ある日のこと
「もう夏休みは終わりやで」
空を見上げていた少女に、少し年の入った女性が声をかける。
少女は傘もささずに雨を受け、ぼんやりと空を見上げている。
女性にはその少女が放って置けなかった。
よれよれのスカートと、雨に濡れた白シャツ。
思い切って染めたのだろう金髪。
なんとなく、ああ、こいつはやらかしたのかと、女性はそんなことを察する。
持っている荷物を見る限りでは、その少女は家出には見えない。
学校帰りのまま、そのままここまできたという様子である。
倒れた鞄の中身は、手鏡とタオル、あと体操服のようなものが入っているが、食べ物のようなものは入っていない。
「うっさい。ほっといてよおばさん」
「口が悪いねん」
遠慮なしに頭を叩いた女性は、驚いて頭を抑える少女を気にもとめず言葉を続ける。
「なにもないよ、こんなとこには。んで、なんでこんなところまできたんや?」
「ほっといて」
「口答えしない」
ぽこんとまた頭を叩かれて、少女は目を丸くする。
「嫌になっただけ。だからほっといてよ、ほんとに」
仕方なくといった様子で少女は話すと、顔をそらした。
少女の顔に違和感を覚えた女性は、そらした顔をがっちり捕まえて正面を向けさせる。
左の頬が赤みを帯びて腫れてしまっていた。
「この髪は昨日染めたんやろ。そんで、親に怒られて、叩かれて、っていったところかな。学校帰りに染めて、帰ったら玄関で見つかったとかそんなんと違う?」
「……」
小さく頷いたのを確認して、女性はため息を漏らす。
「そのまま家飛び出して、電車乗って、行けるところまで行った。帰るお金もないからうろうろしてたらここに着いた――どうや?」
「あってる」
「あーあー。まあそういうのができるのも今のうちだけやからね。好きに髪染めるのも、家飛び出すのも、今のうちしかできんことやし」
「……おばさんもあるの?」
「あるよ」
女性が無理に笑っているのだということは、少女にはすぐわかった。
「なんで家でたの?」
「なんでって……まあいろいろあったけど、友達のためやったかな。このままここにいたくないって、二人で飛び出したんや。気づいたら友達は帰って、私一人の旅になってたけどな。長い夏休みやった」
「友達は?」
女性は首を振る。
少女はなにかを察してそれ以上は聞かなかった。
「これ、貸したるわ」
女性は鞄から本を散りだしたと思うと、それを少女に手渡した。
「なにこれ」
「日記みたいなもんや。どんな人に会ったって、書いてみるとおもしろいもんやで」
「ふーん」
手を鞄の中の服で拭いて、ペラペラと数枚捲る。
彼女の最後に書いた人物のところで手が止まった。
年と月日が書いてあるおかげで、それがずいぶん昔のものなのだと気づく。
少女は慌てて顔を上げ、帰ろうとする女性を引き止めた。
「これ、大事なものなんじゃないの?」
「いいんよ。その先はあんたに任せるわ」
ひらひらと手を振って出て行く女性を見送り、少女は栞のように挟んであった封筒に気がつく。
封筒の中に入った何枚ものお札に一瞬立ちくらみして倒れそうになるが、結局少女は女性を追いかけることにした。
神社を飛び出した頃には、もう女性の姿は見えない。
少女は封筒を日記の中に閉まって鞄にしまい込むと、道路の脇で手を振った。
農道のそんなところではだれが止まってくれるのかもわからなかったが、そうして少女の夏休みは始まったのだ。




