26日 8時25分
「忘れ物はありませんか?」
「さあな」
数回使っただけのまだ新しいキャリーバッグには、財布から抜き取られたお金で買わされた大量のお土産と、家に帰るには多すぎる服がぱんぱんに詰められている。
着替えだってお土産だって、実家に戻るのならいらないと思うのだが。
「毎日電話してくださいね」
「番号は知らんから無理だ」
「じゃあ私から電話します」
もう驚かないぞ俺は。
「米原まで2時間と少し。寝過ごさないでくださいね」
「大丈夫だろ、たぶん」
「電話しましょうか?」
過保護にもほどがあるぞ。
「ああ、ほら電車きたから、お前はもう行けよ。窓越しにバイバイはごめんだぜ」
「そうですか。じゃあまた一週間後に。今日の夜9時ごろ電話しますね」
一週間後にって言っておいて、連絡を取るのが早すぎるだろ。
まさか本当にかけてくるなんてことはないだろうな。
「じゃあな」
前に続いて車両に乗り込む。
自由席だから、どこに座ってもいいのだが。
まあ窓側である。
3人席の方を選んで、荷物を上にあげ座る。
これから帰ると米原に着くのは10時半を少しすぎる頃。
2時間と少しの時間、時間つぶしの手段は全くないわけだが。
「――」
窓を叩く音がして顔を上げる。
「ごめんだって言っただろうが」
「――」
そんなこと言いましたっけとでも言いたげである。
というかおそらくそう言った。
スマートホンを持って、それを指差している。
どうやら携帯を見ろとの話だが。
「俺はスマートホンなんて持ってねえよ」
パカパカ携帯。
ガラケーというものを見せびらかす。
背面のライトが光っていたので開いてみると、メールが一通届いていた。
『乗ってる間暇だったらメールしてくださいね 立川沙織』
だれだこいつは。
画面を彼女に見せて、これはお前なのかと携帯と彼女の顔を交互に指差してみる。
すると彼女はやけに驚いて、慌ててなにかを打ち込んでいるようである。
『もしかしてメールの打ち方わからないんですか!?』
「わかるわそのくらい! ガラケーにだってメールを打つことはできるんだよ! ガラケー馬鹿にすんな!」
窓越しになに言ったところで伝わることはない。
彼女は親指と人差し指でわっかを作って、にこっと笑う。
なにも伝わっていないが、なにも伝わってこないが。
「……」
開かれたままの携帯が震える。
『ばいばいは嫌なんですよね』
そのオッケージェスチャーがお前なりのバイバイなら、俺は真似なんかしないぞ。
というわけで、動き出した新幹線の中、親指をびっちり立てて下に向ける。
彼女は結局満足そうに手を振って、俺は窓から目を離した。
しばらくぼうっとざわついた車内の音に耳をすませ、目を閉じる。
『トイレは奇数車両にあったと思いますよ』
震えた携帯を薄目で覗き、ため息をつく。
お前はカーチャンか。