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29日 ?時?分

 

 鳥居をくぐって中に入る。

 傘は一本。

 昨日持ってきたものはよしこに預けたままだった。


「ん?」


 裸足で神社の中を歩いているよしこと目が合う。

 土の上にできた水たまりの上で、ぺちぺちと音を立てて遊んでいたようだ。


「自転車は?」


「悪い、明日になってもいいか?」


「えー」


 お詫びにと、持ってきたパンを見せる。

 少し焼きが甘い気もするが、食べれば気にならないはずである。


「なにそれ? パン?」


「そうだ。ほら、足綺麗にしてこい」


 靴を抱えて川まで駆けていく。


「流されんなよー」


「へーきー」


 後ろ姿を見送って、ブルーシートに腰掛ける。

 と、カバンの上に本が一冊置いてあった。

 雨は当たらないように気にかけているようだが、置きっぱなしでは危なそうである。

 なんとなく気になって、中を覗き込んでみた。


「日記か」


 8月27日、簀巻きにされる。


「ずいぶん恨めしそうに書いてあるな」


 思わず苦笑いを浮かべる。

 と、クワガタのイラストを見つけた。

 色が黒ではなくカラフルなのは、頭の中ファンタジーなのではなく、黒の虫に抵抗があるという話なのだろう。

 ゲテモノの集まりはなかなか脳裏から離れてくれるものではない。


「逃がしてやったのか」


 鞄のそばの虫かごには、もうクワガタの姿はなかった。

 なんだか可哀想で、逃がしてしまったと書いてある。

 隅っこには俺が教えてやったバナナトラップの材料が書いてある。


「ドライイーストだって」


 転がっているペンを拾って、ドライの後でぐるぐるとごまかしてあるのを書き直してやる。

 これで間違えずに作れるだろう。

 次を見てみるとカレーのことが書いてあった。

 梅干しがずいぶん気に入ったらしい。

 自分でも作ってみたいと、そんなことが書いてあった。


「あ、普通見る?」


「本かと思ったら、ずいぶん少女趣味なものだったよ」


「ふーん。返して」


 取り上げられたが、どうやらそこまで気にしていないらしく、袋に入れて持ってきたパンに興味津々のようだった。


「あけていいぞ」


「おおー」


 言い切るまでに勝手に開いたよしこは、ひとつ持ち上げて頬張った。

 持ってきたペットボトルのお茶を渡して、俺もひとつパンを口にする。

 いつもの味だった。


「売ってるの?」


「俺が作ったんだよ」


「よしおが?」


 こいつ完全に俺が年上だということを忘れているらしい。

 尊敬の欠片も見当たらなかった。


「この水筒おしゃれだね。透明だし」


 なんだ最近の高校生はペットボトルすら目新しいのかと思いつつ、時間が気になって携帯を取り出す。


「なにそれ、新しいウォークマン?」


「あのなあ……」


 ガラケーだって立派な携帯なんだぞ。

 スマートホン以外携帯じゃないみたいな言い方はどうなんだ全く。

 俺から言わせれば、スマートホンは携帯ではなく、電話のできる持ち運び可能なパソコンだ。


 時間を確認したいところだったが、なんだか馬鹿にされるのが嫌だったのでそのまましまう。

 パンを咥えたまま覗き込むよしこの顔をぐっと指で押し返し、食事に戻った。


「これってどうやって作るの?」


「書いてやるよ。ほら、貸しな」


 日記を受け取って、新しいページに書いてやる。

 しばらく覗き込んでいたが、ドライイーストが出てきたところですっと視線を逸らし、パンを貪る。

 なかなか覚えられないのが癪らしい。


「ありがと」


 書き終わった日記を手渡すと、今度はよしこがペンを握った。


「好きな食べ物ってなに」


「急になんだよ」


「いいから」


 よしこは日記とは別に、もう一冊本を取り出す。


「オムライス」


「子供っぽいね」


 よしおとでかでかと書いて、好きな食べ物オムライスと書いている。

 どうやらこれまで出会った人のことを、これまた日記のように書いているらしい。


「他にはないの? パンは?」


「パンは食べるより作るほうがいい」


 言われたままよしこは書き込む。

 しばらくそうして話をして、黙々とペンを走らせるよしこの姿を見ていた。

 今だな、と覚悟を決める。


「なあ、よしこ」


「なあに?」


 パンを咥えたまま、ふがふがと話すよしこ。


「明日自転車持ってくるだろ? それでどこに行く」


「うーん」


 目的地なんて、きっとないのだろう。俺が手伝わなければ、彼女の家出はここまでだ。

 ここで彼女は生きる道を失い、彼女の言う死の道へと帰っていく。


「ゴールは、やっぱりここでいいんじゃないか?」


 よしこは息を止めた。

 パンを飲み込み、じっと、俺の顔を見つめる。


「……帰れって言うの?」


「死んでるみたいに生きてるよ。俺以外も、きっとみんなそうだ。何のために働いてるんだって言われたら、みんな生きるためだって言う。そうやって、仕方のないことだからって逃げてるのさ」


 昨日気がついたことだった。


「休みの日はなにもしたくないって、ゆっくり眠る。そしてまた仕事に行く。仕事に行くために休むんだ。休みのために働くわけでもない」


「それが変だって、嫌だって思った。だから私は――」


「その道には進みたくないか? 毎日田舎の道を走って、風を感じていたいのか?」


「そう。私はずっと自由でいたい! 帰って、学生が終わって、働いて、結婚して、子供ができて――私の生きてる実感は、その道にはきっとないのよ!」


 ヒステリックに叫ぶよしこは、パンを雨に捨てて、喚くように泣いた。


「嫌になったらまたここに来いよ、よしこ」


「……信じてたのに」


 神社の外に飛び出していく。

 鞄は置いたまま、落ち着けば帰ってくるだろう。


 鳥居をくぐり外に出る。

 時計は1時を過ぎたところだ。

 今日は1日、よしことは話せないだろう。

 明日もう一度会って、なにか伝えられることがあるといいが。


『晩御飯なににする?』


 母のメールを眺め、どうやら仕事は終わったらしい。

 適当に返信して、家で帰ってくるのを待つとしよう。



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