのはまだいいとしても、卵焼きに巻き込んであったのが豚肉に見せかけた車麩だったとしても、カニのほぐし身とワカメの酢の物がゴマ油の味しかしなくとも、唯一まともな白米のおかげでなんとか食べられた。けれど、豆腐とネギとワカメが浮いた味噌汁にたっぷりと入っているピーナッツバターには参った。そして、武蔵野の汁椀の底には、窮屈そうに長い体をCの字に曲げたちくわが収まっていたのである。

「一度、冷蔵庫を片付けた方がいいんじゃないのか?」

 武蔵野はそんな独り言を漏らしつつ、武装の準備を整えていった。吉岡グループが所有している監視衛星が撮影した写真に寄れば、今朝八時半頃、船島集落から一乗寺の軽トラックが出発していった。その荷台にはコジロウが以前格納されていた鉄の棺桶が横たわっていたのが奇妙ではあったが、そんなことは大して重要ではない。政府の整備斑がコジロウを回収し、輸送したことは、吉岡一味側も既に知っている。というより、大型トレーラーやら装甲車が徒党を組んでド田舎の集落に来たとなれば、おのずとその目的の察しは付く。つばめから引き離されたコジロウを狙って暗躍する者も出てくるかもしれない。

「まあ、俺には関係ないか」

 他の企業が何を画策していようと、率先して関わるべきではない。武蔵野は自分に割り当てられた仕事を全うし、佐々木つばめの確保という戦果を上げなければならない。そのためにも、準備だけは整えておかなければ。

 使い慣れた自動小銃、コルトM4コマンドーの整備は完璧だ。弾丸を詰め込んだスペアのマガジンも多めに持ち、コルトM4コマンドーが目詰まりを起こした場合に使う自動小銃も、もう一丁用意してある。こちらは同じコルトだが、仕様が異なるコルトM16A2だ。どちらも白兵戦用の銃であり、前回の失敗も踏まえて今回は狙撃用のライフルも用意しておいた。世界的にもメジャーな狙撃銃、M24SWSだ。欲を言えば対戦車砲の一つや二つ持っていきたいところだが、そこまで持っていくと愛車の後輪が沈んでしまって走りが鈍くなる。銃器や弾丸は金属の固まりだから、重量も相当なものだからだ。左脇のホルスターには、相棒であるブレン・テンが控えている。

「おい、道子」

 別荘の地下階のガレージから階段を昇った武蔵野は、リビングに呼び掛けるが、メイドの声は返ってこなかった。普段であれば、朝食の後片付けを終えて掃除を始めている頃合いなのだが。訝りながら、武蔵野がリビングに顔を出すと、そこに道子の姿はなかった。死ぬほど不機嫌そうな顔の伊織と、死ぬほどやる気のない顔の羽部と、何を考えているのか一切解らない高守が、食後の時間をかったるそうに過ごしていただけだった。

「みっちゃんならね、今日から実家に帰るってさあ。で、その支度に行ったってわけよ」

 ああ平和になるぅー、と、暖炉前のソファーに座り込んでいる羽部が弛緩する。服の趣味は相変わらす毒々しく、魚のウロコのような模様に玉虫色の光沢が付いたジャケットと、目玉のワッペンが数箇所に貼ってあるジーンズで、どこでそんなものを売っていたのか聞きたくなるほどだった。実際に尋ねはしないが。

「定期点検だろ、機械女だし」

 腰をずり下げた格好で一人掛けソファーを陣取っている伊織は、若干襟が伸びたTシャツに色褪せたジーンズというだらしなさではあったが、羽部の格好に比べると何百倍もまともに見えるのが不思議だ。羽部の答えは論点がぼやけていたので解りづらかったが、伊織の答えはまだ解りやすかったので、武蔵野は自分なりに結論を出した。道子はフルサイボーグだ、それ故にメンテナンスが欠かせない。大方、道子の雇用主であるハルノネットから定期点検を促す連絡が届いていたのだろう。それならば仕方ないが、道子がいなければ少し困ったことになった。

「ぬ」

 丸っこい上体を傾けてきた高守に覗き込まれ、何の用なのか、と問われたのだと察した武蔵野は答えた。

「ああ、ちょっとな。一乗寺が軽トラでどこかに出かけたってことまでは解ったんだが、その行き先をトレース出来てないんだよ。馬鹿正直に軽トラのケツを追っかけていったとしても、追い付く前に振り切られるか、一乗寺の野郎にバカスカ撃たれて行動不能になるのがオチだ。だから、行き先を把握しておいて、別ルートを辿っていこうと思っていたんだが、道子がいないんじゃなあ。作戦を変えるしかないか」

 ゲリラ戦でも仕掛けてみようか、と武蔵野が思案しながら、ガレージに繋がる階段を下りようとすると、ガレージのシャッターが外側から持ち上げられた。防弾仕様の分厚く重たいシャッターががしゃがしゃと軋みながら上昇していくと、人型重機、岩龍が興味津々に覗き込んできた。

「ほんなら、ワシが付き合ってちゃるけぇのう!」

「馬鹿言え、お前はGPSなんて付いていないだろうが。それがなきゃ、どうやって衛星と通信するんだ」

 武蔵野は岩龍をあしらいながら、ジープの後部座席に銃器と弾薬を詰め込んだ。岩龍は拳を握り、鼓舞する。

「気合いじゃけぇ!」

「気合いでどうにかなったらコンピューターはいらんぞ」

「ほんなら、どうしたらええんかいのう! ワシャあ仕事がしとうてのう、来月こそ親父さんに仕送りするんじゃい!」

 武蔵野に一蹴されても、岩龍は臆さずに文字通り首を突っ込んでくる。キャタピラの間に渡してある軸のような腰を目一杯曲げて腹這いになり、広範囲を捉えられるスコープアイを輝かせながら、ガレージの中に顔をねじ込んで武蔵野に迫ってくる。その純粋な労働意欲に、武蔵野は少しばかりほだされそうになったが、岩龍が実戦で頼りになるとは到底思えない。地下闘技場で長年戦ってきたロボットの人工知能の情緒を強化し、明確な人格を与えたとはいえ、どこもかしこも未完成で幼すぎる。図体のでかい子供の扱いづらさは先日の迷子騒動で身に染みているし、何より目立つ。この片田舎では人型重機は数えるほどしか稼働していなかったので、尚更だ。

「私にいい考えがあります」

 三階のベランダから、少女の澄み切った声が響いた。岩龍はガレージの中から首を抜き、起き上がる。

「おお、姉御! なんじゃい、その、ええ考えっちゅうんは?」

 武蔵野がガレージから出ると、三階のベランダからりんねが見下ろしていた。膝下丈の藤色のワンピースの下には八分丈のスパッツを履き、胸元の大きなリボンが目立つ白のカーディガンを羽織っている。

「岩龍さん、お手を」 

「おう!」

 りんねが指示すると、岩龍はキャタピラを鳴らしてベランダに近付き、りんねの立つベランダへと手を差し伸べた。りんねはエアコンの室外機の上にでも昇ったのか、難なくベランダの柵を乗り越え、岩龍の分厚く巨大な手のひらに収まった。そのまま岩龍は地上まで腕を下ろし、りんねを武蔵野の前に差し出してきた。

「ありがとうございます」

 りんねは岩龍に礼を述べてから、地面に下り、武蔵野と向き直る。

「いいですか、巌雄さん。実直なあなたのことですから、岩龍さんが幼すぎて頼りにならないとお思いでしょう。それは否めないことではありますが、岩龍さんは実社会に出た経験が皆無なのですから、仕方ないことなのです。右も左も解らないのですから、直情的に行動する他はないのですから。ですが、そこを支えて差し上げるのが私達の仕事の内ではありませんか。御存知の通り、岩龍さんにGPS関連のソフトをインストールし、GPS用アンテナを搭載させることは諸事情によって許可出来ませんが、岩龍さんの情報処理能力があれば監視衛星からの情報を元にトレースすることは可能です。巌雄さん、携帯電話をお貸し下さい」

 りんねが手を差し伸べてきたので、武蔵野は迷彩服のポケットを探り、出した。

「出来るのか、そんなこと?」

「ええ、それなりに」

 りんねはワンピースのポケットから自分の携帯電話を取り出すと、武蔵野の旧式の携帯電話とケーブルで接続し、手早く操作した。プログラムを同期させて、吉岡グループの監視衛星とリアルタイムで通信を行うために必要なソフトをダウンロードしてインストールすると同時に細々とした設定を行い、更に岩龍の人工知能の情報処理能力を利用出来るようにするために岩龍のセキュリティを通り抜けられるようにセッティングし、素人にはややこしい構図のトレースした映像を見やすいようにレイアウトし、ウェブ上の地図と重ねて見られるように設定し、設定を保存した。その間、五分足らず。彼女の手元を覗き込んでいる岩龍はある程度意味が解るのか、しきりに感心していた。

「出来上がりましたので、どうぞ」

 りんねは武蔵野の携帯電話を差し出してきたので、武蔵野はそれを受け取り、操作した。

「お、おう……」

 ウェブ上の地図を見るような気楽さで、監視衛星のトレース映像を見ることが出来るようになっていた。監視目標が一乗寺の軽トラックに固定されてはいるものの、今日一日使えるのであれば充分だった。もしかして、りんねには出来ないことなどないのか、と武蔵野は戦慄しかけたがぐっと押さえた。いつの時代であろうとも、最先端の技術に長けるのは子供なのだと思い直した。

「そんなら行こうかいのう、小父貴! 的に掛けた奴の行き先は見当が付いたんじゃろ?」

 岩龍はお出掛けを心待ちにする幼子のように、腕を前後に振り回した。

「危ないからそれは止めろ。こいつが役に立つのは解ったが、岩龍を前線に連れて行くと目立ちすぎる。その辺はどうする、お嬢?」

 武蔵野がはしゃぐ岩龍を示すと、りんねは携帯電話を掲げた。

「いい考えは一つではありません」

 そう言って、りんねは通話モードに切り替えて、どこかに連絡を取り始めた。最初から抜かりはない、というよりも、岩龍を同行させることを前提として前々から作戦を立てていたようだ。そうでなければ、こうも手際良く事が運ぶわけがない。誰も彼も、りんねの手のひらで転がされているということか。それを認識しても、以前ほど薄ら寒さを感じなくなったのは、単純に慣れたからだけではない。多少の諦観と共に、有能な上司に動かされる快感を覚えていた。

 兵士もまた、道具に過ぎないからだ。



 社会科見学の行き先はダム湖である。

 だが、つばめはその道中を全く楽しめなかった。箱の中から出られないせいで、一乗寺が運転している軽トラックの助手席にも座ることが出来ずに荷台に転がされていたからだ。きついカーブが多い山道を登っていくので、荷台から飛び出さないようにと固定ベルトで縛り付けられていたので尚更だった。緩衝材も入っていないので、カーブに差し掛かるたびに体が遠心力に従って左右に動き、勢い余って頭をぶつけたのも一回や二回ではなかった。

 暗い、狭い、痛い、の三重苦の中、つばめは無心になろうと頑張っていた。結局、自宅を出発するまでの間に箱の外に出る方法は見つけ出せず、内側から強引に押し上げて隙間を空け、美野里に着替えやヘアゴムなどの私物をねじ込んでもらったものの、十数センチほどを開けるのが限界だった。それ以上の幅で押し開こうとすると、箱の蓋が力強く下がってきてしまうからだ。狭い中で苦労して寝間着から私服に着替えたつばめは、これもやはり隙間からねじ込んでもらった水筒に口を付け、冷たい麦茶を少しずつ飲んでいた。以前、美野里が通勤用に使っていた平型の水筒に昨夜煮出しておいた麦茶を入れてもらったのだ。

「トイレ行きたい」

 体が外に捻り出せるほどの隙間が空けば、出掛ける前に用を足しに行けたのに。この中で漏らすのだけは絶対に嫌だ。脱いだ服に染みこませるなんて論外だし、生理的に耐えられないし、何より十四歳の女子中学生としてどうかと思う。これは最早拷問だ、いや、それ以外の何物でもない。

「あんたも遺産だって言うけど、コジロウとは違うんでしょ?」

 つばめは箱の蓋を手で撫でながら、下半身から気を紛らわすために箱に話し掛けた。 

「あんたは何のために作られたの? そもそも誰が作ったの?」

 沈黙。手のひらには、冷たく硬い感触しか返ってこない。

「コジロウなら、もうちょっと融通利かせてくれるのになぁ」

 沈黙。頭の位置が車輪に近いからか、サスペンションの軋みが直に聞こえてくる。

「コジロウはね、あんたとは違うんだから」

 少なくとも、つばめの発した言葉を沈黙で流したりはしない。他の誰よりもきちんと受け止め、真面目に受け答え、機械的すぎてはいるが理路整然とした言葉を返してくれる。最近では、つばめの心の動きも少しずつだが捉えてくれるようになり、手も繋いでくれるようになった。切なさに駆られたつばめはコジロウと繋いでいた右手を広げ、箱に押し付けるが、箱はつばめの手を掴んでくれなかった。それもそのはず、箱には手がないからだ。

 一層寂しくなったつばめは、ちょっと洟を啜った。たかが板一枚、されど板一枚だ。外界から隔てられているというだけで、こんなにも人恋しくなるとは思ってもみなかった。美野里も一乗寺も声はすれども姿は見えずで、そこにいるのは解っているのに触れられないし、顔も見られないし、近付けもしない。確かに箱の守りは完璧で堅牢ではあるが、ただそれだけだ。外の世界が恋しくなる一方だ。もっとも、特に恋しいのはトイレだが。

 それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。つばめはせめてもの気休めにと、寝間着を丸めて枕代わりにして横たわっていた。車の揺れと圧迫感から来る息苦しさと下半身の重苦しさから逃れるために目を閉じていると、そのまま寝入ってしまった。何度か目が覚めた気もするが、箱の中が暗いので寝ても起きても変わらなかった。

 ふと気付くと、軽トラックが停まっていた。周囲で物音がするので、きっと一乗寺が固定ベルトを外してくれているのだろう。荷台に人が上がったことで後輪が沈み、足音の後に箱の蓋が叩かれた。

「やっほう、つばめちゃん、生きてるー? 漏らしてないー? ゲロってないー?」

「嫌な質問をしてきますねぇ。そんなこと、するわけないじゃないですか」

 つばめは一乗寺らしい質問にげんなりしつつ、その声に安堵した。

「ほらほら着いたよ、ダム! 奥只見! でかいよ!」

 一乗寺が箱の上に足を載せ、はしゃいだ。その足音がしたのが顔の真上なので、つばめは頭を少し下げた。

「あーそうですかー」

「なんだよう、そのやる気のない返事ぃー。遊覧船だってあるんだぞ、電力会社の資料館だってあるんだぞ、ちょっと離れた場所に行けば登山道もあればキャンプ場だってあるんだからなー!」

「行けるのは前者だけですよね、社会科見学だし」

「とにかく行こ行こっ! うっひょー超楽しい!」

「ダム湖ってそこまでテンション上がる場所ですか? どこもそんなに変わるもんじゃないでしょうに。お姉ちゃんの進学祝いの家族旅行で箱根の芦ノ湖に連れて行ってもらったことはあるけど、それほどじゃなかったような」

「え、何それ、ズルいんだけど。つばめちゃんの分際で家族旅行だなんて。俺、行ったこともないんだけど」

 途端に一乗寺が不機嫌になったので、つばめはあしらった。

「はいはい。んじゃ、そのうち一緒に行きましょうね、修学旅行かなんかで」

「わーいわーい! じゃ約束な、絶対な、つばめちゃんの奢りってことで決定な!」

「勢いに任せてろくでもない約束をしないで下さい!」

 つばめは内側から箱の蓋を叩いたが、一乗寺は意に介さずに喜んでいた。これでは、どちらが教師で生徒なのか解ったものではない。一乗寺は軽トラックの荷台に搭載してきたリヤカーを地上に下ろし、その荷台に箱を移動しているのか、箱が不自然に揺れて次第に斜めになってきた。だが、一乗寺は箱の前後を間違えたらしく、つばめの足の方が上がっていった。これでは、頭に血が上ってしまう。

「先生、逆、逆、逆ぅー!」

 リアルに死活問題なので、つばめは懸命に箱の蓋を叩いて叫ぶと、一乗寺は手を止めた。

「あ、そうだっけ? でも、こっち側に家紋が入ってんだよなー。あー面倒臭い、でも、やらなきゃもっと面倒臭い」

 ぐちぐちと零しながら、一乗寺は箱を一旦荷台に下ろして前後を逆にした。そして再度下ろし直し、箱をリヤカーの荷台に載せて紐で縛り付けた。傾斜角がきつくなったので、つばめは久々に直立に近い姿勢になることが出来た。急に頭の位置が変わったので軽く貧血を起こしそうになったが、しばらくすると落ち着いた。リヤカーを引っ張る足音に車輪が地面の砂利を踏む音が重なり、その度に箱が軽くシェイクされた。軽トラックの荷台に比べればまだマシな振動ではあったが、緩い振動が絶え間なく続くのは耐え難かった。

 今更ながら吐き気が込み上がってきたつばめは、歯を食い縛って口元を押さえて必死に堪えるが、喉の奥に嫌な味が広がってきた。朝から何も食べていないので出てくるものがあるとすれば麦茶ぐらいなものだが、それでも嫌なものは嫌だ。尿意も逼迫していて、さすがに限界だ。これでは、上から下からの大惨事になりかねない。そんな目に遭うぐらいなら死んでしまいたい、だけど箱の外に出られないまま死ぬのは勘弁だ、と、つばめは涙目になりながら必死に考えた。箱の蓋に手を添え、つばめは絞り出すように言った。

「お願いだから言うことを聞いて、外に出してよ」

 沈黙。外からは、腹立たしいほど浮かれている一乗寺の鼻歌が聞こえてくる。

「私はあなたのマスターでしょ、なんで言うことを聞いてくれないの?」

 つばめは箱の蓋を殴り付けるが、やはり黙したままだった。

「コジロウが私を守れって言い付けたの? お爺ちゃんが言い付けたの? どっちにせよ、現マスターである私の命令よりは優先順位は下のはずでしょ? それなのに、どうして私の命令だけは聞かないの?」

 無反応。焦りが苛立ちを生み、苛立ちが怒りになり、つばめは箱の蓋の下部を強かに蹴り付けた。

「いいから外に出せ! でないとバラバラにして粗大ゴミに出してやるんだから!」

 ごきり、と靴下を履いたつま先に手応えがあった。箱の蓋の固さに負けて突き指したのか、とも思ったが、痛みは一切感じなかったので、つばめは不思議に思いながら再度蹴ってみた。再度手応え、いや、足応えがあり、つま先は角張ったものを押し込んでいた。そういえば、箱の大きさを確かめるためにつま先で探ったのは底部だけだった。だから、蓋の下部については文字通りノータッチだった。新たな発見で冷静さを取り戻したつばめは、箱の蓋に手を付いたまま身を屈めると、つま先で押した部分を触った。

 隅立て四つ目結紋。佐々木家の家紋の裏側に当たるのだろう、その形に添った出っ張りが並んでいる。つばめがつま先で押したのは、そのうちの二つだけだったので残りの二つも押してみた。どちらもすんなりと蓋の中に収まり、四方八方から歯車が噛み合う音が聞こえてきた。

「そっか、これ、手動だったんだ。で、これがスイッチだったんだ。道理で言うこと聞かないわけだ」

 これはもしや。期待を抱いたつばめが蓋を押してみると、実に呆気なく浮いていった。あれほど頑丈で重たかったのに、羽根のように軽く持ち上がっていく。四方から金色の日光が差し込み、淀んで湿った空気を清涼な山の大気が掻き乱していった。水と緑の香りだ。嬉しすぎて感涙しそうになりながら、つばめは蓋を突き飛ばした。

「外だぁああああああああ!」

 両手を挙げて駆け出したつばめは、嬉しさのあまりに奇声を発した。が、リヤカーを引いていた一乗寺は背後から吹っ飛んできた蓋を避けられず、まともに背中に喰らって俯せに倒れ込んだ。しかし、外の世界の清々しさの虜になったつばめの視界には、蓋の下で潰れている一乗寺のことなど一切目に入らなかった。

「トイレ行ってこよう!」

 天使のような極上の笑顔を浮かべたつばめは、服と一緒にねじ込んでもらったスニーカーを突っ掛け、駐車場の奥にある売店に駆け込んでいった。そこの女子トイレに入ったつばめが至福の瞬間を味わっている最中、箱の蓋の下敷きになっていた一乗寺は、力任せに蓋を剥がして起き上がった。つばめの体重を思い切り掛けられたせいで、首の動きが少しおかしくなってしまったが、大したことではない。服と顔に付いた砂利を払って起き上がり、蓋の裏側と箱の内部を見回した。これといって妙な部分は見当たらない、ただの金属板だ。隅立て四つ目結紋の家紋が箱の蓋を開くスイッチになっていることぐらいで、それ以外の仕掛けは見つからない。

「箱、ねぇ」

 今後の役に立つかもしれない、と一乗寺は携帯電話を取り出し、箱の内側と蓋の裏側の写真を数枚撮影した。

「せんせー、ハンカチ貸してー! 忘れちゃったぁー!」

 輝くような笑顔を保ったまま、つばめが駆け戻ってきた。一乗寺はポケットを探り、ハンカチを差し出す。

「はいよ。その代わり、後でジュースでも奢ってよ。箱をここまで引っ張ってくるの、疲れちゃったんだよねぇ」

「はいはい、解ってますって。でも、爆発し放題の髪をまとめてこなきゃならないし、顔も綺麗に洗っておきたいから、移動するのはもうちょっとだけ待ってくれませんか。女子として死活問題です」

「んで、ゲロってきたの?」

「だから、なんでそういうことを聞くんですか。外に出たらスッキリしちゃって、上からは何も出ませんでしたよ」

 次第にテンションが落ち着いてきたつばめは、箱の中に散らばっている私物の中から薄型コームとヘアゴム二本とハンドタオルを取り出し、また売店へと駆けていった。寝癖と生まれつきの癖毛のせいで、肩よりも少し長い髪の毛先が四方八方に飛び跳ねていた。その毛先が歩調に合わせて揺れる様は、産毛が抜けきっていない雛鳥のようだった。一乗寺は箱を載せたリヤカーに寄り掛かり、タバコを出して一服した。

 広大な駐車場は閑散としていて、昭和後期から時間が止まっているであろうレストハウスと食堂が鎮座していた。客の数もまばらで、従業員の方が多いような気がする。売店の店頭に陳列されている土産物は心なしか日焼けしているので、いつからそこにあるのか定かではなく、手に取るのを躊躇してしまう。紅葉の季節には観光バスがずらりと並ぶであろう大型車両の駐車スペースは空っぽで、来客を待ち侘びている。ダム湖を囲む山林と湖水が、周囲の音のみならず時間の流れも吸収しているかのような錯覚を覚えるほど、静まり返っていた。

 退屈だから誰か撃とうかな、政府の権限で揉み消せるし、と一乗寺は売店にいる人間に目星を付けてから拳銃を引き抜こうとすると、つばめが売店から駆け戻ってきた。癖毛によって若干広がり気味なツインテールを誇らしげに揺らしながら、一乗寺に大きく手を振っていた。つばめの気の抜けた笑顔を見た途端、一乗寺は風船が萎むように殺意が萎え、拳銃のグリップを離して手を振り返した。今日のところは、誰も殺さないでおこうと思った。

 誰かと一緒に観光するなんて、生まれて初めてだからだ。



 りんねのもう一つのいい考えは、合理的だった。

 奥只見シルバーラインの中程にあるトンネルの前にジープを止めて、武蔵野は吉岡グループ系列の建設会社による作業を見物していた。岩龍は人型重機に相応しく、彼らの作業を手伝っていた。強固な岩盤を生かした形状のトンネルの内壁に掘削ドリルで穴を空け、その中に岩盤発破用の爆薬を仕込んでいく。下り側の作業が終われば、今度は登り側の内壁にも爆薬を仕込む手筈になっている。一乗寺の車がこのトンネルに入った頃合いを見計らい、人工的に落盤事故を発生させて閉じ込めてしまうつもりなのだ。そうなれば、いかに一乗寺と言えどもトンネルの外へ脱出するのは難しいだろう。そして、交通事故の直後に落盤事故が発生したとなれば、岩龍のような人型重機が動き回っていてもなんら不思議はなくなり、物事の辻褄も合う。そういう仕組みだ。

 トンネルの前後には、交通事故発生、一時通行止め、との立て札が立てられていた。建設会社の車両が出入り口に横付けされており、物理的にも道を塞いでいる。奥只見シルバーラインは新潟側に出られる唯一の道だ。福島側の道を経由すれば新潟県内に出られないこともないが、それではかなり遠回りになる。万が一、一乗寺の軽トラックが福島側に出るようであれば、その時はまた別の手を打つとりんねは言っていた。吉岡グループの系列会社など、日本中のどこにでもあるからだ。

「小父貴ぃ、これで終いじゃけぇのう!」

 キャタピラを鳴らしながらトンネルの外に出てきた岩龍は、土埃を払うように両手を叩き合わせた。

「爆破のスイッチはこれですので、後はよろしくお願いします」

 建設会社の社員は何度となく頭を下げながら武蔵野に近付き、小型の無線機を渡してきた。我々は次の仕事がありますので、と言うや否や、建設会社の社員達は即座に撤収して下山していった。武蔵野は無線機をポケットに突っ込んでから、肩を竦めた。仕事ぶりこそ鮮やかではあったが、彼らは終始怯えていた。武蔵野と目を合わせることすらなく、ロボットである岩龍にさえも気を遣っていたほどだった。

「引き際が早すぎる気がしないでもないが、所詮は素人だからか」

 武蔵野はオレンジ色の光がぼんやりと広がるトンネルに足を踏み入れると、爆薬を仕込んだ穴を見上げた。突貫工事だったので、穴もいびつで埋めた場所も一目瞭然だ。一乗寺はプロだ、自分に向けられる殺意を何よりも鋭敏に感じ取る。爆薬がすぐ見つからなくとも、武蔵野のジープのタイヤ痕や岩龍のキャタピラ痕で見当を付けるだろう。だが、下手に動き回れば、事を起こす前に手の内を感付かれてしまう。ならば、待つしかない。

「岩龍、脇道に入って身を隠せ。一乗寺の車が来るまでは待機だ」

 武蔵野が命じると、岩龍は角張った太い指を組んだ。少女漫画のヒロインのような仕草だった。

「そんなら、ワシャあ、ニンジャファイターを見ててもええか!」

「は?」

「なんじゃい、小父貴は知らんのけぇ。ニンジャファイターっちゅうんはのう、超未来からやってきた四人のスーパーサイボーグが、暗黒惑星からやってきた宇宙山賊ビーハントと切った張ったの大立ち回りをするんじゃい! そんでのう、そのニンジャファイターのリーダーが雨のムラクモっちゅうんじゃが、それがまた凄えんじゃ!」

「ああ、そうかい。お前は見張っていろ、俺は周囲の偵察に出てくる。無線は繋げておく、何かあったら連絡しろ」

 武蔵野が素っ気なく返事をすると、岩龍はいきり立った。

「ニンジャファイターの凄さを知らんのけぇ!」

「知りたくもないよ、そんなもの」

「ええから、ワシの腹ん中のモニターで見てみい! 一度でええから!」

 岩龍に食い下がられたが、武蔵野は頑なに無視して愛車に戻った。ジープもトンネル脇の砂利道に入れて草むらにバックして突っ込み、車体を隠してから、あんまり騒ぐとりんねに叱ってもらうぞ、と言って岩龍を黙らせた。岩龍は吉岡一味のヒラエルキーを理解しているので、渋々黙った。しかし、ニンジャファイター・ムラクモの話を余程誰かに語りたかったらしく、発声用スピーカーからぶちぶちと細切れのノイズを漏らしていた。

 道なき道を分け入っていった武蔵野は、胸中に燻っている疼きを堪え、顔を強張らせて足を進めていった。これでもう二十年若かったら、岩龍の話に乗っかっていたのだろうが、四十を過ぎた身の上ではそうもいかない。大人の体面というものもあるし、岩龍には節度を覚えさせなければならないのだから、これが正しいのだと判断した。

 しかし、物足りない。長い間日本を離れて暮らしていた反動か、コテコテなジャポニズムが詰め込まれている特撮番組であるニンジャファイターシリーズが好きで好きでどうしようもないのだ。特に今期シリーズのムラクモは、日本にありがちな土着の神話と妖怪譚をごっちゃにしていて、設定はデタラメなのだが、それがまた面白い。正義も悪も異様にキャラ立ちしていることも相まって、一話たりとも見逃せない展開が続いている。明日、日曜日の朝八時からの放送も楽しみで仕方ないし、出来ることなら関連商品も買いたい。だが、武蔵野は大人であり、兵士であり、今は吉岡りんねの銃なのだ。個人的な楽しみに浸れるのは、全てが片付いた後だ。

 だから、武蔵野は獣道を歩き回ることで気を紛らわした。



 それから、つばめと一乗寺はダム湖の観光を満喫した。

 といっても、片手で足りるほどの見所しかないので、それほど時間も掛からなかった。ダム湖で発電を行っている電力会社の資料館、ダム湖の上を小一時間ほどで巡る遊覧船、レストハウスと売店、それで終わりだ。ちゃんとした登山の装備をしていれば、福島側に繋がる湿地帯に向かっていたのだろうが、今日の目的は単なる社会科見学なのでそこまでの装備は整えていなかった。

 遊覧船乗り場の二階にある展望台で、つばめは一乗寺と共に昼食を摂ることにした。あれから、件の箱はつばめの二メートル後方にぴったりと貼り付いてくるようになった。どういう理屈かは知らないが、地面から十数センチ程度浮かんでいるので引き摺ることはなかったが、階段を昇ると派手に衝突しては騒音を立てていた。背後霊が実体化したらこんな感じなのだろうか。そんなことを考えつつ、つばめは一乗寺が肩に引っ掛けていたショルダーバッグを開けて、美野里が準備してくれた弁当を出した。日頃弁当箱を入れている巾着袋に入っていたのは、アルミホイルに包まれた二個の球体だった。つばめはずしりと重たい球体を取り出し、目を丸めた。

「これってまさか、おにぎり?」

「みたいだねぇ。思い切り投げたら、いいスコアが出そうだけど」

 湖に面したベンチに腰掛けた一乗寺は、アルミホイルを無造作に広げた。その中には、案の定、海苔が隙間なく貼り付けられている球体のおにぎりが入っていた。つばめもまた、箱を背負いながらベンチに腰掛け、アルミホイルを剥いだ。重さからして、おにぎり一個につき白飯を二合近くも使ってあるようだ。

「お弁当の中身は昨日のうちに準備しておいたから、重箱に詰めてくれるだけでよかったのになぁ」

 つばめが苦笑すると、一乗寺は砲丸おにぎりを囓りながら尋ねた。

「ちなみに、中身は何なの? 火薬はごめんだよ?」

「えーと、唐揚げと、マカロニサラダと、インゲンのゴマ和えだったかな」

 つばめは中身を思い出しながら砲丸おにぎりを二つに割ると、その通りのものが白飯に埋もれていた。当然ながら唐揚げの油とマカロニサラダのマヨネーズとゴマ和えのタレが白飯に染み込み、色が変わっていた。幸か不幸か水気の多いおかずはなく、おかず同士の味がケンカしているわけではないのだが、いい加減だ。

「お姉ちゃんってば、もう……」

 いっそ、作ってもらわなくても良かったような気がする。つばめは嘆いたが、一乗寺は黙々と食べていた。

「あーでも、これ、結構イケるんじゃなくて? 箸をいちいち使う手間がないから面倒臭くないし、ねえ?」

「そりゃまあそうかもしれないけど、お弁当ってのは見栄えも大事なのであって」

「喰っちゃえば同じでしょ、そんなもん」

「それは食べる方の感想であって、作る方の感想ではありません」

 つばめは一乗寺に言い返してから、仕方なく砲丸おにぎりを頬張った。味は普通だった。確かに余計な洗い物が出なくて便利な食べ方ではあるのだが、見た目の圧迫感で食欲が下がること受け合いだ。実際、半分程度食べるとお腹一杯になってしまった。物理的な苦しさと視覚的な苦しさと、食べ物を残す罪悪感でつばめが思い悩んでいると、一乗寺がにんまりしながら肩を叩いてきた。

「残すんなら、頂戴」

「他人が口を付けたものを食べることに抵抗がないんですか?」

 つばめが怪訝な顔をしても、一乗寺は笑顔を崩さなかった。

「ないない、そんなもの。なんでそれが嫌なのかが解らないなぁ、俺としては」

「はあ」

 そういう人もいるのだなぁ、と思いながら、つばめは砲丸おにぎりの残り半分を一乗寺に渡した。一乗寺はすぐにそれを頬張ると、あっという間に食べ終えてしまった。満腹感から息を吐いた一乗寺は、この上なく満ち足りた顔をした。姿形が見栄えのする男なので見逃しがちだが、一乗寺の表情はつばめよりも遙かに幼い時がある。他人に対して遠慮もなければ思慮もない言動を取ることも相まって、図体の大きい子供のようだ。

「ねー、つばめちゃん」

「はいはい、なんですか」

 つばめはベンチの背もたれから腕を伸ばして、箱の中に小銭入れが入っているかどうかを確かめながら生返事を返すと、一乗寺は長い両足をぶらぶらさせていた。

「帰り道もどこかに寄っていこうよ。みのりんにお土産も買っていこうよ、ね、そうしよう」

「まあ、それが道理ですね。お姉ちゃんは今日も仕事だし」

 がま口の小銭入れを見つけ出したつばめは、口を開いて中身を確かめた。缶ジュースは買えそうだ。

「でさ、日帰り温泉でも見つけたら入ってみようか、うん決定!」

「えぇ?」

 さすがにそれは想定外だ。つばめが面食らうと、一乗寺は年甲斐もなくはしゃいだ。

「だーあってさー、こんなに楽しいのがすぐに終わっちゃうのって勿体ないじゃん! 人殺しよりも楽しいことがあるだなんて知らなかったんだもん、俺ってば! あー、世間一般の連中はこんないい目を見ていたんだなぁ。なんかもう羨ましすぎて全員死ねって気分になってくるな!」

「ただのダム湖でそのテンションだと、ディズニーランドなんかに行ったら先生は発狂しそうですねぇ」

 自動販売機に近付いたつばめが冷淡に返すが、一乗寺のテンションは衰えない。

「そうだなー、そうかもしんないなー! でも、あんまり楽しすぎて皆殺しにしちゃうかもな! だって、俺以外の人間が楽しんでいるんだーって思うとなんだか腹立ってくるから!」

「人格が破綻しすぎてやいませんか、っと」

 自動販売機に小銭を入れたつばめは、ミルクティーのボタンを押した。ごっとん、と落ちてきた缶を取り出してから振り返ると、勢い余って箱とぶつかりそうになったが、箱の方が率先して回避してくれた。箱と言えども遺産の端くれだからだろう、つばめの行動パターンを学習しつつある。

「先生はどれがいいですかー?」

 再度小銭を入れてからつばめが一乗寺に尋ねると、一乗寺は快活に答えた。

「カフェオレがいいな!」

 つばめは言われた通りにカフェオレのボタンを押し、出てきた缶を持っていった。カフェオレを一乗寺に渡してからベンチに座り直したつばめは、良く冷えたミルクティーの缶を振ってから開けて、甘くまろやかな味を味わった。箱はまたつばめの背後に控えていて、蓋も固く閉ざしている。一乗寺の上がりきったテンションが下がる気配は全くなく、遊覧船乗り場を後にして売店に向かっても意気揚々としていて、安っぽいお土産物を見ては喜び、どうでもいいものまで買い込もうとしたので全力で阻止した。けれど、その気持ちが解らないでもないので本気で怒れなかった。

 最も売れているというけんちん汁の缶詰とまたぎの手焼き煎餅を美野里へのお土産として買い込んだ後、奥只見から下山するべく軽トラックに乗り込んだ。つばめは帰りは助手席に入りたかったが、乗り込もうとすると箱が車体にぶつかってきたので無理だった。まさか、箱を車体の横に括り付けていくわけにもいくまい。仕方ないので行きと同様に箱の中に入り、蓋も閉めた。今度はトイレも済ませてきたし、小銭入れに入っていた乗り物酔い止めの薬も飲んだので大丈夫だろう。自分の用心深さにつくづく感謝した。

 再び闇の世界に閉じ籠もることになったつばめは、お土産物の入った紙袋を体の脇に置いた。軽トラックの揺れに身を任せながら目を閉じると、トンネルを何度も通り過ぎたのか体が左右に押し付けられた。満腹感から生じた眠気でうつらうつらとしかけた頃合いに、前触れもなく外で轟音がした。

「んあっ!?」

 一瞬で目が覚めたつばめは条件反射で跳ね起きようとしたが、強かに額をぶつけた。その痛みで呻いていると、一乗寺の罵声が外から聞こえてきた。

「つばめちゃん、絶対に外に出てくるなよ!

 トラウマ確定だし、流れ弾に当たっても責任取らないから!」

 直後、銃声が響いた。同時に何かが倒れる音。銃声、銃声、銃声、銃声、銃声。

「久し振りに楽しいことを覚えたってのに、あーもう台無し! 最悪! ウゼェ!」

 また罵声、更に銃声。

「でもやっぱり、こっちの方が楽しいかも! うっひょー!」

 絶え間ない銃声。それが姿の見えない敵のものなのか、味方のものなのか、判別が着かなくなってきた。つばめが身を固くしていると、箱の上に何かが落下してきた。どごぢゃっ、と泥の固まりをぶつけたかのような粘り気のある音と共に激しい振動が起き、体が上下した。それも一度や二度ではない。

 必死に目を固く閉ざし、耳も塞ぎ、歯を食い縛り、つばめは地獄のような時間をやり過ごした。先程まではあんなにも穏やかだったのに、楽しかったのに、その後も楽しいことをしようと思っていたのに。一乗寺はろくでもない性格で教師とは言い難い性分の男ではあるが、一緒に過ごすのは悪くなかった。子供染みた純粋さで楽しんでいる顔を見ていると、こちらまでなんだか嬉しくなった。それなのに、今はどうだろう。

 高笑いが聞こえる。悪魔じみた哄笑がトンネルに反響し、銃声の代わりに聴覚に突き刺さった。一乗寺の声だ。それ以外の誰の声も聞こえなければ銃声も聞こえない。雨の水溜まりよりも滑り気のある水を踏み締めている足音が重なり、湿ったアスファルトに薬莢が転がる。泣き声に似た、引きつった笑い声が近付いてくる。

「なあ、つばめちゃん」

 箱の蓋が軋み、一乗寺が腰掛けてきた。つばめは乾き切った喉に唾を飲み下してから、返した。

「……なんですか」

「今日、楽しかったよねぇ」

「はい」

 掠れ気味の声でつばめが答えると、一乗寺は拳銃のマガジンを差し替えたのか金属音がした。

「俺も。だから、トンネルに閉じ込められてバッドエンドなんてごめんだね。B級映画だって、もうちょっと気の利いたオチにするよ。だけど、このままじゃ外に出られないみたいなんだよ。トンネルの前後が爆弾で吹っ飛ばされて落盤しちゃってね、人力じゃとてもじゃないけど動かせない岩がごろごろしている。んで、ちょっと考えたんだけどね」

「何をですか」

 怯えと混乱を交えてつばめが言うと、一乗寺は箱を叩いてきた。

「知っての通り、この箱はとんでもなく頑丈なんだよ。口外していいような情報じゃないけど、まあいいや、非常時に国家機密もクソもないし。その箱はね、タイスウっていう名前の無限防衛装置なんだ。見た目はただの鉄の棺桶に見えるけど、素材が訳解らないの。箱を構成している物質は異次元に存在していて、こちらの次元からは接触することすら不可能な領域にある分子なんだ。でもってその分子構造は、こちらの物理法則では一切干渉出来ない形状になっている。自分でも何言ってんのかさっぱりだけど、要するにこの世界のありとあらゆる攻撃が通じないってことは確か。だ、か、ら」

 一乗寺は箱の蓋を三回叩いてから、顔を寄せたのか声が近付いた。

「この箱を砲弾にして岩盤をぶち抜く。どうってことないって、ちょっと揺れるだけだし、着弾したら回収するから」

「ええええええええ!」

 血も涙もない発想につばめが絶叫するが、一乗寺は動じない。

「軽トラのシートの下にね、火器をいくつか仕込んであったんだよねー。うふふ、南斗人間砲弾だー」

「先生の人でなしぃー! 馬鹿ぁー! 悪魔ぁー!」

 箱の蓋を力一杯叩いてつばめは叫ぶが、一乗寺は意に介さない。

「軽トラの荷台を発射台にするから、ええとこの角度でこの位置に仕込んで、着火装置はこれでー、っと」

「うああああ……」

 つばめは本気で泣きたくなったが、箱の中にいる限りは安全なんだから、と自分に言い聞かせて深呼吸した。少し熱くて音がしてちょっと痛いだけですぐ終わるのだから、と必死に思い込もうとするが、そんなわけないじゃないか、と妙に冷静な自分が悲観を誘ってくる。箱の外に出てしまえばまだいいのでは、とつま先で箱の蓋を開けるスイッチを押そうとするが、一乗寺が家紋のスイッチを外側から押さえているのか動きもしなかった。

 それから小一時間後、つばめ入りの箱が発射された。火薬の炸裂音の直後に凄まじい加圧が襲い掛かり、体が押し潰されそうになった。それが収まったかと思いきや落下し始めて、木の枝を粉砕しながら地面に突っ込んだが、制動が掛かった瞬間に反動が訪れた。全方向からの衝撃で三半規管が満遍なく掻き乱され、つばめは目が回ってしまった。上下逆さまになって地面に突っ込んだであろうことは覚えているのだが、その後の記憶は曖昧だ。はっと我に返って飛び起きると、自宅の布団で横になっていた。

 箱に入ったことからして夢だったのか、と期待しながら起き上がってみると、箱はつばめの部屋の隅にロッカーの如く鎮座していた。泥と何かの液体と木の葉がこびり付いていて、箱の中には美野里に買ってきたお土産も残っていたので、あれは紛れもない現実だったのだと思い知らされた。一乗寺には一言文句を言ってやろうと、つばめが自室から飛び出すと、その一乗寺が玄関先で死んだように寝入っていた。

 在り合わせのおかずで夕食を支度をしていた美野里に寄れば、一乗寺は荷台が半壊した軽トラックにつばめの入った箱を載せてきたばかりか、庭から回って自室に運び入れてくれたそうである。それを聞いてしまうと怒るに怒れなくなってしまい、つばめは泥と液体で頭からつま先まで汚れ切っている教師を労った。

 社会科見学のレポートには、何を書いてやろうか。



 残っていたのは、粘液にまみれた弾丸だけだった。

 武蔵野は粘液溜まりの中から弾丸を一つ拾うと、大きさを確かめた。一乗寺の使っているAMTハードボーラーに装填されていたものとみてまず間違いないだろう。戦闘の痕跡はそこかしこにあり、トンネルの内壁やアスファルトがずたずたに切り裂かれていた。武蔵野はマグライトの青白い光の帯を上げ、巡らせた。至るところにある傷跡の幅と深さから考えるに、常人の仕業とは考えられない。だが、問題はどこから進入したかだ。

 事前に、武蔵野はトンネルの前後を確かめて民間人を巻き込まないように気を付けていた。この戦いはあくまでも企業と巨大すぎる資産を掌握した一個人との抗争であり、民間人は関係ないからだ。トンネルの中も歩いて通り、車や人が潜んでいられそうな場所を調べ、そこに誰もいないことも確認した。りんねにも連絡を取り、他のテロ組織の類が絡んでいないかどうかも確認し、新たに撮影した衛星写真を見比べては異常が起きていないかを確認した。だが、そのいずれにも侵入者の痕跡はなかった。落盤した岩石の隙間も、人間が通れる幅ではない。

「なんじゃ、あらましいことよのう」

 落盤した岩を押し退けてから、岩龍が頭部のサーチライトで照らしながらトンネルに入ってきた。武蔵野は謎の箱を使った砲弾で空いた穴から中に進入したのだが、巨体の岩龍はそうもいかず、今し方まで岩石を排除していた。太いキャタピラが石を踏んでは砕き、弾け飛ぶ。

「で、結局、あの箱は一体なんだったんだ? ミサイルみたいに岩をぶち抜いて大穴を開けていったが」

 武蔵野は最大の疑問を口にするが、岩龍も見当が付かないのか首を捻った。その拍子に、光の帯も曲がる。

「さあのう。ワシには見当も付けられんのう」

「まあ、それはそれとしてだ。問題は、どこが抜け駆けをしようとしたかだ」

 まさか、第三勢力ということもあるまい。吉岡一味の全員が別のベクトルを向いていると同時に、それぞれの業界に睨みを利かせているようなものだから、付け入る隙はない。むしろ、割って入ろうとすれば、それぞれの企業から圧力と攻撃を受けて叩き潰されるのがオチだ。液体、怪人、と来れば考えられる線は一つ。

「フジワラ製薬か」

 武蔵野はマグライトを上げ、トンネルの内壁を伝い落ちてきたであろう液体の筋を辿っていった。トンネル上部に伸びている換気ダクトの隙間が緩んでいて、積年の排気ガスと砂埃が綺麗さっぱり拭い去られていた。まるで巨大なナメクジが這ったかのように、地の色が露わになっている。となれば、液状化出来る怪人が進入したのだろうか。そんな器用な芸当が出来るのは、アソウギの扱いに長けた化学者である羽部だけだとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。りんねに報告する前に本来の雇用主である新免工業に報告しておこう。

「うっ!?」

 不意に、首筋に水滴が滴ってきた。トンネルの内壁は山間の冷気によって結露を帯びているので、その水滴だと思って武蔵野は首筋を拭うが、首筋と水滴を拭った指先にぬるりと生温かい感触が広がった。同時に、これまでの人生で嫌になるほど味わってきた鉄臭さが鼻を突き、鋭い痛みが走った。拭い去った水滴を地面に投げ捨てると、武蔵野の血液にまみれた粘液はのたうち回り、壁を這い上がっていった。

「どうかしたんじゃ?」

 岩龍が腰を曲げて覗き込んできたので、武蔵野は首筋の小さな切り傷を押さえる。

「長居は無用だ。お嬢の元に帰るぞ、俺達の作戦は失敗したって報告しないとならんからな」

「トンネルを塞いどる岩は片付けんでええんかいの? このままじゃと、誰も通れんじゃろ」

「放っておけ。土木作業は俺達の仕事じゃない」

 ホンマにええんかいのう、と岩龍は心苦しげだったが、武蔵野はそうは思わなかった。奥只見から麓に下りる道は福島側のルートもあるし、落盤事故が発生してからというもの、車通りは一切なかった。クラクションのパッシングも一度も聞こえず、シルバーラインを上ってくる車も一台もなかった。大方、あの建設会社を通じて早々に情報が伝播されて交通規制が行われたのだ。なんとも手回しの早いことだ。

「いずれにせよ、失敗は失敗だ。お嬢に叱られるな、こりゃ」

 ぐぬう、と岩龍は呻きながら項垂れ、キャタピラをぎこちなく回しながらトンネルの外に出ていった。りんねに冷徹に叱責されるのが怖いのだろう。その気持ちは武蔵野にも解らないでもないが、慰めたところで現実が変わるわけでもないので何も言わなかった。皆が皆、手に入れようとしているのは佐々木つばめと遺産であることは変わりないが、皆が皆、競争相手であり宿敵だ。味方でもなければ仲間ですらなく、殺し合いの相手に過ぎないのだ。そう判断した武蔵野は、トンネルの外に出てジープに乗り、人型重機を従えて真っ暗な山道を下っていった。

 投げられた賽は、どう転がるのだろうか。

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