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26日 19時40分

 

「7年よ。7年も何の連絡もしてこない。メールしたって返さない、電話しても出ない。掛け直してもこない」


「悪かったよ」


「もう死んだと思い込もうとしていたらふらっと帰ってくる。連絡もせずに」


 ねちねちねちねちと言われるのはわかっていたが、酒が入った途端にこれである。


「あー待て待て、飲み過ぎだって」


 開けようとする缶ビールを奪う。


「あんたは相変わらず酒ものもない。つまらない息子だよ。母親を放って、そんな冷たい子どもを持つ親の気持ちなんてあんたにはわからないだろうよ」


「こうやって愚痴聞いてくれる息子だってなかなかいないさ。ああもう、急に立ち上がると危ないな。何が欲しいんだ。とってきてやるから」


「あの頃は可愛かったのに。焼きそば食べて口の周りテカテカのころは可愛かったのに。いまはこれだよ! あんた少し太ったんじゃないの? お嫁連れてくる前に妊娠したみたいな腹にならないでね。ったく、もう30超えてるんだから嫁の一人や二人くらい――」


「まだ29だ。大事な息子の年まで忘れるようじゃやっぱり飲み過ぎだ。ほら、これほしかったんだろ」


 冷蔵庫から持ってきたちくわ。

 昔からの好物である。


「マヨマヨも」


「はいはい、取ってくるから。あ、だから立つなって! ほら座ってろ。危なっかしいな」


 冷蔵庫にもう一度戻りマヨネーズを取ってくる。

 低カロリーと書いてはあるが、週に何本も消費するのでは意味がないと思う。

 下手をすれば飲み物より多く置いてあるマヨネーズの山は、この家ならではの光景だろう。

 何にでもマヨネーズをかける母の姿を見ていたからか、俺はマヨネーズが苦手である。


「毎日一人や。朝起きても、ご飯食べても、帰ってきても、眠っても、私は一人や。こんなの昔と変わらんやないか……」


「昔って、親父がいたんだろ? ジーチャンとバーチャンもいたじゃないか」


「あんたの昔と、私の昔は違うでしょうに」


「なるほど。半世紀生きてると言葉が重いですねえ」


 51年あればいろいろあるというわけだ。

 そういえば、と気にかかることがあった。


「カーチャンって、どこから来たんだ?」


「ん?」


「カーチャンが実家に戻るのを見たことがないからさ」


 ちくわを咥えてしばらく考え込む。

 まさか忘れたわけがあるまいし。


「沖縄さー」


「テレビで見るたびに行ってみたいって言うのにか?」


「……あずきじま」


「あれは小豆島しょうどしまって言うんだよ」


 むっと顔をしかめ、マヨネーズをべったりつけたちくわを鼻にぶつけてくる。

 昔からされる悪戯のようなものであっさりと躱し、口に入れる。

 マヨネーズの味しかしないので食べなければよかったと後悔しつつ。


「で、どこなんだよ」


「覚えてない」


 残ったちくわをぱくぱくと口に投げ込み、畳に寝そべった。

 もう話す気はないらしい。


「ま、なかなか帰らなかった俺がそんなことを言うのも変な話か」


「そうよ」


 しばらくそのまま母がころころと転がる姿を眺めて、寝息を立てたところで明かりを消した。

 外から入れたまま放置されているバスタオルを広げてかけてやる。

 腹を出して眠るのはやはり昔と変わらない。

 エアコンの風を弱め、扇風機を止めた。

 居間でしばらく眠らせて、またあとで寝室に運んでやることにしよう。


 マヨネーズだらけの皿と、いくつも空いたビール缶を抱えて居間を離れる。

 エアコンから離れた途端に、また汗がじんわりと滲み出てくるのがわかった。

 テレビを見て時間を潰すのもいいが――


「いい風だ」


 開けたままの窓から吹き込む風は心地よい。

 昼間は鬱陶しく感じた虫の声も、いまはなかなかにいいものである。

 皿を水につけ、外に出た。

 少し歩いてみよう。


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