28日 21時00分
9時になっても、電話はなかった。
昼間にきていたメールは立川のものだったが、当たり障りのない話で、中身がない。
少し距離を置こうとしているのがわかった。
それを楽しみにしていたわけではなかったが、待っていなかったといえば嘘になる。
謝らなければいけないのは俺の方なわけで、そのままなのはどうかと思った
「カーチャンって、なんでカレーに梅干いれたんだ?」
「ん?」
今日は仕事がなかった母は、酒も飲まず寝転がっていた。
「教えてもらったんよ。食べてびっくりしてな」
「だれに」
「たぶんおばあちゃんよ。ここの」
「たぶんってなんだよ」
昔のことで覚えていないと言うが、俺の記憶にある家のカレーはずっと梅干し入りだったわけで、それより以前となるとかなり昔になる。
覚えていないのも仕方のない話か。
「カーチャンは家出したことある?」
「なんで?」
「いや、知り合いにその話を聞いたらどうやら気を悪くしたみたいでな」
「したことあるなら、そりゃ聞いて欲しくないことかもしれんね。家出がうまくいったにしても失敗したにしても、引っかかりは残るもんよ」
ぽりぽりと煎餅をかじる母の姿に説得力はなかったが。
「あんたも一回あったやないの。家出」
「は? どこに」
「三宅さんち」
おそらくそれは家出ではない。
「明日は雨降りそうやから、ラジオ体操はおやすみかね」
天気予報を眺めて、母は残念そうに言う。
ということはゆっくり眠れるらしい。
しばらくやけにはやく起こされたせいで、睡眠不足感が抜けなかった。
あれだけ昼寝をしておいてまだ寝足りないのは、歳のせいだとは思いたくないが。
休んでも休まらないなんて、辛いにもほどがあるのではないか。
「工具って車庫のところにあったか?」
「あるとおもうけど、なにすんの?」
「ちょっと暇つぶし」
自転車をなおすようなものがあればいいが。
なければ自転車屋に連絡するしかないな。
「じゃあ俺もう寝るよ」
「体操ないにしても、私は明日9時やからね。それまでには起きてよ」
「起こされたら起きるよ」
あくびをひとつ。
12時間も眠れるとは幸せだ。
『おやすみ』
メールだけ送ってやっと用意してくれた布団に転がる。
明日は自転車をなおして、また話してみよう。
目を瞑っていると、テレビの音がかすかに聞こえた。
おそらく昔の音楽が流れたのか、思わず母は音量を上げたらしい。
「ああ、あの髪型。聖子カットってやつか」
よしこの髪型を思い出し、流れる歌に耳を澄ます。
足音は聞こえない。
雨の音も――。
頼りないいびきが聞こえ出したらテレビを消して、ゆっくりと眠らせてもらうとしよう。




