31日 12時32分
踏切の音が聞こえて、電車がやってくる。
黄色い線から下がれなんていう放送がないのが一番の驚きだったが、私は財布と日記だけが入った軽い鞄から日記だけを取り出した。
健太くんの母に黙って手渡すと、諦めたようにしぶしぶ受け取った。
健太くんは駅から見える村を見下ろして、なにかを考えているようだった。
朝パンを作っていたと思えば、食べもせずに何処かに行ってきたようだが。
「きーつけて」
「4時過ぎに着くから、また電話するよ」
スイッチを押して扉を開くと、これが私にはよくわからないのだが、扉脇の機械から出てくる小さな切符のようなものを取って、扉が自動で閉まるのを待つ。
自動で閉められるのなら自動で開けてくれたらいいのにと思いつつ、扉越しに頭を下げ、ただじっと母親の顔を見る健太くんの腕を掴むと、ひらひらと手を振らせた。
一瞬かなり嫌そうな顔をしたが、ため息をつきつつも結局自分で手を振った。
電車が見えなくなるまでホームに立っている母の姿を見た私は、ふわふわの椅子に座って外を眺める彼の顔を覗き込む。
まるで別人のように変わった表情には、これまでとは違った魅力のようなものがあった。
「どうでしたか?」
「……お前はいつもそんなことを聞くな」
「いいじゃないですか。で、どうでした? 夏休み」
なにも答えないのでじっと見ていると、彼はなにかを思い出すように空を見上げ、じっくりと考えているようだった。
しばらくしてトンネルに入ると、考え込む彼の目とばっちり目が合う。
なんだかどうしたらいいのかわからなかったので小さく手を振ってみると、彼はひかえめに手を挙げた。
その姿が、オムライスをくれた少年の姿と重なる。
まさかと首を振って、トンネルを出る頃には――
「楽しかったよ」
彼の口からそんな言葉が聞ける日が来るとは思わなかったが、大きく揺れる電車の中、体を預けた彼の体が頼もしく思えた。




