31日 16時20分
東京に着いたので仕方なく母に電話した。
沙織はずいぶんご機嫌で終始話しっぱなしだったが、退屈はしなかった。
ずいぶん早くついたように思ってしまう。
このまま会社にいこうという提案に乗っかって、母に一言二言電話をした後、電車を乗り換えた。
すぐについた会社は、まだ仕事中であるはずなのに真っ暗で、電気が付いていないようである。
「休みなのか?」
「……な、なんでしょうかねー? あははは」
なにかごまかしているような気もしたが、中に入ってみる。
扉を開いた瞬間だった。
「はっぴうぇーでぃんぐ高木君。はっぴうえーでんぐ立川君――」
誕生日によく聞くようなメロディで急に歌い出す部長。
手拍子で同じように歌い出す社員。
喜ぶ立川。呆然とする俺。
見たことある社員に引っ張られて、部長の机まで連れて行かれると、そこにはケーキがひとつ置いてあった。
結婚おめでとうと書いてあることと歌の歌詞が違うことを除けば、ほぼほぼ誕生日とやっていることが同じである。
「おめでとう!」
さあ、とケーキを指差される。
結婚おめでとうと書かれたチョコレートには、しっかり、俺の名前と沙織の名前が書かれていた。
「……」
「ん? どうかしたのかね高木君」
気のせいだとは思いたいが、まさか俺と沙織が結婚するなんてことはないだろうな。
「なあ沙織、俺っていつお前と結婚したんだ」
「え? みんなの前で言うんですか?」
黄色い歓声が上がる。
照れ臭そうにうつむいて、沙織は
「一緒にパン屋一緒にやらないかって――」
ひゅーひゅーとか今時なかなか聞かないような声を聞きつつ、一人だけあたふたする部長と目が合う。
「や、やめるのかね!?」
「ええ、やめます」
きっぱり言う沙織の言葉に、ふらふらと歩き始めたと思うと、自分の椅子に座り込んで落ち込んでいる様子だった。
女性社員に囲まれる沙織を見つつ、なんだか誤解をそのままにしては申し訳がなかったので――
「結婚しないぞ、お前とは」
「え」
空気の凍る音が聞こえた。
「パン屋やろうって言ったじゃないですか」
「ああ、パン屋は一緒にやろう」
「結婚は?」
「ちょっとよくわからない」
うつむいたまま早足で近くまでやってきたと思うと、襟元を掴んで顔を引き寄せられる。
「彩さん言ってましたよ。自分たちは結局家族みたいなものだから、結婚なんてしなくても助け合えるって」
「そ、それで?」
「あなたが動かないのなら、好きにしていいって言ってました。28にもなって彼氏0。経験全くなしの私のファーストちゅーを受けても何も思わないのなら、いいですよ、諦めても構いませんが――」
そのあと何をされたかは言うまでもないだろう。
その日一番の歓声が上がっただけだ。
会社を出てから一度も話さない彼女を連れて駅まで行くと、そこで手を振って別れた。
やはり最初から最後まで彼女の手の上だったような、そんなことを感じつつ、都会の空を見上げた。
高い建物のせいで、空はずいぶん狭い。
一週間後には東京を離れて実家に戻ることになる。
生きた風を感じていた。
これから先も、苦しみの生活は続くだろう。
ただ違うのは、自分が生きている実感をしっかりと身に受けられること。
正しい死んだ道を外れることは、そこに彼女を引き込むことはよくないことなのだろうけれど、彼女に気付かされたことだから――もう一度生きてみたいと思えるような生き方を。
蝉の声が聞こえる。
ピンクの自転車のそばで、パンを咥えただれかがベルを鳴らした気がした。
リアルタイムで進む物語は、ここで終了となります。
1日の話はできるだけリアルに近づけるためにまとめて前日に、
天気予報を眺めながら書きました。
そのおかげで時間が足りず書きたくても
書ききれなかったものがまだまだ残っています。
もしよろしければもう少し、お付き合いいただけると幸いです。
あとから追加された話にはわかるように
タイトルをつけさせていただく予定ですので、
また気が向いたときによろしくおねがいします。
一週間お付き合いいただき、ありがとうございました。
7日目の休日9月1日の話は、最終話として最後に公開させていただく予定です。




