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30日 8時20分

 

 布団を立川に貸したおかげで、結局座布団暮らしに戻った俺は、母が出て行く音で目が覚めた。

 時刻は8時を過ぎたところ。

 外の雨は昨日と変わらず、どうやら今日もラジオ体操は休みだったらしい。


 ゆっくりと起き上がって、昨日あったことをゆっくりと思い出す。

 そして、今日やるべきことを考えた。

 神社にもう一度行ったところで、何かがわかるとは思えない。

 よしこと会っていた神社は、今の神社とはあまりに違いすぎる。彼女との繋がりは、残された自転車と――


「おっちゃんなら、どこが家なのか知ってるのか。あ、いや――」


 おそらくその住所はよしこのものではない。

 どうせ嘘をついたのだろうというのは予想できた。

 よしこという名前は実際にあって、その女性は死亡したことがわかっている。

 住所はおそらくその女性の家で、よしこ(紛らわしいが)はその女性の知り合いなのではないだろうか。

 聞くにしても、本人はもういない。


「おはようございます」


 ぼさぼさのかみを揺らしてふらふらと立川が現れる。

 もこもことした寝巻きは、年に会っていない。

 正直にいうと痛いものがある。


 立川から意識をずらして、またよしこのことを考える。

 どうすれば近づけるのかが分からなかった。


「朝ごはんにしましょ、健太くん」


「お? おう」


「卵焼きでいいです?」


 頷いて考えようとしたところで、立川に呼ばれて、並んで台所に立つ。

 慣れた手つきを盗み見つつ、冷蔵庫にあったトマトを切った。

 ひとつ摘んで、頰が引きつった。少し酸っぱい。

 色は十分なのだが、どうやらハズレを引いたらしい。


 二人で並んで座って、卵を突く。

 雨の音が遠くにあった。

 ぼんやりと天気予報を眺める。

 まだまだこれから雨は強くなるらしい。

 学生たちにとっては、夏休みが晴れて終わらないのはつまらないものだろう。

 宿題に追われているのなら、関係のない話なのだろうけれど。


「昨日彩と何話してたんだ?」


「秘密ですよ。なかなか楽しかったです」


「ふーん」


 もくもくと卵を突いては口に運ぶ。

 ぼんやりと空を見上げていた、神社の時間を思い出す。

 あの時は何も思っていなかったが、今になってみれば、ずいぶん楽しい時間だった。


「帰りませんか? 私と東京に」


「……なんだって?」


 急に切り出した立川は、至って真面目のようである。


「話はもうわかったつもりです。でも、もう過ぎたことじゃないですか。終わったことじゃないですか。34年も前に、私たちが生まれるより前に――終わったことじゃないですか」


 時間は人を変える。

 もしよしこが生きていたとして、もう彼女があの時のままだという話はないだろう。

 俺が彼女の前に立っても、覚えていないのだろうし、もし覚えているのなら、昔の記憶と同じ姿の俺はどう見えるのだろうか。

 今の彼女の生活が崩れてしまうようなことにはならないだろうか。


「でも、お別れが言えなかったんだ。自転車をまだ返してないんだよ」


 せめてそれが終わらなければ、東京には帰れない。


「なにをやるかははっきりしました?」


 立川はまた笑って、卵を咥えた。

 俺はおもわず吹き出す。

 結局ずっと俺は、こいつに助けられっぱなしである。


 終わるまでは帰れないとは言っても、現実的に明日には東京に戻らなければならない。

 休暇は明日までだ。

 今日中に、なんとかしなければならない。

 なんとか昼までには、手がかりをつかめればいいが――。


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